あぱかば・ブログ篇

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2009年 07月 05日

レンアイ小説を書くの

洗濯物をベランダに干すためには、娘の部屋に一度入らないといけない。
今朝、娘の部屋に入ると、作文用紙が散らかっていた。

そういえばきのう、
「おかーさん、わたし、最近、レンアイ小説を書いてるの。」
と言っていたな。
「へえ?どうして?」
「友だちが、わたしの書いたレンアイ小説を読んでみたいっていうから。でも難しい。」
「ふーんそれは難しそうだね。おかーさんもレンアイ小説を書いたことがあるよ。」
「えっ!おかーさん、小説書けるの?」
目を丸くする。
「おかーさんはなんでも書けるのよ。」
「読みたい!読みたい!」

以前、当ブログに書いた読み切りの短編客体/彼女(みんな、読んだ?)を読ませた。

「男の子が主人公なの?へえー。」
と言いながら一生懸命読んでいたが、やがて暗い顔になっていった。
「どうしたの?」
「うーん、結局これどうなるの。幸せになれなかったのね?」
「まあ、そうだねえ。」
「うーん。」
「え、ダメ?そうそううまくいくことばかりじゃ、ないでしょ。というかほとんどの場合、好きだとかいってもうまくいかないよ?」
「うーん。そうなんだろうけど、せめてお話の中くらい、幸せになってもいいじゃないか〜。」
そういう考え方も、あるのね……子供らしい考え方だなあ、と思って笑った。

今朝、作文用紙を見かけたので、“ははあ、書き始めたのかな?”と思って目をやると、真ん中へんに2行だけ書いてある。

ウチら乙女はたんぽぽだ
まっすぐさいてしおれても


たった2行だけの作りかけの文が、心にズキズキと刺さった。
親バカかな?
いや、すごいきらめきを放っていると思った。
この先を、読みたくてたまらない。
苦しいくらいに、その作文用紙を広げて裏側のページを読みたくなった。
でも親といえども、勝手に子供の心の世界に立ち入るのはしてはいけないことだと私は思っている。
「できた、読んで。」と言ってくるまで待とう。
いつまでも言ってこなかったとしたら、それはそれで見せる気がないか、完成しなかったかだろう。
とにかくこの2行には参った。
脱帽した。

by apakaba | 2009-07-05 17:30 | 子供 | Comments(10)
Commented by kaneniwa at 2009-07-05 20:51
モダンでありながら、七五調の衝撃的な2行ですね。

これが書き出しなら、のめり込んで読まずに
おられない小説になるでしょう。

BYマーヒー
Commented by ぴよ at 2009-07-05 22:05 x
グッと来るねぇ。
そういうキラキラした感性、いつまでも失わずに大切に自分の中で熟成して育てて行って欲しいなぁ。
確かに続きが・・・読みたい・・・気になる~!!

完成が待ち遠しいわね!読ませてもらえたら是非ココに感想を!
Commented by apakaba at 2009-07-05 22:48
小説レス。
マーヒーさんも、子持ちだからおわかりかと思いますが……子供のことを、「さすが我が娘。なかなかうまいねえ」というような、上から目線じゃなくて、文章を書くというまったく同等の人間として、「エッ」とおどろいてしまうような感じ。
この子には敵わないと思う瞬間。
これが無上の喜びですね。

ぴよさん、できあがるのかなあ?
そしてできあがると読ませてくれるのだろうか。
子供は、親の所有物ではないから、すっごく読んでみたかったけど我慢しました。
(でも読みたい……!)
Commented by sora at 2009-07-05 22:59 x
その後はどーなっているかは、あまり関係ないんじゃない?っていうくらいとても、共感できるなぁ。好きなぁ。こういうの。
詩人系じゃないのかなぁ。

抽象的な目を持っている?

