あぱかば・ブログ篇

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2010年 01月 12日

IZU PHOTO MUSEUM開館展 杉本博司—光の自然(じねん)

5年前、「杉本博司 時間の終わり」展に行ったことを書いた(こちら)。
あのとき、初めて杉本博司という“アーティスト”を知った。
そのあとすぐに、著書『苔のむすまで』も読んだ。

両手を広げるくらいに大きな、彼の作品である写真を前にして立ったときの、ズキズキくるような高揚感——とはまたべつの、心にすーっと沁みていくような、しかし沁みていく途中でこつんこつんと刺激をくわえられているような。
身体(しんたい)に訴える人なのだ。
“アーティスト”という「日本語」が大ッ嫌いだが、彼には最大限の尊敬を込めて、artistと呼びたい。
(著書の感想。2005年に読んだ本、Best10!掲載分より)

あれ以降、さまざまな写真展や美術展に行っているが、あとにも先にも、杉本博司の展覧会の衝撃を凌ぐものはなかったように思う。
先日、昨年オープンしたばかりの、IZU PHOTO MUSEUMで開催している、「杉本博司—光の自然(じねん)」へ、行ってきた。

杉本博司とは、いったい、誰なのか?
写真家というだけではない、古美術収集家としても知られているし、文筆は『Casa BRUTUS』での連載でもわかるとおり、知的でもありエモーショナルでもあり、ぐいぐい読ませる。
そして直島アートプロジェクトの護王神社の例を引くまでもなく、新しいのに日本的な感動のあるものをつくってしまう。
才能あふれるアーティスト、という凡庸きわまりない呼び方でしか言い表せないことに、自分でひどくいらだつが、枠に収まりきらない人物というのはそういうものなのかもしれない。
IZU PHOTO MUSEUMの設計も、彼自身である。
実に小さなミュージアムであり、内部にも少ししか作品を展示できない。
もしかしたら、リッパな美術館を期待してきた人の中には、「え?たったこれだけ?こんなにせまいの?」と感じる人も、いるかもしれない。
しかし、見よ。
この、ほんの100坪あまりの建物には、なにもないといっても過言ではないほどのミニマルな坪庭には、およそ人間の心象風景のすべてが、表現されていないか?

なにもないと見えることのなかには、すべてが含まれている。
無作為と見えることのなかには、すべての作為が配されている。
配されていることで、排されている……よぶんなものが……、だからこそ拝されている……ここは、人の祈る場ではないのに、まるで、どこか人里離れた礼拝堂のようではないか?

あまりにも圧倒的な才能を前にすると、言葉遊びのような感想しか出てこない。
展示室の中に入ってみた。
自動ドアが静かに開くと、とても暗い。
昼の明るい陽に慣れた目には、縦に非常に長い展示室が、いよいよ奥行き深く感じられ、遠近感をうしなう。
その果てに、スポットライトを浴びた像が……あれは、なんだろう?
彼のつくった彫像かなにかか?
目を凝らすと、どうも歴史の深そうな、ほんものの古美術品であるように見えてくる。
ところがそこまで認めると、もう右手に展示してある異様に大きな横長の写真作品が、ビリビリと意識を刺激してくる。

ビリビリと感じられたその巨大な画像こそ、カメラを使わずに、放電により直接フィルムに感光させ、その光跡をうつしとった「放電場:ライトニング・フィールド」という作品であった。
漆黒の印画紙を切り裂くように刻印された白い光の跡は、闇夜のなか、止むことのない砂嵐に耐えて立つ潅木のようにも見えるし、血管のようにも、海の底の珊瑚のようにも見える。
瞬間の光がつくった無機質な偶然のかたちは、すべてを含意する……無作為の作為。

これは、杉本博司が、銀塩終焉の時代にささげた、光への回帰/光へのオマージュだ。

—フィルムに、光を、焼き付けるのだ!—

暗く細長い展示室を奥へ進み、強いライトを浴びた例の像にやっと着く。
鎌倉時代につくられた、木造の雷神像であった。
三十三間堂の雷神か?と一瞬だけ見まがうが、サイズはあれよりも小さい。
木の柱のようなものの上で、小さめな木像の玉眼が見学者を見下ろす。
プリントしたてのように黒々とした放電の跡の写真と、800年前の木彫りの神像が、同じ部屋に配置されていたのだった。
これは、杉本博司の古美術コレクションのひとつだろうか。
雷神像は写真作品ではないから、写真展にあるのも異質に感じられそうなものだが、これがこの位置に配されたことによって、この部屋に、これなしでは考えられないほどの緊張感と調和を生むのである。

第二展示室はごく小さく、明るい中庭があるのみ。
美術館サイト内の「建築について」を読んでいただければわかるとおり、古代の石室のようなものがつくられている。
この小さい第二展示室をまわって、第三展示室へ移る。
第三展示室には、第一展示室とはまた別の驚きが待っているから、この小さい中庭が、ふたつの細長い展示室を有機的につなぎ、ふたつの展示を見た衝撃を心に吸い込んでいくための恰好の緩衝地帯となっている。

第三展示室には、19世紀に写真技術の礎を築いたウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットが実験的に撮影した紙ネガを、杉本博司が新たにプリントした作品が並んでいた。
花瓶、レース、身近な人物の肖像、植物など、さまざまな対象を、「写したい!紙に、プリントしてみたい!」という、写真撮影黎明期の心の叫びや、「うわあ、写ってた!成功した!」という歓喜の声が、暗く不鮮明な画像から聞こえてくる。

