2017年 04月 09日

ピル服用後、絶不調

男性が読んでも、最初から最後まで何が何だかさっぱりわからない話。
でも情報共有のこの時代、健康や病気に関するブログには、私もとても助かっている。
今まさに苦しんでいる、生理とピルのことを書いておくことにした。

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ソウルで最後に食べたのは冷麺でした


「いたたたたた。今日もまだおっぱいが痛い……」
顔をしかめながら起き上がる毎日。
もう十日ほど、おっぱいが激しく痛い。

先月、ソウルへ行ってきた。
私は生理がとても重い。
生理痛もひどいが、それ以上に出血が多くて、ほとんど外出できない。
トイレの用が1時間ともたないので、楽しみにしていた飲み会もキャンセルするレベル。
履いていたズボンに次々と血がついて、1日のうちに3回取り替えたこともある。
ひどい日は夜中にシーツを剥がして血を洗ったりする。
ホテルや飛行機内でこんなことになったら大変だ。
ソウルに行く日程は、ばっちり生理の予定に当たっていた。

そのため、中用量ピルで生理を遅らせることにした。
これまでも、旅行の日程に当たるときはピルを飲んでずらしたことが何度かあるが、いずれも「次の生理を早める」方法をとってきた。
予定が前からわかっていれば、この方法は失敗が少なく、副作用も少ない。
しかし、今回のソウル行きは急に決めたので、早める方法が間に合わなかったのだ。
それで初めて、「旅行中は生理が来ないように、遅らせる」方法をとってみた。

遅らせる方法は、私のように日が迫ってしまえば仕方がないが、早めるよりも副作用が強く出やすい。
服用期間中、ずっと吐き気がする人もいるらしいが、私はソウルでは元気いっぱいでもりもり食べていた。
帰国して服用をやめたとたんに生理が来て、いつもより長く出血が続いた。
やっと止まったと思ったら、それと入れ替わるようにして、胸の激痛が始まったのである。

初めはピルの副作用と気付かず、ブラジャーの布地が肌に合っていないのかと思った。
ブラジャーで覆っている箇所が痛む。前だけでなく、背中までぐるりと、ひりひり、ずきずきと痛い。
ピルの副作用だと思い当たって、数日はがまんしていたが、「いたたたたた……」とうめき声が出るほど痛い。
一週間以上、強い痛みが続くので、義母に相談してみた。
夫の叔父一家が産婦人科医で、私もピルを出してもらったりしている。
義母はそこで働いているので、痛み止めなど飲んでもいいのかどうか、聞いてもらうことにした。

電話で義母に痛みを訴えると、「どこらへんがどんなふうに痛いの?」と尋ねてくる。
「ええとー、すっごく痛いにきびみたいな感じ。ひどく膿んだ、おっぱいの大きさのにきびがあったら、痛いでしょう。」
「そりゃ痛いわね……。痛みはどんな感じ、張ってるような感じ?」
「いやもうトシですから。張ってはきませんよ〜あははははは。もう大きくなりませんからー。」
「ははあ……それで場所としてはどうなの。胸のどのあたりが主に痛いの?」
「ええと(そう言われて、初めて気づいたが)下の方。」
「下とは?」
「うーん、乳首より下半分、上の方は痛くなくて、“南半球”ってとこかな!」
「はあ……。」
わかりやすく表現しようとしつつも、うまいこと言って少しウケようとする悲しい性。

ピルを長く飲み続けると、血栓ができてしまう人もいるというが、たった一週間かそこら飲んだだけで血栓ができるなどはありえないので、やはりホルモンバランスが大きく崩れて、このように痛みが出てくるとのこと。
次の生理が来るまでは治らないから、痛み止めを飲んで様子見ということになった。
そうだろうとは思っていたけど、ああ、苦しい。
やっぱり、生理とはよくいったもので、生命体として生きているうえでの理りであり、それを人為的に操作するから痛いことも出てくるわけね。
ピルを飲む目的は人それぞれだから、ピルを飲んではいけないとは思わない。
ただまあ、私のような理由の人は、何かしら別の工夫をすべきだと思う。
懲りた!
遅らせる方法!
もうしないよ!


# by apakaba | 2017-04-09 23:32 | 健康・病気 | Comments(0)
2017年 04月 08日

四月大歌舞伎、連続ツイート&ロバート・メイプルソープ展

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パクチーと春菊のサラダ


4月4日、歌舞伎座夜の部、傾城反魂香。繰り返し見ている芝居だが、吉右衛門は今回が一番いいように思う。3月の国立劇場の立ち回りではやや軽く感じられた芝居が、吃又では味方となる軽み。菊之助の女房は真心がこもる表情ながらも、やっぱりちょっと美人すぎ?もう少し世話っぽさが出ても。(続

2)帯屋、うむむむ〜白状すると、私は、上方歌舞伎が……苦手なんです……江戸歌舞伎の方が合う。藤十郎の風貌、異様な若さにたじろぐ。14歳の娘に手を出し妊娠させるのもありえそうな優男ぶり、だが、如何にしても台詞の不明瞭さ、声量の足りなさは。役者は、声が出なければ。孫の壱太郎、(続

