2005年 08月 26日
客足の落ちやすい盛夏のひと月、歌舞伎座では「納涼歌舞伎」と称して、ふだんの二部構成(昼の部・夜の部)から三部構成にして席の値段を下げ、演目も若手を登用したり怪談を採り上げたりといった工夫をする。 新・中村勘三郎の『法界坊』を観てきた。 小悪党で生臭坊主の法界坊が、行きがかりで次々に人を殺めたあげく、自分も殺される。 しかしこの世と惚れた女への執念すさまじく、亡霊となって出てくる。 その姿は、なんと生前の坊主の姿ではなく、惚れた相手にうり二つの着物姿であり、しかもクライマックスではもとの坊主だった自分と、自分が殺してしまった罪のないべつの女性(彼女もやはり惚れた男に執着したまま死ぬ)のふたりが代わる代わる表れるという、相当の役者でなければ演じきれない難役だ。 生前のコミカルな小悪党ぶりと、亡霊となってからの気持ち悪さと凄まじさのギャップも表さなければならない。 でもまあ、勘三郎なら、ヤルだろう。 もちろん実際、ヤッテくれた。 最後の一幕での彼の芝居は、それは見事だった。 しかし、それだけに残念。 この芝居の演出はいったいなんなの。 笑えるのかもしれないけど、とうてい歌舞伎じゃ、ないですねあれでは。 かなりいやーな気分になって歌舞伎座を出た。 今回の演出は、フリーの演出家串田和美氏だという。 どうりで、懐かしくも恥ずかしいわけだ。 小劇場でやる芝居を、歌舞伎座の大舞台で、勘九郎ではなく勘三郎が、やる意味は、ない。 私は中学高校時代に演劇をやっていて、それこそ懐かしくも恥ずかしい芝居を、一生懸命考えていた。 主人公が舞台を歩いていたら、ばさっと天井から脚本が降ってきて……ビックリした主人公がそれをめくっていると、脚本に書いてあるとおりのことが起きていく……いきなり婦人警官が登場して、主人公を逮捕しますと言う、とか。 身に覚えのない主人公は、徐々に婦人警官の語るレトリックに落ちていき、不条理な展開が続々とくり広げられる……とか。 一瞬の暗転のあと、あっという間に主人公と婦人警官がひょっこり客席から登場する、とか。そういう芝居。 (ちなみにワタシは婦人警官をやりました。) 中学生のときには人形の役をやったりもした。 舞台に最初から出ているけれどまったく動かず、時計が12時をさすと命を吹き返して動き出す、とかそんな芝居。 “ここからいきなり人物が登場したら、おもしろいだろう” “観客と双方向的に、呼びかけたり、話しかけたりして作ったら、おもしろいだろう” などなど、あのころ夢中になって考えていた手法、まさに小劇場ノリの芝居は、当時には自分たちでウケていたけれど、まあ長くやるもんじゃ、ないんです。 内向きの笑い。 その世界だけで完結する笑い。 小劇場の笑いは消耗品であり、その場の予定調和の輪の外から見る人間にとってはなんらおもしろくもないものなのだ。 今回の歌舞伎のノリはまさしく小劇場ノリで、なるほど高校演劇レベルと較べものにならないほどのうまい役者があれをやると、こんなふうにおもしろくなってしまうのか、と、妙〜に感心はしたものの、やっぱりあれだけのお金を払って観たくはなかった。 勘三郎はもの凄い。 もの凄い役者だ。 でもそれは、コクーン歌舞伎か、平成中村座で、やってくれ。 すくなくとも私は、歌舞伎には第一義に“凄さ”を求める。 凄いって「わ〜スゴーい」のすごいじゃなくて、本来の「背筋がぞっとする感じ」を持つ、“凄さ”のこと。 そもそもあのどっさり出ている女が本当は全部男だというのも、冷静になってみればもの凄い話だし、いまをときめく花形役者たちの芝居っぷりには、一般の人間が100年かかっても決して演じることができない、あの人達は、やはりふつうの人間じゃあ、ないんだ……とめまいを覚えるもの凄さ。 ある種の異常な世界。 その異常さを、見せつけられてこそ、胸苦しくなるほど歌舞伎が好きだ。 というわけで、9月は正真正銘正統派歌舞伎、『勧進帳』へ行って参ります。
