2012年 01月 28日
西荻カルチャーカフェでのトークイベントに行ってきた。 場所は西荻窪のアコースティックカフェ。 昨年12月で休刊となった旅行雑誌『旅行人』編集長の蔵前仁一さんが講師である。 蔵前さんが関心を寄せる、インド先住民の美術の探訪を中心として、観光スポットをはずれたインドを語った。 蔵前さんのファンになって、25年くらい経つのか……最前列でインドの田舎のスライドを見ながら、いろんなことを思い出していた。 大学1年生のときに刊行された『ゴーゴー・インド』には友人一同“騒然”だった。 『ゴーゴー・インド』は、光り輝いていた。 我々大学生の目に映った光り輝く蔵前さんは、同年に刊行された『深夜特急』にも、70年代の旅志向の若者が読んでいた『印度放浪』にも決して描かれていない、軽々としたタビビトだった。 あれを読んで、友人はこぞって旅に出た。 私も行った。 『旅行人』の前身である旅のミニコミ誌『遊星通信』のころから、雑誌の定期購読をしてきた。 早くに結婚して子だくさんになり、友だちが誰もいない密室育児となってしまった90年代を通じて、『旅行人』は私の心の唯一の糧だった。 毎号かならず、感想や旅の話の投稿はがきを書いて出していて、ほぼ毎号、私の投稿は採用されていた。 ひとつの号に名前が3箇所くらい載っていることもあり、読者プレゼントにもしょっちゅう当たった。 『旅行人』があったから、子供3人が小さくて思うようにならない毎日を乗り切れたのだった。 家族をみんな置いて一人で旅行していたことや、ゼロ歳だった次男を連れて行ったネパールや、6歳の長男を連れて行ったヨルダン・シリアの旅のことなど、話す相手も、今のようにネット上に書くこともなかったから、ひたすら『旅行人』に投稿して自己満足していた。 旅行中は、いつも「旅行人バンダナ」をバッグにつけていた。 旅行人のオリジナルデザインの黄色いバンダナで、これをつけていたら誰かが目を留めて「あ、旅行人読者の人ですか?」なんて会話ができるかも……と期待していた。 そういう出会いは、結局一度もなかったが、でもつけているだけで愉快だった。 私があまりにもしつこく頻繁にはがきを書くものだから目に留まったのだろうけど、2001年くらいに、「旅する女」を特集した号のときに、インタビュー記事が載った。 編集部に出向いてインタビューを受け、旅行に使っていたバッグと、顔の写真も撮った。 そのとき蔵前さんも編集部にいらして、私は「ぎゃああ蔵前さんだ!ホンモノだ!うわあ歩いてる!」と興奮して心の中で叫びまくっていたものの、実際はちょっと目礼しただけだった。 「昔からファンでした!いつも読んでます!」 くらいのことは言えればよかったのに、私はとにかくファンである人には緊張してしまって顔が真っ赤になってなにも話せなくなるのである。 そのあとも、何度もトークイベントや旅行人関係の集まりでお見かけはしていたが、自分から話しかけるなどとうていできっこなく、いつもあいまいにアタマを下げるだけであった。 蔵前さんは、私の数少ない弱点なのである。 いや、初めて本を読んだのが大学生のときだったから、どこかでいつまでもそのときの気分を引きずっているんだな。 精神年齢さば読み過ぎだろう、私。 90年代・ゼロ年代ほどには『旅行人』に心のよりどころを求めなくなっていた私にも、休刊はショックだった。 長年おつかれさまでした、ありがとうございました、と蔵前さんにきちんと言いたい。 蔵前さんにとってはただの一読者だけど、私にとっては、精神的にふさいでいた時代を照らしてくれた光だったから! 「インドの奥へ」と題された今日のトークは、見るものすべてがおもしろかった。 インドのいろいろな地方で、脚光を浴びたり浴びないままだったりしながら制作されてきた、愛らしくカッコよくソボクで奇妙で前衛的で土着的で先鋭的で懐古的な……いいようもなくおもしろい“芸術品”の数々が映し出されると、今すぐ椅子を蹴っ飛ばしてそこに行かなければならないような、灼けつく気持ちになる。 精神年齢をさば読むのをやめて、「長年ありがとうございました」と言いたかったけれど、やっぱり緊張してだめだった。弱い。トホホ。 でもどうにか、持参した最後の『旅行人』にサインだけはしていただけた。 ファン歴25年にしてやっと手にしたサインなのである。 旅のことを考えるとき、そして実際に旅の途中で、蔵前さんの本『ホテルアジアの眠れない夜』に書かれていた言葉を、数えきれないくらい思い出してきた。 旅というものは、ようするにふだんの自分自身の姿が旅によって引き出されてくるだけだから、なにもない人間からはなにも出てこない。だから逆にそういう人間にとっては、旅の長さや行き先くらいしか自慢するものがなくなる——というような言葉だ。 今さら言われるまでもない旅の真理ではあるが、私はこの本のこの言葉を読んで、ほんとにそのとおりだ!と激しくうなずいたのである。 たとえば堀田善衛や小熊英二のインド旅行記を見よ。 インドになんの興味も知識もなかった彼らは、旅行記の中でみずからの知性をいかんなく発揮している。 誰でも言えそうな言葉を、すらっと気負いなく印象づけてくれるのが蔵前さんなのである。 親しみやすそうだけど飄々とした雰囲気は、昔とちっとも変わらない。 今日は幸せだったなあ。 やっぱり次はインドかなあ。
