2009年 01月 09日

「元気でな!」とイトヒロさんが手を振る

玄関に立ち、靴も脱がないまま、どうやってこの手紙がここに来たのかさっぱりわからないまま、ボロボロと泣いた。

外出から帰ってきて、郵便受けを見ると、私宛になつかしい封筒があった。
一瞬“なつかしい”と感じたのは、旅行雑誌の出版社「旅行人」の封筒だったからだ。
しかし、昔は長く定期購読していたものの季刊になってからは書店買いにしているし、今になってなぜ郵便物が届くのだろう?
とても気になったので、家に上がらずにビリビリと乱暴に封筒を開けてしまった。
すると中にもうひとつ封筒が入っていた。
年賀郵便で、差出人はまるで見覚えがない女性の名前、住所も書いてない。
宛先は旅行人編集長の蔵前仁一様気付になっている。
しかも、宛名の私の名前が本名ではなくてハンドルネームだ。
なにがなんだか、まったくわけがわからない。
でも……イトヒロ?

年賀郵便の封筒には付箋が貼ってあり、編集部のかたのメモが書かれていた。
「イトヒロさんのお知り合いのかたから旅行人気付まで送られてきましたので転送します。」
イトヒロさんのお知り合いって誰のことなんだ。
イトヒロさんと私は知り合いじゃないのに?
なによりも、イトヒロさんは昨年に亡くなっているのに……亡くなったイトヒロさんは私を知らないのに、そのお知り合いがどうして私に手紙を送るのだろう?
どういうこと?
混乱して、しばらく本当に呆然としていた。
呆然としながらも気が逸り、中にあった2番目の封筒も、またビリビリと乱暴に開けてしまった。

イトヒロさんというのは、旅行雑誌「旅行人」本誌で長く連載を持っていたイラストレーター伊藤博幸さんのことである。
世界の生き物の緻密なイラストで旅行人全盛期を支えていた。
私も、定期購読をしていた時代には、この人のイラストには毎回感嘆していた。
でも一方的に感嘆していただけの一読者に過ぎなかった。
私にとって、旅行人という雑誌は遅めの青春の1ページを鋭く刻む存在であったから、連載を持っている方々のお名前には、それぞれに格別のなつかしさと郷愁を一方的に覚えているのである。
ところが、田中真知さん(きのうの写真展レビューにつづき登場させてしまうが)の昨年11月のブログ記事イトヒロさんのことを読み、それで初めて伊藤さんが亡くなったことを知った。
おそらく50代前半で脳の難病に斃れたとは、なんと無念だったことだろう。
知り合いではなかったけれど、ひどくショックだった。

その、亡くなったはずの、しかも知り合いではないイトヒロさんが、手紙の中で「あけましておめでとう!!2009」と、力強くカラフルなイラストとともに、にぎやかに新年の挨拶をしてくれている。
「元気でな!イトヒロ」と、ご自分が仏様になってにこやかに手を振ってくれている絵もある。

どういうことなのか、本当にわけがわからないのに、そのイラストと、小さく添えられた日付——それはもう亡くなるほんの直前の日だった——を見たら、説明のつかない感情が押し寄せてきて、泣いてしまった。

簡単で謎に満ちた差出人の文章を読み、一生懸命考えてみた。
この差出人の女性は、最期までイトヒロさんの看護にあたっていた看護師らしい。
彼女自身も旅好きで、旅の話で彼と意気投合していたようだった。
イトヒロさんは、年を越せないことがわかっていて、死の直前に不自由な体で最後の作品(年賀レター)を描き、それを看護師の女性に託したのだろう。
「みんなに出しとけよ!」と……その約束を守って、彼女は一月一日にきっちりと、彼に替わって「みんな」に年賀レターを発送した……ということか。

その女性の行動をそこまで推理してみて、また胸がいっぱいになり、泣ける。

だけど、その「みんな」に、なぜ私が入っているんだろう?
イトヒロさんは、ごく小さい牛のイラストも描いていて、“厄除け”としてあった。
30個あまり、そのミニサイズの厄除け札が作ってあり、2本の角の間に人の名前が記してある。
そこに私の名前(ハンドルネームだが)も、書いてあった。
この女性が私のぶんの厄除け札も、作ってくれたのだ。
生前の彼となにも接点のなかった私に、ここまでしてくれるとは……?

