2008年 10月 30日

ヴィジョンズ オブ アメリカ完結

東京都写真美術館でこの7月から開催されている企画展「ヴィジョンズ オブ アメリカ」の第3部に行ってきた(ヴィジョンズ オブ アメリカのページへ)。
すでに会期の終了した第1部と第2部も見ていて、現在開催中の第3部で完結。
それぞれの回が、熱意のみなぎる展示で、出品作品の点数も内容も、よくテーマに沿って網羅していた。

こと写真という表現媒体の層の厚さに関しては、アメリカは圧倒的に強い。
砂漠や峻険な山脈といった悠久の大自然を国土に抱くかたわら、急激に近代国家としての体を成していったためのきらびやかさと、それにともなう社会のひずみなど、被写体にはことかかない。
新しい国家に、新しい表現媒体がぴったりと相思相愛の関係を結んだ結果、きら星のような写真家を輩出していった。

第1部は序章として、展示の山場はなんといっても第2部の、マグナムの活躍していた時代かな……と予想していたが、第3部も思いがけないほどよかった。
「その場にいることの喜び」にあふれたカットの数々の前には、現在のスペック勝負のデジカメブームがなんとも浅薄なから騒ぎに見えてくる。

第3部では、名だたる欧米人カメラマンの中にあって、石川文洋・沢田教一両氏の戦争報道写真の力強さがうれしい。
欧米人写真家に「引けを取らない」以上の力量だ。
時代の中の一連の流れとして、他の写真家たちとの比較で並べてみるとよくわかる。

それに較べ、最後のブース(テーマは「メディア」)にあった、メイプルソープやシンディ・シャーマンや杉本博司の展示の少なさは気になった。
彼らはそれぞれが個展を十分に開ける力量の持ち主であることから、わざわざたくさんの展示で説明する必要なしということだろうか?
いずれも私の大好きな写真家たちなので、作品を鑑賞するというよりも「こういう作家もいます」という紹介にとどまってしまっているのが残念だ。

今は、猫も杓子も写真を撮る。
機材が進歩しているから、うちのコドモでさえ、それなりに気の利いた写真が撮れてしまう。
でも、アマチュアは、「キレイに撮ろうとする」時点ですでに敗退している。
写真には写真でしか表現しえないことがある。
それは、“現場性”だ。
今、ここに、この場面を前にしている自分。
この人を前にしている、この風景を前にしている、この事件を前にしている。
芸術的写真も報道的写真も根幹は同じ、現場性に喜びを見いだせているかどうか、だと思う。
喜びに満ちた写真が見たい。
ぶれててもいいんだよ。
粗くてもいいんだよ。
構図が変でもいいんだよ。
“写真機”を手にしている人間の胸の高鳴りを、感じさせてほしい。
20世紀のアメリカには、その喜びが充ち満ちていた。

企画力を感じる、すばらしい連作展示だった。

以前に書いた、写真レビューは以下。

杉本博司「時間の終わり」

レノンに命日に、メイプルソープの美神を思い出す

by apakaba | 2008-10-30 23:43 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(7)
Commented by タカモト at 2008-10-31 00:08 x
ほー。
ジャンル広いなぁ。(でも、いいことだ)

恥ずかしながらここに出てくる人物で唯一知ってるのが(リンク先)
アンディーちゃんのみ。

良くも悪くも当時のアメリカはいいよなぁ。
(今のアメリカはパスですな)

写真ねぇ。
確かに。
使い捨て時代だから1000枚取れば1枚ぐらいは世間的に評価される程度の写真取れるよなぁ。
でもいいんぢゃねーの。
それで写真人口が増えて。


そのうちに「展OFF」でもすっか。
オヂサン企画で。
Commented by ぴよ at 2008-10-31 08:52 x
東京はいいねぇ。
名古屋は文化過疎地だから、気の利いた写真展なんて滅多に企画されませんよ。
こういう催しは殆ど東京だよね。一極集中してんなぁ

