あぱかば・ブログ篇

apakaba.exblog.jp
ブログトップ
2016年 07月 09日

なぜ、着付けボランティアに参加しているのか

今年に入ってから、新しいボランティアをふたつ始めた。
ひとつは、すでに書いているとおり、近隣の公立中学で勉強を教えるボランティア(中学生に勉強を教えるボランティア講師になる(前編))。
もうひとつは、留学生に振袖(男子には袴)を体験してもらうための着付けボランティアだ。
この着付けのほうは、メイクアップとヘアメイクも含め、記念写真もたくさん撮る。
私は、着物の自装すらおぼつかないから、振袖の他装など生まれ変わっても無理。
そのため、現場の写真を撮る記録係として参加している。

若い留学生の皆さんは、世界にはたくさんの国があるのに、留学先として日本を選んでくれた。
一生におそらく一度しかない、思い出に残る体験をしてもらい、日本をもっと好きになってくれることを願って活動している。
着物の着付けは、体が密着する。
なにひとつ自分ではできない赤ちゃんのように、下着姿の皆さんは所在なさげだけれど、着付け担当の人たちが寄ってたかってみるみるうちにお姫様のように美しく振袖姿に仕上げてしまう。
そのお手並みの鮮やかさは、すぐそばで見ていても感動的だし、ファインダーを通して留学生の顔がどんどん輝いていくのを見るのは、心がとろけそうになるくらいにかわいくて、うれしい。

c0042704_16415887.jpg
初参加日の準備中。
ヘアメイクコーナーで


このブログに留学生の顔写真を載せることができないのは大変残念だが、想像してほしい。
顔かたち、髪の色、肌の色、言語が異なる若者が、日本語を一生懸命話しながら、振袖を着て一人残らず幸せそうに笑ってくれているのを。
そのスナップをあとから眺めているだけで、みんな自分の娘や息子のように思えて涙が出てくるほどだ。
自分の旅の経験から考えても、行った国は好きになるし、そこで人と交流があればあるほど、帰ってからもその国のことが気にかかる。
私がいろんな国へぼけぼけと出かけていた時代と現在の国際情勢は、較べようもないほどに激しく変わってしまった。
日本が無害で有益な国として、世界に愛されていた時代は過ぎてしまった、と痛感する事件が続出している。

仕上がった振袖姿ももちろんすばらしい思い出だが、あの、体を他人に預け、体を密着させて着付けをした時間そのものが、彼女や彼らにとっての一生の宝物になってくれるはずだ。
万が一、将来のどこかの時点で自分の国と日本との関係が悪くなったとしても、きっとあの留学生たちは、着付けの体験の日を思い出す。
私が撮った写真を思い出して眺めることがあるかもしれない。
髪をといたり、顔に触れたり、体に密着して自分を美しくしようとがんばってくれている日本人のみんなの、真剣な顔、爆笑している顔、視線を交わす顔——。
それは、彼らにとって、まちがいなく日本での真実の時間になる。
そのときのために撮ってる。

中学生に勉強を教えるボランティアでも同じだが、私ひとりでは、なにもできない。
でも人と一緒にやると、自分でも何かの役に立てるという実感がある。
本当に小さなことだが、やっぱり日本と世界をつないでいきたいと、今この時代ほど切実に思ったことはない。

(この着付けボランティアの団体については、名称などは伏せています。決してあやしい団体じゃ、ないっす!不用意に紹介して運営の方に迷惑がかかるのは何なので!)


by apakaba | 2016-07-09 17:26 | 生活の話題 | Comments(0)


<< sukiyaki      “あの人”がいますか >>