光を紙に焼き付けるという、新しい技術への、胸苦しいほどの希望は、170年の歳月ののち、いま過去のものになろうとしている。
でも、「写真」は、つねにここに立ち返らなければ。
写真技術が、そのときそのときの科学を駆使していることに変わりはないが、暗室で印画紙からフッと像が立ち上がってきた瞬間の興奮は、デジタル時代以前に写真をやっていた人間なら誰でも生涯忘れられないだろう。
カメラを持つ人は、あそこに、立ち返ってほしい。

それが20世紀の人間の懐古趣味ではないことが、この「光の自然」展で確認できた。
杉本博司は、杉本博司のやり方で、写真というこの興奮すべき体験の原点を、提示してくれていた。

会期3月16日まで。
クレマチスの丘という複合文化施設には、ほかにビュフェ美術館などもある(以前「ビュフェ美術館にて」として書いた記事はこちら)。
のどかでいいところだ。
3月までに、是非。

by apakaba | 2010-01-12 13:30 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(8)
Commented by ぴよ at 2010-01-12 22:45 x
興味深いレビューですね。
「IZU PHOTO MUSEUMってドコにあるんだろ?」と思って
ちょっとググってみました・・・ああー。沼津か。
微妙な距離だなぁ。いっそ都内にあった方が行きやすいのに(涙)

会期の3月16日までには行けそうにないわ・・・悔しい。
でもきっと今後も色んな試みがこの地で繰り広げられるのでは?
ちょっと期待ですね。夏までには是非訪れたいですわ。
Commented by ogawa at 2010-01-12 22:57 x
杉本博司氏の写真展「時間の終わり」に六本木ヒルズで見て感動したことを覚えています。
それまで何年も写真展など行かなかったのに彼の写真展に行ってから写真のすばらしさとプリントの良さを再確認しましたものね。

自身で設計して写真館で自身の写真を展示というのは、写真と空間が幸せな融合をしているのでしょう。
行って見てみたいですね。

眞紀さんの文章から杉本氏の写真が浮かんでくるところは流石ですね。
実物を見たらもっとすごいのがわかっているのですけど、3月16日まで行けそうもないなぁ。
Commented by f--kforever at 2010-01-13 00:08
こんばんは。なんだか、すべてがひとつの作品といってもいいような、そんな感じがしました。いいですね、こんなところがあるって。そういえば、ほんと、暗室で自分が撮った画像が浮かび上がる瞬間、すげえぞくぞくしたなぁ。あれは、デジタルなものでは絶対に味わえない瞬間ですね。
Commented by apakaba at 2010-01-13 09:31
杉本博司レス。
ぴよさん、杉本博司という人は、国内での認知度が実力に比して著しく低いのが気になるのです。
開館してみた→地元の人が誰も知らない→遠くからわざわざ来る人もあまりいない→あえなく閉館、というパターンに、はまらないだろうか?って心配なの!
高名な人の箱物でも、立地とかのちょっとした問題で、さびれはてていることもあるじゃない?
だから行ってください!(3月16日までにだ!)
Commented by apakaba at 2010-01-13 09:37
ogawaさん、彼のように、あまりにも「いろんなコトを思いついてしょうがない」タイプの人だと、目先の斬新さに囚われてかえって写真本来の腕前の凄さを忘れられがちだけど、ああまで大きく伸ばしてプリントして、まるでブレが見えないというのは、やっぱりよほどの腕ですよねえ。

>眞紀さんの文章から杉本氏の写真が浮かんでくるところは流石ですね。

建物の外観と前庭なら撮影もできたのだけど、というか一応はしたのだけど、今回は敢えて写真なしで書きました。
写真があると、どうしても写真に頼ってしまって文章を手抜きするし、写真だけで表現するのはおこがましいしね。
写真ナシ、が彼への最大限のリスペクトということで!

図録も買ったけど、あの物凄い、暗さから湧き上がる情熱はすっかり抜け落ちてしまっていました。
だから行ってください!(3月16日までにだ!)
Commented by apakaba at 2010-01-13 09:49
f--kforeverさん、そうなんですそうなんです。
だから行ってください以下同文!

ご存じかもしれませんが、U2の最新アルバム「No Line on the Horizon」(あまり売れていませんね)のジャケットは杉本博司です。
彼はNYに住んでいて、ボノがいきなり訪ねてきて、「前からファンで、作品をいろいろ買っている。次のアルバムに写真を使わせてほしい」と頼んだんだって。
そしたら杉本氏が「やだよ。ジャケットなんだから僕の写真の上に“U2”だのタイトルだの書いちゃうんでしょう。そうなっちゃったら僕の写真じゃないもん。カッコ悪いことされるのは嫌だよ。もし、なにも書かないのなら、いいよ。」と応えたんだって。
そうしたらボノは「わかった」といって、本当に、海の写真になにも活字を載せずにアルバム化へ。
両巨頭の会話だな……と、おもしろかったですねえ。

暗室は、ニホヒとともに、時間を忘れる場所ですね。
やっぱり、フィルム世代のかたなんですね。
Commented by あづ at 2010-01-16 23:08 x
コメントが遅くなってすみません。
杉本博司のことは、じつはあまり知らなくて、作品も見たことがないのです。
日本での認知度が低いせいかもしれませんね。
だから気の利いたコメントができません。すみません。
でも眞紀さんの記事を読んだら足を運びたくなってきました。
この時期かなり忙しいので難しくはあるのですが・・・。
「苔のむすまで」も面白そうですね。まずはこれから読んでみることにします。
Commented by apakaba at 2010-01-16 23:25
あづさん、コメントありがとう!
最近お見限りでさびしいかぎり(←バーのママの常套句)
あなたに、超絶オススメ写真展です。
愛車とカワイイお嬢さんをお供に、是非、伊豆まで!
(でも高速1000円だとあまりの渋滞でびっくりしてしまいました。)

風邪もよくなったようだし、本のBestも始めた。
こちらも数回にわけますのでおつきあいよろしくね。


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