3)舌が長いのか、才気を感じるいい芝居なのにやっぱり台詞が不明瞭、残念。女形の時の声の方がうまく響いている。美女でもないが妙な魅力がある少女、ああいう女って手強いですね。少女の恋でもない段階まで関係が進んでいることも匂わせる。染五郎、楽しげだがう〜む。見目が少しステキすぎかな(続

4)奴道成寺、猿之助は踊りがうまいなあ。多くの女形が、踊ること(動き)に精一杯で、周りへオーラを発するまでに達しないのに、猿之助が踊ると場を支配する力がすごい。客席がピンとする。だがこの演目では道成寺という「物語」の必然性は限りなく薄まる。やはりオリジナルは物語が完璧である。(続


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おまけ)同じ銀座のシャネル・ネクサス・ホールで開催中のロバート・メイプルソープ展へも。学生のころ衝撃を受けたきりのメイプルソープ、今にして見ると、あの頃の感覚とはなんだか違う。女性をただの美しい物体のように撮る客観性と、男性を執拗に撮りまくる粘着性、ゲイならではの力とは思うが(続

2)今見ると、男性の撮り方は愛と嘲笑的諧謔性とがないまぜでは?むしろ滑稽味が感じられた。同族嫌悪でもあるのか。ストレートの男が撮る女は性的な存在だが、メイプルソープの女はまったく性的ではなく、だからといって男を撮っても、やっぱり性的とも言い難い。ねじれ。孤独。芸術の手前の冷笑(続

3)肉体の写真に較べて、花などの静物写真は完璧な美をたたえている。プリントの美しさにもうっとり。プリントはいいなあ。何十年もたってから同じ写真家を見るのは意義あることだと思った。シャネル・ネクサス・ホールは初めて来たが、すばらしいホールなんだなあ。入場無料とは太っ腹。(おしまい)


# by apakaba | 2017-04-08 23:11 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2017年 04月 06日

始業式です

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今日は、私が着任した中学校の始業式。
私も、勤務ではないけど職員と在校生に紹介するとのことで、登校した。
下駄箱に私の名前が貼ってあり、「ようこそ!」と書いてある、うれしい〜。
職員室に私の机もあり、そこにも「ようこそ!」と。わーい。
3人の子供たちが卒業した母校なので、まだわずかながらお世話になった先生も残っていて、なんとなく妙な感じ。
でもまだ知らない人ばかりだから、そうした顔見知りの先生に細々したことを教えてもらえるのが助かる。心強い。

そして、次男と小中学校が一緒で、部活も一緒だった子のお母さんが、事務室の職員として私と一緒に着任したことを知る。
ママ友が一緒でうれしい。
お互いの息子の近況を知らせ合う。
「おたくは?」と聞かれて「コックになったのよ。」と答えると、「あらー! だってすごく上手だったものね、料理が」と言っていた。
よく覚えていてくれて、うれしい。

職員室は奇妙な気分だ。
中学生のころ、学校が嫌い、先生が嫌いでさぼりまくり、先生たちからはいっぱしの不良少女扱いで、職員室にはできるだけ寄り付かないようにしていたのに。
そんな中学生だったのに、自分が中学校で、非常勤とはいえ教員として働くなんて。
しかしこの学校の中学生は、私のような反抗的な目をした子はほとんどいない。
土日の勉強を教えるボランティアでは、男子中学生に「まあまあ先生、わかってるって」とか軽口を叩かれながら肩を抱かれたりして、ギョッとする。
先生に対してこんなスキンシップは、昔の私には決して考えられなかった。

職員室でしどろもどろに挨拶し、始業式の壇上でもやっぱりあんまりうまく挨拶できなかった。
ふだん、人前で話さない生活をしていると、こういう時ダメね。
新しく着任した他の方々は、みんな上手に堂々と挨拶しているなあ。
感心してしまう。
私は、地元の小学校出身の子は私の声を知っていると思いますと言って、少し影絵の声をやってみせたりした。
演じるのは得意だが、素のままでお話しするのはまだ慣れていないんだね。
これから慣れていこう。
校歌斉唱では、すいすいと校歌が歌えた。
3年×3人、9年間ここに子供を通わせていたから。

職員室に戻って、今年度の新入生の中で、私が重点的に接していくことになるであろう、学習の困難な子供のリストをチェックする。
具体的に、どんな問題を抱えているのか、担当職員に質問しながらシミュレーションする。
話を聞きながら、大変だっただろうなあ、つらいだろうなあと考える。
私ができることはごくわずかだということは、わかっている。
いないよりはマシだと思われることを、まずは目指すね。

リストを読み上げながら、「この子が、飛び抜けて大変な子です。先生はきっとこの子にかなり関わることになるでしょう。」と強く注意を喚起されたのは、ああ、やっぱりあの子だ。
例の、影絵指導をした子だった。



「怪我をしないよう、彼が暴力をふるったらすぐに逃げてください。身を守ってください。先生が怪我したら大変です。」ときつく言われた。
私が怪我をしたら、彼も「他人に傷害を負わせた生徒」ということになってしまう。
みんなのために、絶対に怪我をしないようがんばる。

明日は入学式。
明日いよいよ、新入生の顔を見る。
楽しみだなー。
給食はもっと楽しみだなー。


# by apakaba | 2017-04-06 20:35 | 生活の話題 | Comments(0)
2017年 04月 02日

香港フード合宿・後編

ふと気づけば、前回の投稿から2ヶ月以上も空いてしまった。
その間に、エイビーロードの記事でこのフード合宿のことを書いたので、それでなんとなく満足してしまった。
でも中編までというのもなんなので、最後まで作ろう。

