あぱかば・ブログ篇

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2009年 11月 06日

読書の話をする

今年度、大学と高校の「受験」という大きなイベントを抱えている兄ふたりに較べて、地元の公立中学に進学を決めている末娘はどうしても存在感が薄い。
毎日、自由気ままにヒマヒマ小学生ライフを満喫している。

娘は、びっくりするほど本を読まない。
マンガと、テレビで生きている。
低学年のころは図書館で本をたくさん借りて読んでいたのに、学年が上がるにつれて、マンガしか読まなくなっていった。
マンガは、自分も読んでいたし子供が読んではいけないとはまったく思っていないけれど、マンガ“だけしか”読まないというのは、私には許しがたく思える。
兄たちが小学生のころに読んでいた本をいくら渡しても、読了できない。
すぐに飽きて、手にしている本がマンガに替わっている。

「ササニシキ」は6年生で司馬遼太郎を何冊も読んでいたし、「アキタコマチ」はそれに較べて本を読まない奴だと思っていたけれど、なんだかんだいっても東野圭吾や伊坂幸太郎くらいのレベルのものは読んでいる。
「コシヒカリ」の根気のなさにはあきれる。
ここ数年でまともに読んだのは『ハリー・ポッター』シリーズと『ダレン・シャン』シリーズくらいのものだ。
あとは何度も繰り返して読み返している『サマー・ウォーズ』のノベライズと筒井康隆の『時をかける少女』だけ。

きのうの朝、マジメに本の話をした。
「頭も体と同じでね。体は、鍛えると強くなるでしょう。最初は走れなかったり、泳げなかったのに、練習をつづけるとできるようになるでしょう。脳みそにも持久力があって、本を読みつづけるには、頭にも体力が必要なの。
すぐに飽きて放り出して、『わたしに合ってない』とか『本がつまらないのが悪い』というのは、実は自分の頭の体力のなさのせいかもしれないんだよ。
いつか大人になれば、いつの間にやら本が長く読めるようになると思っていても、それはまちがいで、子供のうちから本を読むことをしつづけていないと、なかなか難しい文章を読む力がつかないよ。
おかーさんも、パソコンばっかりやってるように見えるかもしれないけど、実はうんと難しくて、こんなに厚い本を読んでいるんだよ。
今日も一冊読み終わったよ。
大人になってからきゅうにそういう長くて難しい本を読めるようにはならないのよ。
テレビとマンガだけの大人というのも、どうかと思うのよ。
ものごとを、継続的に長く、深く考える力が、育たなくなっちゃうのよ。そういう大人っておかーさんはイヤなのよ。」
と、我ながら“親っぽいね”とこっぱずかしくなるようなことを言った。

親って、こういうこっぱずかしい正論を言わなくちゃならないときもあるのよね。
子供に同調ばかりしていては、進まないのだよ。うん。

by apakaba | 2009-11-06 23:06 | 子供 | Comments(2)
Commented by ぴよ at 2009-11-08 01:55 x
そうだね。言う通りだと思うよ。子供に言うべき言葉だよ。
うちのママは本当に本を読まない人で(マンガも見ないけど)、その代わり亡きパパが物凄い読書家だった。
我が家は兄貴と私がパパ似の本好き、そして弟(既に伝説化)がママ似で全く本を読まない子供だった。

ママは弟にも本を沢山読んで欲しかったそうだけど、自分が本を読むのが好きじゃないのに我が子に「本をもっと読め」と言えなくて、結局弟は全く本を読まない「阿呆の子」として育ってしまった(苦笑)

子供の頃に本を読む習慣をつけないと、大人になってから急に読書家にはなかなかならないね。うちの弟は今も本は読まないもん。
本読まないから故事成語とか諺もほとんど知らない。平易な話し言葉には確かに不自由しないけど、本当にコイツ言葉知らねーなーと姉の私が超贔屓目に見ても思う程だよ(苦笑)

コシヒカリちゃん、とても詩的で表現豊かだったと思うんだけど。
いい素地があるんだから、うんと本を読んで世界を広げて欲しいワ♪
Commented by apakaba at 2009-11-08 20:33
読書レス。
ぴよさん、なんかさー自分でも「お利口ぶっちゃってやーね自分」とか思うんだけど、でもそれでも正論を言わないといけないときもある!
なんでもかんでも「子供の自由に」には、私は反対。
おおむね認めてやりながら、ちょこちょこ軌道修正しないと。

私も、言葉を知らない人って不幸せだと思うのよね。
なんでも「すご!」「やば!」の表現だけでは……
とりあえず、『坊ちゃん』読み始めてはまっているようです。


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