2011年 03月 10日

ふたたび有賀幹夫写真展、キヨシローと父

きのう、吉祥寺の皮膚科へ行ったあと、ふと気が向いて東急に入った。
キヨシローのポスターが目の端に飛び込んできて「あっ!」と息を呑んだ。

昨年、渋谷の東急本店で始まった「有賀幹夫写真展 忌野清志郎(写真こちら)」には行っていたけれど、全国の東急百貨店を巡回してきた写真展が、「吉祥寺あたりでゲロ吐いて(歌詞より)」の吉祥寺でファイナルを迎えるということだった。
会期がまだ長いと思っていたのは勘違いで、店内ポスターをよく見るときのうが最終日だった。

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またしても泣いたよ。めそめそと。
泣き顔が街で目立たない花粉症の季節で助かるね。

家族を持ってからギターの裏に家族の写真を貼り付けるようになった、と大きなライヴ写真の横に書いてあったのを読み、この人のお子さんたちは、今どうしているかなと思ったりする。
そのときまったく唐突に、うんと幼かったころ、自分の手のひらのにおいを父に嗅がせたことを思い出したんだ。

お菓子を握ってたせいじゃないよ。
私の手のひらは、甘ったるいにおいがして、それが不思議だったし好きだった。
“どうしてわたしの手のひらは、甘いにおいがするんだろう。いいにおい。”と心密かに思っていた。
でも誰も信じてくれないと思って、それまで母親にも、友だちにも言わなかったけれど、“おとうさんなら、わかってくれるかな?”と期待したんだと思う、あるとき急に父の鼻を包むようにして片方の手のひらを押し付けて、
「眞紀の手のひらはいつもいいにおいがするの。」
と、嗅がせたんだ。
思えば父はまだ40歳になったかどうかというくらいで、今の私より若かったんだね。
「ほんとうだ、甘いにおいがする。」
と、にっこりしてくれるとばかり思っていたのに、父は当惑して、
「ううーん?いいにおいというわけではないと思うけど……(そこで私が激しい落胆の表情をしたと思われる)、でもなんか、たしかににおいはするね。うん。」
と歯切れの悪い返事をした。

ヒミツを分け合えるという甘美な予想をしていた私は、その歯切れの悪さにとことん失望した。
「え、いやなにおいなの?!」
「いやなにおいではないけど……」
「甘いにおいがするでしょ!」
「甘いにおい、かなあ……?」
「じゃあにおいがするっていうそのにおいってどんななのよ!」
「ことばでは説明しにくいけど……」
「やっぱりいやなにおいなのね。」
はじめの親密な雰囲気はぶち壊しになった。
あのあと何年も経たずに死んでしまうと知っていたら、あんなに責めたりしなかったのにね。
でも、そんなふうに小さな娘とやりとりをしたことそのものが、冥土の土産になったのかもしれないな、と、大人になってからは思えるのさ。

キヨシローにも、きっと似たようなちょこっとしたやりとりが、たくさんたくさん、息子さん娘さんとの間に、あったんだと思う。
“あのとき、知っていれば”とは、いつもあとになってから遺された者が思うこと。
チャボとスタジオで笑い合う若い日のキヨシローは、天真爛漫な笑顔で、自分がひと足早くいってしまうことなんか知らない。
だからこんなふうに笑えるんだよ。
手のひらのにおいを嗅ぐようなささいなことは、お互いに忘れてしまう。
でも人が死んだあとに、水底の泡のようにぼこっと浮き上がってきたりして、それで驚かされたり慰められたりするんだ。

じつをいうと、私の手のひらは今でもその甘ったるいにおいがするのだけど、今ではオトナだから誰にも嗅がせたりはしないのさ。
亡父と同じ反応をされることには、もうこりごりだからね。
(キヨシローを見ていたら途中からすっかりキヨシロー風の文体になってしまったぜベイべー)

by apakaba | 2011-03-10 11:47 | 生活の話題 | Comments(4)
Commented by えみぞう at 2011-03-10 12:53 x
やだっ!昼休みなのにべそべそしてしまったじゃないの。しょうがないので花粉のせいにしてしまうわ。
私、昔つまんない事でオカン泣かせてしまった経験があって、ずーっと胸が痛かったのね。で、オカン生きてる間に謝らなきゃなーっと思ってて 意を決してその事話したら
「へっ?そんなんあった?なんじゃそら」と言われて逆に腑抜けちゃいました(いやまあ、その後謝ったけど)
ま、親ってそんなもんなのかなぁ って思いました。愛だけが残ってるのな。きっと。
Commented by apakaba at 2011-03-10 13:06
そう、親ってたわいなくて、ちょろいものなんですわ。
なんでもぽんぽん忘れてしまうもんね。

被写体もいいんだけど、こうしてさまざまなことを余白に思い出させるだけの力を持った写真の腕だなっと思いましたよ。
Commented by Matsui at 2011-03-10 22:47 x
今度会う時あれば手のにおい嗅がせてもらおう(~o~)
ってのは冗談で読んでいてジーンと来ました。
幼い日の出来事よく覚えておられますね。
情景がすごく伝わってきて三谷さん、やっぱり文才あるわ~って感動しました。
Commented by apakaba at 2011-03-10 22:50
手のにおいキャハ♡って、マツイさん、だいぶお久しぶりです。
なんかいろんなところに不義理の限りでごめんなさい。

たぶん、父親との思い出がすっごく少ないから、それだけ凝縮されているんでしょうねー。


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