コックの次男を連れた香港フード合宿の最後は、やっぱり本人の専門のフランス料理で。
私たちが何度も訪れている、ミシュラン二つ星の「カプリス」だ。
ここではいつもアラカルトにしているが、今回は勉強という目的でフルコースにしてみた。
もうフルコースなんて何年も食べていなかったけれど、やっぱりフルコースにしてよかった!
組み立てがすばらしい。
ワインのセレクトも、息子に任せてみた。

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まあ、このクラスになると、「おいしいってことくらい、見ればわかりますよね!?」という品々が並ぶのだが、この魚だけはいたって平凡であった。
やはり魚の扱いは、日本人シェフが世界一だと思う。
日本の一流フレンチで食べる魚料理は本当においしいな。
「アキタコマチ」の勤め先の魚は、立ち上がるほどにおいしい。


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メインの肉が、豚の三枚肉というところが、どこか中華圏の雰囲気が漂っていて楽しい。
わりと硬めなキャベツが敷いてあって、軽くてナイスなメイン。

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ここまで、「アキタコマチ」は例によって「うまい!」「さすが、グランメゾンの仕事!」などと感激していた。
チーズを追加すると、この品揃え。
サービスの副チーフがチーズの説明をしつつ切り分けてくれたので、
「実は息子がコックで、東京のフレンチレストランで働いているんです。」
と話してみた。
すると、このあと予想もしなかったとんでもない展開に!!!!!

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副チーフは日本から来た若いコックの感激ぶりにとても喜んでくれ、「厨房を案内しましょうか。奥のセラーもいかがですか?」と、息子を連れて行ってしまったのである。
最新型の機器を備えた厨房で、きびきび働くスタッフの脇を通り、年代物のワインやチーズを保管するセラーにまで通してくれて、写真も撮らせてくれたという。

私たちは遠慮して席で待っていた。
一緒についていけば行けたと思うが、私たちはただ食べるだけのお客。
プロ以外が足を踏み入れる場所ではない。
「アキタコマチ」は、世界レベルの厨房を見学し、感無量の表情で戻ってきた。
(英語も話せないのに)いろいろ質問し、副チーフの名刺ももらって、「自分の携帯番号直通だからいつでも電話していい」と言ってもらったという。

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「あんなすごいチーズのセラーは初めて見た……わらが敷いてあるとか……4年熟成のコンテチーズとか! ありえないでしょ!」とひとり興奮する「アキタコマチ」。
おそらく、シェフ自らが目の前で調理してもてなすような上得意の顧客など、わずかなお客さんが入れる場所なのだろう。
それを、いくら私たちが何度も行っているとはいえ、ひょっこり来ただけのまだ若造のコックのために、ここまでしてくれるとは。


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フード合宿のしめくくりにふさわしい、超一流の料理とサービスだった。
二泊三日で、食べて食べて食べるだけの合宿で、私は、ふたつのことが心に残った。
ひとつは、香港の人々が、若い料理人の来訪に、礼を尽くしてもてなしてくれたこと。
やはり、料理の世界という同業者どうし、響くものがあるのだろうか。
これには、親としてすべての店にあらためてお礼を言いたいくらいに感激した。
もうひとつは、私たち夫婦も食べるのが好きでかなりおいしいものを食べに行っているが、プロ(で話すのがうまいやつ)を連れて行くと、楽しさが段違いになるということ。
おいしいと思うその味は、どうやって作られているのか?
それを解析してもらうと、料理というものが科学であり芸術であることがよくわかる。
パクッと一瞬で口の中に消える、そのひとくちに、どれだけのことが込められているか、今までよりもずっとよくわかるようになった。
実り多い旅だった。
そして夫は、「来年の正月も行こうぜ、恒例にしよう!」とか言っていた……そんなに出せません。お金をくださーい。
(終わり)


# by apakaba | 2017-04-02 15:23 | 食べたり飲んだり | Comments(0)
2017年 04月 01日

新年度です

今日から新年度。
毎年、年度替わりには、家族の身辺の変化を川底の石のように(←安部公房『砂の女』からのパクリ)見上げているばかりだった私だが、今年度はかなり身辺が変わる!
公立中学校の「学習支援教員」になり、来週から働き始めるからだ。


今一番楽しみなのは、給食!
夫に作っているので、自分の分もお弁当にしてもいいのだが、自分が作ったお弁当って本当につまらない。
私が子供だったころとはちがい、いまどきの給食はおいしい。
一食たった300円程度で食べられるなんて幸せすぎて怖い。
あとは、上履きを買って、学校のセンセイっぽい服をちょっと買って、研修に出たりして準備。
身辺が変わるってうれしいことだな〜。


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先月、近隣の小学校で保護者向けに開催された、発達障害児について学習するセミナーに出てみた。
せっかく採用されたんだから、ちゃんと勉強して、役に立とう。

それにしても、昨年度に始めた、土日に中学生に勉強を教えるボランティアを通して痛感したことがある。
国語(母国語)の軽んじられようたるや。
私は中学高校の国語科が専門だが、中学生英語なら教えられるので英語もよく見ていた。
学校指定のドリル教材があるので、その例文を読んでみると……

