あぱかば・ブログ篇

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2007年 02月 06日

アートの限界と可能性——国立新美術館へ

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黒川紀章氏設計、美しいガラス張りの建物。
ポール・ボキューズ氏プロデュースのレストランはディズニーランドみたいに長蛇の列。
でも、な〜んかオモシロクナイ。


夫が休みだったので、いっしょに六本木の国立新美術館へ行ってきた。
六本木ヒルズから、建設中の様子を何度か眺めていた。
凡庸な建物になりそうだ、と工事現場を見下ろしながら思っていたが、完成した建物はやはり予想どおりに凡庸だった。
新しくてきれいなのは当然として、心をふるわせるような要素がない。
私が知っているところだけ挙げても、上野のこども図書館(安藤忠雄)、パリのアラブ世界研究所(ジャン・ヌーヴェル)、パリのオルセー美術館など、これらの建築物には、今、この建物を前にし、中に入って歩き回ることの喜びに満ちている。
「また、“あの“オルセーに行きたい」と願うとき、人はその胎内に収められた所蔵品を思い起こすよりも強く、あの建物そのものを見たい、中に入りたいと願うのだ。
それが力のある建築物だ。

「仮にも国立って言ってるのになあ。なんか、カネだけぽんと渡して、『あと、よろしく』ってお任せにした感じがするんだよな。なにか伝統的なシバリがあったほうが、活きるんじゃないかと思うな、芸術とか建築とかって。歴史を継承しながら超えていく、みたいなことのほうが。」
夫はこども図書館やオルセーを例にとってそう感想を言っていた。
黒川紀章の作品をほとんど見たことがない(クアラルンプールの新空港がそうでしたね)ので、いかにもエネルギッシュな人っぽいなという印象しか持っていなかった。
この建築については、残念ながら度肝を抜かれるというほどの才能は感じられなかった。

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正面入り口を見る俺様(夫)。


さて、こけら落としとなった、現在開催中の企画展は、「20世紀美術探検―アーティストたちの三つの冒険物語―」という展示であった。
主に建物を見に行ったので、展示はさらっと流すつもりでいたのだが、展示品の分量がものすごく多く、スペースもぜいたくに使っているので、流して見ていったにしてもとても時間がかかった。
内容は、これまた凡庸。
ボリュームの割に薄い内容。

モダン・アートは苦手だ。
解説がなければわけがわからないし、解説されればそのとたんに興ざめ。
解説なしでもわかってしまうアートはあまりに幼稚で見ているほうが恥ずかしい。

三つの冒険物語と題されている、その第1セクションは、セザンヌやピカソから始まって、二番煎じ三番煎じな作家たちの作品が延々とつづく。
足を止めて見るに値する作家というのは、世界にも本当に一握りなのだなと今さらながら実感させられる。

第2セクション、第3セクションと時代が下っていくが、うちの息子でも思いつくだろうと思ってしまうような、凡庸で幼稚な“アート(すでに括弧付き)”の氾濫に食傷気味だった。
もちろん、たくさん展示品があるから、中には長く足を止めて見入っていた作品もあった。
ミース・ファンデルローエの椅子(ま、ベタですね)や、コーネリア・パーカーという新進の作家の展示はとくにいいなと思った。
ただ、全体として見渡してみると、企画展すべての印象が、分量に比して弱すぎるということだ。

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俺様(夫)のナイキのシューズ。
これもモダン・アートってことで、いいんじゃなーい。展示しようよ。
安っぽいマルセル・デュシャンの便器の展示より、モダン風。
ドクター中松みたいな、びよよーんとしたソール。


なんでおもしろくなかったのか。
この箱(建物)に入ったときと、展示物とに、同じ印象を受けるのだ。
自己満足、自己完結を感じ取ってしまったからだ。
芸術を理解する目を持たない私が悪いのか?
あながちそうとも思えない。
昔がよくって最近の若い者はダメ、と時間軸で分けられることではないと思う。
美術も、演劇も、音楽も、文学も、建築も、すべての表現活動において、まずなによりも第一にしなければならないことは、過去を知り過去から学ぶことだ。
なんて、まるで口うるさい教師みたいだけれど、イマドキの表現活動をしている人々の中にも、しっかりと過去を見据えて、古典を学んでいる人はいる。
きのう、テレビで特集を組んでいた書道家の武田双雲(解説と作品はこちら)など、まさにピカソだ。
自由自在に絵だか字だかわからないものを書いている人——ではもちろんなくて、まずとんでもなく基礎の書道が上手。
書の基本をしっかり持っているからこそ、自由に書ける。

