あぱかば・ブログ篇

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2011年 10月 28日

交じることで無二を生み出す——南蛮美術の光と影 泰西王侯騎馬図屏風の謎

「あっ、今日はお客さんの中にガイジンさんが来ていますね!この番組もいよいよ“国際的”になってきましたねえ〜」
「わはは、わはは」
たしか、30年くらい前までは、客席に観客が入るバラエティー番組で、番組冒頭に司会者がこんな台詞を言うのはまだまだごく当たり前だった。

16世紀なかば、今の日本人には想像を絶するほど激烈な異文化体験をした人々が、日本にいた。
ポルトガルやスペインの南蛮船からぞくぞくと降ろされてくる、目にも彩なるヨーロッパ芸術の品々。
顔立ちも肌の色も口から出る言葉も、なにもかもが異なる人間たち。
そして、これまで1000年の長きにわたってなじんできた宗教とはまるで異なる思想を展開する、目新しい魅力に満ちた異国の宗教とそれを語る宣教師たち。
当時の日本人の驚愕と、未知の世界を知った彼らの喜びが、この展覧会に横溢していた。

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美術館併設カフェ「不室庵」の麩焼きお汁弁当。麩が大好きなのでしばしば来ている。でも味が濃いめ。ごはんよりお酒がいいなあ

気がつけば、2時間も展示を見ていた。
今年はサントリー美術館の開館50周年という年で、年間を通して記念の展覧会がつぎつぎと開催されてきた。
その最後を飾るのが「南蛮美術の光と影 泰西王侯騎馬図屏風の謎」である。
第1章から第7章までと展示構成がわかれており、すべての章が興味の尽きない展示ばかりだった。
長くなるので、第5章までの感想を書いてみる。





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「第1章 はるかなる西洋との出会い」
「南蛮屏風」がメインである。
六曲一双の勇壮な屏風には、よく見れば南蛮から渡来した人々が描かれている。
馬や犬など、登場する動物たちは古典的な屏風絵のセオリーを踏んでいるが、人物の表情がマンガっぽく、どう描くべきかと迷う絵師の心情が伝わるようだった。

「第2章 聖画の到来」
東京会場(この他に神戸会場がある)では11月7日までの短い展示の「都の南蛮寺図」は、金をふんだんに用いて、小さいながらも美しく印象的な絵。
建物の上階から小首をかしげるようにして南蛮からの人々を眺めている日本人の姿が愛らしい。
聖画=キリスト教伝来にともない、さまざまなキリスト教の美術品が持ち込まれた。
「悲しみの聖母図」は、福井の旧家の土壁から、筒に入れられた状態で発見された。
「キリスト荊冠像銅牌」は、長崎の寺院の、埋もれていた柱から見つかった。
最初にこれらを発見した人は、どんな心持ちだっただろう。
あくまで想像だが——暗い日本家屋の一隅から掘り起こされ、暗い絵からぼうっと浮かび上がるかのような、聖母マリアの崇高な美しさに、発見者は息を呑んだにちがいない。

「第3章 キリシタンと輸出漆器」
“東西文化の交流”という使い古されたことばをこれ以上なく適切に語っているコーナーである。
日本の伝統工芸品である螺鈿細工を、キリスト教美術に組み合わせる。
日本人だからなのか、本来の主題(聖母子など)よりも、それを収めている箱の螺鈿細工のほうが、美術品としてまさっていると感じた。

「第4章 泰西王侯騎馬図の誕生と初期洋風画」
これまで体験したことのない不思議さに打たれた。
遠近法や陰影法などの西洋画の技法を用いた、遠い異国の王侯たちの姿。
一瞬、西洋の画家による完全な西洋画のように惑わされる。
だが金屏風に描かれているのだ。
キャンバスではなく日本の紙を使い、絵の具は日本に昔からあった岩絵具(いわえのぐ。日本画の顔料)を使っているのだ。
四方をかためる枠には畳の縁(へり)みたいな金糸を用いているのに、留め金のデザインには天使や船やセイレーンのような洋風のモチーフがある……見つめるほどに混乱して、めまいがしそうになる。

「第5章 キリシタン弾圧」
南蛮船が宝船にもなぞらえられて歓迎された熱狂の16世紀を過ぎ、やがて17世紀のキリスト教徒弾圧の時代がやってくる。
最も沈欝な展示コーナー。
徳川政府の弾圧を逃れたキリシタンたちが、日本を捨て、信仰とともにマカオまで落ち延び、そこで描いたというすさまじい絵。
いままさに処刑されようとしているキリシタンとそれを見守る群衆の絵だ。
構図も遠近法もめちゃくちゃであり、それにより、せっぱつまった苦しみがむしろ切実に伝わる。
どこかチベット仏教の曼荼羅図を想起させるのは、時間と空間が整合していないことなどおかまいなしにひとつの世界を描ききっていること、それがつまり“絵”を、愛でるための“芸術”としてつくっているのではなく、胸にある信仰を映すことのみを目的としているという共通点でか。