「名前、何?」
「かばんの中に、何入ってる?」
「これ、あんまりおいしくない。」
「英語、私には難しいよー。」
「消しゴム何個持ってる?」
「ぼくのラケット使って。」
「チョコレート!」

……がくぜん。
たしかに、英作文には役に立つかもしれない。
会話(口語)をそのまま頭の中で英文に変換するにはね。
だが、勉強というものは、教科を横断して学んでこそ、真の力になる。
この英語教材。国語力は完全無視ですかああそうですか。
助詞はどこへ行ったんですか?
こんな文を読まされ続けるなんて、最悪だ。
そう感じるのは、国語科だからなの?
(ちなみに最後の「チョコレート!」の正解は、「It's a chocolate!」である。)

私は、国語を教えたい。
受験にあんまり必要のない科目でも。
思考を広げ、深める大切な手段が、国語だ。
土日のボランティアは続けるが、週日に私が担当するのは、通常の学級にいるのが困難な子供に限られる。
それでもその子供たちが、もしも自分の内面について思考し、表現する術を持たずに苦しみを抱えているとしたら……国語を勉強することで、苦しさから抜け出すための穴を、少し広げられるかもしれない。
私にも困難が待ち構えているだろうけれど、やっぱり楽しみだ!


# by apakaba | 2017-04-01 22:46 | 生活の話題 | Comments(0)
2017年 03月 31日

歌舞伎座三月夜の部、国立劇場ツイート

3月のうちに3月中に見た歌舞伎はメモしておくことにした。
めずらしく連続投稿。
ここしばらく、仕事ばっかりでぜんぜんブログを書いていないしね〜。

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こちらは国立劇場の舞台。


三月大歌舞伎夜の部、引窓。幸四郎はもうやれる役が決まってきている。セリフをただ軽く流している。流すだけでも可笑しみがあるから、笑うシーンではないのに、観客がつい笑ってしまう。あれは芝居全体を壊す。かなり扱いかねる役者。早く白鴎になってください。しかし相撲取りがヤクザ稼業(続

2)すれすれだった時代。今も「興行」ではあるが、暗い影は当時に及ぶまい。けいせい浜真砂、また奇妙な芝居だねえ。なんで五右衛門が女ですか。藤十郎って一体おいくつなの。罰ゲームじみた装束の仁左衛門ほんの数分の登場、仁左衛門なら何を着てもよろし。4年ぶりの助六、4年ぶりのドキドキ。(続

3)口上の最中から、あの袖の奥にはあの絶世の助六が控えていると思うだけで胸がしめつけられるほどの高揚感。こんな芝居はめったにない。海老蔵助六、余人をもって代えがたしとはこのこと。不世出の美貌。千両役者。壮大な大根役者。ほんとに不思議な男だ。団十郎助六時代には花道が退屈で退屈で(続

4)「いつまで傘を開けたり閉めたりしてるんだ、とっとと舞台へ出てくれ」とまで思っていたのに、海老蔵の花道はいつまでもずっと花道にいてほしいと願うほど。観客全員うっとり。逆に言えば「セリフは下手だから喋るな」ってことだが。セリフはだいぶうまくなったがこれ以上の上達はないか?(続

5)雀右衛門揚巻、先代雀右衛門おばあさん(?)時代に見たのでそれに比べたら美しいが、玉三郎揚巻に比べるのは酷。ちょっと世話女房っぽい。くわんぺらはミスキャスト。歌六では真面目に演じすぎ、あれは幸四郎や仁左衛門がやるから生きる。白酒売菊五郎は自在の境地。この芝居の真髄は(続

6)コメディーなのに、今回はコメディーがうまい人が菊五郎以外いず(海老蔵も下手)残念。今になると、勘三郎より三津五郎の抜けた穴の大きさを思い知る。4年前、三津五郎の通人は絶品だった。出てきただけでワーッと沸く。勘三郎の代わりはいても三津五郎の代わりはいないのでは?それにしても(続

7)先代の団十郎から、生き写しの海老蔵まで、美貌の助六を見ることのなかった人々(団十郎助六時代)は、助六という芝居がよくわからなかったのでは?今から歌舞伎を見る人は幸せだ。海老蔵の助六を、まだこれからもずーっと見られるのだから。引っ込みの海老蔵の、決意した表情は瞠目。ガンバレ(終

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団十郎が植樹したという熊谷桜。
国立劇場はさくらまつりの期間中でした。




国立劇場、通し狂言伊賀越道中双六。前回の上演も見たが、やっぱり妙な話だ。こちらの歌六はよし。雀右衛門もよろし。この二人、3月は国立劇場と歌舞伎座を掛け持ちして大変な忙しさだ。吉右衛門は年だなあと感じる。体が、動かなくなっている様子ではなく、逆に軽くなっている。年とともに、(続

2)殺陣では若い者が動いて大幹部クラスはあまり動かずやっつける方が様になるが、吉右衛門は自分が動いてしまい、動きにグッと重さをつけることができなくなっているので、腰が軽く見える。やはりもう鬼平ではないなあ。そろそろ立ち回りは卒業では。菊之助の白塗りやよし。役にも合っている。(終)


