2014年 06月 24日
14.埔里の夜と朝のつづき。(初回は台湾2013からどうぞ) この旅行の最後に行ってみたのは、埔里のゲストハウスから約7㎞ほど山あいに入った禅寺「中台禅寺(日本語サイトこちら)」である。 「台北101」で知られる台湾建築界の巨人・李祖原の代表作だ。 台北101も巨大だが、タワーとして見ればまだ理性的に受け止められる。 しかしこの寺院の途方もなさは、常人の理解を超える。 建築自体が、座禅を組んでいる修行者の姿を模しているというから、あのてっぺんの金色の部分はアタマというわけだ。 あの金色のところだけ切り離されて、宇宙に向かってゴゴゴゴーと飛び立っていってしまいそうである。 東洋的といえなくもないが、それより先に受ける印象は「スペクタクル」だ。 ポストモダンが潤沢な資金を手にすると、ここまでやれるのか。 以前、『巨大建築という欲望—権力者と建築家の20世紀』という本を読んだ。 そのときに書いた自分のレビュー中の一文を思い出した。 「権力者たちは皆、「人間が本能的に快適と感じる空間としての建築」をはるかに凌駕する規模の大建築を夢想してきた。 そして、権力者らに命じられるままに、もしくは命(めい)に刃向かい、もしくは権力者以上に権力志向のインスピレーションとサジェスチョンを武器に、その時代時代を生きた建築家たちがいた。」 この寺院のトップと李氏の結びつきは強く、両者はもちろん台湾政界とも深くつながっているという。 そんなことは外国人の素人が見た瞬間にもわかる。 ここまでストレートにお金のにおいがする建物もなかなかない。 建築には大きなお金がかかるものだから、利権と結びつくのはたやすいだろう。 私は、それでもなお、建築家というものは、心の根っこは皆とんでもないロマンチストなのではないかと思うのだ。 この悪趣味寸前の寺院だって、見ようによっては“ロマンの塊”にも見えてくる。 それは、やはり写真ではなく、見に行ってみないと感じとれないことなのだ。 堂内に入ってみると、視界に制限がかかる分、さらに建物の巨大さがひしひしわかる。 観光地ではなく、あくまで宗教施設なので、日本ではあまり観光ガイドに紹介されていない。 だが台湾や中国から、熱心な信者の団体ツアーが頻繁にやってくるらしい。 この四天王に天井を支えられた最下層階は人間界を表している。 人間界はまだけがれているので壁の色はグレーだ。 上階に上がるにつれ壁石の色がきれいになり、最上階は真っ白だというが、一般の見学者はそこまで入れない。 なにしろ部材のひとつひとつが、ものすごく高そうだ。 私も団体ツアーに交じってまわってみた。 彼らの、「立派だなあ!」「ありがたや!」「ご利益ありそう!」「すばらしいねえ!」といったストレートな感嘆を間近に感じる。 熱気がすごい。 一緒にいるのに、感覚がとても遠い。 堂内と博物館をひととおりまわって、再び外へ出てみると、来るときには気に留めていなかった周囲の豊かな自然が目に飛び込んできた。 世界中どこへ行っても、自然というのは、ともかく等しく美しい。 そこに人間がどんな痕跡を残すか。 このことで、その場所は意味を付与される。 ここは「仏様の存在に近づくにふさわしい霊性」を帯びた場所として、選ばれたのだろう。 やっぱり来てみる価値はある。 この中台禅寺の桁外れな巨大さに関して、李氏へのインタビュー記事を読んだことがある。 「お寺をここまで大きくする必要があるのか」との問いかけに、李氏はこう一蹴していた。 「仏の世界というものは、我々人間の想像をはるかに超えるスケールだといいます。ならば、その仏の世界を表現するお寺が大きくなるのは当然。しかしほんものの仏の大きさに較べれば、我々人間だって、この寺院だって、ほんの取るに足らないちっぽけなものだと思いませんか?」 さすが、巨人の余裕だ。 2013年の台湾旅行はこうして終わった。 あとは、台北に戻ってパイナップルケーキの名店「微熱山丘」で買い物をしただけだ。 連載が長くなってしまったが、初回に書いたとおり、この旅行は“原住民”と“現代建築”の二つをテーマにしてきた。 “原住民”については、たくさんの原住民の美しい顔を見ることができてよかったけれど、ルカイ族の村にたどり着けなかったことが悔しかった。 “原住民”と“漢民族”と“日本統治”、この三者をいいとか悪いとか、今の人間がひとことで断じることはできない。 軋轢や弾圧は当然あっただろうが、旅行者の無責任さでそのことはいったん抜きにしてみると、この国に残るものに触れるのは本当におもしろい。 たとえば原住民文化や、彼らの漢民族とかけ離れたルックス。 年配の人が話す律儀な日本語や、各地に残る日本式家屋など。 近代化によって人々のありようが変化していった結果が、現在の台湾の姿だ。 それらを一つずつ知っていくことを、これからももっとしてみたい。 “現代建築”は、汲めども尽きぬテーマだ。 なにしろ台湾には日本人建築家と台湾人建築家の作品はまだどっさりあるし今も増え続けている。 加えて、現在世界的なムーブメントとなっている「アートと建築の融合」の潮流に、台湾もしっかりと乗っている。 古びていた建造物をかっこよくリノベーションするのは、とにかく柔軟なアイデア勝負。 私もとても好きだ。 こちらもまだまだずっと追っていきたい。 これも初回に書いたとおり、現代建築を見に行こうと決めたきっかけは、台湾で活動する若手建築家グループ・リトルピープルアーキテクツの代表である謝宗哲という人の論評(そのページ。写真はイマイチだがすごくおもしろい)だった。 「リトルピープル」という社名がそもそも村上春樹の小説『1Q84』に出てくる言葉だ。 社名につけるくらいだから、謝氏はこの小説に大きな影響を受けているのだろう。 みずからを「リトルピープル」と名乗っているのがいい。 この名称の裏で、押しも押されもせぬ現代台湾建築界の巨星・李祖原氏を、あきらかに「ビッグブラザー(これも『1Q84』にある)」として位置づけているにちがいない。 「その巨人に太刀打ちできなくても、小さな自分たちはべつのやり方で、これからの台湾の新しい建築を考えていくのだ」という気概を、社名ひとつから感じた。 だからこの旅行の終わりに、巨人の巨大建築を見納めにしたことはよかったと思う。 ビッグブラザーの笑い声がこだまするような、あの異常な建物を。 (おわり)
by apakaba
| 2014-06-24 15:22
| 台湾2013
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以前はエイビーロード「たびナレ」や「一生モノ https://issyoumono.com/」などでウェブライターをしていたが今は公立中学校学習支援教員のみ。 子供のHNは、長男「ササニシキ」(弁護士)、次男「アキタコマチ」(フランス料理店料理人)、長女「コシヒカリ」(ライター・編集者) by 三谷眞紀 カレンダー
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