あぱかば・ブログ篇

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2015年 08月 15日

30年前の8月15日に

母と私は30歳離れていて、私と娘は30歳離れている。
30年前、私は今の娘と同じ、高校3年生だった。
夏休み、今の娘と同じように、予備校の夏期講習にかよっていた。
8月15日の朝、テレビでは「戦後40年」の特番が組まれていた。

身支度をしながら、どうしても耳に入ってくる「辛気くさい」言葉の数々に、無性に苛立った。
毎年毎年、おんなじことばっかりやって。
3日前の日航機墜落事故はいったん措いて、今日はこれなのね。

靴を履いてドアを開け、母に
「終戦終戦って言ってるけど、もう40年も経ってるのにいつまでやってるんだろう? もう戦争なんてずっと昔のことでみんな忘れちゃってるわよ、戦争のことを覚えている人もどんどん死んでいってるんだし。」
という言葉を投げた。
すると母は、
「そうよ、もう忘れているわよ。昔のことだもの。」
と、ふつうの声で同調したのだった。

ただ苛立ちをぶつけたかっただけだから、少し意外だったが、そのまま夏期講習に出かけた。
私は御巣鷹山の方がずっと気になっていた。

どうして母はああいう返事をしたのだろう。
そのあともたまに思い出したが、なんとなく聞きそびれて30年が経った。
多感な年頃の女の子にあれこれ戦争のことを話しても、ますますいらいらするばかりだと判断したのか、母自身が忘れたがっていたのか、ただ受け答えが面倒だったのか、本当に当時の私と同じように戦争特番にうんざりしていたのか。

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30年経って、今さら確かめることもしないけれど、30年経って実感するのは、やっぱり敗戦した日のことはどんなに時が経っても日本人みんなで考えようということだ。
そして、人間は思っていたより忘れないもので、思っていたより死なないものだなということだ。
日本人は30年前よりも長生きになって、戦争体験者は当時の私の予想よりもずっとたくさん生きている。
心強い。
私はまちがっていた。


by apakaba | 2015-08-15 07:09 | 思い出話 | Comments(0)


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