2009年 10月 10日
その3 霊峰・弥山で旅の記憶がめぐるのつづき。 下山の道中にも、ほどよく人とすれちがう。 厳島神社の社殿の混みぶりを思えば、このくらいの人口密度は快適なものだ。 ロープウェイも、下り線は往きよりもずっと待ち時間が少なくてすんだ。 往きのロープウェイでは実に時間をロスしてしまった。 あれでもっと暑いか寒いかしていたら、きっと待ちきれずに帰ってしまっただろう。 あなごめしを早めに食べておいて、よかったなあ。 それもちょうど登山でこなれたから、島を離れる前に、牡蠣でもちょっとつまんでいこうか。 どうしよう、どの店がよさそうだったかなあ……と考えながら、また公園内の遊歩道を戻っていった。 山の上にいたときは、体を動かしつづけてもいたし、巨石や、ぽつぽつと建っている祠などを見るのに夢中になっていて、時間の感覚がなくなっていた。 弥山に入っている間だけ、時間が止まっているような感じだった。 ところが今ふたたび下界に降りてきて、ふたたび遊歩道から厳島神社が近づいてくると、「あれ、陽射しが少し黄みがかってきている……?ああ、もう午後遅い時間帯になっていたのか。」と、目が覚めた気分になった。 上りでは一歩一歩踏みしめて進んでいたのが、下りになり平地になると、足が勝手にさっさと前へ出る。 「牡蠣はどうしようかなあ。牡蠣ならビールより焼酎か白ワインがいいなあ。でも今はやっぱりビールのほうが飲みたいなあ。」と、もはやビールをどうするかという問題が心を占めていたので、午前中に興奮して写真を撮った『鏡の池』がすっかり様変わりしているのを、うわの空で通り過ぎてから「あれっ!?」とあわててバックした。 鏡の池の“鏡”の部分が、露出している! ほんとうに、解説のとおりに、円く石で囲われた池が現れていた。 海はまだちゃんと見えてこないが、午前中にここを歩き回っていたときとは、音の“響きかた”が、ちがう……先ほどは、人のたてるざわめきが、海の水に吸い込まれていくような感じがあった。 いや、今が“吸い込まれていない”から、いやに周囲の音がダイレクトに反響しているように耳に入ってくるから、先ほどが“吸い込まれていた”かのごとく思い出されるのであった。 それよりなにより、午前中には聞こえてこなかった方向から、歓声があがっている。 海の方向から…… つまり、水がない……水が、ないんだ! 水が、ない! 今がちょうど、干潮だったんだ! すごい! ついさっきまで、舟をうらやましく眺めていたのに、今や大鳥居の真下まで、歩いていける! なんてステキなんだ! いや、ついさっきではなくて、私が山に登っている間、時は経っていたのだった。 周りの人々は一様に興奮して、それが興奮の気持ちを表す唯一の手だてであるかのように写真を撮っている。 私も遅れまじと執拗に鳥居を撮る。 そう、遅れてはならない。 海は動いている。 あれほど一面にたっぷりと打ち寄せていた水が、こんなにすっからかんになってしまうくらいに。 ぼんやりしていたら、今度はまた水が増えてきて、ぺらぺらのスニーカーをひたし始めるかもしれない! この角度からならなんとか鳥居に見えるが…… こうなるともうなんだかわからないよね? そしてこうなっちゃったらこれが鳥居だと判別するのは不可能だね。 どうでもいい写真を飽かず撮ってよろこぶ。 この鳥居は海中に埋められているのではなく、自重で立っているだけだということが、海から現れた根元の部分を見ることができた観光客の興奮をよりいっそうかきたたせているようだ。 それにしても……洋の東西を問わず、人が巨大建築物のふもとに立って、陽のまぶしさに顔をゆがめつつ、口をあんぐり開けてその大きさを目に収めようと一心になる、あの行動の貪欲さはどうだろう? 子供も大人も、みな等しくきわめて欲望に純粋なたたずまいを見せる。 “鉄のレース編み”と賞されるエッフェル塔は、また「ダーム・ド・フェール=鉄の淑女」の異称も持つ。 淑女を遠目から愛でるのはもちろん、心地よい体験だ。 しかし、もし淑女のスカートの内側にまで入り込んで、そこから彼女の肢体を見上げるとしたら? 先ほどまでとはまるでちがう視点を獲得することにより、見る者はまちがいなく、この大胆な視点の移動を僥倖と感じることだろう。 大鳥居のふもとの快楽は、エッフェル塔の基部で得る快楽と同じだ。 建築物の正統的な美しさを得られる場所を去って、いちはやく美しいものの足もとに駆け寄りたい。 そしていよいよ見せつけられるその大きさに畏怖し、自分をちっぽけなものにおとしめたい。 人間がふだんの生活で身につけている身体的実感を超えた大きさの巨大建築物を前にするとき、人は理性を狂わせ、いつもは眠っているみずからの倒錯的願望をその建築の壁や柱に向けて乱反射させる。 とはいえ子供は内面世界がシンプルな分、願望も素直だ。 鳥居のふもとには賽銭がどっさり。 私が夢中であちこちの写真を撮っているように、子供はいきなり現れた宝の山に夢中になる。 足もとがぬるぬるするのにも、すぐに慣れちゃう。 でもお年寄りは滑らないように、よく気をつけて! 足もとをよくたしかめ、そろりそろりと、鳥居のふもとを動きながら、たまに頭の上を見上げていた。 厳島神社の建つ入り江に向け、人々のはしゃぐ声が響く。 満潮時に上陸し、ロープウェイを待ち、登山もしたおかげで、ちょうど干潮のときまでいることができた。 潮の満ち引きという自然の力と、大鳥居という人間の力のコンビネーションの、まったく異なる風情を一日のうちに味わえた。 満潮時、社殿を見学しながら、 今は自分の目にはこのように見えているけれど……たしかにこれだけでもすばらしいけれど…… 時間帯が変わったら? 季節が変わったら? 天候が変わったら? あと1時間、いや30分、もう少しだけここにとどまれば、陽の傾きがわずかに変わっただけで、まったくちがう魅力を見せてくれるのではないか?…… 今、目の前に見えているものから、見えていないものへの空想を無限に広げさせ、“またここへ来たい”と切望させる。(旅行記その2より) と考えていたが、ほんとうにこのとおりになって、幸せだった。 (その5につづく)
