「エキサイト公式プラチナブロガー」スタート!
2016年 08月 11日

お盆休みも働くの

会社勤めの皆様は、お盆休みがスタートしたころでしょうか。
いかがお過ごしですか。

次男「アキタコマチ」はフレンチレストランのコックで、週休1日で働いている。
超人手不足のため、長時間勤務でやっているが、お盆は一週間の休みが取れる。
まとまった日数が空くと、学生のころから、一人で海外や国内の遠隔地へ旅行に行っていた。
「夏休みはどこに行くの」と尋ねると、「働く」。

「旅行するお金はない。だから休みを利用して研修に行こうと思って。」
お盆休みの一週間、シェフの知り合いの有名パティシエの店で、無給で研修に入れてもらうことにしたという。
そこは超人気店で、朝6時に出勤して夜は遅くなると12時になるという、勤め先のレストラン以上のハードな勤めだという。
お菓子ってハードなのね。
できあがったお菓子は夢のカタマリみたいにファンタスティックなのに、作るのは大変なんだねえ。

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研修前日(=夏休みに入る日)、ヴィシソワーズを作ってくれた


息子も、調理学校に2年間かよっていたから、当然お菓子も作れるが、さらにきちんと作れるようになれば、将来役に立つこともあるだろう。
でも私だったら、一週間休みがあったら、仕事と関係ないことをするだろうなあ。
怠け者だった次男が、いつの間にこんなに勤勉でガッツのある社会人になってしまったのか、自分の怠惰さと引き比べても不思議になる。

「オレは、結局みんなが昔がんばってたころに何もがんばってなかったからね。たとえば、部活とか、受験勉強とか、趣味でバンドやるとか……友達はみんなそれぞれの年齢で何かに打ち込んでたけど、オレは地道な努力を回避してた。
だから今がんばってるんだと思うよ。」

おもしろい人に会え、いろんな大人を見ろ、道を極めている人を知れ、と、怠惰な次男には小さいころから言ってきて、そういう環境に身を置くように仕向けてきた。
この夏休みの「パティシエ修行」には驚いたが、自分をギリギリまでこき使うのは、若いうちしかやれない。
いい人とめぐりあってきたことが、実を結んでいるんだな。
人情家でアツい大将のシェフだが、やっぱり超一流の腕と、息子にどんどん大きな仕事を任せてくれる信頼関係が、今は息子を育ててくれているのだろう。
ありがたやー。

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バター醤油風味の焼きとうもろこしのごはん。
(私が作りました)


しかし、料理業界の離職率の高さたるや大変なものらしい。
料理人も菓子職人も、若い人はあまりのキツさに、あっという間にやめてしまうという。
職場の人間関係なども絡むのかもしれないが、せっかく入った調理の仕事、若い人たちにはがんばって続けてほしい。
そのためには、尊敬して付いていけるトップが必要なんだろうけどね。


# by apakaba | 2016-08-11 12:45 | 子供 | Comments(0)
2016年 08月 09日

「コシヒカリ」が老いたコーシローを思いやる

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10年前、飼い始めたころのコーシロー



夫と香港旅行に行って、帰ってくると、コーシローは出迎えにも来ずただただ寝ている。
気分屋なので、外出から帰ってきても、いつでも尻尾を振って喜ぶわけでもない。

ただ、毎朝、娘の「コシヒカリ」が起きてくると、たいていはかわいがってもらうために出迎える。
「コーシローは『コシヒカリ』が好きなんだね。」
と私は毎朝言っていた。

「でも、コーシローが本当に好きなのは、おかーさんじゃないのかなって思うの。」
香港から帰ってきた翌朝に、出迎えたコーシローを撫でながら「コシヒカリ」が言った。
「なんで?」
「だって、留守番の最中には、一度もこんなふうに出てこなかったよ。いかにも毎朝わたしにかわいがってもらうために出てきてるみたいにしてるけど、おかーさんが見てないと出てこないんだよ。
たぶん、かわいがってもらっている自分を演出してるだけなんだと思う。
それに、おかーさんがいない間、ずーっとさびしそうにしてクンクン鳴いたり、玄関のところにうろうろ出て行っちゃったりして、あとは死んだみたいにだらーっと寝ちゃってて、ちょっとも動かないの。
呼んでも来ないし。
わたし、もうコーシローはさびしくて死んじゃうんじゃないかと思って、本当に心配だった。
だから、今まで、コーシローが一番好きなのはわたしなんだと思ってたけど、本当に好きなのはおかーさんかなって思った。」

