あぱかば・ブログ篇

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2016年 05月 20日

中学生に勉強を教えるボランティア講師になる(後編)

きのうの前編の続き。

「定期試験前の土日の午前中に学校へ来て自習をする」ということが、この活動の主目的らしい。
実行委員長によれば、講師(=私)の役割は、板書したり、問題集を一から解いたりする必要はなく、見回りをしながら生徒に話しかけ、勉強をするように仕向けることらしい。
騒いだり遊んだりしてしまう子を注意する役目は講師ではなく、見張り役のお母さん(現役の保護者)が当番制で来てくれる。
なるほど。
学校や塾の“先生”と、家で注意をする“お母さん”の、中間くらいの仕事ね。

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同じ花でも満開もあればつぼみもある



まんべんなく机間巡視をしていると、グッと勉強に集中している子は、私が通ったことにも気づかない。
こういう子(こういうとき)は、話しかける必要なし。
だが問題集の答え合わせをしている女の子……国語の文章題、解答欄の自分の誤答の上に、赤字を上書きしてしまっている。
「あのね、答え合わせをするときはね。自分の答えの隣に、赤で正答を書くのがコツだよ。
そうして、自分の答えと、よーく見比べるの。
解答欄に正答を書き入れると、きれいに仕上がって気持ちいいよね。
でも、これだと自分が最初に何を書いたのか、見えなくなっちゃう。
そうすると、いつまでも、自分がどうして間違ってるのか、見つけられないでしょう?」
女子生徒は、ギクッとして、おろおろする。
「ここはもう書いちゃったからねえ。じゃあ、次の問題からやろうか!」
一巡してくると、今度はちゃんと隣に赤書きをしていた。

漢字練習に飽きて、そろそろしゃべり始めた女の子、「もう書いたもん。」
「うーん、ていねいできれいに書いたねえ。たくさん書いたねえ。
こうたくさん同じ字が並んでると、だんだん合ってるんだかまちがってるんだか、目がチカチカしてくるねえ。
うーん、この字は横棒が1本足りないように見えるんだけど……」
「華」という字の最後の横棒が足りない字を、どっさり練習していた。

数学の計算練習をしている男の子には「途中の式も書くんだよ。間違ったときに、どこで間違えたか見直せるから。」
国語のノートなのに横書きにしている男の子には、
「自分が見るだけのノートだから横書きでもいいって思うのかもしれないけど、国語ってね、この先、君が数限りなくやらなきゃいけない試験のときに、横書きで出題される国語の問題は、一生ないんだ。だから今のうちに、縦書きにしておいたほうがいい。
だって勉強って、目で覚えるものだから。
試験のとき、頼りになるのは自分が作ったノートでしょう?」

国語の文章題を、「わからない、わからない!」と頭を抱えている女の子。
「空欄を三文字で埋めるの。でもいい答えが、見つからない!」
「うーん、それって……あなたの頭の中から答えを見つけようとしているから、出ないんじゃないの?
答えってたいてい、本文の中にもう書いてあるんだよ。
ほら、『文章中の言葉から当てはめなさい』って書いてあるし。
あなたの頭から引っ張り出そうとしても、まあほとんどの場合、失敗ですよ。
国語はね、答えをここ(本文)に聞くの。
自分で考えようとしないで、こっち(本文)から見つければいいんだって思えば、気持ちが楽でしょう?」
「あ、これか。見つかった!」

みんな、勉強というより、勉強の方法を知らない。
どうやったらできるようになるのか、わかってないまま、がむしゃらに手を動かしている。
ほんの少し、ものの見方を示すだけで、子供の勉強の世界はパーッと開けるのに。

自分でよくがんばっている生徒には、あまり話しかけないで、むしろちょこちょこと教えてもらう。
化学の元素記号や化学式を書き出している男子生徒には、「HNO3って……これなんだっけ?」「硝酸。」「そうか! 硫化水素はH2S……このSって?」「硫黄だよ。」「なるほどね!この立派な事典みたいなのはなんなの。」
「おばあちゃんが買ってくれた。」
「ふーん、それで毎回持ってくるわけだね。これ便利だねえ。大事にしなよ。」