# by apakaba | 2017-03-31 16:25 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2017年 03月 31日

歌舞伎座、二月昼夜、三月昼の部ツイート

ふと見返してみたら、昨年9月以来、歌舞伎ツイートをまったくしていなかった。
毎月欠かさず見に行っているのに〜。
今年の2月からの分だけでも、書いておく。

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2月3日の初日。
帰りに寄ったポーラミュージアムアネックスでやっていた青木美歌個展。



猿若祭二月大歌舞伎昼の部、猿若江戸の初櫓。勘九郎の足さばきの軽さよ。宙から吊られているいるように、軽々と舞台を踏む。大商蛭子島、女好きな頼朝松緑は適役なのかよくわからない。長い割にはさしたる見所なし。四千両小判梅葉、やっぱり黙阿弥が好きだなあ。菊五郎は黙阿弥にばっちりはまる。(続

2)一番の見せ場の大牢シーンは、妙に長く、様式美(美というかなんというか)が興味深い。男祭り状態の牢獄、テレビなどの取材もなかった時代、さぞ一般大衆の目には恐ろしく、奇異で、のぞいてはいけない世界を覗くような気持ちになったことだろう。扇獅子、うん、正直いって忘れちゃったごめん(続

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3)二月夜の部、門出二人桃太郎。中村屋さん、おめでとうございます!兄桃太郎はばっちり歌舞伎になっているぞ。弟桃太郎はまだ人形みたいだ。何を見ても感慨深い。この子達が歌舞伎座で大役をやるころには、私は生きているのか。パパ勘九郎はじめ皆さん、うれしそう〜。贅沢な犬猿雉も大ハマりだ(続

4)異様なメイクの犬染五郎、メイクなしでいけそうな猿松緑、やたら生真面目な羽ばたきの雉菊之助、3人どれもこの役以外ありえないほど。特に菊之助の生真面目な羽ばたき姿が忘れられない。絵本太閤記、うーむ多くは言うまい。芝翫がアレなので、全体に退屈に。がんばれ。梅ごよみ待ってました!(続

5)菊之助の美貌は非の打ち所なし。演技もはまっている。出色は勘九郎の最近めずらしい女形。そこそこの美貌といい性格といい、いるねこういう女、と思わせる説得力ある存在感。児太郎も同じく。男が最後に選ぶのは結局このタイプか〜とうなずかされる。だから女二人の「しらけるねえ」が最高。(終)


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三月大歌舞伎昼の部、明君行状記。初日のせいか、梅玉はセリフが入ってないような。明君というか普通に梅玉じゃないか。しゃべってるのが。亀三郎との熱の差が……梅玉は毎月ほんとに忙しい。話も、真山青果はいつもおもしろくない。なんであんなになんでも言葉で説明するのか。説明のための台本。(続

2)義経千本桜碇知盛、待ってました仁左衛門知盛。比類なき美しさ。後半血まみれも、いつもより血糊が多めな気がします。銀平女房は玉三郎以上の人は見ていないが。巳之助くんもいい役がついてる。安徳帝右近の美しさは知盛がひれ伏したくなる実在感あり。それにつけてもこの話を見るたびに、(続

3)平家物語という物語の凄さをひしひしと感じずにいられない。「浪の下にも都のさぶろうぞ」と安徳帝に言い聞かせ自害していくシーン、女房たちの着物が海に漂うビジュアルなど想像すると果てしない気分になる。やはり名作中の名作。当たり前だが平家物語あっての歌舞伎作品だ。読破まで遠いが〜(続

4)どんつく、ご贔屓巳之助くんが踊ってます。今月いい役がついてる。早く八十助にしてあげてー。しかし松緑も踊りがいいねえ。あの人たちの運動神経ってなんなんだろう。海老蔵謎の表情な若旦那、彼ってどうしていつもああいう妙な表情なんだろう。夜の部にやってくれるからいいんだけど。(終)

# by apakaba | 2017-03-31 15:16 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2017年 03月 30日

3月の子供たちのこと

最近の子供たちの話題など。

先日、「ササニシキ」が大学院を卒業したらしい。
「お前の卒業式っていつ」と聞いても、今月になるまで「よくわかんない。」と答えてきた「ササニシキ」だが、一週間くらい前に「28日。」という。
「ふーん。卒業式には出るの。」
「出ない。」
「なんで。」
「時間がない。」
「じゃあ卒業証書はどうやってもらうのよ。」
「わかんない。」
勉強に忙しくて、卒業式にも出る時間がないらしい。
6年前の大学入学式のときには、両方の祖父母が出席してしまうという派手な喜びようだったのに(私は出席しませんよ)、卒業はひっそりしたものだ。

27日、「お前明日卒業式でしょう。」というと、「うふふっ。おかーさん、なんでそんなの覚えてるの。」
「そりゃ当たり前だよ。かわいい子供の卒業式くらい覚えてるでしょう。」
「うひひ。そんなこと言ってー。」
私が子供のことに本当に興味がない親だと思い込んでいるらしい。

きのう、一応卒業パーティーをした。
「アキタコマチ」がパエリアを作った。

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具材が多すぎてコメが見えないけれど、私が作るのとはまるっきり別レベルの味。
当たり前だけど。
「ササニシキ」は卒業後も引き続き大学の図書館を使って勉強をし、私たちが食後のケーキを食べているころにやっと帰ってきた。
法科大学院というのは実に奇妙なもので、司法試験を待たずに卒業させてしまう。
だからとうとう無職の男になっちゃった。
卒業おめでとうという言葉も、なんだか出てきにくい状況。
でも親としては、また一人、子供がもう学生じゃなくなったんだと思うと、それなりに感慨深い。