本当に好きなのは、なんて、考えたことないけど、犬にとって、この人はこういう存在という区別はかなりはっきりつけているように思う。
犬は老いて、娘は大きくなった。
でも、犬は自分が老いたという自覚はないように見える。
時間の流れ方がちがうだけなんだな。


# by apakaba | 2016-08-09 22:10 | 子供 | Comments(0)
2016年 08月 03日

京都でたくさん歩いた

土日で京都へ行ってきた。


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土曜日の観光は貴船神社のみ。
夏はずいぶん混むのね。そしてそんなに涼しくなかったね。

この夜は4軒まわった。
酒飲みばんざーい。


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日曜日は市内をスタンプラリーのようにぐるぐるまわった。
まず龍谷ミュージアムと東華菜館。
東華菜館の春巻きは、ふつうの春巻きとだいぶちがうけど好き。
ふつうの春巻きはどこでも食べられるからねえ。


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京都御苑の厳島神社へ。
遠くから見ると、鳥居の形が「唐破風屋根みたいだ……」。



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近づいてみるとやっぱり唐破風っぽい。
京都三珍鳥居のひとつだと後から知った。
そのときは、鳥居の形にすぐに気づいた私えらいって思ったけど、もしかして常識なの?

京都御所が通年一般公開になったばかりなので、さっそく行ってみた。
「外国人観光客にも広く公開できるように」という政府の意向を受けて、通年一般公開になったという。


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京都御苑から歩いているときには、日陰もまるでなくて、死んでしまいそうに暑かったけど、さすが京都御所は見る価値大なり。


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紫宸殿は、東大寺大仏殿に匹敵するほどの迫力だった。
ドキドキするほど大きかった。
門や庭や、御殿の襖絵など見ながら歩く。
御所をひとまわりすると、まるで短い旅をしたかのような充実した気持ちになった。


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金閣寺に来ると思う。
肉眼で見ているととても近く感じるのに、写真にすると絶望的に遠く写るのはなぜだろう?
これほど、目と写真とで大きさがちがって感じられるものってあまりないような。
まるでお月様のようじゃないか。


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北野天満宮には七夕飾りがたくさんあって、楽しげだった。
ここの唐破風はなかなか勾配がきっちりついている。
勾配が急だと、派手な印象になる。


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最後まで唐破風で。
さらさ西陣は銭湯をリノベーションしたカフェ。
働いている女の子がみんなかわいい。
内装のマジョルカタイルもかわいい。

たくさん歩いて、日頃の座りっぱなしでPCばかり見ている生活と、つかの間のサヨナラ!


# by apakaba | 2016-08-03 12:38 | 国内旅行 | Comments(0)
2016年 08月 02日

俗っぽい夢をそのまま書いてみる(恥)

Facebookの機能で「過去のこの日」というものがある。
通知を毎日受け取って、過去の今日に何を投稿していたのかをふりかえれる。
人に見せなくても、自分が書いたことを見るのはおもしろい。
今日、まるっきり忘れ果てていた4年前の今日の朝に書いた投稿が出てきた。

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久しぶりの恵比寿「新東記」



おはようございます。
今朝は堺雅人の夢を見てナイスだった。

夫が堺雅人になってた。
堺雅人は弁護士(リーガルハイ)ではなく産婦人科医で、一晩に難しいお産を3つこなしてへとへと。
昼までで仕事が終わり、義父母も交えて家で食事会をするが、赤ワインがぬるすぎたり冷えすぎたりしている。
私は特大のグラスで、ぬるいワインに氷をざくざく入れてあっという間に飲んでしまうが、堺雅人は疲れすぎていてなかなか飲み始めない。