by apakaba
| 2005-08-26 13:08
| 歌舞伎・音楽・美術など
|
Comments(22)
Commented
by
紫陽花。
at 2005-09-02 15:28
x
ムムム、運動不足で体が重い・・。ん?いえ、そんな話じゃなかったわの。歌舞伎ねえ、あの暗闇が寝るのにちょうどいい私に語る資格はありませんが、「法界坊」、娘はえらく感激していましたなぁ。演劇、芸術なんてそれでいいのですよね。観る人がそれぞれの見方で楽しめばいいのです。「ピカソ」も「マティス」もしかり。でも本物を生で見る感激は言葉で伝えるのが難しいけれど、よくぞここまで。ちなみに娘は歌舞伎のストーリーの荒唐無稽さを愛しているようです。あのくだらなさにたまらなく惚れているとか。眞紀さんは演劇に関わったから舞台などを玄人の目で見ているのですな。フムフム。
ところで、パリで美食旅行中のH氏がうらやましすぎて、今スーパーで「松茸」(3本700円)を購入してしまった。いつもアバウト調理で毎回味が違うのですが、ちゃんとレシピ通りに「松茸ご飯」を作るぞー。パリまで香りが届け~!っていうか中国産だから無理?っていうか、日本産でも無理だっちゅうの!話がそれてm(_)m
0
Commented
by
apakaba at 2005-09-02 18:45
お〜、さっそくありがとうございます。
久しぶりにチカラ入れて書いたので、コメントゼロだったら悲しいなぁ……と思っていたの。 私の歌舞伎への思いは、こんな感じなのです。 でもね、小劇場の笑いでも、歌舞伎役者が演じると、こうまでもおもろいのかい!と、怒りながらも爆笑していたのです。ああ忙しい。 ほんとスゲーゼ。 はなまちさん楽しそうですよ。 ボルドーからの電話の声が、うきうきしていました。 おいしい松茸ごはんの報告をお待ちしています。
Commented
by
K国
at 2005-09-02 19:50
x
中学高校演劇部ですか~、ワタクシ照れ屋ですので中高時代は無理ですね、今なら多少心臓も鍛えられてきたので、カラオケ大会もかなり出場して舞台の上で歌いましたが、セリフを言うのは歌うより難しいでしょ
演技をするなど想像もつきません、赤の他人に成りすますのだから 演技力があるというのは、他人になれる人ということでしょうか 軽々しくコスナーとか言いましたが、ハンセイです
Commented
by
紫陽花。
at 2005-09-02 19:56
x
追加。勘三郎氏、舞台のそこに立つだけで、笑いをよびませんか。姿形がとても悲しい話には似合わない。。それは歌舞伎役者としてある意味不幸かもしれません。コメディアンではないのですからねえ。勘三郎さんのコアなファンがここを見ないように切に祈ります。
松茸ご飯、レシピ通りに作って美味しくないわけありませんわ~~ん。んま~~。
Commented
by
apakaba at 2005-09-02 22:16
K国さん、演技は割り切れば簡単です。