「アキタコマチ」も、ここのところとても大変だった。
勤め先のシェフが、日頃の無理がたたって、怪我の感染症から発熱して入院してしまった。
一気に「アキタコマチ」に責任がかかってきた。
もともとスタッフの数が少なすぎることが、シェフが倒れた原因だ。
しかし、「アキタコマチ」がこの大ピンチをうまく切り抜ければ「なーんだ、お前だけでもどうにかなるもんだなわっはっは」という楽観的な結論になるだろうし、失敗をすれば「なーんだ、やっぱりお前は半人前だな」との評価になるだろうというダブルバインド。
まあ「アキタコマチ」の性格だから、意地でもやり遂げたけど。
シェフももう復帰してくださったので、「わっはっは」めでたしめでたし、ということに落ち着きつつある。


「コシヒカリ」は滑ったり転んだりの台湾ひとり旅から戻ってきた。
旅行記を書いていたので、また掲載していく予定。


台湾から帰ってきて、友達と遊びに行った帰り、中央線のホームで、人が落ちて死ぬところを見てしまったという。
夜のホームですぐ隣に並んでいた酔っ払いの男性が、自らホームに頭から落ちていった。
連れの人か他人かわからないが、その隣にいたメガネの男性が、すぐに緊急停止ボタンを押したが、ホームに入ってきた電車がスピードを落としきれず、そのまま轢いてしまったという。
メガネの男性はメガネを外して駅の階段に座りこみ、頭を抱えていたという。
ショックを受けて帰ってきた。

毎日、子供たちにもいろんなことがある。
それを日々聞いている。


# by apakaba | 2017-03-30 11:32 | 子供 | Comments(0)
2017年 03月 14日

「コシヒカリ」が海外ひとり旅デビュー

今は二人とも多忙で無理だが、長男次男とも、以前はかなりたくさん旅行をしていた。

一人ででも友達同士とでも、国内外へどんどん出かけていた。
娘の「コシヒカリ」は、高校を卒業するときに、兄たちに倣って広島へひとり旅をした。
「ひとり旅は、楽しいけど、さびしい。わたしはやっぱりひとり旅には向かないんじゃないかと思う……。」
しばらくそんなことを言っていたが、この春休みに台湾へ行くことにしたらしい。
本当は私に一緒に行ってほしかったようだが、「大学生になったら親を頼らないで一人で海外旅行をしなさい。」と突き放したのだった。

だが!
突き放したはいいが、心配で心配でたまらない。
兄たちとちがい、娘は海外旅行に対する心構えがまるっきりできていない子なのだ。
あんなにいろいろな国へ行っているのに。
娘は、これまでインドネシア(バリ)、ロシア、イギリス2回、香港、マカオ、台湾2回、ポーランド、オーストラリア、シンガポール2回、と、なかなか華麗な渡航歴を持っている。

そ、そ、それなのにですよ。
自宅から羽田空港まで行く行き方がわからない!
ていうかそもそも、羽田空港と成田空港の区別がついてない!
羽田空港に着いたら何をしたらいいのか、まったくわからない!
「あの、みんなが見上げてる、“でんしばん”を見ればいいの?」
「……でんしばん ってナンデスカ。」
フライト案内表示器の見方も知らない。
チェックインも出国審査も搭乗口にいつ行くのかも、とにかくなにもかも、海外旅行を一度もしたことのない人に教えるように話さないといけない。
この子の人任せぶりは、いったいなんだろう?
そのくせ、「台湾は漢字が読めれば大丈夫でしょ」と、なめてかかっている。
2回行ったことがあるとはいえ、両方とも家族が連れて行っていたから、自分ではなにもできないままなのに。

旅先のトラブル事例や注意事項を、山ほど教えた。
「漢字が読めるからって、油断したらだめ。バスに乗ろうとしたって、同じ行き先が書いてあるバスがバス停にいっぱい来ちゃったりするんだから。そのどれに乗ればいいのか、確かめること。そもそも思っていたよりバス停が遠いとかいうこともあるから、とにかく時間に余裕を持って行動するんだよ!」
と、きのうあんなに言い聞かせたのに、今朝はもう家から出る時間が遅くなっている。
夫に持たせるお弁当をすごい速さで作って、駅まで車で送った。
送りながら怒りっぱなし。

朝の家事を終えて、そろそろ飛行機に乗る頃だなあと思っていると、メールが来た。
私はApple Watchを使っていて、これにはメッセージに対する簡単な返信機能がついているため、タッチミスをしてとんちんかんな返事を送ってしまった。

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ださいやりとり。

台湾をふつうに観光してくるだけなら、私もここまで心配しないが、娘の目的は台湾原住民(原住民とは差別的な呼称ではなく、原住民自身の自称である)の村を訪ねることなのだ。
私が4年前に行こうとして失敗した、ルカイ族という人々の住む山奥の村へ行こうとしている。

私のこの旅行記を読んだことがきっかけだ。
当時壊れていた道路が、今は開通して旅行者も入れるようになったらしいが、外国人の立ち入りを制限している区域なので、警察署に行って入山許可証を取らなければならない。
そんなのできるの?
英語もまるっきりできず、旅スキルゼロの子が。

