2010年 09月 12日
その3のつづき。 ベネッセハウスは、不思議なことがいっぱいのホテルだ。 料金は高級ホテルのお値段、料理も一流だといわれている(まだ食べていないけど)。 それなのに、スタッフが皆さんなんというか……“不慣れな感じ” “素人っぽい”雰囲気なのである。 プロのホテルマンの教育を受けた人たちではないように見える。 いいホテルのホテルマンって、立ち居振る舞いがきびきびとスマートでしょう? ここの人たちは、それぞれにせいいっぱいがんばってはいるのだけれど、どこか動きがのそのそしている。 「きのうまで教材を売ってた人なんじゃないの?(ベネッセだから)」 という夫の言葉はあながち冗談とも思えない。 このホテルに都会の高級ホテルの華美さを期待してやってくる宿泊客は、散在するアート作品に感嘆しながらも、ホテル全体に漂う奇妙なアンバランスさにとまどい、人によっては失望するのかもしれない。 まず、入ってすぐにあるフロントは驚きの簡素さである。 チェックインはどこでするのだろう?と、きょろきょろ探してしまうほどだ(カウンターは目に入っているのに、見落とす)。 どこか素人風な受付の人々が声をかけてくるので、やっとそれと知れる。 部屋の設えもそっけないほどに地味だ。 よく見れば無駄なく機能的につくられている(そして十分に広い)部屋なのだけれど、もしもここに豪華さを求めていたとしたら、肩透かしを食うだろう。 無垢の白木をベースにしているがこれは傷がつきやすく、傷みの目立つ部分もある。 島随一の高級ホテルなのに、どちらかというと印象は山小屋風なのだ。 2階に泊まれば、バンガローのような天井を見上げることができる。 けれども、田舎の山小屋には決してないようなモノがたくさんある。 まず、テレビが置いていない代わりに、BOSEのウェーブシステム(CD,AM/FMが聴ける小型オーディオ)が設置してある! ためしにラジオをつけてみたら、高い天井に反響して、とろけそうな音色に思わず足もとがあは〜んと崩れそうになる! フロントにケーブルを貸してもらえば、持ってきた i Podともつなぐことができるから、一日中、好みの音楽をとろけそうな音色でかけていられる。 枕は硬さを選べる。 枕元の読書灯はLEDのかっこいいライト。 石けんもどこのものだか忘れたがリッパなもので、「どうぞご家庭にお持ち帰りください」と、ジッパー式の小さなビニール袋までついている。 各部屋には、それぞれ別々のアート作品が飾られているらしい。 ゲストは、滞在中だけ、その部屋のアートを独り占めできるという趣向だ。 リピーターとなって別の部屋に泊まれば、前回とは違う作品とともに寝起きできる。 我々の部屋には、つい先ほど地中美術館で見て感動してきたばかりの、ジェームズ・タレルのリトグラフがかかっていた。 地中美術館での余韻を、自室でリフレインする。 しかしなによりのアートは、部屋から眺める風景だ。 全室に小さいバルコニーがついていて、整った庭と、庭に置かれたアート作品と、その向こうに海と島々を眺め渡すことができるのである。 部屋に入ったゲストは、自然とバルコニーに足が向くし、室内にいても飽きず外の景色を眺めることだろう。 だとしたら、室内をゴージャスに飾り立てる必要が、どこにある? 室内が目立たない存在であればあるほど、額縁のようなバルコニーからの景色がますます引き立つでしょう? あっ、また安藤さんの声を聞いちゃったよ。 だからここまでシンプルなのか。この部屋は。 でもね、外の景色がいくら魅力的だからって、そんな恰好でそんなところで撮影していてはイケマセン。 欧米人のゲストがパンツ一丁のハダカで、夢中になってカメラを構えていた。 このホテルには欧米人の宿泊客がとても多かった。 さて、こう書き進めてくるといかにもフットワーク軽く旅しているようだが、実はこの旅行中、私はひどく体調を崩していて、歩くのも体を二つに折って休み休みという有り様だった。 直島に来る少し前に食中毒に罹ってしまったのだが、ちゃんと検査をせず、薬もたいして飲まずに、気力だけで旅立ってしまっていた(その後、あまりにも不調が長引くのでやっと検査を受けた)。 私は、ベネッセハウスのお食事をどうしても食べてみたかった。 ホテルのダイニングの善し悪しは、そのホテルの印象を決定づける。 ベネッセハウスには和食と洋食の、ふたつのレストランがある。 二泊するので、一泊目は和食、二泊目は洋食のお席を予約していた。 ところが! 和食のレストランに向かうころ、早朝から電車・飛行機・バス・船・またバスと乗り物を立て続けに乗り継いで内臓が揺すられていたことと、炎天下を美術館巡りで歩き回った疲労がたたり、少し上向いていた体調がまたまたどん底に落ち込んでしまった。 旅に不向きな自分の虚弱さを恨むが、でもせっかくはるばる来たのだから、ちゃんとおしゃれして、這ってでもレストランに行く! 和食レストランは「一扇(いっせん)」という。 12歳以下の子供は入れない。 ほかのテーブルを見ると、皆さんなかなかに洒落た恰好をしてきている。 胸の開いたセクシーなドレスや、肩を出したロングのワンピースに占い師みたいなレースのショールを掛けたり。 男性も、スーツの人はいないがむしろスーツよりも着こなしが難しそうなシャツとパンツ。 すごいね、都会のハイクラスなレストラン並みだ。 私も一応ディナー用の服を用意してきてよかった。 