あぱかば・ブログ篇

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2012年 01月 20日

ポンガル@国分寺カフェスロー

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もう一週間も経つのか。
楽しかったイベントの余韻で、あれからあっという間に時が過ぎてしまった。

ポンガルとは、おもに南インドでおこなわれている収穫祭の名前であり、また、そこでおせち料理のように食べられる料理の名称でもある。
甘いものと甘くないものがあり、ミルク粥を煮詰めたような甘いほうのポンガルは、ポンガルの時期にしか(ああややこし)食べないので、まさにおせちと同じ位置づけである。

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中央のマッシュポテトみたいなのが甘くないポンガル

去る1月14日に国分寺のカフェスローで、南インド料理を楽しみながら芸能を楽しむ「『 南インドのお祭り ポンガル 』 ~ポンガローポンガル!!」がにぎやかに開催された。
オーガニックなムードのすてきな会場で、絶品の南インド料理を、案内ページにあるように文字通り“食べさせられ放題(=永久におかわりできる、本場インド方式ですね)”にして、デザートにはもちろん、日本でめったに食べるチャンスのない甘いポンガルもいただくことができた。

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料理人のおふたり、マサラワーラーさん。おいしい!明るい!彼らには、からくて酸っぱい南インド料理を食べたあとのような爽快感がある。極寒の中、このスタイルでココナッツを割る儀式をするところ

私は、演奏者のひとりである作家の田中真知さん(なんで作家が演奏をするのかという話はまたあとで)からご案内をいただいてうかがった。
このイベントはすごい人気だったらしく、あっという間に定員に達したため、友だちに声をかけるヒマもなくひとりぼっちで参加することになり、頼みの真知さんは出演してるしひょっとしてさびしいかもなあ……と思っていたが、それはまったくの杞憂であった。
ほかのイベントでちょっとお会いしたことのあるかたが何人かいてお話もできたし、それ以上に、私がひとりでカレーまみれの手(手で食べるから)を洗いに行ったり写真を撮ったりしているだけで、どんどんまわりの人から話しかけられるのである。
「そのカメラ、よく写りますか?いいなあそれ。」とか。
「これおいしそうですよねえー。」とか。
「ここの手洗い場、ホントに真っ暗ですね!ふふふ。」とか。
このたまらなくなつかしいフレンドリーな感じ……!
ああこれは、どこかの国の宿や食堂に集まった日本人のタビビト同士の感じだ……!
やっぱりこういうところに集まる人は、タビビトの雰囲気を持っている。

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おせちにあたるスイートポンガル煮込み中。鍋から盛大に吹きこぼれるとその年は吉兆だという

主催者の井生(いおう)さんご夫妻も、初対面ながらまるっきりインドの旅の途中でばったり出会った人のような雰囲気の方たちでもう最高。
ご主人の明さんとは、このブログで連載中のバリ&シンガポール旅行記で登場するバリの成瀬さんのおたくにもご夫妻で行ったことがあるということで、バリの話をしたり、奥様とはインド映画の話をしたりしたが、もっともっとお話したかった!
日本でこれほど旅を感じることができたのは久しぶりで、ここのところ下火になっていた自分の海外旅行熱がボワーッと燃え上がってしまった。

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これがスイートポンガル!

演目は、ハピドラム・バラタナティヤム・ガタムとモールシンである。
え、なにがなんだかわからない?
ハピドラムとは、2008年にアメリカで発明されたという、きわめて新しい楽器である(田中真知さんのブログ記事「あけましてハピドラム」へ)。
バラタナティヤムは南インドの古典舞踊である(堀友紀子さんのサイトへ)。
ガタムはインドの打楽器である(久野隆昭さんのブログへ)。
モールシンはインドの口琴である(竹原幸一さんのサイトへ)。
皆さんのパフォーマンスはいずれも壮絶にすばらしくて、これを絶品のお料理と司会の井生さんの楽しいトークとタビビトゴコロ満載の人々とひとときを過ごすことができるなんて、このイベントはあまりにもお得である。

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壮絶にすばらしいという表現は奇妙だけれど、皆さんの演目を至近距離で見て、聴いていると、その強い魅力に引き込まれて呼吸をすることを忘れてしまいそうになるくらいなのである。
堀さんの全身の動きのあざやかさと、メイクを落としたあとのかわいらしい素顔には腰を抜かしたし、久野さんと竹原さんの超絶技巧と、二人そろってかなりのハンサムであることにも腰を抜かした(着席していたのでまめに腰を抜かしても大丈夫です)。
彼らの魅力については、真知さんのブログ記事「ポンガル@国分寺カフェスロー報告」をお読みになっていただきたい。
だが真知さんの記事を読んでも真知さんの魅力については書かれていないので、ここではハピドラムの音色について少し触れておく。

私は、その音色を聴いたことがないままにポンガルイベントに行った。
見たことも聴いたこともない楽器、しかもどんな音色か予想のまるでつかない楽器を生演奏で聴く、という体験は、そうそうあるものではない。
だからYouTubeなどの動画もあえていっさい見ないで行ったのだった。

真知さんは文筆業が本業でありながら、音楽の才能に秀でた人でもあり、以前から、作曲したりディジュリドゥという民族楽器を演奏したりしていた。
こんどはいったいどんな音を聴かせてくれるのか、と思っていたが、生演奏を聴いて腰を抜かした。
またなのか。
表現が一辺倒で本当にすみません。

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驚いて目を見張ったというか耳を見張った?(なんかヘン)のは、真知さんがわざわざ、ハピドラムの音にわずかな“ノイズ”を発生させる仕掛けを施していることであった。
もともとのハピドラムの音色は澄んだ音なのだが、それはつまらないと感じた真知さんは、本体にいろいろ工夫を凝らして、叩くたび澄みきった音色に「ザーッ」「ジャーッ」「ザッ、ザッ、」というような共鳴音が交じるようにしているのである。
これにより、真知さんのハピドラムは通常のハピドラムにはない奥行き(“陰”といってもいい)を帯びた音色を獲得する。

聴きながら、頭の中でノイズを取り除いてみる。
すると澄み渡ったキレイな音色、一日中どこかのお店にBGMとして流れていそうな癒される音色になる。うっかり眠り込んでしまえそうな。
ところがノイズの交じった真知さんの音だと、眠れる音にならない。
ちょっとだけ耳障り。
ちょっとだけ不快。
そこが魅力になる。
この、あえてわずかに人の心を引っ掻くような音をご自身でつくったということにまた腰を抜かし……ともあれ、演奏中に私はしきりと、真知さんの敬愛する辻邦生さんの小説『西行花伝』を思い出していた。
西行が、生涯でたったひとりだけ命を懸けて愛した「女院」の声。
澄みきった美声とはほど遠い、高いと低いの二つに割れたように聞こえるお声。
西行はその悪声に、身悶えるほどの魅力を聞き取ってしまうのである。
真知さんのハピドラムは、あの女院の“二つに割れたお声”だなあ……。

すばらしい一夜だった。
是非、是非、またこんな集まりに行きたい!
当日の様子は下の動画で是非、是非、どうぞ。



by apakaba | 2012-01-20 11:01 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)


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