もうひとつ、私が台湾映画『セデック・バレ』を勧めたこともきっかけになった。
セデック族という原住民の抗日運動の話で、日本統治時代に、山の原住民がいかに日本人に抵抗したかを描いた超大作だ。
思った通り娘は
「原住民かっこよかったー!首狩り(当時は首狩りの習慣があった)超カッコいい!」
と盛り上がり、
「日本人が皆殺しになった場所と、セデック族の首領の碑を見に行く!」
と言い出す。
「原住民はハンサムぞろいだよ。台北から南へ行くと美男美女率がいきなり上がるから!」
と私が言ったのもいけなかった。
「『セデック・バレ』みたいなカッコいい人がいっぱいの台湾!」
と夢見ている。

日本のすぐ近くの国をよく知りたいと思うのは、とてもいいなと思う。
日本人は、台湾人のことを、ともすると都合よく「親日」と思いすぎる傾向があるが、山の暮らしをしていた原住民にとって、日本統治は受け入れられるはずのない強圧であった。
現場へ行って、ルカイ族やセデック族の建築や食生活や習慣といった文化を知り、漢民族とはちがう人々の顔立ちを見て、初めて深く感じ取れることがあると思う。
娘は感激屋なので、行けば100%、感動する。

でも心配。
子供達の旅志向は、結局、親の私の影響というか責任に他ならないけれど、息子二人とはちがってやっぱり心配なのよ。


# by apakaba | 2017-03-14 15:41 | 子供 | Comments(0)
2017年 03月 12日

影絵体験授業での出来事から

きのうの続き。
きのう、「日本はより排他的な方向に向かっていると感じる」と書いた。
私も、ネットに何か書くことにも、息苦しさを覚えている。
言いたいことがあっても、「こんなことを書くと見知らぬ人から攻撃されるのではないか」と心配になり(実際、何度かそういう目にも遭っている)、いつしか当たり障りのないことだけを書くようになってきている。

4月から、学習支援教員の仕事を始めたら、きっとさまざまなことを言いたくても言えなくなるだろう。
プライバシーの問題があるし、そうでなくても、障害者の話題はとてもセンシティブなものだからだ。
「障害」という漢字を使うことの可否からして、しばしば議論の的となる。
「学習障害」「注意欠陥多動性障害」という言葉も、今後は「限局性学習症」「注意欠如・多動症」といった表現に置き換えられる予定だそうだ。

今はまだ、仕事を始めていない身分なので、多少ざっくばらんに、先週あったことを書いておこうと思う。
先週、私の所属している影絵人形劇団が、近隣の小学校で6年生を対象にした影絵体験学習授業を受け持った。
体験といっても手加減なしの指導で、本格的な劇を上演する。
複雑な動きをする人形を動かす人形チーム、高度な演技が必要とされる声チーム、背景画像を場面に合わせて転換していくPCチーム、そして楽器の演奏や効果音、エンディングの歌をリードする担当の音楽チームの4チームに分かれる。
とにもかくにも時間がないので、猛烈な勢いでたたき込み、あっという間に本番の録画までに仕上げていく。

私は声チームを担当していた。
3組まである学年の2組担当だったが、リハーサルからは他のクラスの声の指導も全部やっていた。
マイクの前に張り付いて、声の出し方や演技のコツなどを、その場で初めて会う子供にバシバシ伝授。
2組以外の子たちは、いきなり出てきてあれこれ教えたり褒めちぎったりするおばさんが誰なのかわからないまま、あまりの真剣さ(だって時間がぜんぜんないから)が伝わっていうとおりにする。
みんなそれぞれにがんばって、いい演技だ。

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受け持ちの2組を特訓中。
みんな上手。
それにしても、背丈が小学生に埋もれてしまいます。



その中で、マイクから完全に体が離れてしまい、しかも声が小さく棒読みなので何も聞こえないという男子がいた。
下を向いて、台本の文字を追うのに必死だ。
その子の肩を抱きかかえて体ごとマイクの近くへ持って行き、「マイクに口を近づけて!声を拾ってないよ!セリフは聞こえなくちゃ意味がないの。」と励ます。
その子は抱えられるままに、棒読みを続けている。
棒読みなのは反抗しているのではなく、本当に一生懸命読んでいるからのようだ。
体重が腕にのしかかって重いので、
「ちょっとしっかり自分で立ってくれる?!重いよキミ!」
と言ったとたん、いきなり彼の目つきがガラッと変わった。
私をにらみつけて「死ね。」と吐き出す。
その目つきと言葉で、「今はいったん引こう」と即判断し、ぱっと離れた。
彼は「くそばばあ!死ね!死ね!」と、私をずっと罵り続けた。
担任の先生がなだめに入っても、その場で座り込んでしまい、「あのばばあがいるなら、もうやりたくない!くそばばあ!あんなばばあ大っ嫌いだ!」
そして会場の体育館を出て行ってしまった。

