2015年 04月 01日

新年度からの試みの一つ「twitterからの転載」で3月歌舞伎座ツイート

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コブシが注目されるのは、桜が咲くまでのほんのみじかい間だけ

今日から新年度。
長男「ササニシキ」は法科大学院1年生に、次男「アキタコマチ」は就職して社会人に、長女「コシヒカリ」は高3の大学受験生になりました。
教員の夫も、新年度からの新しい仕事のプロジェクトをいろいろ抱えていて、それぞれに気合が入っています。
身辺が変わらないのは私と犬だけ。

ブログを書く時間がほんとになくなりましたわ。
ライターの仕事を始めると、1本でも多く原稿を書くことが優先になって、ブログを書く気力が残っていません。
でも仕事の文章はやっぱり仕事だから、好き勝手をつづっているブログとは別のものです。

新年度になったので、代わり映えのしない私だけど、ブログ継続のために二ついいことを考えました。
一つは、
「twitterに書いたことをブログに転載して日記にしちゃう」

たとえば、よく歌舞伎を見に行くので、歌舞伎感想をツイートしているのだけど、それをつなげてブログに載せておきます。
twitterよりブログの方が後で探しやすいから。

もう一つは、
「エイビーロードの旅記事が掲載されたら、それに関して写真だけでもブログにアップする」
一から旅行記を作っている時間がなくなってしまったので、せめて掲載記事とリンクして写真だけでも。

というわけで、今日は3月に見た歌舞伎連続ツイートをまとめておきます。
新年度もよろしく〜。

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3月8日分

歌舞伎連ツイに入る前に。今日見た「通し狂言菅原伝授手習鑑」は非常に思い出深い。ちょうど20年前、平成7年3月に当時の片岡孝夫が初演したのを見に行った。地下鉄サリン事件当日。歌舞伎座へ向かう朝、日比谷線が不穏な空気に。昼の部が終わって劇場を出たら大混乱。パトカーとヘリコプターで一杯

続)あのころ、着流し一枚で水も滴る色男の孝夫に夢中だったから、菅丞相はややちがうと感じた。もっと軽い装束でもっと色気を振りまいてほしかった。20年たったのだ……と実感した、今日の仁左衛門。

歌舞伎座昼の部、菅原伝授手習鑑。ちょうど20年ぶりの通しに心躍る。加茂堤、菊之助の桜丸は後の悲劇を感じさせない清新さ。当時勘九郎の桜丸の本領は夜の部だったな。筆法伝授、待ってました仁左衛門。おそらくこの人の菅丞相は今生の見納め。永久欠番。彼以上の菅丞相は今後出ないであろう。(続く

2)だが筆法伝授の出色は染五郎だ。こんな武部源蔵初めて見た。さんざん見てきた源蔵を初めて「色悪」と見た。出世頭のはずが女問題で勘当、そりゃ零落の色気がある人物だわ。それを染五郎が初めて出した。あれが「寺子屋」前回勘九郎で感じた「切羽詰まった狂気」へとつながるのか。染五郎凄いぞ(続

3)道明寺、仁左衛門はもはや人間の域を超越した芸域。とてつもなく大きなものを見た。単に娘との別れを惜しんでいるのではない、もっと大きな、己の運命へと眼差しを向ける大きな大きな芝居だ。彼はきっと太宰府から生きて戻ることはないであろう。それをひしひし予感させる。「運命」を目にする(続

4)道真という人は、きっと今の仁左衛門の芝域のように、凡人を超越した人間だったのだろう。聖徳太子や、ブッダや、キリストのように。20年前は気品に満ちたいい男だったが、今の仁左衛門は菅丞相とぴたりと一致する。「太宰府天満宮に行こうか」と思ってしまう。そこに仁左衛門はいないのに。(続

5)不世出の美貌と芸。仁左衛門が歌舞伎を去ったら、このあと誰が彼を継げる?世話物は染五郎が継げそうだが、菅丞相は無理だろう。仁左衛門は何を見ても「これが最後か」と涙が出る。彼はいつでも一世一代だ。散る花を思わせる、最後の色男だ。(終

歌舞伎おまけ)やっぱり自分は国文科なんだなと思った。道真がこわくて北野天満宮をつくったなんて、すごいよねえロマン感じちゃうねえ。


3月25日分

きのう、歌舞伎座夜の部、通し狂言菅原伝授手習鑑後半。昼の部前半から二週間。寺子屋は何度見たかわからないが通しで見るのは20年ぶり二度目。う〜〜〜〜ん、若いね君たち…昼の部の仁左衛門がものすごすぎて、その余韻から抜けられないまま鑑賞すると、どうしても没入しきれない。格の差。(

2)染五郎松王丸は幸四郎の型だが、全盛期の幸四郎ほど舞台を圧倒する迫力まではあと一歩。寺子屋の前までの若い松王丸は似合う、が、染五郎!あなたは「色悪」に向いてる!昼の部の出色の武部源蔵すばらしかったぞ!松緑の源蔵は、普通レベルの過去の源蔵にすっかり戻っちゃった。あの役って(続

3)凡庸に演じるととても凡庸なのよね。源蔵は凡庸な男だけど、やっぱり零落した色気と、忠義のために人の子を殺めようとする狂気がなければ。色気は昼の部の染五郎が、狂気は前回寺子屋の勘九郎がビシビシ発してた。うん、勘九郎の源蔵よかったよ改めて。あのときは七之助の戸波もよかった。(続

4)それにつけても女形の不毛よ。玉三郎という虚空にただ一点浮かぶような巨星に、どうしたら届く?どうにかしてくれ本当に。関係ないけど涎くりは獅童がやったらさぞや…と長年思ってきて、妄想が高じてもう獅童で見たような気になってたが調べたら見てなかった。アハハ。アホの子は獅童が最高(続

5)20年前、桜丸を勘三郎(当時勘九郎)で見て、桜丸の風情を見事に演じていたからこそ、寺子屋の幸四郎松王丸「桜丸が」の号泣でみんな泣いた。今回の菊之助は、健闘していたけど勘三郎(当時勘九郎)にはまだまだだった。儚げではあるがちょっと健康的すぎ。皆さん長い道のり頑張ってください(終







by apakaba | 2015-04-01 14:00 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)


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