私は隣室に行って(けっこうなお屋敷住まい)しばらく客人や子供たちと話したりしてから食堂にもどると、堺雅人は冷え過ぎのボトルを胸に抱いて温めていた。
キャアアーそのボトルになりたいと思いながら、ステキな妻らしく余裕の足どりで彼に近づいていって、
「(仕事の成功)おめでとう。私が注ぐわ」
と、そっと胸のボトルを取り上げて、彼のグラスに注ごうとする。
すると彼のグラスにはすでに一杯分のワインが入っていた。
「なんだ、自分でもう入れてるんじゃないの。」
と、ボトルを持ったまま行き場を失い、自分のグラスに注ごうかなと思うが、私のは彼のきゃしゃなグラスと似ても似つかない、バケツみたいな特大グラスで、氷がまだ入っていて、ウワーあたしって夫に似つかわしくない下品な妻だわ、育ちの悪さがこういうときに出るわ、この家に嫁いできたのがまちがいだったわ、としょんぼりする。

でもボトルを取り上げるときに至近距離で見た夫(堺雅人)はすっごいかっこよかった。
ほんものの夫より身長が15センチくらい低いが、男は身長じゃないぞオーラだぞ。



なんですかねこの俗っぽい夢はね。
今日読むまで、さっぱり忘れ果てていた。
なんでも記録しておくと苦笑も含めておもしろいなあ。


# by apakaba | 2016-08-02 22:07 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 07月 28日

7月が一番かわいい

「わたしの誕生日って夏休み目前だから、学校では会えなくなるし、みんな忙しくて、プレゼントとかあまりくれないんだよねえ。」
「コシヒカリ」は、誕生日が過ぎたのに、あまりプレゼントをもらえないことを悲しんでいる。
「じゃあ新学期になる9月生まれがよかったの?」

「うん」と答えるとばかり思ったら、意外にも力強く「ううん、わたし7月生まれでよかった。だって7月って、1年で一番かわいいから!!!

私 :…………ええとー。7月って、かわいいんデスカ?
コ :そう。
私 :7月生まれの子がかわいいってこと?
コ :ううん、7月っていう月がかわいいの。
私 :月って、かわいいとかあるの……(また例によって「共感覚」というあれか……→娘の共感覚の話)
コ :7月ってかわいいでしょ! 夏だし! 第一、「ジュライ」って言葉がかわいい、一番!


「ジュ」と「ライ」と両方かわいくて、よくぞ組み合わせてくれたって思うの。
ジューンもかわいいけど、ジュライには負ける。ジュライの「下位互換」って感じ。
マーチもかわいいけど、ちょっと女の子っぽくしすぎ。
メイとか、もはやかわいそう。

だいたい、「バー(ber)」とか「リー(ry)」とか付く月、なんなの。かわいくないし長い。
無理矢理詰め込んでる。
ジャニュアリーとか、ないでしょ。フェブラリーとか言いづらいだけ。
セプテンバーはちょっと怖い。銀の刀で、シャキーンって切られちゃいそう。
オクトーバーとかただのタコでしょ。
ノベンバーとか、アハハ。メンマみたい。
ディセンバーは年寄りっぽい。おじいちゃんて感じ。

エイプリルは、かなりかわいい。
もうちょっとで負けそうになる。でもやっぱりジュライのほうがかわいいな。
ええっとあとは何。
オーガスト? オーガストっていうと、ちょっと秋の感じがする。
ジュライだと夏!って思える。
「7月」っていうと夏の始まり!って思う、ほんとはまだ梅雨だったりするけど、でも語感が。
いよいよ夏だぞーって思う。
「8月」っていうと、ただただ暑いだけ〜って感じ。
でもオーガストだと秋が始まりそうなんだよね。語感が。

つまり、わたしは7月生まれなことをすっごく気に入ってるの。
1年で一番かわいいから。
わたし、英語を習い始めて12ヶ月を覚えたときに、「何このジュライってかわいい!うれしい!」って思ったんだ。
よくこんなにかわいい7月に生んでくれたと思うの。


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シンガポール動物園で、オオコウモリを触る。
生き物はなんでも手なずけてしまう「コシヒカリ」



あのねどうしてわたしがこんなに話しているかというと。
ニール・セダカの『カレンダーガール』を聴いてるとね。

私 :え? えええ? ニール・セダカ?!

