2006年 10月 04日

沢田研二黄金時代

クルマの中で沢田研二のベストを聴き、声を限りにいっしょに唄うが……歌、うまいよなあ本当に。
この歌唱力にまったく追いつけていないのが悲しいぜ。
彼の、70年代中心の歌が好きだ。
ベスト盤では『憎みきれないろくでなし』以前の曲ばかりをヘビーローテーション。

『憎みきれないろくでなし』
・・・理屈抜きでカッコイイ、華やかな曲。ぎゅっと引き込まれるのです。
「憎みきれないろくでなし〜」と渾身の物真似で唄ってみるが、この華やかさの差はいったいなぜ?

『勝手にしやがれ』
・・・福山雅治ver.もすごくおしゃれで好きだが、やっぱり歌謡曲バンザイ。
「バーボンのボトルを抱いて夜更けの窓に立つ
 お前がふらふら行くのが見える」
……阿久悠ってほんと天才。見えるでしょう?見えるよねこの光景。

『時の過ぎゆくままに』
・・・彼が唄ってきたすべての曲中もっとも完成された作品だと私は思っている。
完璧な歌詞(阿久悠は天才!)、泣きたくなるようなメロディー。
ワタクシが唄いこなすにはまだ10年かかりそう。

『追憶』
・・・地味めな曲だけど幼かった私は「ニーナニーナ」と連発するジュリーを、「すごい、ガイジンの恋人がいるのか」と驚いていた。
無理矢理にでもドラマチックな展開、今ならさしずめGLAYのバラードってとこかな。

『危険なふたり』
・・・いいねぇ。年上のひと美しすぎる。
このころの楽曲って、抜けがいいしすごく完成度が高いのね。
これ以外に考えられない歌詞とメロディーなの。

『君をのせて』
・・・記念すべきジュリー独り立ちのデビュー曲。え、知らない?
私は大大大好き!
「君の心ふさぐときには 粋な粋な歌を唄い 
アアア……君をのせて夜の海を渡る舟になろう」
この曲を唄うとき、切実に「男に生まれたかった。ジュリーの声で唄ってみたかった。そして女の子をメロメロにさせたかった」と思う。

ソロデビューって多分20代前半くらいだと思うけど、男らしく、色気も十分、しかも若いはかない雰囲気もあって、どうしたんだそのうまさ?っていぶかしくさえなる……今の日本人の歌唄ってるヤツ、こんなに唄えるかなあ?
なんかものすごく、“濃密な時代”に感じるのよね。

by apakaba | 2006-10-04 17:57 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(38)
Commented by 喜楽院 at 2006-10-04 19:01 x
「壊れたバキューム・カー」=「汲みきれないろくでなし」

助手「格調高い、三谷様のブログに載せるギャグでは
ありません。その手のタグイのは“よそ”でお願いいたします。」
教授「あいや、すまんすまん。」
Commented by apakaba at 2006-10-04 19:39
キタキタ、きたねえ=汚ぇ
Commented by キョヤジ at 2006-10-04 20:17 x
うんにゃ!
ジュリーといえば「サムライ」じゃぃ!

♪片手にピストル
♪心に花束
♪唇に火の酒
♪背中に人生を

く~、カッコイイ~。
Commented by apakaba at 2006-10-04 20:25
あの歌はね、この部分だけカッコイイけどあとがややタルイ。
しかもニーナかと思えばジェニー。
『あなたに今夜はワインをふりかけ』もイイなあ。
Commented by 花岡じった at 2006-10-04 21:03 x
かっこよかったよね。
俺は「カサブランカ・ダンディー」あたりかな。
もう、何やってもかっこよかったわ。
あの人がエロかっこいいの元祖ですね。

当時、何かのロケで玄関を開けて被っていた帽子を数メートル先の
帽子立てに投げて引っ掛けると言うシーンを1発でやったとか。
勢いある時ってナニやっても上手くいくんですよねぇ。
んーーー当時のジュリーはかっこいい。
ばーさんがポスター前に「ジュリィィ~~~」ってやるわけだ。
Commented by apakaba at 2006-10-04 21:35
『カサブランカ・ダンディー』はさっき聴いたけど、ジュリーの歌唱力と華に頼りすぎの感アリ。
イントロはいかにも井上堯之!って感じだった。
あの辺りのヒット曲は歌っていうより「ショー」だったもんね。
見せて見せて!とな。
Commented by 喜楽院(新潟) at 2006-10-04 21:49 x
助手「汚ぇ。って言われてますよ。」
教授「たわけが。愚か者めが。いつまで経っても物事の本質に
目が届かない奴じゃの。未熟者めが。
『来たねえ!。喜楽院様。』って乙女に歓迎されておられるのじゃ。」
助手「絶対に違います。…それに乙女って一体だれのことでs」
教授「あいや、だまらっしゃい。」