でも荷物を切り詰めるために、明日もまったく同じ服なのですが……この人たちの誰かと明日も洋食レストランのほうで会ったら、ちょっと気まずいなー。 まあ私の服装なんて、誰もチェックしてないか。 早くから予約を入れていたので、一番の上席に案内された。 いろいろ頭を巡らせる間にも、どんどん胃腸の調子が悪くなってくる。 今すぐ、お布団に横になりたいでーす! 震えているのに汗が噴きだしてくる、寒いのか暑いのか、もうわかりませーん! でも私が部屋に戻ってしまったら、せっかくのディナーを夫はひとりぼっちで食べることになるし、私だってどんなお料理が出るのか、見たいもん。 気力一筋で座っていた。 一扇の壁にも、やはりアートが飾られていたが、なによりもドラマチックだったのは、外のテラス席に並べられた、杉本博司作品だ。 「タイム・エクスポーズド」という、世界中の海を、空と海の比率をすべて同じにあわせてモノクロで撮影している、有名な連作である。 U2がアルバムのジャケットにこの一つを使ったことでも知られている。 「タイム・エクスポーズド」を、アクリル板にはさんで屋外に展示しており、しかもずらりと並んだ写真のなかの水平線の向こうには、ほんものの海と水平線が見える! ス・テ・キ・よーッ! 店内は、どう見ても和食レストランとは思えないようなモダンな内装で、椅子もいちいちカッコいい。 そして脂汗を垂らしながらも全部ひとくちずつは食べてみたお料理は、本当に評判どおりのおいしさだった。 お魚の料理が次々と供されるが、どの調理でも新鮮で身が締まっていてすばらしい! 最後に出てきた桃だけは全部食べられた。 これはフルーツ王国の岡山の産だろうか? このホテルのレストランは、地産地消をできる限り実行しているのである。 これで体調が万全だったら……と悔やまれるが、すべて試食だけはできたし、またアートを堪能できてよかった。 部屋で寝込んでいては、この感激は味わえなかった。 (しかし料理の写真を撮るまでの余裕はゼロ。) そしてまたしつこく杉本博司。 夜になってますます凄みを増してます、この空間。 具合が悪いのに、夜のホテル徘徊が楽しくて部屋に帰れない。 暗くなると庭のアートも印象が変わり、散策してはたたずむ。 この、池の中に立つ棒のようなものは、少しの風でもふらふらと揺れる。 見たときの風の強さによって、直立に近い状態だったり、さかんに動いていたりする。 こんなに敏感に動くのでは、台風でも来たら、さすがに縛って動かないようにするのだろうか? 屋外から、ラウンジを覗く。 このラウンジは朝8時から夜11時まであいていて、宿泊客はコーヒーや紅茶などを自由に飲める。 かなり暗いが、明るくなるとまた雰囲気が変わるのだろう。 ああーどこを見てもステキだ。 妙に素人風なスタッフと、簡素だがよく見ると贅沢なお部屋、ポップな設えと正統派の味がアンバランスで楽しい和食、どこを歩いてもばっちり絵になる館内。 なんだか本当におもしろいよ、ここ。 客室階の廊下は、一転して目をしばたたくほどに明るい。 夜の自然な暗さを良しとするこのホテルで、なんでこうまで明るくするの?と不思議だったが、細長いスリット状の窓から漏れる光量を計算しているのだろう。 暗い屋外から見ると、スリットをとおして、縦のラインが強調された光がドラマチックに浮かぶにちがいない。 ナルホド。 (その5・二日目朝のパーク内散策へつづく)
by apakaba
| 2010-09-12 13:45
| 直島旅行2010
|
Comments(2)
なるほど~ 視覚情報は美術品だけで結構!という姿勢は納得します。音を楽しむ工夫がされていたのですね。とろけそうな音色って、いい表現だなぁ!
香りなどはいかがでした? 虫さんとか蛇さんとか、そんなちょっぴり苦手なお友達は出そうですか? しかし、久しぶりに? お子さんたちもいない夫婦みずいらずで、しっぽり、なんて状況ではなかったのですね(:_;)
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apakaba at 2010-09-16 08:46
直島その4レス。
グッドバランスさん、毎度コメントありがとうございます。 うれしいわ。 テレビを置かないホテルって、山小屋風のところだとあったりしますね。 毎日の習慣で見ている人には苦痛かも。 山小屋風だけど海辺なので、森の香りよりは海の匂いかな。 私は生き物好きなので、虫も蛇も問題なく触れます。 (むしろ積極的にとっつかまえたいタイプ) 蛇ってうちの近辺にもいっぱいいるしねえ。 ただ、上に書いたとおりホテルは山の中というより海辺だからあまり森の動物との交流という感じでもなかったですねー。 あー夫婦水入らずの話は水に流してクレ。 私の親友は夫よりもトイレでした! |
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以前はエイビーロード「たびナレ」や「一生モノ https://issyoumono.com/」などでウェブライターをしていたが今は公立中学校学習支援教員のみ。 子供のHNは、長男「ササニシキ」(弁護士)、次男「アキタコマチ」(フランス料理店料理人)、長女「コシヒカリ」(ライター・編集者) by 三谷眞紀 カレンダー
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