あぱかば・ブログ篇

apakaba.exblog.jp
ブログトップ
2005年 01月 17日

土蜘の精

きのう、歌舞伎座に行って夜の部を観てきた。

吉右衛門の『土蜘(つちぐも)』は圧巻だった。
妖力を持つ年老いた土蜘蛛が旅の僧に化身して源頼光の命をねらうが、最後は頼光の名刀により退治されるという話だ。

吉右衛門の芝居のうまさには、いつでも満足以上の“驚き”までも感じるのだが、きのうもやっぱり、登場の瞬間から凄かった。
僧侶の姿で出た瞬間、「あ、この人ほんとは人間じゃない……」と知れる、濃い妖気。
塚の中にひそむ土蜘蛛を頼光方が追いつめ、塚が崩れ落ちると、蜘蛛の正体をあらわした吉右衛門が出てくる。
塚が崩れるまでの、胃をぎゅうっとつかまれるような気持ち、「ああ、もう出てくる出てくる。どんなにこわいだろう」と本気でびくびくするくらい。
墨色の隈取りの物凄いこと。
顔全部に大蜘蛛がそのまま張り付いているようだ。

紙でできた蜘蛛の糸をいくつも投げ、大人数の頼光方をひとりで向こうに回す立ち回りは豪華絢爛だが、人間同士の立ち回りにつきもののカタルシスが、ない。“異形のもの”の底知れぬ不気味さと凄みが、一瞬たりとも消えないのだ。
蜘蛛が乗り移っている、体に入っている。
凄い役者だ……そら恐ろしさを覚えながら、一同が舞台の下手側へやや移動したのを目で追っていたとき、はっと息を飲んだ。
さらにゾクッとふるえが来た。

幻か?
あまりに蜘蛛の芝居にのめりこんで、まぼろしを見たか……おそろしい幻……
土蜘蛛が、ふたりいる!

スポットライトの光がかっと飛び込んできて目を細め、たしかめるのにやや時間がかかった。
二階席の高さにある照明ボックスに、数台のスポットライトがあり、舞台を照らしている。
その光と光の間に、10歳くらいの子供が、吉右衛門とまったく同じ隈取りをして、舞台の上の吉右衛門とまったく同じ動きを、稽古していたのだ。
服装こそ浴衣のようなもの一枚だが、吉右衛門が見得を切るのも深手を負って苦しむのも、本当にそっくりに真似ている。
ライトが動くと、方向によっては逆光になって、子供は消えてしまう。
また立ち回りが移動してライトも動くと、子供の土蜘蛛が現れる。

あんなに完璧に隈取りまでして、だれの子かなあ。
吉右衛門のすさまじい芝居が飛び火したような、幻惑的な体験だった。
ついには切られて息絶えた吉右衛門に拍手をし、ふと照明ボックスを見あげると、すでに子供の姿はなかった。

by apakaba | 2005-01-17 23:20 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)


<< 「ネバーランド」      キスマーク。妙な場所に >>