2010年 10月 01日
その8のつづき。 護王神社のあった山を下り、ほかの家プロジェクトを見るために本村(ほんむら)地区を歩く。 家プロジェクトの見学には、1000円の共通チケットをあらかじめ購入しておくとまわるのに便利だ。 まず、角屋(かどや)へ。 200年前の家屋を修復し、内部を宮島達男のアートで占めている。 なかでも広間全体に浅く水を張り、赤・青・緑などの色とりどりなデジタルの数字の照明を点滅させる「Sea of Time '98」という作品がすてきだった。 暗闇の中で光る数字は、明滅の速度がそれぞれに異なる。 速くカウントするものもあればゆっくり回るものもある。 障子を閉めた暗がりの中にぼんやりと座り、水に沈んだ数字を皆が眺めている。 その空間は、ちゃちな作り物ではなく、ほんとうに古い家の感触がある。 水を張ることで、見学者のしんとした気分に一体感が生まれるように思えた。 角屋の庭先。 外に一歩出ればこの強烈な陽射しだ。 冷房が効いていることもあるが、中の暗い部屋に帰りたくなる。 意識の沈潜をうながすような、あの空間に。 さて、整理券の出ていた南寺(みなみでら)の集合時間になったので、また戻ってきた。 この建物は、中のアートはジェームズ・タレル、建築は安藤忠雄である。 寺という名前はついてはいるが、仏教の寺院らしい要素は感じられず、漆黒のシンプルな木造建築にしか見えない。 しかし内部は、なんとも説明しがたいアミューズメント……というのが正しくなければ、芸術的体験ができるのである。 地中美術館のジェームズ・タレル作品もそうだった。 「オープン・フィールド」という作品は、靴を脱いでブラックライトに照らされた小部屋に入る。 部屋の四隅がどこにあるのか、どこまでが床面でどこからが壁として立ち上がっているのか、遠近感を失ってしまうという、不思議な体験型アートだ。 そのときたまたま夫は蛍光イエローのラインが入ったポロシャツを着ていて、ブラックライトに浮かんで悪目立ちしてしまっていた。 「あなた作品の一部になってるんだけど。あなたもアートとして参加しちゃってるよ。」 と笑ったが、発想は遊園地のようでもあるがやはり空間のつくりかたが非常にディーセントであり、初めて知ったアーティストだったが強く印象に残った。 だから南寺も期待していた。 整理券で限定された人数だけが、一列になって中に入る。 中は真っ暗闇だから片手を壁にしっかりつけて壁をたどって進め、と、あらかじめくどいくらいに説明されている。 しかしいくら口で言われていても、いざ真の闇に投げ出されると、皆、歩がのろくなる。 とまどいながらへっぴり腰で進み、やっとベンチをさぐりあてて、お尻を落とす。 全員が座ると、説明されていたとおり、皆で前方を見る。 真の闇だと思うのは目の錯覚で、実は前方のスクリーンにごくごく少ない光量の照明が当てられているのである。 太陽光のもとからいきなり暗闇の部屋に入ると、しばらくはそのわずかな照明が認識できない。 じいいーっと目を凝らしていると、そのうちに、ぼーっと前の壁が見えてくるという。 早くて3分くらい。 子供ほど早く、年齢が上だったり、目の悪い人は遅くなるという。 その部屋のなかで、一番最初に「あ、見えた。」と言って立ち上がったのは、私だった。 私はたいへん虚弱だが、体の中で目がいいことだけが自慢なのだ。 ほかに同席していたのは、20代の若者ばかりだったが、私が立ち上がって前方の壁に向かって歩き出しても、みんなまだ見えずに座っていた。 だんだんと立ち上がる人が増えてきたころには、私は前方の壁に到着して、そっとスクリーンに手を触れ、無限に闇が広がっているように思えたことが錯覚だったことを知る。 意外とせまい部屋だったのだ。 「ああ、見えた、オレやっと見えたよ……」 「あれ?どこ行ったの?」 「こっちこっち。」 見学者たちが声をかけあいつつ、両手を前後左右に動かして自分の周りの空間を確認している様子が、私にはすでに見えている。 まるで、目隠しをされた人の集団だ。 ゆらゆらする人影は頼りなく、不安そうで、でも初めての体験を楽しんでいる。 夫はほぼ一番最後まで光を認識できず、歩くこともほとんどできなかったという。 見えた順番など自慢しても仕方がないが、そんなことよりも、この、見知らぬ者同士がひとつの暗闇の室内で黙り込んでいた時間がおもしろかった。 我々とたまたまいっしょになったのは静かな若者ばかりだったが、これでもし、小さい子供がいっぱいだったら? 「こわーい!暗いのイヤーーーー!」と泣き叫ぶ子もいたかも。 「見えたーッ!オレ、見えたもんねー!」と大騒ぎする子がいたかも。 それはそれで、エキサイティングな空間になっただろう。 