2014年 12月 27日

場を圧倒する声

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ある休肝日の夕食は「コシヒカリ」が作ってくれた。
ネットで話題のトマトごはん(生トマトの炊き込み御飯)、豚の軟骨入りスープ。


年末。
でも保育園をやめて旅行ライターの仕事に変わってからは、ず〜〜〜っとちょこちょこ仕事をしつづけているので、年末という気がしない。
ライターの仕事って、きりがないんだな。

2月に影絵の公演がある。
11月に入ってから、ずっとその台本作りに関わってきた。
またDVDを制作するため、著作権に引っかかる現代の作品は使えない。
この壁はなかなかに高くて、もうめんどくさくなってオリジナル作品を作ることになった。
劇団代表がストーリーを考えて台本を作り、かなりいいものができた。

そして私は毎度のことながら声の主演なのだが、今回はどうも主人公に魅力を感じられず、配役決めの前夜までさんざん「やりたくない」とごねてた。
話自体はすてきなのだけど、主人公(少年の天使)が、どういう性格なのかちっとも見えず、演じづらい。
でもいろいろ考えあわせて、やはり私がやるべきなのだと思い直した。

やると決めたら役作りだ。
主役がどう演じたらいいか迷っていては、他の人がついてこられない。
こんどは「モテオーラ男子」でいくことにした。
主人公の少年天使は、ビジュアルは羽根が生えてるし、すぐ女の子を抱き上げて飛んじゃうし、あっという間に恋人の距離にちかづいて、けっこうな女子必殺ゼリフをすらすら言ってしまうような、無邪気ながらも将来有望なモテタイプではないか?
女たらしではなくて生来の気の良さで、周りの人たちがみんな自然と応援したくなるようなタイプ。
これでいこう!

そう決めると、あれほど後ろ向きだった主演が楽しみになった。
苦しんでいても、役作りさえ決まれば早いのだ。
劇団のメンバーは、私がこんなに裏でごねたり悩んだりしているなんて思いもしないんだろうなあ。
すいすいと苦もなく演技ができていると思っているにちがいない。

声の出演をするとき、いつでも心にくりかえし念じていることがある。
主演は圧倒的に魅力的な声を出さなければならない、ということだ。
まあ当たり前なんだけど。
見ている間は主人公の声がまっすぐバシーッと耳に届き、見終わったあとは主人公の声がいつまでも観客の心に響き渡っていてほしいのだ。
子供や大人が、劇を見にゾロゾロと入場してくるとき、私はマイクの前にスタンバイしてその一人一人の顔を見ながら「さあ始めるぞ、驚くなよ」って思ってる。
会場いっぱいの観客が皆、私の声に息を呑み、笑顔になり、嗚咽する。
劇をやってなかったら、他の手段では、私は何度生まれ変わったって、これだけの人数の人の心をいっぺんにつかんでしまうことはできないだろう。

もちろん影絵はチームプレイだから、多くのスタッフの力を合わせて一つの作品ができている。
ただ、声の主演は、私のような人間が向いていると思う。
「適材適所」というのは侮れず、ある。
また難聴に苛立ちつつの練習になるだろうが、いずれ聞こえなくなるまでは、やれる限り主演をやるつもりだ。

by apakaba | 2014-12-27 23:21 | 生活の話題 | Comments(0)


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