>キョヤジ様。おこんばんは。
新潟高校OBの野坂昭如先生が、「サムライ」に噛み付いた。
もう、30年近く前のことだ。
「沢田のコスチューム、カギ十字がフィーチュアされているが
あれはどういうことだ?。説明しろ。」
言うまでもなく、ヒトラーを連想するのが当たり前のコスチューム
、に対して、である。
説明できる術もなく、沢田陣営は即座に「普通の十字」を
デザインしたコスチュームに変えた。
沢田陣営に対して「大人だな。」と、当時、感銘を受けた。
今も、たぶん、そう思っている。
Commented by apakaba at 2006-10-04 22:32
あーそんな事件あったねえ。カギ十字。
Commented by 喜楽院(長野) at 2006-10-04 22:33 x
ふん。
「新潟のバカ」のは、ハナシ半分で聞いてくれ。
この「長野」がこれから貴重な証言をしてあげよう。

1977年当時、都内池袋近郊で「カラオケ」を備えた店舗は皆無。
でも、1979年になると、そこそこあらわれた。
カラオケの黎明期も黎明期。
8トラか、カセットで『歌本』見て歌う奴さ。
そんなのが3,4年続いたかな?。
映像?。んなもん当時あるわけねえ。
で、そこで歌を強制される喜楽院、…さあ、一体何を歌う?。
18歳の小僧でした。
1979当時沢田研二の曲しか無いんだよ。歌えるの。
あとは全部、全部、全部、ぜ~~んぶ演歌。
沢田も、それも「トキオ」とか「ダーリング」とかのハイカラなのでなく、
「危険なふたり」、「時の過ぎ行くままに」、lせいぜい新しくて
「勝手にしやがれ」くらいなもんだったろうね。
それ以外にうたったのは、およそ不釣合いな「柿の木坂」とか
「抱擁」とか、「君こそ我が命」とか、挙げればキリがない。
でも、あの当時、気持ちよく歌えたのはジュリーのしか無かった。
Commented by 喜楽院(長野) at 2006-10-04 22:36 x
(続き)
そのはるかのち、1982年頃、「ビートルズ」をカラオケで歌えるお店を
新宿で見つけてビックリした記憶がある。
ビートルズの和音をハモル奴がいて、感動した。
簡単そうだが、和音は3度より5度が多く、容易ではない。
(え?クイーンは?って。…[誰も訊いてないって。]
クイーンはもう数年先だあねえ。)
一般的にハモリがハヤリ出したのは歌舞伎町の「ジェスパ」が
かーなーり比較的ハシリで、シブガキ隊の「ZOKKON LOVE」あたりが
通常のハモリ歌謡曲の先鞭だったと記憶する。
(アリスの「冬の稲妻」みたいな、単純な3度はこの際論外。)
その後、k(強制終了)・・・。

喜楽院(新潟)「その辺にしとき。酔っぱらい。」
Commented by apakaba at 2006-10-04 23:23
ハハハハハッハッハハハハハ……ウケまくるヨッパライ、私。
話を元に戻すと、ジュリーは古いほうがいいの!!!!!!!

しかしぞっこんらう゛。
ぎーりぎーりのーこーいなーのさーっていう箇所のことかしら。
あ、その前のほしけーりゃいーますぐ、「すーがーりーつーけー」←ここ?

冬の稲妻なんておもしろくないでしょ。
Commented by Morikon at 2006-10-05 00:23 x
え、「冬の稲妻」は私の愛唱歌なのだが。
去年の忘年会、初対面のたがめいぬさんに
無理矢理ハモらせた記憶がある曲だし(苦笑)

だいぶ前に家族でカラオケ行って、
「時の過ぎ行くままに」にTRYしたけど、見事玉砕。
ああいう雰囲気、とてもワタシには表現できません(←当たり前じゃ)。
Commented by apakaba at 2006-10-05 00:30
Morikonさん、
>去年の忘年会、初対面のたがめいぬさんに
>無理矢理ハモらせた記憶がある曲だし(苦笑)

……異様にツボにはまるワタシ……
3度でハモりつづけられるところが強みでもあり、つまらなさでもあり、なのねきっと。
だってぞっこんらう゛だと「すーがーりーつーけー」は、高いパートのヒトは一つの音だから(まともじゃないな)。
M家は家族でカラオケ行くのか!!!でも練習にはちょうどよさそう。
「時の過ぎゆくままに」は「悪魔のようなあいつ」の主題歌だったんだけど、ワタシは幼すぎて見ていませんでした。リアルタイムで見たかった。
あの歌は、本当にすばらしいです。しかも今の我々より、ず〜〜〜っと若かったジュリーが唄いこなしているのは一体なぜなんだ。
Commented by ぴよ at 2006-10-05 00:33 x
結構パフォーマンスも好きだったんだが。
「TOKIO」なんて大好きで、毎週ベストテンを見るのが楽しみだった。
他にも「LOVE・抱きしめたい」「OH!ギャル」「ストリッパー」
「6番目のユウウツ」「恋のバット・チューニング」
今でも友達とカラオケ行くと、結構ジュリーは歌っちゃうネ
・・・派手めが好きなのか?<自分
Commented by apakaba at 2006-10-05 00:39
8時だヨ!全員集合の、合唱団みたいなヤツで、志村けんとよくいっしょにジュリーが出ていた。彼はゲストとして最多出場だったような。
そして志村けんと妙に顔が似ていた。

