あぱかば・ブログ篇

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2010年 02月 03日

gallery bauhaus 3周年記念特別展「The Collection II」

昨年、このギャラリーには横谷 宣さんの作品展のときに4回かよった。
夫と行き、友だちと行き、べつの友だちと横谷さんを囲んだトークイベントで行き、最後には義母と次男を連れて行った。
理由はもちろん、それほど横谷さんの写真表現におどろいたのと、もうひとつ、ふつうの写真家の作品のように、写真集やポストカードのような形をとって世に流布することが不可能な作り方をしているため、“見るためには、通うしかない”からであった。
作品を買いたかったけれど、当時はピークにお金がなくて、自分のお小遣いで買うことができなかった。
今は昨年よりは財政状態がマシになったので、もしもほしかったものがまだ残っていたら買おうと思って訪れてみた。

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1年ぶりのギャラリー バウハウス。
あいかわらず、シンプルだがスノッブすぎない愛らしい空間だ。
18人の写真家の作品80点あまりを展示している。
パネルに目を近づけて、「やっぱり、プリントはいいなあ。なんてきれいなんだろう。」とうっとりしながら、それぞれの作家の個性を較べて見ていた。
地階へ降り、ぐるりとほかの作家を見てからいよいよ横谷さんの10点の作品に向き直ると、「あれー?!」と声を上げそうになった。

こんなに……小さかったっけ?

小さいのがイヤとかダメとか言いたいのではなくて、ただ単純に、記憶のなかの写真と目の前の写真のサイズが、いちじるしくちがっていることが意外だったのだ。

そういうことって、あるでしょう。
幼いころの記憶に残っていた場所やモノが、大人になって目にすると、ずっと小さくなっているようなこと。
私の頭のなかでは、横谷さんの撮った風景は途方もなく大きくなっていた。
遠近感がたやすく崩れ、ぐにゃぐにゃとなにもかもが融解してはまた立体化して、ふと気づくとすでにその写真の場面のなかに立っている、というくらいに、まるで強い薬かアルコールでも飲んだみたいに、大きな存在となっていた。

そのことを予感するようなレビューを、1年前に書いている。

横谷宣写真展「黙想録」——置換への断念/共有する感懐

“夢で見るような世界”と、あえて陳腐きわまりない表現をした。

夢の中の映像は人と共有することができない。
だが、
「こんなところを歩いていた。
こんなふうな光に惹きつけられるようにして。
あれは旅の風景だったか、かつて映画で見た景色なのか。
あんなふうに人がたたずんでいた。
あんな感じの人が笑いかけていた。
見慣れたはずの建物が、昼なのか夜なのかわからない空に禍々しく迫っていた。
闇はいよいよ深く沈み、光は土の香りを含んで中空に舞い上がり、自分の目がなにを追っていたのか定かでなくなる。
あれはなんだったんだろう。
吉祥か、不吉なきざしなのか——」
といったような、個々の人間の意識に沈む映像への感懐は、見た夢を言葉で言う困難さに較べるとあっけないほどに、誰とでも分け合える。
実体はとらえがたいのに、感覚は共有できる。
横谷氏の写真は夢で見る世界のような写真だ。


これを書いたとき、ほとんど熱に浮かされたような感覚で書き上げたから、1年経って読んでみると、自分が書いた言葉だっけ?と不思議になってしまう。
ほんとうに、横谷さんの写真は、今いる場所からべつの場所へ、連れ去られてしまう感覚を持っている。

今いるギャラリーの地階から、写真のなかの、べつの場所へ。

森のなかに立つ。
その森のなかの、カーブした崩れそうな階段を見上げる。
この先に、古いお城があるのか、ぱっと視界が開けて豊かな牧草地が広がっているのか、絶壁になっていて暗い海が見渡せるのか、まったくわからない。
とにかく目の前には崩れそうな階段しかない。
……途方に暮れる。

そんな写真。
この写真を、私の次男が、
「オレはこの階段の写真が、一番好き。」
と言った。
階段の写真、あるかな……まだ残っていたら、あれを買おう。次男のために。
次男を連れて4回目に来たとき、息子はとてもいい感想を言って私と横谷さんご本人を驚かせたのだ(こちらに記事。横谷さんからのコメントがある)。

思い出に残っていた1枚を、買うことができた。
3月になったら届く。
次男は現在、写真を専門的に勉強できる高校をめざして、受験勉強をがんばっている。
3月、息子の進路が決まったら横谷さんの写真を居間に飾って、家族で毎日眺めようと思う。


ギャラリー バウハウスのインフォメーションはこちら
会期2月27日まで。

by apakaba | 2010-02-03 11:35 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(6)
Commented by ogawa at 2010-02-04 22:31 x
横谷さんの写真って、ほんとにプリントを見ないと、あの良さはわからないですね。
デジタルとは一線を画していますしね。

あきたこまち君の気に入ったプリントが残っていて良かったですよね。
横谷さんの写真は、部屋に飾って見て、年月とともに変色していくってもなんら魅力は変わらないとこでしょうか。

良い写真をゆっくり見たいなぁ。
Commented by apakaba at 2010-02-04 23:35
横谷さんの写真を言葉で表すことほど、無力感を覚えることはないです。
小さく画像を貼ることさえためらわれるし、見なきゃわかんないし。
ジレンマの深さが魅力の深さですね。
でも、1枚でも持っていれば、とりあえずうちにお客さんが来れば見てもらえる!(一体それが、どれほどの効果を生むのか?!)
Commented by saltyspeedy at 2010-02-05 11:32
明日、娘をつれて行ってこようと思っています。
ギャラリーの近くに住んでいる友人も誘ってみました。
階段の写真まだ展示されているでしょうか。楽しみです。
Commented by apakaba at 2010-02-05 11:43
saltyspeedyさん、コメントありがとうございます!
会期終了までは、全作品が展示されています。
終わってから、買った人の元へ。
表題に赤いシールが貼ってあるのが売約済みの印です。
「階段の写真」というのは、オーストリアのどこからしいです。

あのギャラリーの周辺もいいんですよね。
レーズンウイッチの小川軒もあるし、神田明神も。
神田明神の鳥居の横に、甘酒屋さんがあって、思い出に残るおいしさ。私は大好きです!
Commented by あづま川 at 2010-02-06 21:57 x
階段の写真、ですか・・・見れば思い出すはずなんだけど・・・・
やはりもう一度足を運んでこの目で見てみたいですね。
眞紀さんちにもらわれる前に。

しかしあれから一年・・・早いものです。
Commented by apakaba at 2010-02-06 22:22
3月以降、うちに遊びに来ればホンモノを見られます!いくらでも!うっひっひ!

でも本当に早いねえ。
1年たって、あづま川さんはどう変わったのかしら。


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