by apakaba
| 2012-01-28 22:14
| 旅行の話
|
Comments(18)
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ヒロ
at 2012-01-29 01:58
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蔵前仁一さん、読んだな〜(´Д` )
ゴーゴーアジアが始めだったかな〜♪( ´θ`)ノ
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副店長
at 2012-01-29 02:18
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『ゴーゴーインド』も『ホテルアジアの眠れない夜』もタイトルがすごくいいですよね。私も何回も読み返しました。『ゴーゴーインド』はたしか蔵前さんがインドを去る前に、なぜかとめどなく涙があふれてきた、という記述があったと思いますが、私も同じ体験があって、とても共感しました。ミタニさんの文章を読んで『ホテルアジア~』を再読したくなりました。
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ogawa
at 2012-01-29 08:42
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『旅行人』の休刊は寂しいですね。
眞紀さんと同様、この10年ぐらいはこの雑誌を買っていなかったのですが、最終刊は買いました。 最終刊を読んでいると、本の内容とは関係無く過去の旅を思い出しました。 沢木耕太郎氏は旅への憧れをかき立てましたが、蔵前仁一氏は旅をみぢかにしてくれました。 『ゴーゴー・インド』を最初に読んだ時の衝撃は今でも鮮明に覚えています。 蔵前氏には「ありがとうございました。また、取材ではなく一人の旅人に戻ってください。」と言いたいです。
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ぴよ
at 2012-01-29 11:33
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>なにもない人間からはなにも出てこない。だから逆にそういう人間にとっては旅の長さや行き先くらいしか自慢するものがなくなる
正に私の事ジャマイカ(あわわわ) ゴーゴーインド、友達から借りて読んだな~また久しぶりに読み直したくなったわ♪ 素敵な再会が出来たみたいですね!
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にま
at 2012-01-29 15:48
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私も昨日、最前列で蔵前さんのお話に耳を傾けておりました。
個人的にいろいろあった自分の人生を取り戻そうと思った矢先の休刊の知らせに愕然といたしました。 「旅行人」なき今、このようなイベントにひとつでも多く参加できればと思っております。 本当に昨日は幸せな時間でしたね。
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apakaba at 2012-01-30 08:06
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apakaba at 2012-01-30 08:12
副店長さん、禁欲的で求道的な旅こそが真の旅だ……!みたいな気負いを、タイトル一発で吹き飛ばすインパクトで、これが無性に気持ち良かったんですよね。
読者の投稿を集めた『世界の果てまで行きたいぜ!』(私のアホ話も掲載されています)も、スカッとしたタイトルだったな。 コピーの才もすごいんだと思います。 『ゴーゴー・アジア』のエルサレムの写真に、「泣かせる街だぜ」とコピーがかかっていて、「うまい……!」と思いました。その後、エルサレムに行ったとき、いかにあの一行がうまかったのかさらにわかりました。
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apakaba at 2012-01-30 08:18
ogawaさん、twitterのほうに書きましたが、「蔵前さんの真にすごいところは、どんなに時が過ぎても決して「ミニコミ」の雰囲気を捨てないところなんだ。ミニコミらしさが劣化しない。今の世でいかにそれが難しいか。」に尽きると思いますね。
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apakaba at 2012-01-30 08:23
ぴよさん、『ゴーゴー・インド』はリニューアルして新しくなっています。
あと、『わけいっても、わけいっても、インド』という、マイナーな村に伝わる美術探訪の本もおもしろいです。 でもあまり読むと、インド行きたい病が深刻になると思う!
