2015年 09月 26日

歌舞伎座秀山祭九月大歌舞伎、夜の部連続ツイート

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歌舞伎座も、敬老の日、国民の休日、秋分の日と連続で日の丸掲揚していたのだろうか


シルバーウィーク、私はカレンダーよりちょっと遅めに取って、歌舞伎とドライブ旅行、アート鑑賞へ。
今日は歌舞伎の連ツイを転載しておきます。


9月22日歌舞伎座夜の部、伽羅先代萩。やったら見ておけ通し狂言。通しで見て初めて見えてくるものが多々あり。花水橋での梅玉に零落の美。梅玉はここ1年ほど素晴らしい。序の梅玉の佇まいあってこそ成り立つ、その後の悲劇。空腹の子供二人を待たせて茶釜で米を炊く玉三郎の所作に瞠目。(続

2)玉三郎が凄いのは毎度だが、あの延々と点前をやり、さらに点前と同じ動作で米を研いで炊き…永遠かと思われる茶釜シーン。並の役者だったら、やる方も見る方も耐えきれないあの長さ。あの長さで子供の空腹時間を我々も共有し、母親の辛さと美しさを決定づける。女子供シーンが長く続き、一転(続

3)松緑登場で一気に男だらけの世界へ。女子供だらけから男だらけへの見事な転換。吉右衛門、芝居はうまいのだけどやや声が小さい?昼の部でお疲れか。通し狂言で必要な要素は、「もう出てこない人」がいかにその後のシーンに影を残しているかどうか。冒頭の梅玉、中盤の玉三郎あってこその後半。(続

4)対決・刃傷。舞台上、殺された子供とまったく同じ配置で悪者(吉右衛門)も果てる。因果応報を感じさせる瞬間。素っ頓狂なサワヤカさを撒き散らす染五郎、ああいう人よく歌舞伎で〆のあたりに出てくるよね。染に「歌え、踊れ」と無理強いされる重傷の歌六の構図は、空腹の実子に「歌え」と(続

5)無理強いした玉三郎と呼応する。ようするにパワハラ。それは当時の社会が、とてつもなく大きなパワハラの構図の中にあったことを示唆する。大団円、無駄に色気をだだ漏れさせる染のニヤニヤ笑顔の中で幕。理不尽の中に生きることが当たり前だった時代、人は芝居小屋でカタルシスを得た。(続

6)それにしても、当時相撲取りはほぼやくざ者のような存在だったのだな。濡髪長五郎とか見ても思うけど。ご贔屓筋の用心棒。今は変に「品格がー」とか窮屈になって、かえって気の毒にも思う。そして、三大義太夫に較べればストーリー的に劣るけど、なかなかうまい作りだったなあ。やはり通しはいい。


by apakaba | 2015-09-26 18:17 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)


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