古典を学ばず、無意識にせよ作り手の自己満足が見えてしまうと、もうこちら(見る側)は醒めてしまう、ということだ。

今日の展示で一番おもしろかったのは、1920年ごろの、旧ソ連のポスターだった。
石けんやマッチなどの生活用品、映画ポスター、保険加入をすすめるポスターなど、凡庸なモダン・アートの群れの中で異彩を放っていた。
自己満足、自問自答、浅薄な自己への発問、など、“自分が自分が”とうっとうしく話しかけてくる声が、これらのポスター群からは、まったく聞こえてこない。
こちら(見る側)の、見たいものを、見せる。
知りたい情報、わくわくする気分、購買を決断させる断定的なフレーズ。
それだけ。
欲しいものごとを「さあどうぞ」と示してくれる、それがポスター、広告の原点だ。
広告の立ち位置に、なんのブレも迷いもない。
見ていて、晴れ晴れと愉快な気持ちになってくる。

私は、今日まで旧ソ連のポスターを見たことがなかったし、1900年代初頭の旧ソ連のポスターが、アートシーンの一角を確立していることをまったく知らなかった。
今日の収穫だった。

国立新美術館は、このあとも大型企画展がぎっしり控えている。
この1年くらいは通い詰めることになりそうだ。
今日は少し辛口になってしまったが、次回以降の展示にはかなり期待している。
最後に、国立新美術館のサイトはこちら
旧ソ連のポスターがたくさん出ているページはこちら

by apakaba | 2007-02-06 00:58 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(17)
Commented by K国 at 2007-02-06 07:40 x
建物に関しては微妙にカーブの多い,コストがかかる割りに見栄えがしない工事屋泣かせの工法、北京のオリンピックのスタジアム等
文明が進むと発想が貧困になるのか,凝った割りに響かない。

好きな絵となるとどうしても印象派あたりに、日本だと北斎、53次の広重や長谷川等伯の水墨ですね。

建物は薬師寺東塔、宇治の平等院、錦帯橋などコンピューターでは作れない美しさ、安藤忠雄氏も手書きが一番といってます。
東京都美術館のほうが見たい建物ですね
Commented by ogawa at 2007-02-06 09:06 x
国立新美術館・・・魅力を感じない建物だなぁ。
3日の土曜日に東寺の五重塔の冬の特別公開を
見て、計算された造形美に感嘆してきたばかりだし。

旧ソ連のポスターはwebや本で見たことはありますが、
実物は見たことはありません。
ロシア革命のあと社会主義になった時代の頃で
「赤」を基調色としてイラストやモノクロ写真の切り抜きで
構成されているのが多いですよね。
キリル文字のコピーは読めないだすけど、伝えたいことは
わかるデザインになっていますね。
それが展示されていると見てみたいですね。

たまたま昨晩、アルフォンヌ・ミシャのプラハのステンドグラス
の映像を見たので、本箱からミシャのポスター集を出してきて
見たところに、今度はロシアポスター。
こちらは素朴で力強く、そしてストレート・・・面白いですね。
Commented by apakaba at 2007-02-06 09:57
美術館にさっそくコメントありがとうございます。
K国さん、そうそう。そうそう。そうそう。
そのとおりです。さすが、わかってらっしゃる!!
東京都美術館は、前川国男建築の、四角形を組み合わせた落ち着いた建物です。
ただもう、圧倒的にせまくるしいんです。
その不満も、新美術館立ち上げの一因だったようです。

いったん。
Commented by apakaba at 2007-02-06 09:57
美術館レスつづき。

ogawaさん、建物は新しいからそりゃまあ、それなりに快適でオサレでステキーなんですよ。
でもぐぐっと引っ張られる場にはなりえないです。私には。
建築のよさは、実際そこへ行って、視点を刻々移動させながらめぐり歩く、ということに尽きると思います。
すばらしい建築には、ちょこっと移動しただけでまた、ハッとさせる新しい美しさを見せてくれる力があります。

旧ソ連ポスターは、社会主義になった時代に宗教追放とか、悪い情報を聞いてはイケマセン的な、プロパガンダ色の強いものも興味深いし、商品広告も「ウソつけ、ウソを」って突っ込みたくなるようなおもしろさがありましたね。
コピーがまた、すごいんですよ。
「イメージを売る」という、ここ20年くらいの日本の広告コピーの対極ってところが、すがすがしいっていうか。

