2014年 12月 13日
デビッド・フィンチャー監督、ベン・アフレック主演では絶対おもしろいにちがいないと思って公開早々見てきた。 (ネタバレになるかもしれないので、これから見る人はあとで読んでください。) 5周年めの結婚記念日に失踪してしまった妻の行方を探し求めるうち、自分が妻を殺した殺人犯ではないかと警察に疑いをかけられるようになってしまう平凡な夫ニックが、ベン・アフレック。 謎に満ちた美貌の妻エイミーを、ロザムンド・パイクが演じる。 ロザムンド・パイクの、表情筋の微小な動きで見せるものすごい演技は、アカデミー主演女優賞ノミネート確実といわれているくらいの芸域だが、やっぱり私はベン・アフレックのへなちょこ男ぶりに毎度律儀に驚嘆するんだなあ。 夫と妻という、家族の最小単位での結びつきにスポットを当てており、観客は当然、ふたりの成り行きを暴走列車の乗客になった気分で追って行くのだが、そのスポットライトの外側にいる人物たちがとてもいい。 妻エイミーの両親は、「アメイジング・エイミー」という児童書で大当たりしている人気作家夫婦。 主人公エイミーは理想的な少女で、妻エイミー本人はその幻影に長年苦しめられてきた。 虚像が実像を食うモンスターとなっているわけだ。 エイミーはNYの裕福な都会育ちで、両親は娘を愛しながらもその愛情はやや常軌を逸している。 家庭環境が、エイミーの極端な人格を作った。 いっぽう夫ニックの生い立ちはずっとシンプルだ。 双子の妹マーゴとはなんでも話せるベストフレンドであり、ふたりとも数年前に亡くなった母を今も追慕している。 父は老人ホームに入所しているが徘徊もしてしまう困り者。 ニックの普段着はとことんダサい。 経済的にはエイミーの家よりずっと劣るようだが、家族としての当たり前の情愛が流れている。 ニックという名前を聞いて、私は「彼はイタリア系か?少なくともカトリック系か?」と連想した。 ニックはニコラスの愛称であり、ニコラスはカトリック教会の聖人に由来する名前だからだ。 そういう目で見ていると、カトリック的家族愛を、兄妹の絆にも感じるし、とりわけほぼ映画にその姿を見せない“亡くなった母”が重要に思えてくる。 というのも、「エイミーは性格が複雑で、親しい友達ができにくいけれど、姑とは仲よくしていた」という証言があったのだ。 うそで固めたエイミーの性格であれば、姑との交流もうわべだけのものだったのかもしれない。 それは容易に推測できる。 あの行動を見ていれば、そう思うのがふつうだ。 けれども、もしかしたら、ひょっとしたら、カトリック的情愛の権化のようなもう一人の母親(亡き姑)は、孤独なエイミーのたった一つの錨だったのかもしれない。 実の両親でさえ児童書の執筆と売り上げで実質的に娘を金づるにしていた、異常な家庭育ちのエイミーが、唯一まともでいられる相手だったのかもしれない。 そう考えると、姑の死によって錨が外れ、素朴な家族愛はここに消滅し、彼女を決定的な破綻へと進ませる直接の原因となったのかもしれない。 そう仮定すると、エイミーという女性が、ただのサイコ女ではなく、悲哀をもった重層的な人物にも思えてくる——「ニック」という名前と母を偲ぶ双子の兄妹の様子から、そんなことも連想していた。 それはちょうど、『勧進帳』や『義経千本桜』をはじめとする歌舞伎の名作に、“頼朝”という登場人物は出てこないのに、通奏低音のごとく頼朝の影が物語にずうっと影響しているのと同じように。 こんなことはすべて私の思い込みであり、フィンチャーはまったく意図していなかったのかもしれない。 しかし、優れた作品は、見る者に想像をさせる。 ディテールの作り込みによって、見る者がさまざまに考えることができる余地をくれる。 フィンチャーの快進撃はまだまだ続くだろう。
by apakaba
| 2014-12-13 23:25
| 映画
|
Comments(4)
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ぴよ
at 2015-01-09 07:47
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やー今更だけどようやく「ゴーン・ガール」見て来て自分もレビュー書いたから眞紀さんのレビュー読みに来たよ。
面白いわー。フィンチャー作品ってやっぱ観る人で全然スポット当てる場所が違うよねw ロザムンド・パイクの「視線の演技」は本当に凄かったね。私はエイミーがあの金持ちストーカーの所に逃げ込んで2人でニックのインタビューをTVで観てる時に、男が飲み物のお代わりをするのにカラカラと音を立てたのにムッとした顔で一瞬目をくれるシーンがあったんだけど、あのシーン観て「この人、本当に上手いなぁ~」と感心しちゃったわ。 まーでもベンベンだよね♪この人も本当に上手いわ。 でもケツアゴ隠して「嘘をつかない誓い」をするシーンはガチでコーヒー吹いたw
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apakaba at 2015-01-09 21:29
お〜映画話にコメントありがとう!
ロザムンド・パイクは「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」に出ていて、ぜんぜん印象なかったけど、なんでしょうかねあの人は。 ストーカー家でテレビの中のベンベンを見つめるまなざしはほとんど性的に興奮しているように見えました。
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ぴよ
at 2015-01-09 22:37
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>ストーカー家でテレビの中のベンベンを見つめるまなざしはほとんど性的に興奮しているように見えました。
そーだソレだ! あのシーン見て、「ああエイミーは今でもニックが好きで好きでたまらないんだろうなぁ~」って思ったの。 確実にベンベン見て欲情してたよね。だからこそ隣でどーでもいいストーカー氏が小さな音を立てた事にイラッと来てたんだなーと。 うん、何だか色々スーッと繋がったわ。さんきゅ~♪^^
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apakaba at 2015-01-10 08:02
まあ好きといっても「アタシの教育まちがってなかった!アンタ、やればできるじゃない!昔アタシが恋したアンタの輝きよッ!」というとこですかね。
ついでにどうでもいい情報なんだけど、ストーカー役の俳優さんはほんとはゲイなんだって。 だからあの映画はあのストーカー男のシーンは「ここ笑うとこ」らしい。 |
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以前はエイビーロード「たびナレ」や「一生モノ https://issyoumono.com/」などでウェブライターをしていたが今は公立中学校学習支援教員のみ。 子供のHNは、長男「ササニシキ」(弁護士)、次男「アキタコマチ」(フランス料理店料理人)、長女「コシヒカリ」(ライター・編集者) by 三谷眞紀 カレンダー
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