by apakaba
| 2009-10-10 09:24
| 国内旅行
|
Comments(6)
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ogawa
at 2009-10-10 22:07
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宮島についた時には満潮。
山から下りてきたら干潮で鳥居までいけたということは、約6時間かな。 ロープウェイを待ったおかげで鳥居までいけるというラッキーな結果となりましたね。 2番目の人がぞろぞろと鳥居向かって歩いている姿はお参りに行くという感じで雰囲気が良く出ていますね。
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僕も帰省して宮島に行ったときも、青空一杯の天気だった。
干潮になって広角レンズで鳥居を撮りまくった。真下に行くと、こんなに大きいのか!って。 とても崇高な気分になった感覚。神がかった印象。 「大きな建造物」なら何でも同じような感覚になるわけでは無いけどね。宮島に渡るフェリーにも興奮した僕でした。久しぶりに乗ったから。エンジンの音。振動。燃料の匂い。 ちなみに撮るのに夢中になって、逃げ遅れて、ズボンびっしょりになったけど・・。
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あづ
at 2009-10-11 19:42
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眞紀さんの喜びと興奮が写真から伝わってきます。なんか初めてだな。
宗教に「恍惚」は不可欠で、目のくらむほど高い教会もモスクも 鳥居も、神の世界へ跳躍させるための一種の装置なんでしょうね。 潮の満ち引きと聞いて、エッフェル塔ではなくモンサンミッシェルを訪れたくなりました。
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apakaba at 2009-10-13 15:29
宮島レス遅くなりました。
ogawaさん、6時間もたったのかな? でもきっと、4時前くらいにはなっていたのでしょう。 ここで写真をとんでもなくたくさん撮ったので、これでもだいぶ捨てたのですが、この2番目の写真のときは本当に驚いたのですよ。 「海から声が上がっている!」と。 両方いられたからこそこんなにおもしろく感じたのだろうなー。
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apakaba at 2009-10-13 15:33
soraさん、このときほど「広角ほしー。広角レンズぷりーず!」って思ったことはなかったねえ。
まあ、コンデジしか持ってこなかったんだけど。 そう、フェリーもいいんだよねえちょうど。 ほんとに、香港のスターフェリーそのものでした。 せまい小さい海を行きつ戻りつ。 >ちなみに撮るのに夢中になって、逃げ遅れて、ズボンびっしょりになったけど・・。 海はこれだから。 急がないと、また潮が満ちて来ちゃうのがすごいよ。
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apakaba at 2009-10-13 15:41
あづさん、ありがとう!
旅行記も、海外旅行記に較べて国内旅行だと「ツマラン」「たいしたことない」という先入観を持っている人が多いように思うんだけど、私は旅先の感激は国内外とか日数とは関係ないと思っています。 どうにかこの興奮した感じをわかってくれ……ということで。 エッフェル塔のくだりは、表象文化論の松浦寿輝(ひさき)先生の『エッフェル塔試論』からモチーフをとりました。 これ、超絶オススメ! ちくま学芸文庫から出ています。 松浦先生といえば『知の庭園』が最高だけど、こっちもあづさんがおもしろく読んでくれると思う! |
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以前はエイビーロード「たびナレ」や「一生モノ https://issyoumono.com/」などでウェブライターをしていたが今は公立中学校学習支援教員のみ。 子供のHNは、長男「ササニシキ」(弁護士)、次男「アキタコマチ」(フランス料理店料理人)、長女「コシヒカリ」(ライター・編集者) by 三谷眞紀 カレンダー
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