歌や、素の状態で人前で話すほうがずっとダメです。緊張してしまって。 演技は麻薬のようなもので、セリフが本当に自分のモノになる瞬間があり、役がすとんと「入った」と感じるの。 そうなるとアドリブも、ひとりでに口をついてばしばし冴えたのが出てくるし、あの快感はちょっと他にはないです。 紫陽花。さん、勘三郎の凄さは笑い系だけには収まらないと私は思っています。勧進帳の義経や、熊谷陣屋などの悲劇モノも、品があってヨカッタですねえ。 彼に合わないと感じるのは、むしろほんとのタテ役、大柄な男らしい役柄のときではないかな。 彼を笑い系の役者にとどめているのは、ファンのせいかも、とちらっと思ったりもします。 彼は踊りも本当にうまいし、今回の亡霊になってからの凄さは、笑うべき箇所ではないのに笑ってしまう、その観客のレベルを問いたいです。
Commented
by
紫陽花。
at 2005-09-03 07:16
x
確かに笑っちゃいけない場面で笑ってはいけない。勘三郎さん、素人目にも、もう優れた役者さんだと分かります。当代随一だと私はも思ってます。顔?私は色男は好きじゃないのよ。
Commented
by
apakaba at 2005-09-03 13:05
色男といえば!!!当代きっての色男は、なんといっても仁左衛門でしょ〜〜〜〜ッ!!はい、大好きです。毎回卒倒してます。
中2で初めてナマ仁左衛門(当時は孝夫)を見て卒倒して以来、一体ワタシは何度卒倒しつづけていることか。 先代の仁左衛門も、ステキだった……色男は継承されていくんでしょうか! でも団十郎より海老サマのほうがずっといい男だしなぁ。 でも実際に女性にもてるのは、勘三郎タイプだったり、するんですよね。 あの実生活の悪そう〜なところがなんとも……イイですねえ。
Commented
by
紫陽花。
at 2005-09-03 14:40
x
仁左衛門さん、素敵ですねえ、歌舞伎役者としては長身の方ですか?玉さまとのコンビが匂い立つように美しいですねえ。あの舞台は観るの好きです。若い頃はテレビでも大人気じゃなかったですか!バッタバッタと卒倒していたのは眞紀さんだけじゃないよ~~。
Commented
by
apakaba at 2005-09-03 18:25
紫陽花。さんが初めて私の掲示板に書き込みしてくれたのは、仁左衛門が素敵だと書いた記事へのコメントでした。(人間過去ログなもんで)
(2003年3月分にその記事があります。ご興味のあるかたはどうぞ) 玉サマはたまりませんな。 男のはずなのに、あの大迫力の色気、どうしたわけでしょう!? テレビは見ていませんでした。円月殺法でしょ。 これ以上卒倒してたら身が持ちませんので。
Commented
by
紫陽花。
at 2005-09-03 22:17
x
それはさすがに私も覚えとるがな。
仁左衛門さん、ちゃうちゃう、現代劇のテレビドラマで主婦を感涙にむせばせていたのよ。今のヨン様的さ~~。初めてその歌舞伎を観たときには、「えー、歌舞伎の人なのか~・」とちょっと不思議に思ったのよ。えもいわれぬ色気があるよねえ、彼には。そーか、眞紀さんと一回り違うんだわと、いまさらながら認識。。 ところで、中国産「松茸」香りは全然しない。。「香り松茸、味しめじ」、香りのない松茸っていったい何の価値があるのかのぉ。3本700じゃ価値を求めるの、無理?
Commented
by
三谷眞紀
at 2005-09-03 22:45
x
香りのしない松茸……???それなら丸美×とかの「まつたけごはんの素」のほうが香りがついているかも?