コ :うん、ニール・セダカの『カレンダーガール』で、コーラスで「ジャニュアリ〜」とかバックで言ってるんだけど、いつもそれを聴くと、「ああ、やっぱりジュライはかわいい」って思うの。その歌い方が。
「リー」とか「バー」だと音符の中に入りきれてなくて無理矢理でかわいくない。
でも「ジュライ」は「ジュ〜ライッ」って言うの。
それがあんまりかわいくて、たまに聴き終わってからまた「ジュ〜ライッ」のとこだけもう一度聴きたくて、巻き戻したりするんだあ。
7月生まれっていいなあって思って、うれしくなるの。


# by apakaba | 2016-07-28 11:12 | 子供 | Comments(0)
2016年 07月 27日

デジタルだからできる、宇宙と自然の似姿のアート—チームラボ「DMM.プラネッツ Art by teamLab」

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“海賊王”に!!!
おれはなるっ!!!
本文とは関係ありませんが、『ワンピース』のブースもあります


「お台場みんなの夢大陸2016」に行ってきた。
10時の開場とともに、直行したのはもちろん、チームラボだ!

「DMM.PLANETS Art by teamLab(案内のページはこちら)」は、開場したらどこよりも先にめざすのが正解だ。
チームラボの展覧会は、いつだってとにかく行列するから。

入場してまずやることは、靴と靴下を脱いで裸足になること。
そしてズボンやスカートの裾をまくりあげること。
床が鏡張りだったり、水を使ったインスタレーションがあるためだ。

真っ暗に近い通路に、浅く水が張ってある。
すべて裸足で館内をまわるから、足を洗うことが目的なのはわかっているけれど、屋外の暑さにバテている体が一気に引き締まる冷たさ。
ダレていた意識がギュッとかたまり、この先の部屋で何が起こるのか、ただそのことだけに気持ちが集中する。

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「やわらかいブラックホール—あなたの身体は空間であり、空間は他者の身体である」

通路はすべて極端に暗くなっていて、小さな坂やふわふわのマットが部分的に敷かれていたりする。
裸足だからこそ、その感触に驚き、楽しむことができる。
視覚を奪われる分、足の裏が敏感になる。
中でも、展示室へ入る前に通過するこの小部屋は、必死で四肢を使わなければ次へ進めない、大仕掛けのふわふわ具合だ。
どんなにとりすました人でも、ここをスマートに通り抜けることは不可能。
このときは空いていたが、混雑したら阿鼻叫喚の有様となるだろう。
童心に帰れないなら、帰らせてみせようチームラボ。大幅に字余り。


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「Wander through the Crystal Universe」

私はチームラボの“追っかけ”なので、銀座でも大阪でもシンガポールでもこの作品を見た。
が、今回の「クリスタル ユニバース」は、これまでの展覧会より格段に広くなっている。
光の集合で宇宙空間を表したこの作品がこれまでとちがうのは、広さだけではない。


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いきなりヘボなモデルでスミマセン。
足元が、鏡張りになっているのだ(だからミニスカートの人は会場でショートパンツを借りましょう)。
そのため、ずーっと果てしなく、光の空間が続いているように見えるのである。
合わせ鏡をうまく使うと、永遠に鏡の中の世界が続くように思われた。
あの子供時代の驚きに戻るのだ。

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「人と共に踊る鯉によって描かれる水面のドローイング—Infinity」

この部屋も、暗さと鏡張りのために、広さの感覚をつかみづらい。
しかも自分の足が見えない。
膝までが、白く色をつけた水に没しているからだ。


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光で鯉が泳いでいる様が映し出される。
その一方、花が一面に咲いていく様も見える。
はじめは、このつながりがわからない。
やがて、「あっ、わかった!」
人に鯉がぶつかると花となるのだった。
皆、夢中になって鯉の像を追いかけ始める。
水がとても冷たくて心地よい。

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人々が水面の鯉を追うことで、水面は花でいっぱいになり、忙しくなる。
いつの間にか、鯉はあやしい光を帯び始め、もとの鯉の色ではなくなってくる。
彗星のように、光跡を長く引きながら……