なぜか3年生でロシア語の勉強をしている男子がいる。
「なんでロシア語よ?」
「え、オレもう英語は無理かなってあきらめてて……今からロシア語やれば、ふつうはやらないから、見込みがあるかと。」
「なんだそれー。先取りですか。」
「そうそう。」
「君おもしろいね。私なんか、ぼりしょーい、はらしょー、スパスィーヴォくらいしか言えないわ。」

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花から見える世界、鯉から見える世界


ひとり、絶望的にやる気のない1年生の男の子がいる。
理科をやっているが、解答の字もメチャクチャで、答え合わせもしない。
そのわりには、ずっと座っている。
「やりっぱなしじゃなくて答え合わせをしないと、勉強にはならないよ。」
と言うと気に入らなかったようで、
「いいんだよ間違ってたって。答えが間違ってるからって何が悪いわけ? どうせ関係ないもん。」
中1にして勉強のステージから降りている。
「ふーん、ただまあ、今からまるっきり勉強がわからないままというのは、あまりにもつまんないよねえ。今からそれだとこの先の人生苦しいぞ。ま〜だま〜だ、試験だなんだと続いていくんだしね。
ここに来ているわけだし、この時間はがんばろう。」
と言ってみると、しぶしぶ解答集を取り出して答え合わせをする。
しかしマルバツだけつけて、見直しはしない。
「おお、いくつか合ってるところがあるじゃない。でも間違えたところを直さないと、ただのクイズと同じだよ。当たったー、はずれたー、って1回1回それっきり。間違えるのはいいんだよ。見直しが大事だよ。」
一応、まともなことを言うと、うるさくなってきたようで、
「あーもう帰りたいー。」
と言う。
「よし、じゃあ2時間目が終わったら帰りな。受付の人に断って帰るんだよ。
君がいてしゃべっちゃうと、周りの勉強している子たちの気が散るしね。また来なさい。おつかれさん。さようなら。」

だが次の時間になっても、まだいる。
「あれ、帰ってなかったの? 帰ってないなら、勉強するんだよ。」
どうも、帰るのは嫌なようだ。
私が机間巡視で近づいていくと、「また来たー。」と言って嫌な顔をする。
「君には勉強しろって言わないよ、言ってもやらないし。見回ってるだけ。勉強する子に教えるからね。」
少し突き放して、その代わりちょっとだけ体に触る。
通り過ぎるときに、背中や肩にちょっとだけ触る。
子供は言葉よりスキンシップで気持ちが動くことがある。
「絶望的にやる気のない子」と書いたが、こっちが先に絶望してはダメだ。
絶望しているのは本人で、あそこまでできないと、きっと授業を受けていてもちんぷんかんぷんで孤独だろう。
帰れと言われても帰ろうとしないのは、家に帰っても楽しくないか、怒られるからだろう。

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同じ花でも気分によって違うものに見える


私は、すべての子供は幸せになるべきだし、そのためには絶対に勉強をしなければならないと思っている。
目標は難関大学に入ることとか、そういうことではなくて、その子に合った最大限の努力をして、自分の幸せを自分で選べる権利を獲得できるよう、勉強をすべきだ。
くりかえし書いているが、世界の不幸は、正しく教育を受けられなかった人間が引き起こしていることばかりではないか。
そしてその犠牲になっているのも、正しく教育を受けられなかった子供。
世界の不幸を減らすのは、正しい教育を受ける子供を増やすことしかないと思う。
大人は、子供がその子に合ったレベルで(←これも大事)最大限に力を発揮できるよう、さまざまな形で手助けをするべきだと思う。
私の始めたボランティアなんて、たいした力にもならないけど、それでも、大人になっていく途中の子供の、知への入り口を開きたい。

6月に続く )


by apakaba | 2016-05-20 17:54 | 生活の話題 | Comments(0)


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