2013年 12月 15日

小瀧達郎写真展 PARIS 光の廻廊 ギャラリー・トーク

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「複製技術時代の芸術」
小瀧さんと作家の田中真知さんのトークの間、ずっとその言葉が頭から離れなかった。
ベンヤミンがこの世紀の評論を著したのは1935年、お二人の間に置かれた小瀧さんの愛機ライカのレンズがちょうど製造されたあたりの年代である。
年代が重なるのは必然であろう。
ベンヤミンはライカのレンズで撮られた「複製技術時代の芸術作品」の申し子たる「写真」をたくさん見たことだろう。
小瀧さんの印画紙選びや暗室作業などの話を聞きながら、「写真とは、ほんとうに、ベンヤミンの言うように“機械的な複製”なのか?」と考えていた。
原則的には写真は無限に複製が可能だが、お話を聞けば聞くほど、フィルム写真をプリントすることはファインアートに属すると思わざるを得なかった。

写真のおもしろさの50%は暗室作業であると小瀧さんは言う。
そのときそのときの、心の状態が出るから。
撮ってすぐの熱い気持ちのままプリントをしたもの(ヴィンテージプリント)と、時間がたってからプリントしたものでは同じ写真でも別物になる、なぜなら時間がたつと客観的になり、シャッターを切ったときの興奮はさめているから——これにはとくに共感した。
較べるべくもない話だが、私も、旅行や映画や歌舞伎や読書などの体験を文章に書こうとしても、時間がたってしまうとなぜあんなに熱い思いを感じたのかが自分でもよくわからなくなってしまう。
刺激を受けてすぐに書いたものは、散漫で練れていないところがあるけれど、やはりストレートな力と熱を持っている。
その意味で、写真もフィルムさえ残っていればいつでもプリントできるというのはとんだ見当違いで、このギャラリーに飾られた新作のパリの写真は、一見そうとは見えずともやっぱり熱いのだ。

トークでは写真の話題からパリという街について語り合うひとときもあり、昔フランスに熱心に行っていたことを懐かしく思い出した。
写真展開催に寄せた真知さんの文章を読み、自分が書いた旅日記と響き合うものを感じてうれしくもなった。

かれのまなざしが向けられているのは、時の容赦のない流れの中にあって、変わることなく「パリ」という都市空間を支えている謹厳な意志だ。それは洋品店に置かれた古いトルソーや、大聖堂の上から下界を見下ろす怪物像や、使いこまれた階段の手すりや、ベンチにたたずむ老人の背中など、パリの街のあらゆる細部に浸透して、「パリ」を不断に生成させつづけている原型的な生命力のように思われる。(沈黙する意志の光)」

真知さんのあいかわらずの名文のあとで見苦しいが、私は初めてのパリに行ったとき第一印象をこう書いた。

「亡霊の棲む街…という感じ。石造りの、一見華麗な、しかしよく見るとかなり古びて暮らしにくそうな建物は、100年前に来ても、これから100年あとに来ても、きっと変わらない。この街はこの街並みを変えない、絶対に。“変えずにいてやる”ことへの、なんという執念深さだ?こんなとこに暮らしてたら、気位も高くなるだろう、だってあらゆる不便を乗り越えて、この石の街を保ちつづけているのだから。」
(やや批判的な書き方なのは、パリの第一印象がよくなかったせいだ。このあと好きになった。)

街の細部に宿る“パリをパリとしていつづけさせるための意志”。
それは小瀧さんの撮った“人の手の痕跡”“人の気配のあと”。
モノクロプリントのうっとりする階調を見つめていると、言葉ではない表現で小瀧さんが語るパリと、自分が歩いていたパリがぴたりぴたりと重なっていく。
それは、昨年の写真展で見た、行ったことのないヴェネツィア(レビュー「戦きへ誘い込む——小瀧達郎写真展 「VENEZIA」)の写真を前にしてただただ戦いていた——色と色のあいだの色合いまでも表現し、その間(あわい)にこの世ならぬ世界を現出させる写真体験とは別の陶酔であった。

会期2014年1月18日まで。
小瀧達郎写真展 PARIS 光の廻廊 2010-2013

by apakaba | 2013-12-15 17:47 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)


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