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皆、いつしか鯉を追うのをやめ、水に見とれていると、鯉の光跡はますます長く伸びていき、個々の区別がつかないほどに混じり合ってしまう。
自分の足元を見るのに夢中だった人々が、ひとつの大きな空間へと収束していく。
光のマーブルをうっとりと眺める。
暗い中に鯉が泳ぐのを見、人の動きの影響を受けて花になると知り、やがてまたも宇宙空間に放り出されたかのような心持ちとなる——そんな、ここにいる人々の心の「高まり」にぴたっと沿う。なにもかもが。
映像の移り変わる速さ、暗さ、空間の広がり、水の冷たさ、それらが皆、高まりをリードし、寄り添っている。


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高まりがピークに達してから、徐々にまた、もとの鯉と花へ。
このころには、下半身がかなり冷えている。
足が濡れても、タオルが用意されているから大丈夫。
タオルは、10万枚用意されているという。


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「Floating in the Falling Universe of Flowers」

最後に入ったのは、ドーム空間に1年間の花が現れては消えていく作品。
ここはもう、「永久にこの部屋にいたい」と思ってしまった。

以前、さめない夢の世界へ——「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」のレビューの最後に「目覚めてもさめない夢があるとすれば、それはチームラボだ。」と書いた。
この作品は、半円のドームいっぱいに花の映像が移り変わり、またしても床が鏡張りになっているため、上下の感覚さえあやしくなってくる。
用意されたソファに寝転んで見ていると、360度を花に取り囲まれる。
目を開けても閉じても、網膜に花が焼き付けられていく。
星などひとつも映っていないのに、感じられるのはやはり宇宙。
花の宇宙を体ひとつで漂う、自分も花のひとひら。

四季の花々は、遠く小さく映るものもあれば、ドキッとするほど大きく映し出されるものもある。
しかし飛んで行く先を目で追っていると、どの花も、必ず、等しく、散っていく。
なんとなく消えていくのではない。

「作品は、コンピュータプログラムによってリアルタイムで描かれ続けている」との解説どおり、四季が一巡しても、巡りきた次の春は、さっき見た春の花の光景とは同じではない。
同じ季節でありながら、まったく同じではない。
流転し、変容し、しかも、途切れることがなく、永久に続いていく。
デジタルアートの真髄だ。
人工物の究極の結晶であるデジタルだからこそ、「自然」の姿をこんな形にして見せることができる。



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この部屋は、愛が芽生えること間違いなし。
うっかり友達以上恋人未満の相手と行くとあぶないですぞ!



これまでチームラボの展覧会には数え切れないほど行っているが、この「DMM.プラネッツ Art by teamLab」は、展示数がグッと少ない分、彼らの目指すものが、よりキリリと引き締まって見えた。
暑い中の行列覚悟で、行くべし!お台場!

※私がリクルートの仕事で作ったまとめサイトも見てね!
シンガポール「アートサイエンス・ミュージアム」でチームラボが常設展示。早くもマストスポットに!


# by apakaba | 2016-07-27 17:14 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2016年 07月 26日

「コシヒカリ」の誕生日ケーキ動画

ゆうべ、私が寝たあと、娘の「コシヒカリ」が玄関先に出て行ったらしい。
地元の友達二人が、誕生祝いのケーキを運んできてくれたという。
毎年なにかしらサプライズをくれるが、今年は誕生日を少し過ぎてから持ってきてくれた。

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今朝、娘が動画を見せてくれた。
友達二人が、丸いパン(ケーキではなくてパンだった!)を用意し、その上に生クリームを無茶苦茶に絞り出し、駄菓子でデコレートして、娘の名前のネームプレートを飾っていく。
倍速再生でどんどん出来ていく。
音声は出していなかったが、二人の顔がにぎやかだ。
完成するとその家から出て夜道を歩いて(すぐ近くなので)、我が家の前まで来る。それも倍速再生。
あと少しでうちというところで、ろうそくを立てて火をつけて、娘を呼び出している。
娘が寝巻きのまま出てくると、ケーキ(パンに生クリームを塗っただけだが)を渡し、娘を真ん中にはさんで、3人でにっこり。
これで動画の再生終了。

