2015年 11月 11日

歌舞伎座吉例顔見世大歌舞伎、夜の部連続ツイート

c0042704_17063869.jpg
ある日の散歩道。
歌舞伎、そして自分の人生の、来し方行く末を思う今月


11月7日、歌舞伎座夜の部、江戸花成田面影。堀越勸玄初お目見得。想像よりはるかに小さくて、花道から出てきたとき「あれ?いない?」と本気で思った。海老蔵が黒い袴を着けているものと……海老蔵の腰にまで届いていない小ささ!仁左衛門、菊五郎、梅玉、藤十郎、染五郎、松緑を従えての挨拶。(続

2)夕方の2歳児なんて大抵は機嫌が悪いものだが、勸玄くんは難しげな表情ながらも頑張っている。しかしこの子が大役者になり、団十郎になったとき、私はこの世にいないであろう。そう思うと大喜びの観衆の中で寂寞たる気分になる。これから長くがんばってね。仙石屋敷、梅玉の伯耆守は前半若干(続

3)バタバタしているが、人のよさが印象づけられる。それにしてもこの話、ほんとつまんない芝居ですね。仁左衛門が大石じゃなかったら最初から最後まで熟睡だわ。でも仁左衛門だとたわいもなく感動してしまう。でももっといい演目がよかったなあ。だいたい、日本人はみんな忠臣蔵が好きだけど私は(続

4)それほど好きじゃない。仮名手本忠臣蔵で見て、初めて面白いと思うくらい。勧進帳、おそらく全演目中最もいっぱい見ている歌舞伎。また見てしまいました。幸四郎弁慶には、ええ、さまざまな思いが胸を去来しましたね。思えば初めて幸四郎弁慶を見たとき、彼は今の私くらい。働き盛りの年齢で、(続

5)そりゃ元気もあったわけだ。今あの衰え果てた弁慶を見て、これが幸四郎という役者なんだと。昔の幸四郎弁慶は、いちいちエッジが立っていた。そのキラリと光る瞬間の一つ一つを覚えていて、「またあれをやってくれ。あ、やってくれた」と楽しかった。古典的な歌舞伎が好きな向きからはバタ臭い(続

6)とかくどいとか言われていたが、あれはやっぱり魅力だった。でも今すべてのエッジは消え去った。義経に手を差し伸べられ感激して舞うところ、吉右衛門弁慶の目の先は遠い遠い道程を見ていた。幸四郎の目はなにも見ていない。濁った目の先には、俺はそれでもまだ幸四郎であり続けるという執着が(続

7)あるのか?もう染五郎を幸四郎にしてやれ〜。しかし、染五郎は幸四郎と同じ幸四郎にはなっていかないんだろうなあ。富樫よかったぞ。今までで史上最高の富樫は吉右衛門、その次くらいによかった(ついでに松緑のメイクは罰ゲームのようではないか?)。大幹部がそれぞれの境地に達している中、(続

8)幸四郎の老いを晒す弁慶は、あれはあれで彼の芸の到達点なのかもしれない。なんともいえない「業」を感じ、ただダメな弁慶を見たという嫌な気持ちではなく、大きく人生というものを突きつけられる。幸四郎という役者、私はどっちかというと好きだけどね(えへ)。ああいうどうしようもない人。(続

9)河内山、黙阿弥最高!先日、近松の芝居を現代劇で見たが、やっぱり義太夫の完成度が黙阿弥とは比べ物にならない。「名台詞」とは黙阿弥のためにある言葉。初役海老蔵、よく似合っていた。海老蔵はある意味始末におえない役者で、嵌るときは他の追随を許さない嵌り方をする。だがたいてい滑る。(続

10)嵌る嵌らないの振れ幅が大きすぎ、見る方はビクビク、共演者はさぞ恐ろしいだろう。彼はああいうペラペラな男が似合う。人生の苦悩とかは無理。それにしても十一代目に生き写しだ。今回は勸玄から幸四郎までを一気に見て、歌舞伎という芸能の大きな一つの時代に立ち会っている感慨を持った。(終


by apakaba | 2015-11-11 17:13 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)


<< パリ同時テロで思うこと      『早川千晶と大西マサヤのケニア... >>