また一生懸命考えてみて、やっとひとつだけ思い当たった。
真知さんが訃報を書いたブログ記事に、簡単にコメントを書いたのだった。
なんということもない平凡なコメント文だったが、あれを読んで、この看護師の女性は私にもこの年賀レターを送ってくれたのだ。
それも、私の住所はおろか本名もわからないから、
“旅行人誌上で「月刊イトヒロ」を毎回読んでいた”
という一文を頼りに、ハンドルネームのまま旅行人宛に送ってくれたのだろう。
編集部のかたのほうでも、差出人の住所もなくいきなり蔵前さん気付でハンドルネームの宛名では困ったことだろう。
それで真知さんに連絡をし、ミタニマキさんというのは誰なのか問い合わせてくれて、うちへ転送されてきた、ということだったのである。

私がどこでなにを書いたって、どうせ誰も読んでないや、と思うことはよくある。
でもほんとは、誰かが読んでくれている。
そしてなにかを感じてくれているんだ。
だからこそ、あんな平凡なコメントひとつで、蜘蛛の糸のように細い細い縁をたぐり寄せるようにして、亡くなったかたから手紙が届くことだってあるんだ。
久しぶりに、“書く”行為について思いを新たにもした。

看護師の女性に、もどかしいが直接にお礼をいう術がない。
だからこの場でせいいっぱい、イトヒロさんのご冥福をお祈りするとともに感謝の気持ちを書きたい。

あれを受け取って泣かなかった人は、ひとりもいないと思います。
私など、イトヒロさんと一度も会えなかったし、お顔も知らないし、けれども本当にまったく事情が飲み込めていない段階でさえ、ボロボロと泣きました。
“生きなければ” 心からそう思いました。
私は、ごくたまにだけど、「もう生きなくてもいいかなあ。今死んじゃってもいいかなあ」と、漠然と思うことがありました。
いや、実際は絶対に積極的に死んだりしないから大丈夫なんですが。
でもイトヒロさんの絵が“生きろよ!”と言ってる。
そう、生きなければ!
この手紙を送ってくださって、本当にありがとう。
お会いすることはないかもしれないけど、あなたのお気持ちと行動は決して忘れません。

……看護師の女性は、ココ読んでくれるかなあ。
どうにかして、読んでほしいなあー。

by apakaba | 2009-01-09 13:24 | 生活の話題 | Comments(7)
Commented by nokorakuda at 2009-01-09 15:08
す。すごい~~~!!!
その看護師さんがまずすごい!
親父の遺言とかならともかく、看護師さんなんて他人だもんね。忙しい看護師さんが患者さんのためにそこまでやるなんて。

これはやっぱりこの看護師さんがどこの病院の人か探してお礼を言うしかないですよ!生きてる人を探すなら無理じゃないもん。
もしもお礼を言われたらその人も一生忘れられない感動を味わうと思うわ。
Commented at 2009-01-09 15:24 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kaneniwa at 2009-01-09 18:02
イトヒロさんのイラストは80年代最初頭に
ロッキングオン社から
4年間ほど出ていた雑誌の『ポンプ』の
イラストレターだった頃
から愛着があります。

イトヒロさんの 
『草野球超非公式マニュアル』 という本は
草野球というジャンルにとどまらず
何度読んでもおもしろい圧倒的な名著であり、
もうボロボロになるまで何度も読んでいます。
その財産は、実際に私が手がけた
草野球チームという
実体で残っています。

難病で倒れられた時、多くの人が
 「イトヒロさんの本を買おう」
とネットでも呼びかけておられました。

それだけ、愛された人だったと思うのです。
旅行雑誌の編集者にも、看護士さんにも。

BYマーヒー
Commented at 2009-01-09 21:04 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by apakaba at 2009-01-09 22:52
イトヒロさんレス。
のこのこさんアンドカギコメ(ここでくくるか!)、きっと近くに住んでいると思うし探せると思います。
まずは、私にできることは、渾身のブログを書いて、気持ちを形にすること……そしたら始動だ!

マーヒーさん、あなたという人は本当に。
とても、不思議な感じがします。
それこそ会ったことないのに、実に意外な接点があって……草野球のことを書かれていたので、当初写真は載せないでいるつもりでしたが、マーヒーさんのために野球のイラストを載せました。
「私を野球に連れてって」の歌もちょっと載っている。これも泣けたよ。
Commented by 年賀状の贈り物・・・子ヤギより at 2009-01-14 00:38 x
「生きなければ。心からそう・・・思いました。」

言葉にできないぐらいうれしいです。
生きることは、「希望」「願い」「夢」に情熱をむけること。その原動力は志・・ ですね。
イトヒロさんの年賀レターから、それぞれの「みんな」がイトヒロさんの想いをこめた、何かのメッセージを感じて下されば、嬉しく思います。
貴女に・・・。年賀状の贈り物を、無事に届けて下さった旅行人編集部様にありがとう。

封筒を開けて下さりありがとうございました。
読んで・・・見てくれて・・・ありがとうございました。
そして、私にできることを残してくれたイトヒロさんにありがとう。

きっと、イトヒロさんも、微笑んでいらっしゃると、おもいます。
Commented by apakaba at 2009-01-14 08:11
子ヤギさん、うわー私がなんにもしてないうちから!探してくださったんですね!感激……
なんか、すみません。
私のような、イトヒロさんと直接の知り合いでもない人間にまで、発送してくださって。
(一度、画像も載せたんですけど、出過ぎた振る舞いもどうかと思い、1日くらい載せてそのあと消しました。)

書くことをつづけていて、本当によかったなあ。
こうして、つながることができるんだから。
本当にどうもありがとうございました。
お忙しいでしょうがまた来てください!


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