あぱかば・ブログ篇

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2013年 05月 02日

「もののあはれ」と日本の美——キヨシローの命日、お月さまに

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サントリー美術館で開催中の展覧会「「もののあはれ」と日本の美」へ行ってきた。

平安時代から現代の生活まで、連綿と日本人の心に受け継がれてきた「もののあはれ」というキーワードを軸に、屏風絵や掛け軸、硯箱、皿、着物など、さまざまな芸術品に日本人の精神性を見て取るという企画展である。
国文科卒の性で、和歌や源氏物語のモチーフには自然と足が止まる時間が長くなり、「こんな歌もあったねえ」「こんな人(歌人)いたねえ」「この歌知らなかったけどいいなあ。メモメモ」と、目一杯たのしめた。
日本の伝統美術や和歌って美しいなあ。

「もののあはれ」とは、日本のはっきり移り変わる四季(近年は二季になりつつありますが?)や、毎日かたちを変えてはまた元どおりになっていく月の姿に、“誰しもが経験するであろう人生の喜怒哀楽によってふとわき上がるしみじみとした情趣(解説文より)”を重ねてゆくことだという。
古文を習い始めた当初から、「あはれ」の現代語訳は「しみじみとしたおもむきがあること」だとくり返したたき込まれてきた。
勉強するとはそんなもので、まずは機械的に対訳を覚えるだけであり、覚えなければ話にならないのだが、大人になれば、「もののあはれ」の解説文を読むとたちどころにその情感を解することができるのである。
幼いころ、うれしいことは、単純にうれしく、悲しいことは、単純に悲しい。
成長するにつれ、感情はそんなにはっきりとは分けられなくなってくる。
喜びの中にさびしさや悲しさが交じってきたり、悲しいと思えることでもそれが力になったり、どんどん複雑になる。
平安時代の人間が、こんな複雑な感情を歌や物語や工芸品に表現していた。
日本人の感性に感動した展覧会だった。

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サントリー美術館の入っている東京ミッドタウンの建築は、和のテイストを感じてけっこう好き

展示品ではないが、第1展示室の終わりにあった「月の満ち欠けについて」というコーナーがおもしろかった。
新月からだんだんと満ちてきて、また欠けてきて見えなくなるという月のパネルと、そこに美を見出した古人の歌などが紹介されている。
そして、すべての展示が終わって出口に向かうと、出口にあるパネルで「今夜の月の形」を映しているのだ。

今日は、キヨシローの命日だ。
彼は曲の中に、いろんな自然を唄い込んでいたけれど、なんといっても「お月さま」を愛していた。
「お月さま」という言葉が出る歌が、今すぐいくつも浮かぶ。
キヨシローは「もののあはれ」を知っていたのだなあ……

夫が、
「和泉式部の“くらきよりくらき道にぞ入りぬべき はるかに照らせ山の端の月”ってあるだろ。俺はいつもこの歌を、まさしく『ハイウェイのお月様』だ!って思うんだよ。」
と言っていたことがある。
仏門と関係ないじゃん!と笑い飛ばしたけれど、

ハイウェイのお月様
いつもいつもそこにいて
ハイウェイのお月様
ふたりを照らして yeah yeah
暗い暗い暗い道に迷わせないで


うん。
皓々と輝くその月の姿は、きっと同じ。
1000年前に和泉式部が思い描いた月と、キヨシローとチャボがああだこうだとしゃべりながら書き上げたであろう歌詞にイメージされた月は。
会場を出るとき、ぐっと、涙が込み上げた。

by apakaba | 2013-05-02 21:53 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)


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