あぱかば・ブログ篇

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2007年 06月 08日

沢木耕太郎のように

『246』は、20年ほど前の沢木の日記だ。
もちろん完全に私的な日記ではなく、日記という体裁をとって当時のことがつづられている。
その中に、2歳くらいの娘を寝かしつける場面がくり返し出てくる。
父である沢木は、さまざまな題材をリクエストされ、そのたびに出まかせの物語を聞かせる。
“私も、長男が2歳くらいのころはまったく同じことをして夜を過ごしていたな”と、懐かしく思い返した。

基本的に出まかせだが、何度も同じ話をくり返して聞かせていた覚えがある。
どんな話だったか……

そう、それは、「ササニシキ」が主人公の、とても小さな冒険の話だった。
私が作ったのだ。
私は妊娠していた。
日に日にお腹が大きくなっていた。
生まれてくるのが男の子だというのはわかっていた。
私は、母親と長男のふたりきりの濃密なつながりが、次のお産によって確実に断たれるのだということを不安に感じていた。
だから、くり返し、自分の不安を払うような話を作って聞かせていたのだ。


おかーさんのお腹が大きくなってきて、もうすぐ赤ちゃんが生まれます。
でも「ササニシキ」は、ちょっと心配でした。
赤ちゃんが生まれたら、みんな赤ちゃんばっかりをかわいがって、「ササニシキ」のことを忘れちゃうかな?って思っていました。
だから、おかーさんのお腹の中に行って、赤ちゃんに“生まれてこないで”と頼もう!と決めました。

夜中に、お父さんもおかーさんも寝ているとき、「ササニシキ」は一人でこっそり起きました。
そしてそうっとおかーさんのお布団をめくって、おかーさんのパジャマをめくって、大きいお腹を出しました。
そして、呪文をとなえました。


「どんな呪文にしたのかな?」
と私が尋ねると、にこにこしながら話を聞いていた「ササニシキ」は
「ふんっ!ぐにゅぐにゅぐにゅーーー」
というような、字に表しにくい即席の呪文を口の中でごにょごにょと唱えた。

そうすると、「ササニシキ」の体はどんどんどんどん小さくなりました。
そこでおかーさんのお腹にぽーんと乗っかり、おへそのふちに立って、
「赤ちゃんのところに行くぞー!」
と言いました。
そしておへその穴の中にずんずん入っていきました。


「おっへっそーのなっかっにーは、なにがーあーるー」
と、そこで必ず「ササニシキ」が童謡を唄う。

おへその中を歩いていくと、ドアがありました。
そのドアを開けると、お部屋があって、まだ生まれてきていない赤ちゃんが遊んでいました。
「おにいちゃん、こんにちは。ボク待ってたよ。」
と、赤ちゃんが言いました。
「ササニシキ」は、赤ちゃんを見ると、かわいくなって、“生まれてこないで”と頼みに来たことをすっかり忘れてしまいました。
「おにいちゃん、生まれてきたらいっしょに遊ぼうね。」
と赤ちゃんが言うので、約束をしました。

「じゃあねー。またもうちょっとしたら会おうねー。」と言って、その部屋から出て、ドアを閉めて、また来たときと同じ暗いトンネルのようなおへその中を通って(そこでまた「おっへっそーのなっかっにーは」と子供が唄う)、ぽーんと、おかーさんのお腹から出てきました。

お腹から出た瞬間に、「ササニシキ」はもとどおりの大きさに戻っていました。
おかーさんのパジャマを元通りにして、お布団をかけて、自分も自分のお布団に戻って、すっかり安心して、寝ました。

それからしばらくして、赤ちゃんが生まれました。
お父さんもおかーさんも、
「こんなお顔をしていたのね。初めましてだね。」
と話していましたが、「ササニシキ」だけは、
「『ささにしき』はお顔を知ってたよ。だって前に会っていたんだよ。」
と言っていました。
おしまい(「おーしーまいー」と節を付けていっしょに言う)。



とても陳腐で、“兄弟仲よく”というシンプルきわまりない話だ。
次男が生まれるまで、何十回もした。
次男が生まれたら二度としなくなった。
願い空しく、やはり長男は次男を敵と見なしてせっせといじめ始めたからだ。
あんなにくり返し語ったのに、なんだったんだ。
結局、母親の自己満足でしかなかったのか。
でも、私はその話をしている時間が好きだった。
やがて生まれてくる次男の顔を、当然見たことはなかったが見えているような気がしていた。
2歳の「ササニシキ」が、同じ箇所で笑い、同じ箇所で唄い、最後まで飽きずに聞いているのも楽しかった。

不安を払うため、26歳のころ、あれほど多くの夜をこの話をして過ごしてきた当人でさえ、『246』を読むまですっかり忘れていた。
今日も、「ササニシキ」がいつまでも起きないことを怒り、部屋が散らかっているのを怒り、ゆうべ犬と金魚に餌をやり忘れていることを怒り、歯磨きも着替えもしないで寝たことを怒った。
朝から怒りまくっていた。
あの話は、今の「ササニシキ」の体のどこに沈んでいるんだろう?
もしも彼が私の作り話を次に思い出すことがあるとしたら、それは、彼が父親になって幼い自分の子にせがまれて、出まかせの話をしている夜だろう。
20年前の沢木耕太郎のように。

by apakaba | 2007-06-08 17:31 | 子供 | Comments(10)
Commented by ogawa at 2007-06-08 21:33 x
「246」読みました。
同時に刊行された「『愛』という言葉を口にできなかった二人のために」と併せてね。

