あぱかば・ブログ篇

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2015年 12月 24日

クリスマス・イヴ讃美礼拝に行ってみた

「われは我が咎(とが)を知る。我が罪は常に我が前にあり」

1年が終わろうとしているからか、この言葉がしきりと浮かんでくる。
107年前に書かれた『三四郎』のラスト近く、里見美禰子が教会の前で、消え入りそうな声でつぶやく。
“ありえたかもしれないもうひとつの人生”の可能性を三四郎に見る、そんな時間とは、ここで訣別する。

また1年、罪を重ねて過ごした——と思う。
そう思わない人って、いるんだろうか。

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迷羊(ストレイシープ)ってことで。
ラム肉を焼くことにする。
塩胡椒、エルブ・ド・プロヴァンス、赤ワイン、はちみつ風味のバルサミコ酢、粒マスタード、シェリービネガーをぶち込んでマリネ(レシピなし)。
ブランデーを景気よくフランベして火事寸前。
ソースはマリネ液を煮詰める



「教会に行こうかなあ」
数日前から、なんとなく考えてきた。
クリスマス礼拝に出たくらいで、今年の罪咎がチャラになるわけじゃないんだけどさ。

娘がキリスト教会付属の幼稚園にかよっていたから、そのころは礼拝によく行っていた。
自分用の聖書を持っていて、礼拝に出たときにお話をされた箇所には線を引いていた。
だから私の聖書は傍線がいっぱい。

ところが、今朝、10年以上開いていなかった聖書を開けてみたら、傍線が、ない……どうして?!
あんなにたくさん引いたのに。
ボールペンで引いたから消えるわけないのに!


さんざんページをめくって探してがっかりし、「神の奇跡」と思うことにした。
調子に乗るな。
また一から、勉強しなおしなさい。
そういうことなんですね。

しかし、やっぱり神の奇跡を受け容れるには人間が小さい私は、「たしか、あの『三四郎』の言葉にも線を引いた。あれは『詩篇』に入っていた」と思い出し、詩篇の中を探してみた。
そうしたら、ちゃんと線を引いてあった。
消えていなかったのだ。
他にも印象的な言葉は自分で勝手に線を引いていたことを思い出した。
「“そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け”というのがあった。それにも引いた」
「“名はレギオン。大勢だから”にも」
その箇所を見ると、線が引いてあった。
そしてまたページをめくり直してみると、なぜか今度は傍線がたくさん見つかったのだった。


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我が家のシェフ兼パティシエは、今年からは他人様のクリスマスディナーを作る人になっちゃった。
仕方なく自分で。
盛り付けが私らしく「食えりゃいいだろ」的で、プロの仕事とぜんぜんちがうわ。
でもおいしかったー!



傍線が消えたのではなく、「たくさん聖書の勉強をした。だから私の聖書には傍線がいっぱい」と思い込んでいたそのことが、驕りだったのだった。
最初は、驕った心で探していたから、いくらめくっても見つからなかったのだ。
私の引いた傍線など、海の水のように膨大な聖書の言葉の中に入ってしまっては、一握りの砂みたいなものだったのだ。
神の奇跡は起こっていなかった。
でもすべては自分の心の中にあるということが、よくわかった。
神は、いるといえばいるし、いないといえばいない。
驕った心では、見えているはずのものが見えない。


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ちかくの教会は建て替えてピカピカ。美しくてかわいくてモダンな教会になっていた。
讃美歌を歌うのが好きなので、自前の讃美歌集(楽譜がついてるやつ)も持って行って歌いまくる。
今日は8曲もあった!

牧師さんのお話の中で、「2000年前、イエス・キリストが生まれた土地あたりでの平均寿命は30歳でした。そして生まれた赤ちゃんの三分の一は、6歳まで生きられず死んでしまいました。」とあった。
キリストが十字架に架けられたのも30歳くらい。
奇しくも平均寿命どおりになってしまったのか。
キリスト誕生の夜に羊飼いが登場するが、彼らは羊の番をしながら夜通し野宿していた。
無事に大人になったって、寒かったり暑かったり、獣に襲われたりして、やっぱり長くは生きられなかったんだろうな。
短く、はかない人生だ。

われは我が咎を知る……
我が罪は常に我が前にあり……

その詩句が頭にあるままで、「わたしたちの罪をおゆるしください。」とか「主の祈り」で声に出して言ってしまう。
当時よりも寿命は3倍近く長くなったが、生きている間の罪の数も3倍になってしまうのかなあ……なんて考えたりする。


by apakaba | 2015-12-24 21:11 | 生活の話題 | Comments(0)


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