メイプルソープはともかく、シンディ・シャーマンや杉本博司は今でも活動して新作個展が開ける現役写真家だから、紹介程度に留めて「後はご自分の目で写真展に足を運んでください」てな感じなんじゃないかと。
と言うか、今展覧会をわざわざ見に行くような輩なら、紹介されなくても元々知ってるだろうし、東京で彼らの個展が開かれたらいの一番に足を運ぶだろうけどね。
Commented by apakaba at 2008-10-31 15:42
写真レス。
タカモトさん、写真台頭期のアメリカは魅力が満載でした。
アンディ・ウォーホルはマリリン・モンローのあのくり返しのヤツが出ていたな。
マリリン・モンローのポートレイトは他にも数点出ていて、彼女って本当に人気のあった人なんだなと思いましたよ。
デジのおかげで、気軽に写真を撮れるようになったのはとってもいいことだと思う。
ただ、目を見張るような新しいものって、やっぱり10年に一人くらいしか出てこないよね。
展OFFなんていかにも企画倒れそう〜〜〜!

ぴよさん、いいでしょう。
連休は東京へいらっさーい。

「力のある写真」と「へなちょこな写真」の違いって、なんなんだろう!と、3回の展覧会をとおして考えていましたよ。
やはり、力のある写真とは、そのムネ(対象のふところ)に飛び込むような写真なんだよね。
へなちょこな写真はへっぴり腰で、二番煎じなの。
おもしろかったわ。
本文ではああ書いたけど、メイプルソープなんかは、展示数がほんの少しでも、やっぱり「ぎょっ」とするのね。
きわめて異質なものを、メッセージとして受け取ってしまう。
あれはすごいなあ。
Commented by sora at 2008-11-01 08:44 x
現代美館で森山大道を観た時は圧倒されました。

植田正治、「古き良き日本」とアバンギャルドな「構図」のミスマッチ感が好きです。真似たい。

現場性か。なるほど。ボクは無意識的にあ現場性を求めているのかなぁ。

大道は「現場性」だよね。植田さんは違うかな。(写真家は+ブレッソンくらいしか知らないんですけどね・・)

マクロレンズとかでで花を撮るって、なんかピンと来ないんですよね。
だから、路傍の花が好き。「現場の花」ってことかな。

「現場」というより「現実」のほうに近いのかなぁ。
最近、悩ましく思っているので。良いヒントを貰ったかも。
日展で更にヒントを得てこようかと。(40周年だから40の人は無料とのこと。オシイ!)
Commented by あづ at 2008-11-01 17:25 x
かつては「路上」に出さえすれはそこに「現場」があった。
発展のダイナミズムと、その影であぶり出される社会のひずみがそこここにあふれていた。
その発展が止まり、情報とひずみばかりが漂い、人の意識が
自分の内側へとどんどん退避している現在における「現場性」って
何なのだろう。そこにどんな喜びを見いだしうるのだろう。
難しいけれど、閉塞感を打ち破る写真家がそろそろ現れても
いい頃かなと思います。

ってことで、眞紀さんの息子さんに期待。
Commented by キョヤジ at 2008-11-01 20:17 x
あれも写真、これも写真。 それも写真・・・。
どれも写真。
Commented by apakaba at 2008-11-05 08:46
ヴィジョンズ オブ アメリカ レス。
soraさん、森山大道は「大御所」感たっぷりですね。
大御所が百発百中ではないということも、ヴィジョンズ〜〜では感じました。
篠山紀信の連作が出ていたけど、ぜんぜんダメで、力のない写真でしたね。
彼、自然に撮るとすごくうまいのに、なぜ作り込む?と疑問でした。
植田正治も、すぐ「植田だー」とわかるオリジナルさは凄いと思います。

soraさんの花写真は好きですね。
soraさんは文もステキに寄り添っているしな。

あづさん、ヴィジョンズ〜〜には行った?
やっぱり、我々の世代まではなんだかんだいってもアメリカどまんなか世代。
音楽も映画も、いろんなカルチャーの影響はアメリカから。
ヴィジョンズ〜〜第3部では、ケルアックをばっちり意識したブースもありましたね。
うちのバカ息子は、まだノリだけで、「深さ」を知りません。
そこらへんは昭和の人間と較べて、決定的に弱いな。
それも世代かなあ。

キョヤジさん、そんなわけでまた写真の話題をつづけてみました。


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