このときは、着席してから私が「あ、見えた。」と口火を切るまで、全員が水を打ったように静まり返った。 息を凝らして、見えてくるはずの光を待っていた。 “ホントになにか見えるの?どう考えても真っ暗だよ。” “もし最後まで見えなかったら、恥ずかしいなあ……あたしの目、トシってこと?” “真っ暗なのってこわいんだけど。ていうか絶対無理。光が見えるなんて。” “眠くなりそう……目を開けててもつぶってても同じだぁ……” むしろ頭の中の声が忙しく暗闇の空間をかけめぐっているように、私には思えた。 偶然によって印象も変わる、一期一会の空間体験だ。 見えるものと見えないものを疑え。 いま、目の前に見えているものは、“本当に見えている”ものか? 見えないからといって、“本当にそこにはない”のか? では見えたからといって、それは“本当の姿”か? ぼーっと暗闇に浮かんでくるのは、終わりのない問いかけだった。 ジェームズ・タレルというアーティストはアメリカ人だが、このアートではしきりと東洋的な思想を感じさせられた。 新築とはいえ、かつては本当にお寺が建っていたというこの場所の記憶がそうさせるのか。 もしくはジェームズ・タレルが“空(くう)”の思想を彼なりに解釈して提示して見せたのがここなのか。 そうだとしたら、そのインテリジェンスの高さにはただ脱帽するしかない。 (その10・碁会所と石橋 日本の美のすがたへつづく)
by apakaba
| 2010-10-01 01:04
| 直島旅行2010
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Comments(6)
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agsmatters05 at 2010-10-01 04:29
とても面白そうな空間、アート体験(!?)ですね。行ってみたくなりますが、とうてい叶わぬ話なので、口コミで(あたかも行って見てきたかのように)ひとに話してみたくなりました。この作品は、期限なしでずうっとこのままこういう状態で公開しているものなんです、よね?
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apakaba at 2010-10-01 11:54
ミチさん、さっそくありがとうございます。
前回分の「護王神社(その8です。ここもおもしろいです!)」の感動もさめやらぬまま、またまた楽しいアート鑑賞。 すごいところでしょう! 「家プロジェクト」は恒久展示なので、いつ行っても大丈夫です。 いつか日本国内を旅する機会があったら、第一候補にゼヒ。
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ぴよ
at 2010-10-01 23:39
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apakaba at 2010-10-02 09:46
ぴよさん、この場所には、ずっと昔にお寺が建っていたらしいけど、家プロジェクトのときにはなにもない空き地だったみたい。
だからまったくの新築で、寺院としての要素はぜんぜんないです。 寺という名前がついているだけ。 宗教的な印象を受けるかどうかは、鑑賞者次第ってことじゃないかなー。 家プロジェクトは、護王神社と南寺で完全にノックアウトでしたね。
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メガネザル
at 2015-07-08 13:12
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南寺は10分で個人差がないって笑ちゃうよね。
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apakaba at 2015-07-28 09:42
どこから出た数字なんでしょうねえ。
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以前はエイビーロード「たびナレ」や「一生モノ https://issyoumono.com/」などでウェブライターをしていたが今は公立中学校学習支援教員のみ。 子供のHNは、長男「ササニシキ」(弁護士)、次男「アキタコマチ」(フランス料理店料理人)、長女「コシヒカリ」(ライター・編集者) by 三谷眞紀 カレンダー
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