あぱかば・ブログ篇

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2015年 12月 04日

マーヒーさん追悼

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先月、11月22日に、娘が「今日はいい夫婦の日だから、花を買ってきました」とプレゼントしてくれた。
花が長持ちする薬を入れて、水を替えて飾っておいたけれど、やっぱりだんだんとだめになってきて、ついにきのう、花を捨てた。
そうしたらちょうど、友人からメールが入った。
その人と私の、共通の友人の訃報だった。

あまりにも突然の死で、ただただ信じられず、他の共通の友人に連絡を入れたりしながら花瓶を洗った。
11月22日に救急搬送されて末期ガンと診断され、きのう息を引き取ったという。
私が花を眺めて暮らしていたのとまったく同じ時間が、彼の最後の時間だったのだ。
娘の気持ちがうれしくて、一日でも長く咲かせていたいと思い、水を替えたり薬を入れたり、茎を洗ったりしていたのと同じだけの時間。
たったそれだけの闘病の時間。
それだけのご家族との時間。

彼と一度しかお会いしたことがない。
いわゆるネット友達だった。
だから、死が悲しくて泣き崩れるという心境よりも、人の死ということ、そのことそのものが、なんだか受け入れ難く不思議だ。
私の父は私が小さかった頃に、倒れて一晩で死んでしまった。
それはそれで、周りにとってはとにかくびっくり仰天なことだったが、本人はもうわけもわからず死ねたのだから、まあかえって楽だったかもしれない。
でも、もし自分が死ぬとわかっていたら、もしかしたら家族に一言だけでもなにか言いたかったかもしれない。

彼の場合、もう少し時間が残されていた。
ご家族の方と、お別れができたのは、よかったのかなあ。

彼の一番下のお嬢さんは、小学校3年生だそうだ。
私が父を失ったのと同じ年か、ああ、自分と重なるなあ。

私に直接できることはなんにもない。
ただ、亡くなった方のことを忘れずにいて、お子さんたちが大人になったときに、ちゃんとした世の中を作れるよう、自分の場所で地道にがんばることだけ。
それは残った大人全員の責任。
がんばります。
がんばろうね。奥様、お子様。


by apakaba | 2015-12-04 21:57 | 生活の話題 | Comments(6)
Commented by 屁無頼 at 2015-12-04 22:04 x
マーヒーさんの事、一生忘れません。
Commented by apakaba at 2015-12-04 22:48
ほんとにね。
今頃になって、やっと泣けてきた。
Commented by agsmatters05 at 2015-12-05 10:12
つらいことですね。
Commented by apakaba at 2015-12-05 14:45
でもSNS時代はありがたいです。
ずーっと後になって知るという悔しさもなく、お子様たちに直接お悔やみを書くこともできますね。
Commented by saheizi-inokori at 2015-12-05 21:10
びっくりしました。
なんとまあ!です。
遺されたご家族が心配です。
Commented by apakaba at 2015-12-06 10:17
SNSでやりとりをしていますが、お子さんたちは、今は信じられないほど気丈にしておられます。
ひととおり落ち着いてから、きっとつらいお気持ちが押し寄せてくるとは思いますが、ほんとにすばらしいご家族ですから、支え合っていくことでしょう。


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