2014年 10月 22日

難聴が進んでも社会貢献したい

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耳硬化症の診断をされてからちょうど一ヶ月が経った(その日記)。
一ヶ月経って、また同じ新宿のタイ料理で同じランチ。
感慨深い。

診断を受けて泣きながら帰り、自分の本当の病気のことを知らなかった最後の瞬間に食べたランチの写真を何度も見た。
命に別状はない、のだけど、当座はショックでふらふらになっていた。

一ヶ月前より、少しだけ難聴が進んでいる感じがする。
音痴も少し進んだ。
とても悲しい。
でも、だんだん慣れてきた。
レベルからすると、命に関わる病気の宣告を受けたくらいのショックから、鏡を見るたび年を取っていく自分を見る程度の悲しみに。

ところで私は保育園でパート勤務をしているのだが、さまざまな理由からそこをやめてちがう仕事をしたいと思っている。
先生たちがヒドいというのは最大の困りごとだけれど、それは言い始めるときりがないので割愛するが、いくらなんでも仕事の内容がナンだなということもあり。
週日の仕事は以下の通り。

・子供の水分補給のお茶出し
・おしぼり(昼食後に使う)を作る
・昼寝の布団を敷く
・着替えを出す
・足を洗うたらいの用意(夏はシャワーの用意)
・おむつ替え、大小便の始末、おもらしの始末
・手を洗う介助
・昼食介助
・おむつの仕分け
・雑用(トイレットペーパーを1回分ずつにちぎって畳むなど)
・おやつ用のおしぼり作り
・着替えの手伝い
・おやつ介助
・昼食やおやつの後片付け(掃き掃除、おしぼり洗い、ぞうきんがけ)

どれも簡単。ちなみに土曜の仕事は、一日中掃除と消毒だ。あと布団干し。
はっきりいって中学生か60歳以上の人で十分にできる仕事で、時給は悪くないがいくらなんでも脳みそ使わなさすぎ。

前から書いているとおり、私は社会に貢献したいという気持ちが強く、自分の仕事が社会貢献につながることがいいなと思ってきた。
今やっているパートの仕事は、まちがいなく社会貢献だ。
でも、他の人がやってもいいようにも思う。
もっと専門性の高いこと、もっと今しかできないことで、お金をもらえて、社会貢献ができないものでしょうか?!

私にできることなんて限られている。
いくら社会貢献したくたって、人類を救う薬を開発したり、宇宙開発や自然エネルギーの開発なんてできるわけがない。
私にできることは、次世代の人間を育てることに関わることくらいだろう。
だから、子供に関わりたい。
よくいい年をした大人で「子供が嫌い」とか言っている人がいるが、いったいどういう楽天家なんだろうと思う。
あなたが老人になって一人では生きられなくなったとき、社会を担って、ことによるとあなたも担ってくれる(おんぶしてくれるとか)のは、今のちびっこたちだ。
老いた自分の病気を治し、寝たきりになったら面倒を見てくれるのは今のちびっこたちだ。
私は保育園でも「かわいいなあ」というより先に、「私が老人になったときにはよろしく頼むね」という気持ちでお世話している。

ようするに、子供は社会の宝だ。
宝を正しく輝かせるのは教育だ。
私は、教育で社会貢献をしたい。

それでそんなようなことを友達に言いまくって、近所で「無償の塾」をやっているNPO法人を見つけた。
中高生にただで勉強を教えるという。
区から助成金が出ていて、あとは寄付金で運営しているらしい。
それに飛びついてみた。

ところがーー!
なんと講師もボランティア!
ただ働きで、「交通費程度」くらいしかお金はもらえないという。
ものすごくガックリ。
いくらなんでもそんなの聞いたことがない。
お金がほしくて求職しているのに、いくら理想が高くても、うちはただ働きができるような経済状態ではない。

それにしても、この先、難聴がどんなふうに進んでいくのか見えないのがつらい。
新しいことをしたくても、二の足を踏んでしまう。
あーあどうしようかなあ……

by apakaba | 2014-10-22 22:52 | 生活の話題 | Comments(2)
Commented by ぴよ at 2014-10-23 00:07 x
んーと、難聴の進行具合を見ながらの求職な訳だから、基本耳を使わないで出来る「書き物」のお仕事の比率をもっと上げるのが
一番建設的なのではないかな?と外野の自分は思ってみたりする。
眞紀さんの文章は読み応えがあってとても面白いよ。自分で自分の文章を評価するのは難しいと思うけど、第三者の私にはとても面白い。
旅のスタイルが私とはかなり違うので、旅系の読み物は特に興味深い。あと書評も好き。映画感想も好き。何気ない雑感も好きだよ。

因みに私は大人げなく「子供が嫌い」と公言して憚らないクズ人間です^^;
でも少なくとも自分が超マイノリティ(しかもネガティブ方向)なのは自覚してるし、子供が日本…地球の未来を担ってるのも充分理解してる。
邪魔する気もないし、むしろ応援してる。日本じゃなくて申し訳ないけどカンボジアの子供達にずっと寄付もし続けてる。
まーでも子供が好きになれないんだよな。ぶっちゃけ自分の幼少時代を思い返しても「自分、イケ好かないガキだったなぁ~」とつくづく思う。クズ人間ですまん(涙
Commented by apakaba at 2014-10-23 08:28
一夜明けたらいろいろと解決していた!
新しいライターの仕事が入ったよー!
とりあえず、これに飛びつこうかと思う!
やっぱり得意分野を活かすのがいいよね。
「教えること」「書くこと」「劇」の3つが自分の得意なことだからねえ。
保育園をやめたらもっと時間ができて、書くこともいっぱいできるし(今は時間がない)、影劇にももっと参加して、声の演技を牽引できるし。
それで子供たちに見せるのは社会貢献だもんねー。うん。そうしよう。

子供が嫌いって、不思議なんだけど(子供がうるさくてイヤとかいうのはすごくよくわかる)、将来自分がヨレヨレになったときに世話してくれるのって今目の前にいる子供たちじゃん?
今かわいいと思えとかいうことではなくて、「将来、リッパな大人になってくれよろしく」という気持ちにならない?
私はすごくそう思ってる。つまり自分のため。


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