ogawaさんはミュシャ好きでしたね。女と花。
http://apakaba.exblog.jp/m2005-02-01/#769287
ミュシャ展を東京都美術館でやっていたときの話です。
100年前にあれを描いたかと思うと敬服です。
いまなら一級の漫画家になっていたかな。
Commented by はなまち at 2007-02-06 10:13 x
Я люблю российские эмблемы и также женщины!
どうぞ訳さないでください。
Commented by apakaba at 2007-02-06 10:16
次はロシア語かーい!
もー語学はフルイナフだー!
Commented by K国 at 2007-02-06 11:38 x
海外ではよくデザインコンペとかで採用を決めている場合が多い、気がするのですが、日本の場合は高名な設計屋に任せてしまう
良いときもありますが、これで良いのか?ってな作品も
一般の人間が知った時には工事が始まってる、手遅れな感じが
なんだかブランドに弱い日本人、新鮮な魅力のある人材を発掘するのも面白いと思うのだけど。
Commented by はなまち at 2007-02-06 11:47 x
こんぺだけれど、関空と京都駅。
京都駅は、トイレの配置悪すぎる。
海外旅行から京都来た人がえんえんとタクシー乗り場まで歩かなければ
ならない。
どうしたものですかねぇ。
Commented by K国 at 2007-02-06 12:20 x
それを選ぶ人のセンスが問題でしょうか。
談合と一緒で形式だけのコンペじゃ意味が無い、模型を作って
意図とか説明させて、投票するとか。
Commented by はなまち at 2007-02-06 12:53 x
コンペに出てくるのは、奇抜なデザインばかり。
京都駅があのスタイルになったのは、他の出品作品がとても
使い物にならなかったためと聞きますが。
Commented by Morikon at 2007-02-06 13:55 x
2年ほど前、都立庭園美術館で
「20世紀初頭のロシア絵本たち」というような
企画展に行きましたが、色使いやコントラストのメリハリが
そのままメッセージの強さに現われていて、
見ていて心地よかったのを覚えています。
自分が撮る写真も、こういうベクトルなので
当然といえばそうなんですが。
Commented by tabibito9999 at 2007-02-06 14:38
料理屋さんは、権威主義に陥って、誰も批判できないスパイラルに陥っている、という事でしょうかね。パリの店も評判は悪いですが、ミシュランが星を落とせるかどうか、話題になっているくらいですから。大御所、死ぬまでは、落とせないだろうとか。
建物は、最近は無機的なのが受けすぎているようで。古いのは、有機的な部分があるから、ほっとしますが、最近はガラスに金属。で、息苦しくなるんでしょうね。こちらも、大御所は外せない、ということじゃないですかね。組織が肥大化すると、責任は取りたくないから無難な方へ向かう。おっしゃるとおり、原宿通りの、ペンキ塗りたくった文化住宅の蜂の巣画廊のほうが、味がありますね。
Commented by K国 at 2007-02-06 16:16 x
昔は発注者の方が目が肥えてて、いろんな注文を出した、職人達もそれに答えようとして、見たり聞いたりしながら自分なりの絵を描いて、切磋琢磨しながら作ったのでは、明治の洋館でも和の心も
忘れていない、高温多湿な日本の風土を考えると軒は長いほど良い、軒の無い現代的な建物はメンテナンスを怠ると苔が生える
住んでから後のコストを考えながらデザインも優れた物、奇抜は10年建つと時代遅れになってる可能性が高い。
何年立っても飽きが来ない建物、写真でも撮りたい気にさせてくれる建物が、自分の中の良い建物です。
Commented by apakaba at 2007-02-06 16:20
建築のコンペ作品が、較べてみるとまたおもしろいんですよねえー。
古くはエッフェル塔のコンペなど奇抜でとてもおもしろかった。
京都駅も関空も、「わ〜オサレ〜」って思ってしまうけど、実際に歩いて使ってみると使いにくいのですか。
そこまではわからなかったなあ。

Morikonさん、構図どりとかもおもしろかったのです。
ロシアはいまどきの漫画とかアニメキャラなども、独特に暗いというか、哀愁というか、心に引っかかるんですよね。小説も。

たびちゃん、料理屋さんはポール・ボキューズ氏ですか。
まあ、手広く仕事してますよね。
しかし料理界も一流どころになると、本当にすごいプレッシャーなんでしょうね。
つねに新しいものを創作して出さないといけないからねえ。
Commented by apakaba at 2007-02-06 16:21
K国さんの建築物のコメントはいつ読んでも心を打ちます。
Commented by tabibito9999 at 2007-02-07 06:18
ですね。もう誰も逆らえないようで。長島さんになってしまった、一度、予約でもして食ってみますか。ワインも水も同じグラスを出されて切れたと友人が申しておりましたが、逆らえるのはお客だけですか。ジャップと鼻で笑うだけですかね。
Commented by apakaba at 2007-02-08 09:42
ワインと水を同じグラスって、もうダメの証ではないですか。
フランスの超一流はいくつか行ったことがありますが、どこもサービスは快いものばかりだったので、そういうひどい目に遭うことが信じられないです。


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