一部始終を動画に収めて倍速再生するというのが、こんなに楽しくて感動するとは思わなかった。
女の子たちが早送りで動いているだけでもかわいいし、そのアイデアがうれしい。
シンプルで、ライブ感たっぷり。
今さらだけど、若い子ってキカイもののいろんな楽しみ方を知ってるんだね。
私には、もはやまったく出てこないアイデアだなあ。
いつの時代も、若い子っていいものだなあ。
家族で祝うのもいいけど、友達もいいものだね。


# by apakaba | 2016-07-26 18:10 | 子供 | Comments(0)
2016年 07月 24日

家族、親子、夫婦、人間として生きることを見つめる——『親の介護、はじまりました。』

堀田あきお&かよ夫妻のことは、伝説の旅行雑誌「旅行人」の執筆陣にいらしたため、90年代から一方的にファンだった。
その後、たまにお会いできるようになってみると、そのお人柄がますます大好きになった。

ご夫妻の新刊『親の介護、はじまりました。(ぶんか社、上下巻)』を、涙をぬぐいつつ一気読みした。
かよさんのお母さんが大腿骨骨折をしたことから寝たきりになっていくまでの介護の日々を描いているが、お父さんや他の家族・親戚の方々、あきおさんのご家族、病院やヘルパーの方々など、多くの登場人物が入れ替わり立ち替わり登場する、にぎやかな群像悲喜劇になっている。
だが、劇であれば「群像悲喜劇」などと他人事の表現ができるけれど、これはフィクションではなく本当の話であり、それだけに、描かれているエピソードは、堀田夫妻が経験しているさまざまなことのほんの氷山の一角にしかすぎないであろうことが伝わってくる。

身をもって体験している人たちにしか書けない、ずっしりと重い現実のストーリーなのに、重さの先にある、人間なら誰でも感じ取れる「温かさ」を、見せてもらえる。
それはマンガならではの力だ。
幼かった子供を育て、やがて自分が老いて子供の世話になっていく、人間の当たり前の営みといってしまえばそうなのだが、その順番をたどっていくことの美しさやつらさが見える場面で、何度も泣いた。

あきおさんとかよさんには、個人的にも本当に感謝している。
次男の「アキタコマチ」が就職して料理人になる前に、旅行関連のイベントであきおさんにお会いした時、急にその場を離れたあきおさんが、いつの間にかお菓子を山ほど買ってくれて「仕事がんばってね」と息子に渡してくれたそうだ。
何度も会ったことがあるわけでもないのに、あきおさんは、そうした親戚のおじさんみたいな自然なやさしさを、子供に見せてくれる。

2年前、私が顔面神経麻痺の後遺症でこの世の終わりのように落ち込んでいたとき、またイベントでたまたまお会いしたかよさんは、「よしよし」と頭を撫でてくれた。
そして、ひらたくやさしい言葉で、力づけてくれた。
私は、その日から、病気でふさいでいた心が軽くなったのだ。
私は友達というより一方的なファンの分際だ。
かよさんは、そんな私にも、そんなふうに分け隔てなく接してくれる。
あきおさんとかよさんの、底知れぬ包容力とやさしさは、こんなふうにたくさんのことを二人で乗り越えてきた結びつきから来ているのだなあと、新刊を読んで改めてわかった。


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本文と関係ありませんが。
私が最初に読んだ堀田作品『アジアのディープな歩き方』へのオマージュということで……
井の頭公園内、ペパカフェフォレストのガッパオ。


苦しみを知っている人は、奥行きがちがう。
軽いタッチのマンガなのに、端々にグッとくるやさしさがちりばめられている。
私は、マンガの中で、介護の壁にぶち当たるたびかよさんが悲しんでいるときや落ち込んでいるときに、あきおさんがかよさんの手を握ったり、かよさんの肩に手を置いたり頭を撫でたりしている絵がとても好きだ。
それはいつも小さなコマで、ページの端っこでさりげなく描かれているのだけど、見るたびにあきおさんの手の温かさを感じ、まるで自分の体に触れられたかのように、気持ちが温かく、安らいでいくのを感じる。
そうすることで、かよさんがどれだけ救われただろう。
そしてそうすることで、あきおさんもかよさんの体の温かさをたしかめることができ、二人でがんばれるとたしかめることができたのだと思う。