ワタシは歌唱力でヤッテくれるのが好きなので、「渚のラブレター」とかも好きだな。
Commented by キョヤジ at 2006-10-05 00:45 x
そー言えば、「コバルトの季節の中で」も好きなんだよな。

つーことで(何だ?何だ?)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%A2%E7%94%B0%E7%A0%94%E4%BA%8C#.E3.82.B7.E3.83.B3.E3.82.B0.E3.83.AB
Commented by apakaba at 2006-10-05 00:49
ごくろうさまです。
でもバグってwiki読めなかった〜。
Commented by K国 at 2006-10-05 07:20 x
出遅れてしまった、歌は出てこないけど「魔界転生」見ました
Commented by Kay at 2006-10-05 11:28 x
同じく出遅れました。ジュリーねえ、この上の歌の題名で知っているのは少ないなー、年代の相違ですね。私の年代ではジュリーと言うのはザ・タイガースのグループサウンド最盛期のジュリーです。私の姉と同じ年でしたから、確か今は58歳?、うゎー、あのジュリーが58?と今驚いてます。私が今でも歌えるのは、「シーサイド・バウンド」「花の首飾り」「青い鳥」「モナリザの微笑」。。。ぐらいかな。若いときからなんともいえない男の色気のある人でしたね。布施明もいいなー。
Commented by 喜楽院 at 2006-10-05 11:34 x
助手「あら。『カサブランカダンディ』ですって。
とても素敵な曲でしたよね。…教授、歌って下さいよ♪。」
教授「あいや、わかった。特別に歌ってしんぜよう…。
♪父は毛の無い女の頬を、ひとつふたつ張り倒」
助手「やめやめ、やめれや。なんだ?“その毛の無い女”って」
教授「あれ?。少し違った?。」
助手「大きく、違います。」

>三谷様。
「ぎーりぎーりのー」はOKです。
ちなみにハモリは「てんしのびーやーく」から入ります。
「すーがーりーつーけー」は「ナイナイシックスティーン」では?^^。
Commented by K国 at 2006-10-05 12:32 x
喜楽院さん、変なスイッチ入ってません?
もしくは背中の配線が外れてるとか、定期点検怠り無く。
Commented by 喜楽院 at 2006-10-05 16:16 x
すみません。K国様、皆様。
「ジュリー」×「カラオケ」となると、この喜楽院、
ハイテンション化は避けられません。
Commented by K国 at 2006-10-05 17:22 x
喜楽院ターボ計画は、「ジュリー」X「カラオケ」で燃料がビール
すると、フルパワーMAX喜楽院ガンダムが出来上がるんだろうか。
Commented by 喜楽院(長野) at 2006-10-05 21:04 x
フルパワーMAX喜楽院ガンダム(なんか強そうだし。笑)に
なったら林道で、K国様について行けるのかな。
…(長考)…。無理だな。
Commented by apakaba at 2006-10-05 22:32
ああ、ほんとに大きく出遅れた。

Kayさん、ザ・タイガースのころはアイドルアイドルしていましたね。
歌唱力は当時からすごかったけど、やっぱりかわいすぎる……「きみだけーに・きみだけーに」とか言われてもねえ。

喜楽院さん、そうでした。ナイナイシックスティーンとごっちゃになってたよハズカシ。
ああ、ナマ喜楽院を拝みたいものだなあ。
ねえ、K国さん。
Commented by 喜楽院(長野) at 2006-10-06 01:04 x
ナマ喜楽院?。うふふ。さてもう一発謳わせていただきますね。

