あぱかば・ブログ篇

apakaba.exblog.jp
ブログトップ
2015年 03月 10日

インド旅行の後輩

今日から長男の「ササニシキ」は沖縄へ行き、次男「アキタコマチ」はトルコへ行った。
ここ最近では、「ササニシキ」は、東北・伊勢・インド・北海道・沖縄、「アキタコマチ」は佐渡島・東北・青ヶ島・ドイツ・トルコ・山陰へ。

「ササニシキ」がインドに一人で行くと言ったとき、あれこれ私に聞いてきた。
長男は体力知力ともに人より達者な方だし、今までベトナムやカンボジアやマレーシアなどを自由旅行しているから旅慣れているかと思いきや、準備中に途方もない初心者なことを言い、何度も呆れた。
「バスタオルって持ってくの?」
「ドライヤーって持ってくの?」
といった、バックパッカーの風上にも置けない素人発言。
「洗濯したらロープを持ってないと干せないよ。」
「2月の北インドは意外と寒いぞ。安宿ではバケツにお湯を入れてもらってそれで洗うんだよ。」
などと教えてやると、驚いたりする。

それでも、いろいろ母親に聞いてくるのは、私のことを旅の先輩だと思っているからなんだな。
二人とも、いろんなことを聞いてくる。
私の世代だったら、男の子がバックパック旅行のこまごました相談を母親にしてくるなんて決して考えられないことだが、私と彼らは感覚が近いということだろう。

私は旧世代のタビビトのように、「ネットがない旅をしろ」とか「地図なしで迷うことも旅だ」とか「親への連絡は絵葉書でいいのだ」とか言うつもりはさらさらない。
便利な世の中になったのだから、それに素直に乗ればいいと思っている。
第一そんなのは旅立つ側の一方的な馬鹿げたロマンであって、家で待っている人間にとっては甚だ身勝手なふるまいでしかない。
私は、親になってみて初めて、待つ側がどれほど毎日心配しているかを知った。

以前書いた私の記事。


だから息子たちには「できる限り頻繁に連絡をしなさい」と言って送り出す。
二人とも、まあまあおとなしくそれに従っている。

c0042704_16523898.jpg
家が好きなコーシロー


2月の「ササニシキ」のインド行きは心配だった。
しばらく連絡が来なくて、やっとメールが来たと思ったら、自撮り写真のおでこが真っ赤に染まっていて仰天した。
転んですりむいたか!インドで擦り傷を作ったら生水で洗ったらだめだぞ!と焦って文面を読むと、
「バラナシ今 洗礼的なのを受けた」
ははあ、赤いのは祝福の印ね。

私「ぼられますよ」
サ「誰に?」
私「つけたやつに」とアドバイス。

サ「5ルピー渡したらつけたやつがもっと寄こせって言ってた風だったけど、一緒にいた人が、あいつはマネーのことばかり考えてる5ルピーでじゅうぶんって言って、そうしたら二人でなんか言い合ってた 喧嘩してた」
私「あはは アハハ地獄」
アハハ地獄とは『ブッダのことば—スッタニパータ—』に出てくる地獄の名前だ。
旅行中に読むと言って持って行った。

数日後、

サ「ブッダガヤに着いた」
私「だまされますよ」
サ「どのように?」
私「仏教の聖地は金持ち日本人がたくさん来るから、お金を巻き上げられます。健康は問題ないですか」
サ「昨日一昨日不調だったけど、薬を処方してもらって改善傾向にある」
私「ちゃんとしたファーマシーに行ってください。今後もお腹に注意しましょう」
サ「現地の日本人に紹介してもらった 御意」

数日後、新書の画像とともに

サ「アハハ地獄登場。聖地でブッダのことばを読んでいる。」
私「ようやく一人前のインド旅行者ですね」

こんな感じ。
帰国後、「デリーでどこに泊まってたの?やっぱメインバザール(安宿街)?」と聞くと、「そう」。
「なんてホテル?」
「ナブラン。」
「なぶらん?ああ、ナヴラング?」
「そう。」
「アハハ、昔泊まったことあるよ。」
「えっそうなの!アハハ。」
「あそこ汚いんだよね……せまいし牢獄みたいで。」
「そうそう。独房みたい。ホットシャワー出ないし、ベッドもものすごく汚い。」
やっぱり親子というより、旅の先輩後輩だ。

「ササニシキ」がインドから帰ってきたとき、私は感無量だった。
同じくらいの年頃、私も南アジアを放浪していた。
私も岩波の『ブッダのことば』を読んだ。
(そのレビューはこちら ブッダのことば—スッタニパータ— 1990年の私の写真も)

国際電話をかけるのも半日がかりの行事という時代から、ネットで便利に親と連絡ができる時代になったけれど、旅人の感慨は変わらない。
いや、旅先からぽつぽつと届くメールが、私には本当に楽しく、うれしかったのだ。
便利な時代バンザイだ。
そして年月を隔てて、息子が同じボロボロ宿に泊まってしまうのも、笑いこけながらも感無量だった。


by apakaba | 2015-03-10 17:05 | 子供 | Comments(0)


<< 4年たって、決意が固まってきた      「アキタコマチ」の文化祭へ >>