この本は、介護を題材として描かれているが、介護に限ったことではなく、人間が、尊厳を持った人間として生きることそのものを見つめた本だ。
なぜ自分が生まれたのだろう。
自分の人生には、どんな意味があったのだろう。
なぜ今、こうした巡り合わせになっているんだろう。
その答えの片鱗をマンガの中に見るとき、涙があふれてくるのを、抑えることができない。
介護に関わっている人はもちろん、そうでない人も、どんな人にもおすすめする作品だ。


以前書いたブログで堀田夫妻のことを書いたのはこちら→大学生だった私へ……『旅をせずにはいられない、アジアの魅力』


# by apakaba | 2016-07-24 16:04 | 文芸・文学・言語 | Comments(0)
2016年 07月 21日

「コシヒカリ」の誕生日パーティーの「アキタコマチ」のディナー

娘の「コシヒカリ」の誕生日が近いので、きのう定休日だった次男の「アキタコマチ」はいつものようにごちそうを作ってくれた。

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手前は生ハムと焼きなすのカッペリーニ。
「コシヒカリ」が「お雑煮の味がするー」と言っていたが、つまりは焼きなすのロースト臭のことを言っているのね(焼き餅の匂い)。
奥はマッシュルームやアスパラ、トマトなどをごく薄く切ったサラダ。
ドレッシングも作っていた。


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血鯛とさばを西洋料理の手法で〆たと。
洋風の“つま”はズッキーニ、芽ねぎ、大根、にんじんなど。
「芽ねぎ以外は全部オレの手切り」と「アキタコマチ」が言うと、「ササニシキ」は野菜の細さに仰天して目を見張っていた。
野菜たっぷりで、うちに向いている夏らしいメニュー。
作り方は全部自分で考えたという。
おいしかったなあ。コックが家にいるといいなあ。
5人で食事をしたのは、何ヶ月ぶりだろうか。

それからは恒例の、「コシヒカリ」以外がやたらとスコッチウィスキーを飲んでしまう時間帯。
主役のはずの「コシヒカリ」は、ケーキを食べるとさっさと退散してしまった。
まあほんとの誕生日の日には、好物の焼き鳥でも食べに連れて行くから。


# by apakaba | 2016-07-21 18:09 | 食べたり飲んだり | Comments(0)
2016年 07月 14日

sukiyaki

20年前、インドのムンバイにある名門ホテル「タージマハルホテル」に泊まった。
一人旅には明らかに不似合いな宿泊費だったが、どうしても一度泊まってみたくて、一泊だけのぜいたくをした。
メインダイニングで一人で夕食を食べているとき、二人の男性に誘われて、途中から食事を一緒にした(そのときの話はこちら→インド・タージマハールホテルでイギリス紳士と話す)。
広いダイニングルームでは、ドレスアップした各国の人々が談笑していた。
ピアノの生演奏が続いていた。
客席のリクエストに応えて、ポップスの弾き語りもしていた。

ピアノを弾いていたのは、往年のオリビア・ニュートン=ジョンのようなヘアスタイルの、若くない白人女性だった。
二人の紳士は、彼女に合図を送り、「このレディー(私)に何か弾いてくれ」とリクエストした。
彼女は私を見ると、少し頼りない歌詞で弾き語りを始めた。

ue o muite arukou namida ga koborenai youni..............

「スキヤキ?」
と言うと、二人は「そうそう。」
ピアニストの日本語の歌詞はすぐに途切れてしまい、あとは「ララララ」とハミングだけになった。
それでもいい歌だった。
いい歌はどんな場所にいてもいいものなんだなと思いながら聴いていた。

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タージマハルホテルとは似ても似つかないですが。
2000年に行ったときのインド。
デリーのメインバザールの奥にあるホテル「メトロポリス」。
今は改装してきれいになったのかな


# by apakaba | 2016-07-14 09:16 | 旅行の話 | Comments(0)