「少年隊」という、かつて一世を風靡したユニットが存在した。
ヒガシ、ニッキ、ウエクサ、の3名から成る。無論、ジャニーズだ。
男性の眼からみても、ヒガシ、ニッキの美しさはブッチギリとしても
ウエクサはいいのか、あれで。他にもっといいのは、
いなかったんかい?。はからずも当時のジャニーズの層の薄さを
世に暴露した瞬間。しかし、それでも彼らは「当たった」。
ウエクサの代わりに、ヒガシ、ニッキ並みのいい男がもう一人いて
少年隊を組んだなら、ジャニーズの歴史は相当変わったであろう。
ま、仮定の話はいい。
で、ごくごく初期の頃、歌が下手なのでインストゥルメンタルで
デビューした少年隊。屈辱を感じたことだろう、彼らは。さぞかし。
しかし、これが一般大衆にはなかなかウケタ。かなりウケタ。
手ごたえを感じたジャニーズ事務所は、名曲「仮面舞踏会」を
彼らの2曲目としてリリース。今にして思えば大スターを予告されたも
同然。初めて聴く者の誰もが即座に口ずさめる秀逸なメロディライン。
無論、皮算用どおりの大ヒット。
(続く)
Commented by 喜楽院(長野) at 2006-10-06 01:05 x
全国のカラオケハモリスト達は、この曲を見逃すわけがない。
よってこぞってこの曲を歌う。
しかしだ。オリジナルを聴いていただければわかるようにこの曲は
3人いながらも、猿でも歌える2部合唱。小学校低学年レベルの
楽曲なのだ。かくしてハモリストたちは、おのおの彼らの、より高度な
オリジナルの3部合唱曲を作成して娑婆のスナックやパブへと凱旋、
デビューし、その「改造・仮面舞踏会」を披露する。
「下手くそ」が2部合唱するオリジナルに対し、小学校、中学校と合唱団で
根本的に喉を鍛え、高校時代はロックバンドを組んで学園祭で各々
覇を競った各バンドのボーカリスト、3人でユニットを組み、オリジナル
パートを新たに作曲した「改造・仮面舞踏会」。悪いわけがない。
大歓声。歌うたびにヤンヤの喝采だ。
申し訳ないが、“本家”の曲など足元にも及ばない
「3部合唱曲:仮面舞踏会」が、全国のあちこちに出現することになる。
(注※張られた網に向かってマイクスタンドを蹴飛ばすなどの
オリジナルのアクションには逆立ちしてもかないません。)
(更に続く)
Commented by 喜楽院(長野) at 2006-10-06 01:09 x
カラオケボックス普及以前の、オープンカラオケ最後の名曲、
「仮面舞踏会」。そしてコアなファンであり、なまじっかでない歌唱力と
経験とメロディメイカーの資質を持つ者の手によって作成され
歌い継がれている数々の「改造・仮面舞踏会」。そして時は経ち、
全国各地で競り合い、淘汰され尽くして生き残った恐らく最強の
「改造:仮面舞踏会」は確かに存在する。
歌い手がその気にならない限り、この曲は2度とこの世には現れない。

Commented by apakaba at 2006-10-06 11:23
えらいことだな……
Commented by ぴよ at 2006-10-06 22:13 x

上の眞紀さんのコメントに何故か笑ってしまった!

これほどジュリーネタが喜楽院さんを燃えさせる燃料投下になるとは
思いませんでしたよ。
少年隊・・・彼らって結構沢山曲をリリースしてるハズなんだけど
何故か「仮面舞踏会」と「君だけに」しか覚えてないんだよねー。
ヒガシは森光子の愛人として頑張っている。
そして一番早く消えるだろうと思っていた植草は何故か橋田ファミリーの
一員として今もバリバリと頑張っている。
・・・当時ヒガシと人気を二分していたニッキは最近見ないのだが?
Commented by apakaba at 2006-10-07 11:13
彼は私の短くてつめたいレスがたまんなくお好きなご様子なの。
ニッキは頭髪があららになってから、コメディーの才アリって感じでしょうか。
Commented at 2014-08-16 12:31 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by apakaba at 2014-08-22 07:00
1975年といったらとても若いですよね。
それでも成熟した大人の男性でしたね!
Commented by 変態おじん at 2014-09-15 18:07 x
沢田研二さん頑張ってくださいあなたは今でも憧れの歌手です
Commented by 230セドリックケンメリスカイライン好き at 2014-09-16 10:50 x
沢田研二の黄金時代は1975年だと思います。ぱりにひとりが最高に美しい曲だと思います! 旧車は1975年までが味わいがある沢田研二は1977年からは人気ばかりになり嫌いです ぱりにひとりまた聞きだいですね
Commented by apakaba at 2014-09-21 01:12
沢田研二レス。
どなたか存じ上げませんがすごいHNですねえ。
あまりコロコロ変わるととまどいますが……私も今も車の中で熱唱していますよ。
Commented by 非モテ童貞独身デブオヤジ at 2015-03-20 10:04 x
素晴らしい方です。80年代のドリフにでていた頃が懐かしいですね。志村けんさんとの演技がマッチングしていたような私は40近くのオヤジですが沢田研二さんは40代の頃でも痩せていて歌がうまかったですね。かっこいい40代を目指して厳しいかな
Commented by apakaba at 2015-03-20 22:34
おそらく前のコメントの方と同じ方と思われますが、ジュリーは美しい自分が嫌で醜く太る日を待っていたと言いますから。


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