もうひとつの展示品は「踏み絵」である。
生まれて初めて、ほんものの踏み絵を見た。
展示に覆いかぶさるようにして食い入るように見た。
じっと見ていると、胸苦しさに、息ができなくなる。
どれだけの足がこれを踏んだのか、または踏めなかったのか……踏んだ人・踏めなかった人の、声ならぬ心の声が、竜巻のように踏み絵から巻き起こってきて、その音の大きさに頭が割れそうになる。
教科書で習い、比喩としても「踏み絵」という単語は日常的に使ってもいる。
けれどもほんものの「ピエタ」や「エッケ・ホモ」(両方ともキリスト教芸術の題材)の踏み絵は、知識では及びもつかない苦しみ・悲しみを湛えていた。
「誰も、こんなふうにして心の自由を奪う権利はない!」
このコーナーでは、その言葉しか出てこなかった。

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入口に掲げられた「本日初日」がちょっとうれしい。10月26日〜12月4日まで開催


予想を遥かに上回る、気迫のこもった展示の数々にただただ驚いた。
「光と影」だなんておおげさでありがちなタイトルだなあと、入る前は鼻白んでいたが、実際に見てみたらその意味するところがよくわかった。
「光と影」——西洋絵画の技法である陰影法のことであり、それまでの日本画の技法とはまったくちがう絵画の技術を学んだ日本の絵師たちの感動と興奮を表している。
そしてまた、キリスト教という光に満ちた新しい宗教が持ち込まれたことも表す。
出口のない貧困にあえぐ人々の上にも、舶来の新奇なものを好む裕福な人々の上にも、等しくキリスト教の魅力はふりそそがれた。
やがてそれはおそろしい弾圧(=影)へと突き進む。

文明が交じることとは、なんとエキサイティングで残酷で、目の離せないことだろうか。
館内を飽きず歩き回りながら幾度も思った。
交じることは……文化が損なわれることか?
オリジナリティーが殺がれることか?
そうではない。
逆説的だが、交じることは無二のもの、なのだ。
ここに並べられた、「初めて見た!」「なんて不思議な融合!」「こんなおもしろいもの、日本にしかない!」という感嘆の叫びを誘う作品を見よ。
オリジナリティー?そんなの本国でやっててくれ。
この東のはずれの辺境の地には、辺境でしか生み出せない、バイタリティーあふれる芸術が、こんなにあるのだから!

by apakaba | 2011-10-28 12:03 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(5)
Commented by agsmatters05 at 2011-10-29 01:56
「文明が交じることとは、なんとエキサイティングで残酷で、目の離せないことだろうか。交じることは……文化が損なわれることか?オリジナリティーが殺がれることか?そうではない。逆説的だが、交じることは無二のもの、なのだ。」

apakaba さん、これ、すごいですよ。すごい卓見。なにしろ紅茶国には、純粋のイギリス人なんてどこにもいませんからね。ぜんぶ交じってるんです。美術の世界を、人間におきかえて、交じるということがなんとエキサイティングで、残酷で、目が離せないことか、といわれたら、それだけで自分の苦労がむくわれた、と思う人は多いとおもいます。・・・・
Commented by agsmatters05 at 2011-10-29 01:59
踏み絵、見たかったです。

(いつかアウシュヴィッツに行ってみたい、というのと同じような意味合いで・・・。)
Commented by apakaba at 2011-10-31 09:16
南蛮美術レス。
ミチさん、ナショナリズムはある程度はプラスに働くときがありますが、度を超すと危険になりますよね。
「日本の伝統!」とか「純血の日本人がどうこう」とかいうところにあまりにもこだわりすぎることって、なんにも意味がないと思います。
螺鈿細工の工芸品に聖母子が収まっていたり、金屏風に思いきり“南蛮人”が描かれているのは痛快でした。

踏み絵は、重かったです!重量が、ではありません!
人って、なにかを見て、自分の心の中でカチリとなにかがはまった瞬間に、すごくすごくなにかを感じてしまうんだと思います。(なにかってナンなんでしょう!)
以前、広島に行って原爆の記念館もまわったのですが、もっと胸に押し寄せるものがあるかと予想していたのに、あまり強くは胸に迫りませんでした。
そのこと(意外と迫らなかったこと)自体が、自分にとって意味あることだと思いたいです。
Commented by Akiko at 2011-11-05 20:40 x
今日行ってきました、この記事、先入観が入りすぎてしまうから敢えて飛ばしていたんです(笑)今読んで追体験しています。そう、日本人が西洋文化と初めて出会った驚きと喜びだよね!王様の屏風の金具!等々。以下略。
マキさんは香港でシナゴーグに行ったり、異文化の交わりが生み出すものにとても敏感なんですね。うんきっとそうだ。
Commented by apakaba at 2011-11-05 22:22
Akikoさん、きゃああ〜うれしいです。
うちの次男もココを読まずに今日行って、途中の階が変わるところでブログを読んだと言っていました。

ああそうです、交わりは大好きです。
男女の交わりものも大好きなので「ラスト、コーション」なんかはもう最高です。


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