長く文章を書かなくても、キレのある言葉で自分の世界を表現できそうだね。
ってやっぱこれって親譲りだと思うよ。

僕は未だかつて、小説とか書こうと思ったことないし、書いたこともないなぁ。ノンフィクションなら書けるかもしれないけどね。無理だな。

Commented by apakaba at 2009-07-06 08:37
soraさんはエッセイ調で十分にファンをメロメロにさせてるじゃん。←ひがんでみる

学校の先生が発行している校内報に、よく、生徒たちの文章がほんの少し紹介されます。
遠足の思い出とか、運動会の思い出とか、今年の抱負とか、まあ強制的に書かされるわけだ。
書く方は嫌だと思うよしょっちゅうしょっちゅう。
でも、小学生も高学年になると、「おおっ」というような表現に出くわすことがあって、自分の子じゃなくてもそれには感動する。
娘は、大人になったら私のような平凡な主婦になっていくかもしれない。
でも光るものを持っている人っていいなあと思うわ。
Commented by 那由他 at 2009-07-06 16:49 x
>ウチら乙女はたんぽぽだ
まっすぐさいてしおれても

「私」の意味での「うち」やその複数形の「うちら」という関西言葉が、
最近の若い人、特に女の子の間で流行り言葉というか、よく使われるようですね。
イントネーションが、元々の関西言葉の「うち」と違うようですが、
興味深い現象です。

コシヒカリちゃんが「ウチら」という表現を選んだ感性は、
関東の若い世代に共感される感覚から生まれたものなんでしょうね。
Commented by apakaba at 2009-07-06 18:05
ヒロインの女の子を関西弁の子にしようと思ってるんだ……と前日に話していたことを思い出しました。

おもしろい現象というかおもしろくない現象というのか、こっち(関東圏)の人間はだいたい関西弁に好感を持っており、関西の人間の多くがこっちのコトバに反感を持っているというのはどうしたわけなんだろう?
このことに関して話し始めると一晩くらい話してしまいそうなのでこれくらいにしておきますが、昔から、あのくらいの年ごろの女の子の間では、なぜか関西弁に対するあこがれは強いですね。
私の時代でもそうでした。
Commented by 那由他 at 2009-07-07 11:15 x
>おもしろい現象というかおもしろくない現象というのか…

私自身、「うち」という言葉を使わなくて、使っているのを聞いたのは、京都生まれ、京都育ちの大叔母たちと母の従姉妹たち、転校した先の地元の女の子たちなので、「うち」という言葉に、私は「昔ながら」とか「土着の」というような、保守的なイメージがありました。
それが、最近、アニメやタレントさんの影響か、若い人たち、「教えてgoo」によると、幼稚園年長さんの間でも、使われていていると知り、単純に「興味深い現象」と思いました。
Commented by 那由他 at 2009-07-07 11:18 x
>関西の人間の多くがこっちのコトバに反感を持っているというのはどうしたわけなんだろう?

「こっちのコトバ」というのが、標準語の事なのか、いわゆる「新東京方言」と言われるものなのか、分からないですが、テレビのニュースのお蔭で、今は地方に住んでいる子供も、学校で教科書を音読する時など、標準語のアクセントで読みます。
そういう状況から、標準語はフォーマル、方言はインフォーマル、プライベートの感があります。
個人差はあると思いますが、“関西人なのに”標準語を使う人には距離感を感じる、というのはあると思いますが、言葉自体には、反感は持っていないと思います。

東京の言葉と言っても方言の一種で、江戸弁と山手言葉、標準語とは違う新東京方言というのもあると聞いています。
沖縄の方言や茨城の方言が、最近、よくテレビで聞かれますし、インフォーマルな方言には、勢いが有り魅力的に感じる時代なのかもしれないですね。

関西弁の子をヒロインにされた、コシヒカリちゃんの小説、若い方の感性でどんなストーリー展開になるのか、興味津々です。
Commented by apakaba at 2009-07-07 15:53
新東京方言というのは初めてです。
……で、ウィキってみる(便利な時代です)
読んでも読んでも、まったくわかりません。
実感として、「ははあ、ああいう言葉のことだな」とつかめません。
一体誰が話しているんだろう?私か?

言葉のことはおもしろいので、また別の日に項を改めて取り上げてみたいと思います。
(「コシヒカリ」がつづきを書いているのかどうかはワカリマセン)


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