2005年 07月 15日

自分はどれくらい不幸で、どれくらい悩んでいるか

厄払いってしたことありますか。

19歳の厄年に、実家に近かった鶴岡八幡宮で厄よけの祈祷をしてもらったことがある。
32歳の厄年には、祈祷へは行かなかったが、義母が刀の形のお守り(厄を断ち切ってくれるという)をくれた。

今年、どうもツイてない。
子供が長く病気と怪我で苦しんでいて、心身ともにぐったりしているし、財政難は右肩下がりで長期化しているし、仕事はもうひとつ繁盛しないし、夫婦げんかも増えたしおまけに自分も体の具合が悪くてやつれてしまった。

来週あたまに、京都へ行く。
観光ついでに、厄払いでもしてもらおうかなー。
厄よけと厄払いってどうちがうのかな。同じかしら。
お墓参りと似たような感じで、なんとなく気分がさっぱり……するかな。

でも、いったいどれくらい不幸だったり悩みがあると、人は本気で厄払いを考えるのだろうか。
内容は、文字どおり千差万別の十人十色だから、基準などないのだろう。

私は“悩みを相対化してしまう”タイプだ。
“悩みを相対化する”とは旧友のヒロセ君が言った名言で、たとえば自分が太ったなあと悩んでいても、もっと太っている人もいる、と考えるともうそれが悩みではなくなってしまう。
とか、これがツライなあ、と思っても、いやもっとツライ人もいる、と考えると、悩んでいるのがばかばかしくなる、といった考え方だ。
まあよくいえば理性的、というより典型的なハッピー思考なんだけど、「オレって……悩みがないのが悩みなんだ。」とまで言っていた彼は、その時点の人生経験が短かったのか、それともすでに人生を達観するところにきていたのか。

で、私のアタマも彼にかなり近いのよ。
だから私の(厄払いの)基準は、内容ではなく、精神のバランスを崩してるな〜という自覚があることだ。
家族に笑顔を向けられない、むしゃくしゃして周りに当たる、泣きたくなる、とまあ、そういうの。
一番こわいのはバランスを崩していることに自覚がない状態になってしまうことだと思うので、あ、ワタシだめかも、と気がついたら気軽に厄払いに行くのも、食べてストレス発散とかエステに行ってしまうみたいな効果があると思う。

今日はMOVIEバトンのつづきをお休みしました。のでまた次回。

by apakaba | 2005-07-15 23:09 | 生活の話題 | Comments(3)
Commented by 紫陽花。 at 2005-07-16 07:37 x
祝・飲酒復活。 19日京都では無理のない範囲で飲みましょう。それがどのくらいの範囲かは謎ですが。私、口で言うほど、また見た目の体の大きさほど飲めませんのよ。ただひたすら速飲み、というのは認めます。
「悩みがないのが悩み」ねえ、うちの夫もそう言っていましたが、そー言っていた数年後、自律神経失調症(後にそう診断されました)で、長ーい痛み生活を送りました。かなり強い鎮痛剤も効かなかったのよ。お医者様も何軒はしごしたか。今思うとあれはなんだったんだろう・・。体は不思議です。眞紀さんには厄払いを勧めたのに、当時我が家はそれを忘れてました。自分の事はよく見えないものだから。まぁ、気軽に「厄払い」いいんじゃない。西の方からいい風が吹くといいね。あ、夫はそれ以降「悩みがないのが悩みじゃ」は口にしなくなりました。

自慢するほど長生きしてる訳じゃないけれど、全く人生って思わぬ展開を見せるものよのぉ、は最近しみじみと感じてます。今は穏やかな流れに入っていますが、いつ急流になるか、その時は「んん・・、おぬし(人生)こう来ましたか。。」と冷静に対応したいけれど。でも、自分の傷みにはもっと弱いだろうな。
Commented by k国 at 2005-07-16 07:43 x
43の時にレース中右肩の靭帯全部切って手術して
45ではネバダで岩に激突して左の腱さ骨を骨折して又手術と自分が原因ですが二回続けて入院するはめになりましたが
厄払いは考えた事が無かった、周りが悪い方がつらいかもしれないですね、しかし神社よりご利益のある連中と会えるかも
Commented by apakaba at 2005-07-21 16:01
紫陽花。さんK国さん、レス放棄で申し訳ない。
長く生きているのは、価値あることだと心から思いますね。
カラダと心はつながってるね。


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