「246」で印象的だったのは、普段、「家族」を表にださない沢木氏が自分の娘を出していることが、最大の驚き。

30代最後の沢木氏、「馬車は走る」「深夜特急」の1.2巻を刊行するエピソード、リチャード・ウィラーンの「キャパ」を翻訳するまでの経緯など、日記で綴っている中で、お嬢さんへの創作(でまかせ)の話が秀逸ですよね。

眞紀さんも、そうされていたんですね・・・良いなぁ。
私なんて花や蝶を撮った写真を見せて話をでっち上げていました(^^;;
適当なオヤジだ・・・ハハ
Commented by sora at 2007-06-08 22:33 x
246読みましたか。どうしようか、悩んでいたんですよー。少し立ち読みして、うーん。どうしようって。池澤夏樹の新刊にしようかどうか・・。「一号線を~」は良かった。
Best10、楽しみにしてますよ~。ノミネート候補を教えてください!

お子様との触れ合い、微笑ましい。男の子2人は大変でしょうね。本なんかいつ読むの?読む暇あるのかしら?
怒っている姿。怖そうですなぁ・・・。
Commented by ぴよ at 2007-06-09 03:16 x
沢木氏の著書は深夜特急しか読んでない・・・
ぴよが小さな頃、寝物語に何を聞かされただろう?って考えてた。
しかし、まるで思い出せない(薄涙)

ひとつだけ覚えているのは「赤ずきんちゃん」
でもラストの展開がちょっとだけ違った。
ばーちゃんを食った狼の腹を掻っ捌いた後、ばーちゃんと赤ずきんちゃんは
仲良く狼を鍋にして食った、という話になっていた。
きっとママは腹が減ってたんだろうと思う(苦笑)
Commented by 那由他 at 2007-06-09 08:46 x
我が子に、創作のお話を語り聞かせるのって、誰もやっているんですね。
懐かしいです。
うちは年が、同性でないのと、年が少し離れているせいか、お兄ちゃんは、妹を、赤ちゃんの時から、よく面倒を見て、可愛がってくれました。

妹が大きくなってきて、ちょっかいを出し始めると、「お母さんの生んだ子なんやから、なんとかして~」なんて、言ってましたが。PL法みたいですね。(^^)
下の子がいる子は、小さい子の扱いは上手になりますね。
Commented by K国 at 2007-06-09 11:33 x
奥方の親父が56歳で亡くなった時、長男は2歳半次男が1歳で
お腹の中には5ヶ月の娘が、それで病院に看病に行ってましたが
次男の子守は長男が面倒見てました。
今私が親父の年と同じになり、娘の年が亡くなってからの年数と
思えば、月日の流れる速さに今更ながら。
若かったから出来たんですね、その娘ももうすぐ嫁に行きます。
順送りですね。
Commented by apakaba at 2007-06-11 15:38
沢木レス。遅くなりました。
ogawaさん、246の感想はまた項を改めるつもりなんですが、私の行動半径とばっちり重なるのがおもしろかったです。
ogawaさんはご自分の撮った写真でしたか。それもいい話ですよ。

soraさん、過去のBest10は、2005年12月分と2007年1,2月分に載せています。今年はまだ決めていませんが。よかったら過去分を読んでみてください。
本を読む時間は、まー、ないです。
ないけど捻出しています。
読書って、家で仕事していると、よほど心がけないとついせずじまいな毎日になってしまうんですよ!
そして怒ると怖いですよ。子供たちは怒ると怖いところが好きみたいですが。

ぴよさん、赤ずきんは狼を食べたというのが正しいんじゃないかな。
あまりに残酷ということで「逃げていった」で終わりにしただけで。
ママは原作に忠実だったんだね。

いったん
Commented by apakaba at 2007-06-11 15:51
つづき。
那由他さん、うちも、3人目が女の子だったので、やっと平和が訪れました。
同性の兄弟はどうしても直接対決になります。
「お母さんが生んだ子なんやから」というのはすごいセリフだなあ。
夫の父も、夫と自分の妻(義母)のことを「お前たちはいいなあ、血がつながっていて」とかわけのわからないことを言っていたそうです。
母と子以外は「つながってる」という感じがしないのかな?

K国さん、それは長男君がよほど傑出した人格者ですよ。
2歳半で1歳の子を(しかも弟)面倒見ません。はっきり言って。
しかしお嬢さんご結婚ですか!おめでとうございます!
美しい花嫁さんになるでしょうね。写真見たいなあ。
Commented by 満腹ボクサー at 2007-10-16 12:44 x
>願い空しく、やはり長男は次男を敵と見なしてせっせといじめ始めたからだ。

そういうもんなのかな?
オレのひとつ上の太郎は、おれをいじめたりしなかったな。時々けんかはしたけどね。
太郎の心境としては、あまりにもかわいらしい弟が生まれたんで、ねたましくて、いじめたくなる気持ちもなくはなかったが、その弟が本当にからいわしい奴だったので、ねたましさをかわいさが上回ってしまい、ついつい、かわいがってしまったというところかな。
もっとも、オレ自身は、おれのかわいさにまったく気がついていなかったけどね、つい最近まで。
Commented by 満腹ボクサー at 2007-10-16 12:50 x
>その弟が本当にからいわしい奴だったので

からいわしい奴?
なんじゃ、それりゃ?
Commented by apakaba at 2007-10-16 16:35
兄弟関係って千差万別なんだよ。
性差や年齢のちがいというのもあるし。


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