円月殺法じゃない孝夫なんて覚えてないわ。へええ! 吉右衛門も、歌舞伎はもちろん最高だけど、テレビドラマでもナイスだしね。 でも幸四郎はテレビの枠には収まらないなあ。舞台でないと妙。
なんかなぁ、くしゃみが出たわけ。
電話していた時は、行列の出来るレストラン。 フランス人の行列に加わり、メニューの選択はなし。 聞かれるのは、肉の焼き具合、飲み物は赤か白か、サイズは? ステーキのスライスにドバドバのバターソース、ポテトチップス。 並ぶだけはあってすべてがかなりの仕上がり。 しかし、これはデブのもと。
Commented
by
apakaba at 2005-09-06 22:39
Commented
by
鮎
at 2005-09-07 05:40
x
えー、面倒くさいのでこちらも鮎で。はなまちさん、美食旅行でもよく歩かれたので、リバウンドはされなかったのですね。(チッ)。私もニヲイの全くしない中国産松茸ご飯を食したりしながら地味に暮らしておりますが、運動しないもので(以下略)。
明日は、またもや体を動かさない、歌舞伎鑑賞。心は動かされる事もありますが。「東海道中膝栗毛」(福助、吉衛門)また寝るか~~。 あ、眞紀さん、ウェルカムメッセージはいらんとよ(^^)
ぶつぶつ言っていないで、なんか行動をと。
時差ぼけでつらいです。
Commented
by
K国
at 2005-09-07 08:03
x
う~ん!、、、ニオイのしない松茸か~うちがカニの代わりにカニカマで
鍋してるのと同レベルかな、どっちも見た目は一緒だし 黙ってたらホントのカニかと思ったくらい、優れものありますぜ 高級話の最中に低レベルの話で申し訳ない。(ダッシュで逃)
Commented
by
鮎
at 2005-09-07 08:04
x
グハハ・・、はなまちさんに叱咤されるの快感になってしまった。時差ボケお見舞い申し上げます。m(_)m
Commented
by
鮎
at 2005-09-07 08:07
x
ガハハ・・、K国さんも朝から笑わせないで下され。カニカマで鍋?それはやってみたいかも。そろそろ鍋の季節だし。ん~~、家族にこれはカニだ~~と、暗示をかければいいのですな。何事も修行でございます。
Commented
by
三谷眞紀
at 2005-09-07 10:18
x
ワタシより美人だとー?この浮気者。
よくもまぁ、ボルドーまで人妻に会いに行きますわね……私がこんなにはなまちさんの幸せを日々祈っているのにー(祈ってるよね?紫陽花。さん。鮎じゃなくて紫陽花。さんのままでどうぞ。ややこしいから)。
どなたにもなにもしていませんのでうわきとかにはあたかねますとおもいますがいかがかな。
Commented
by
apakaba at 2005-09-07 11:15
ひらがな書いてないで、シガリロにコメント、さあいってみよう!
はなまちさんしか書けないもの。 |
アバウト
以前はエイビーロード「たびナレ」や「一生モノ https://issyoumono.com/」などでウェブライターをしていたが今は公立中学校学習支援教員のみ。 子供のHNは、長男「ササニシキ」(弁護士)、次男「アキタコマチ」(フランス料理店料理人)、長女「コシヒカリ」(ライター・編集者) by 三谷眞紀 カレンダー
ご案内
直島の旅行情報 blog links (エキサイトブログ以外) 彼の地への道すがら 三毛猫日記 ムスリムの女たちのインド 王様の耳そうじ 細道 紀行地図へと続く道。 「いい子」をやめたら人生がきらめく! greenmanbaliの日記 すきなものだけでいいです Avance(アヴァンセ)でいこうっ ライオンシティからリバーシティへ カテゴリ
全体 映画・ドラマ 歌舞伎・音楽・美術など 生活の話題 子供 国内旅行 旅行の話 ニュース・評論 文芸・文学・言語 健康・病気 食べたり飲んだり ファッション ベトナム2023.3 ソウル2022.11 思い出話 サイト・ブログについて 1990年の春休み 1990年の春休み.remix ver. 香港・マカオ2006 シンガポール2010 直島旅行2010 バリ&シンガポール2011.1 香港マカオ2011 香港2011夏 バリ&シンガポール2011.11 台北2012 家族旅行香港マカオ2012 ボルネオ 台湾2013 ヨルダン・シリア1998 イスラエル1999 エッセイ フランス インド2000 香港2013 スコットランド 大腸がん闘病 ソウル2023.1~3 シンガポール2023 台北旅行2023 未分類 最新のコメント
ライフログ
お気に入りブログ
Tatsuo Kotaki 草仏教ブログ ガタム ( ghatam ) 子供部屋 紅茶国C村の日々 梟通信~ホンの戯言 みんなのヒンディー語教室 勝手に僻地散歩 Atelier Kotaro SALTY SPEEDY シニアバイクマンⅡ FC2ブログに移転しました 旅行・映画ライター前原利... 塩と胡椒 いいあんべぇブログ 折原恵のニューヨーク写真... ブログパーツ
以前の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||