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apakaba at 2012-01-30 15:44
にまさん、コメントありがとうございます!
twitterでもフォローさせていただきました(私はほぼなにも活躍していませんが)。 あの、直筆イラストが当選されたラッキーな「D賞」の方ですね! うらやましー!家宝ですね! 私は、質問コーナーで「私はミゾラムに行きたいと思っているが、独立の気運が強い地域のようだ。蔵前さんは、先住民の、いわゆる“インド人”に対しての悪感情などを感じたことはありますか」というような質問をした者です。 都内でなら、いろいろな旅関連のイベントに参加するチャンスはありますよね。 先々週の「ポンガル」(http://apakaba.exblog.jp/17335201/)も最高でしたよ! 蔵前さんもいらしてました。 ツイートにあったボパール、私も行きたいです。 というかボパールには1990年に行きました。 とんでもない片田舎の村がありましたが(本文の写真)、あんなステキ系美術館は、まだなかった気がします。 次はインドマイナー旅をきわめる所存です。
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kaneniwa at 2012-01-30 17:11
『ゴーゴー・インド』はちょうど初めてインドに行った頃に
刊行されたので読みました。 学者、宗教者、芸術家の、言葉は悪いけれど思想の化け物の ような人の書いたものではなくて等身大ヒーローものというか、 身近なリアルなものの輝きを教えてもらった気がします。 まだ手にとったことはありませんが 『わけいっても、わけいっても、インド』 も興味深いですね。 わけいっても わけいっても (港区)青山 とか 着替えても 着替えても (洋服の)青山 というパロディが思い浮かんだことが あるだけです。 BYマーヒー
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apakaba at 2012-01-30 17:51
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apakaba at 2012-01-30 17:53
わーそれにしても、あのころ、やっぱりすごく人口に膾炙した本だったんだな。
とてもうれしいですね!
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mahaera at 2012-03-29 01:41
本日、たまたまこのブログを目にしました。西荻カルチャーカフェ、発起人の前原です。こうした熱のこもった文章を読むと、やってよかったと思います。ありがとうございます。僕自身も、蔵前さんのお話、とても興味深く聞きました。来月、旅行人文化祭という、イベントをやりますので、またぜひ来てください。いらしたら、お声をかけてくださいね。
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apakaba at 2012-03-29 20:44
前原さん、コメントありがとうございます!
気がついてくださって感激です。 蔵前さんの前に、真知さんのエジプトのお話のときも参加いたしました。 というか長年の読者でしたので、こちらは一方的に前原さんの執筆されたものは拝読しております。 旅行人文化祭はもちろんうかがいます。 もしお会いできたら(私は前原さんがわかるので)、ご挨拶できればと思います。 エキサイトブログなのですね。 さっそくリンクいたしました。
旅行人文化祭、初日と二日目終わりました。残念ながら蔵前さん体調不良のため、トークイベントは出られなくなりましたが、他にもいろいろプログラム組んでいるので、ぜひおいでください。
蔵前さんのイラストも販売しています。あまり安いんで「蔵前さん、これプリントですよね」「いや、原画だよ」「!?」と思わず、僕も購入してしまいました(笑) 旅行人関係者はお互いのファンなんで、もしかしてお客さん以上にお互いの作品、欲しいって感じです。 会場にきたら、ぜひお声をおかけください。 作家さんとお話をしたかったら、会場時間より1~2時間ほど、早めにいらっしゃるといいかと思います。
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apakaba at 2012-04-10 22:08
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apakaba at 2012-04-10 22:08
蔵前さんの原画も、ほしいわ!
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アバウト
以前はエイビーロード「たびナレ」や「一生モノ https://issyoumono.com/」などでウェブライターをしていたが今は公立中学校学習支援教員のみ。 子供のHNは、長男「ササニシキ」(弁護士)、次男「アキタコマチ」(フランス料理店料理人)、長女「コシヒカリ」(ライター・編集者) by 三谷眞紀 カレンダー
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