休み時間になり、在校生のお母さんたちに聞いてみた。
彼は学校で知らない人のいない、問題行動の有名人だった。
子供が卒業して久しいため、ほとんど私だけが知らなかったのだ。
彼は(おそらく)ADHDであり、投薬もしているという。
投薬治療レベルの子を、予備知識ゼロで指導にあたらせる学校側も学校側だと思うが、在校生ママは当然知っているので追及するほどでもないのかもしれない。
そのときはたまたま、知らなかったことがかえって功を奏したのだと思う。
他の子と区別しないで、その子を見た瞬間に抱きかかえて指導していた。
その様子を見ていた人たちは、「あの子があの場にいて台本を読んでいるだけでも奇跡なのに、あんなふうに(抱えられるがままに)されてもそのままやっているということに驚いた」という。
それは、別に私に力量があったからということではなくて、単に私には彼に対する先入観がなかっただけだ。

担任の先生は、
「本番では私がしっかりついていますから、(あの子のことは放置しても)大丈夫です。」
とおっしゃる。
そのとおりに、ここは放置した方が賢明か。
短い休み時間、激しく迷っていた。
子供とはいえ見ず知らずの人間から、あそこまで激しく罵られたことも初めてで、精神的にこたえた。
このあと控えている本番でどうするかを決めかねたまま、ひとけの減った体育館に戻って立っていると、クラスメイトを追いかけながら彼が走り込んできた。
私の近くにわざわざ寄ってきて、「くそばばあ!」と叫んで走り去る。
でも、その顔は、ちょっと笑っていた。

一緒にいたメンバーは
「あれっ?あの顔は……(私のことを)気に入ってるかも。」
「うん、ひょっとしたら、かなり好きかも?」
と言う。
それで決めた。

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本番に向かう子供達を、見守っています(背丈は埋もれてるけど)


本番、体育館に子供達が戻ってきた。
声チームの子たちは、リハーサルのときに注意したことをちゃんと守って、さっきよりグッと上手になっている。
全員が立ってスタンバイしているのに、あの男子だけは座り込んでいて、先生が一緒に付いている。
私が他の子たちに声をかけているのを、膝に顔を埋めているようで絶対に観察してる。
「うまいねえ!」「よくなった!」「よし、いいよ!」と、できるかぎりの子供に触れながら褒めた。

劇の佳境に登場する彼の出番、とても、とても大事な役だ。
自分のせいで娘を目の前で死なせてしまい、嘆き悲しみ、やがて敵と和解して癒されていくという、難しい役なのだ。
こんな大役によくも付いたなと、冷静になると感心するが、この子がダメでは劇全体がダメになってしまう。
先生は「放置でいい」と言ったけれど、私はやっぱりリハーサルと同じように、他の子たちと同じように、彼に密着することにした。
また「死ね」「ばばあ」と言われるか……「こんなくそばばあがいるから、もうやりたくない!」と本番中にマイクを蹴倒して暴れるか……賭けに出た。
「マイクにくっついて!」「大きく!」と、声をかけてみる。
そのとおりにする。
「長く伸ばして。」「悲しそうに、悲しそうに。」
そのとおりにする。
上手な子に較べたら話にならないほどの変化なのだけど、それでも、あきらかに私の指示を聞いて、そのとおりに演じようと努力している。
「泣いて!泣いて!」
涙声を出そうとしている。
あの罵声とぜんぜんちがう、頼りなく、ひょろひょろした声の演技。
こっちも泣きそうになる。
「大事なセリフ。しみじみと悲しそうに読んで。」
努力すると口がマイクから離れそうになる。それを抱きかかえる。

「よし!よくできた!」と一言褒めてすぐに離れ、もう次の役の子の指導に、私は移った。
だから彼がどんな反応をしたかわからない。
ただ、そのほんの少しだけのふれあいで、私は多くのことをつかめた。

彼は孤独だ。
成功体験がきわめて少ない。
周りの子供も大人も、彼と真面目に接することをとっくにあきらめて、遠くに置いている。
私のような、事情をまったく知らない大人が突然真剣勝負でぶつかっていったから、気迫に圧されて応えようと反応した。
まだまだ、彼には希望がたくさんある。
そしてなによりも大きな収穫は、影絵の活動を通して私がずっと思っていたことを、確認できたこと__声の演技をすることは、セラピーになる。
こんな自分の日常とはまるでちがう、別個の人間として、言葉を発すること。
別の人生を生きること。
彼は今、きわめて貧しい言語の世界にいる。
「死ね」「くそばばあ」の罵り言葉は、言われた相手が必ず気分を害する効果的な武器だから発しているだけだ。
苛立ちや苦しみや、うれしかったこと、そうした自分の内面を掘り下げるためには、言語世界が広がらなければならない。
そのためにも、別の人間の言葉を獲得し、声に出して心から発することは重要なのだ。

影絵体験授業は、このようにして、スクリーンが破かれることも、マイクスタンドがぶっ倒されることもなく、無事に終わった。
そんな彼ももうすぐ小学校卒業……と、いうことは、このまま地元の中学校に進学したら、彼は来月から……私の生徒ってこと?!
ウワー。がんばらなきゃなあ〜。
たった一度の、たまたまの成功で、新しい仕事がこの調子でいくとは思っていない。
先は長い。
苦しむ子供の人生は、私よりずっと長い。
そこまでおめでたくはないが、4月になって不安でびくびく働き始めるよりは、この影絵での経験は勉強になった。
障害児に関する書籍を読んだり、専門家の講演会を聴講したりして座学もしているが、やはり現場は、得るものが格段に大きい。
もう「死ね」「ばばあ」と罵られても、平気だもん。


# by apakaba | 2017-03-12 13:22 | 生活の話題 | Comments(0)