あぱかば・ブログ篇

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2014年 09月 14日

ケーララの祭り「オーナム」@国分寺カフェスロー

国分寺カフェスローでのイベント「オーナム」に行ってきた。
オーナムとは南インドのケーララのお祭りのことだという。
ケーララには、20年ちかく前にさびしい旅行をした。
本場でダンスも見たけど、とくに感動しなかった。

が!!!!!
今日の二組のダンスは感動した。

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モヒニアッタムを踊った丸橋さんは、15年くらい前からの知り合いだったのに、ダンスを見るのは今日が初めて。
感慨無量である。
“ダンス”という言葉から連想する、西洋的なダンスとはぜんぜんちがう。
演劇的な表現がとてもおもしろかった。
クリシュナとの恋の行方を踊ったダンスと、母親が赤ちゃんをあやして寝かしながら赤ちゃんのかわいさにうっとりするというダンスでは、同じ“女”でも表現する表情がまったく変わっている。
“母親”を演じる丸橋さんは母親の顔であった。
クリシュナと彼にあこがれる女性の表現は、異性を惹き付ける、若い色気が横溢していた。

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そして入野智江ターラさん率いるアビナヤラボの古典劇クーリヤッタムは、本当に不思議な踊りだった。
目が離せないのだけれど、催眠術にかけられたようになるというか、この時が永遠に続くように感じられるというか、永遠なものへと続いていく感じだ。
ダンスを見ているのか、自分がなにをしているのかすら判然としなくなるような、平凡な言い方をすれば神がかっているような踊り。
妙な喩えだが、「親知らずを抜く大変な手術をしているのに、その最中になぜか思わず眠ってしまう」という感覚。
すごいことが行われているのにふと自分が無になるような感覚。
世界最古の演劇と呼ばれるのもわかる。
パーカッションのみの伴奏も、その感覚を増幅させるすばらしいものだった。

お二人のダンスを見ていて、演じるということ/身体を使った内的な表現ということを考えていた。
自己表現の究極の形を二つ見せてもらえた。
インド舞踊とひとくちにいってもいろいろな系列がある。
この道を長年追求してきたお二人の踊りは、新米の踊り手には絶対に出せない表現力を持っていた。

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マサラワーラーのケーララ料理はおいしかった!
いつもよりからくなかった!(一度唐辛子噛んだけど!)
あの毎回工夫された料理も、彼らの自己表現なんだなあ。

by apakaba | 2014-09-14 00:20 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)


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