あぱかば・ブログ篇

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2015年 03月 19日

「アキタコマチ」最後の卒業式

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きのうの深夜、トルコ旅行から帰ってきた次男「アキタコマチ」は、今朝遅く起き出してきて、スーツを着て出かけていった。
調理学校の卒業式だ。
卒業式のあとは、またすぐ山陰地方へ旅行に行くという。
そして4月からは社会人になる。

この大学全入時代、あえて大学に進学しなかった。
息子の学校は専門学校ではなく「無認可校」に分類されるため、学歴上は「高卒」となる。

「アキタコマチ」の高校時代、夫も私も、やりたいことがはっきりしているなら進路は好きにしていいと言っていた。
今は大学の価値が下がっているから、大卒でさえあれば将来は安心などという時代ではない。
親が見栄を張るために子供を大学へやりたいという気持ちもさらさらない私たち。
ただ、本人が大学に憧れを持っていないのかは少し気になっていた。
私も夫も、大学にはそれなりに思い出や帰属意識はある。
兄の「ササニシキ」も、キャンパスライフをエンジョイしている。
そんな家族を見ていて、「オレも大学生というものに、なってみたい」と思わないのか。

高校の途中までは、迷っていたらしい。
大学生になってみたい、でも、何をやったらいいんだろう?
写真が上手だったから、カメラマンになろうかと考えていた時期もあった。
しかしそのために進学する大学はなかなかない。
しかも職業カメラマンの道は大変に細い。
というかそもそも職業カメラマンに、なりたいのかオレ?

高校時代、私と夫は「お前は才能がある。なんにでもなれる。」とだけ言ってきた。
大学なんて、才能のない奴が行くところだぞ。
ほんの一握りの大学生を除いて、大学は目的が見つからず、才能にも恵まれていない奴が、学歴と自分さがしの猶予をもらうために進む道なんだ。
お前は才能がある。
お前はなにをやっても上手にできる。
カメラマンになったっていい。
美容師でも、和菓子職人でも、マッサージ師でも、服を売っても、大成功まちがいなし。
少しも心配してない。
だから好きなことをしていいんだ。

極端な話だがそう言ってきた。
そうやって、親が「お前はいつでも前途洋々だ」と言い続けてきたことで、次男は自信を持っていったと思う。
正しく自信を持つことは、天狗になることではない。
分をわきまえ、謙虚になることだ。
自信を持つことで初めて、“自分よりもはるかにすぐれた人間が周りにはたくさんいる”ことを、見分けられるようになるのだ。

「オレの体はおいしいものだけでできている。オレはおいしいものしか食べてない。おかーさんがちゃんとしたものを食べさせてくれるから、オレは料理をやろうと思うようになったんだよ。子供のころからの、味覚が鋭敏な時代に、おかーさんがきちんとした食事を作ってくれて本当によかった。オレの舌が敏感なのは、おかーさんのおかげなんだよ。」
こういうことを口に出して言えるのはこの子のいいところだ。
化学調味料をできるだけ排除、添加物をできるだけ排除、安くて甘いばかりの野菜を買わない、値段本位で臭い肉や魚や卵を買わない、そういった基本的なポリシーは自分がおいしいものが好きだからに尽きるのだけれど、それが子供の将来の道を決めることになっていたとは思わなかった。
「そうだよ、食をないがしろにする人間は人生を捨てている。」

これからフレンチレストランに就職して、大変なことがたくさんあるだろう。
まあほとんど心配してないけどね。
食は人生の中核。
その一翼を担う人間として、プライドを持って進んでくれ。


by apakaba | 2015-03-19 16:56 | 子供 | Comments(0)


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