あぱかば・ブログ篇

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2007年 05月 10日

妻を残したい。『モディリアーニと妻ジャンヌの物語展』

男にとって、“妻”はミューズたり得るのか。
妻がミューズでありつづけるとき、彼女にはなにが備わっていたのか——

画家や写真家が、妻をモデルにした作品は数多くある。
モネにとってのカミーユ。
荒木経惟にとっての陽子夫人。
ビュフェにとってのアナベル。
ピカソにとっての……いろんな女性たち。
イタリアからやってきて、エコール・ド・パリの寵児となったモディリアーニもまた、ジャンヌというミューズを得た。

先日、渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中の展覧会モディリアーニと妻ジャンヌの物語展に行ってきた。
これまで、不遇の天才モディリアーニをインスパイアしつづけてきた、若く美しい妻としてしか美術史に表れてこなかった“ジャンヌ”という女性にスポットを当てた展覧会であった。
ジャンヌの遺族が秘蔵していた、生前に彼女が描きためていた絵の作品が日本で初公開され、それによって彼女の新しい姿が浮かび上がってきたのである。
ジャンヌは、ただ天才の夫の陰に隠れているだけの女ではなかった。
彼女は、十代半ばにしてすでに、夫に引けを取らないほどの才能を持った、一人前以上の“画家”であったのだ。

モディリアーニの作品と交互に並ぶようにして、妻ジャンヌの作品も数多く展示されている。
この若さにして、独自の世界観を表している。
夫の影響はそこかしこに感じられるが、ピカソの影響も受けているように見える。
しかし同時にセザンヌでもあり、シャガールにもなれる。
ものの形の輪郭を作るとき、デッサンの線を最後まで引ききってつなげずに、あえて離れたままにしておくような方法が目を惹く。
これが自分の子供ほどの年齢の女の子が描いた線なのか、と、うならずにいられない。
十代の荒々しさと、熟達したスキルが混在して、とくに自画像などは目が離せない力強さを持つ。

展示の最初に、彼女の大きなポートレイトがあった。
その瞳に背筋がぞくっとした。
16歳の少女の表情なのかこれが!
上目にグッとにらんだような薄い色の瞳、不敵ともとれる口もとの微笑。
モディリアーニは、モンパルナスでも名うての美男子で、数多くの女性と恋をしたという。
美しい女性を見るとそのとたんにポートレイトを描き始め、つづきは僕のアトリエで……などという展開はざらだったらしい。
そんな色男の彼が一目で恋に落ち、すぐに結婚してしまったジャンヌは、やはりモンパルナスにたむろする女たちのなかでもひときわ異彩を放っていたに違いない。
あのたたずまいには誰だってズキンとくるだろう。

そんな、触るとぴりっと手を切ってしまいそうな鋭い魅力をたたえていたジャンヌは、子供を生み、第二子の妊娠中、ピークに女性としての美しさを表す。
モディリアーニは精力的に妻の絵を描く。
その絵には、妻の美しさにまず夫自身が打たれ、おどろき、描かずにはいられないという静かな衝動があふれている。
たった3年間の短い結婚生活だったが、晩年にさしかかっていたモディリアーニが残した妻のポートレイトは、あまりの愛情の深さに見る者がたじろぐほどだ。
あの、年の割に完全に目が据わっていた少女は、すっかりと柔和でうち解けた、大人の女としてキャンバスに姿を現す。
刃物のような閃きを湛えた美しさは、真珠のようにまろやかな美しさへと変わっていた。

ところがその直後、モディリアーニは病魔に倒れて他界し、身重のジャンヌは夫を追って自殺してしまい、美しすぎるふたりの物語は突然に終わりを告げる。
晩年(といっても35歳)にモディリアーニが描いたポートレイトは、もはや迷いのない名人の域に達しており、かえってそれが、死が近いことを予感させていた。

久しぶりに感動する美術展を見た。
男にとって、インスピレーションを与えつづけられる、無二の存在である女とは、こういう女性か……ということを見せてもらった。

by apakaba | 2007-05-10 22:35 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(5)
Commented by ogawa at 2007-05-10 23:20 x
私の手元にモディリアーニの画集があります。
また、最近手にしたジャンヌをモデルとしたポートレートがあります。

ジャンヌのポートレートの色気と美しさ、そして凄さ。
写真という手段がなかった時代、このポートレート
を書くことは「愛する妻」を永遠にカンバスに残すという
モディリアーニの愛情ではなかったのでしょうか。

ジャンヌの写真は妖艶な美しさで、これが16歳ならば
今、16歳のウチの娘はまだ子供だ(^^;;

100年、200年以上経って「ogawaという写真師が撮った
女性は今の時代でも妖艶である」という評価を得ることが
できればいいな・・・ウン。



Commented by ogawa at 2007-05-11 00:12 x
訂正
>写真という手段がなかった時代、このポートレート

写真という表現が一般的でなかった時代

ですよね・・・訂正します(^^;;
Commented by apakaba at 2007-05-11 00:57
そのへんのきれいな女の人をステキに撮る、のであれば、ogawaさんなら朝飯前のことと思います。
ロクデナシな彼の残りの人生、完全に目を奪われ、ミューズという存在として憧れつづけた相手が、“妻”だからスゴイのですよ。
妻を脱がせて、描くかなあー。ソボクに驚いたわよ。
Commented by K国 at 2007-05-11 07:23 x
モディリアーニを見ると、竹久夢二を連想します。
Commented by apakaba at 2007-05-11 15:21
あー首がひょろろ〜っと長細くて異様に細面だから。
彼らの絵を見ていると、この世にはきれいな女の人しかいないのかと思えてきますね。


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