あぱかば・ブログ篇

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2007年 09月 01日

さよなら、床の間

夏休みを一ヶ月とって復帰しました。
だいぶ充電しましたよ。
「こんなに長く休んだら、復帰が面倒になるかもしれない」、逆に「こんなに長く休んだら、ネット禁断症状とか出ないかな?」とか考えたりしましたが、意外と淡々と過ぎましたね。
また通常どおりのペースで書いていきますのでよろしくお願いします。

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8月中には、家の改装工事が何日も入っていた。
ごく簡単な工事だと思っていたけれど、飛び飛びの日程となり、意外と長くかかった。
うちは、1階にダイニングキッチン、他に和室がひと部屋あり、2階に6畳の部屋が3つある。
2階の3部屋が、5人の部屋だ。
長男が1室まるまる使っていて、夫婦は1室、残りのひとつを次男と長女がいっしょに使っている。
1階の和室は、空き部屋というか、“テレビ部屋”である。
食事のときテレビをつけない家なので、テレビを見たい人はその部屋で見る。

そろそろ、次男と長女の部屋を分けることになった。
夫婦の部屋を娘に空けて、我々がテレビ部屋に降りてくることにした。
ということは、2階はすべて子供部屋ということだ。

うちは5人が住むにはとてもせまい。
それぞれの服や持ち物など、どうやってしまったらいいのかつねに頭をひねらせている。
でも、もう子供も大きくなってきて、キャパシティーも限界だ。
残る空き空間はただ一つ、1階の和室の“床の間”部分だった。

テレビ部屋に我々が入る前に、床の間をつぶして押し入れにすることにした。
1年前から見積もりを取っていて、だらだらそのままにしてきたが、この夏にとうとうやった。

私が結婚するまで住んでいた実家には、ちゃんとした床の間があった。
母が華道の師範の免状を持っていて、床の間にいつも花を飾っていた。
いいのかよくないのかまったくわからない墨絵の掛け軸も“一応”という感じで掛かっていた。
3回のお産のあとに実家に帰ると、床の間に赤ちゃんを寝かせていた。
床の間は一段高くなっているから、踏んづけなくていいのだと母が言っていた。

そのあと結婚していろんなマンションを転々としている間は、床の間のある家はなかった。
だから床の間の存在を忘れていたが、この家に6年前に入ったとき、
「へえ。ここって床の間のある家だったんだ。」
10年以上、床の間と縁のない生活をしていたから、この無駄そのものの空間を懐かしく感じた。

自分の家庭を持ってから初めて、この6年間、床の間のある暮らしをしてきたが、これといって「床の間があってよかった!」と思ったことは、実はとくにない。
けれどもいざつぶすとなると、なんとなくさびしく感じるからおかしなものだ。
工事が済んで、もと床の間だった1畳分は、とてもきれいに、機能的な空間に変身した。
押し入れをつくり、隅に鏡をはめて私の化粧台も作り付けにした。
母が以前に言っていたのが、
「大きい家でも、小さい家でも、完璧に満足する家なんて、ないのよ。ある程度、住む人がその箱(家)に合わせていくものだから。」
ということで、たしかになあ、この人数がこの小さい家に住み続けるためには床の間は無理だなあと思う。

ゆうべ見ていた経済ニュース番組で、ホテル ザ・ペニンシュラ東京オープンの話題をやっていた。
外国人のマネージャーが、スイートルームを案内しながら、日本に建つホテルなのだから日本のテイストにこだわったということを説明していた。
小さな床の間風の空間(仏壇の入る棚とか神棚のように見えてしまったのだが)を通り過ぎながら「tokonoma」と言っていた。
なんだあれは、どこが床の間よ……とかすかに思ったのだが、我が家を翻ってみれば、我が家にああいう“無駄っぽい”スペースは、もはやどこにもない。
ホテルという非日常的空間の中に、日本古来の住居の一部をそのままはめこむのではあまりに白けることでもあるし、ニッポンテイストかどうか、まあ、まあ、洒落ているといった落としどころでいいかな。

しかし、今から新しく家を建てるという日本人のうち、どれだけの人が、「床の間を作ろう」と考えるだろうか?
もしかしたら床の間は、日本家屋の中で絶滅危惧種か?
そう考えると、取り返しの付かないことをしてしまったかもしれない、と思ったりもしてしまう。

これからさらに時代が下っていくと、純和風の旅館にある本物の床の間が、なによりもぜいたくに見える日が来るのかもしれないなあ、と、ペニンシュラの和洋折衷スイートを見ながら思った。

by apakaba | 2007-09-01 16:57 | 生活の話題 | Comments(9)
Commented by タカモト at 2007-09-01 18:11 x
まーね、確かに5人で3部屋+和室はキツイですよねぇ。
で、親が犠牲とな。(笑)
我が家は3人なんでその辺は問題なしっすわ。
母親は1Fの和室、2Fに寝室と・・・
残りの2部屋は「嫁の部屋1」と「嫁の部屋2」です。(苦笑)

つーことはこれからはダイニングキッチンがみんなの部屋ってことで。
Commented by apakaba at 2007-09-01 18:20
でもさー人口密度高いと、それだけでムカムカしてくるよね。
ずっとエレベーターに閉じこめられてる感覚っていうんですか?(いやだ〜〜)
こういう住空間に住んでいると、一人になる時間が、大事になってくるんだなー。
Commented by Morikon at 2007-09-02 01:00 x
復帰おめでとーございます。

人間って結構順応してしまう生き物ですよね、
無くす時は「あーもったいない、まだ間に合うかも」なんて
思いつつ、いざ無くなると半年くらいで
「え、そんなのあったっけ?」と忘却の彼方へ(苦笑)
私が25年生まれ育った家も、今は高層マンションに
化けてしまいましたが、不思議と
未練みたいな感慨は湧きませんね、ドライな性格だからか・・・。
Commented by のこのこ at 2007-09-02 08:23 x
ありますあります床の間。 ラクダ夫の実家に立派なのが。

土地だけはある田舎だから無駄なスペースばっかり。
20人は宴会できる続き和室やら三方それを囲むえらく広くて長い廊下とか。
その割に使える個人の部屋は少なくて毎度私とゆうだいの寝るスペースすらなくて窮屈という。(苦笑)
建てる時から三世代同居を前提にしていたはずなのにね。

田舎って個人スペースを確保しようという考えってないみたいです。(涙)
静岡市なら迷わず台所二つにして二世帯住宅にするのが普通だもの。
Commented by apakaba at 2007-09-02 10:25
床の間レス。
Morikonさん、いやーべつにおめでとうというほどのコトでも……勝手に休む宣言しただけだし。
これからまたぼつぼつ書いていきますね。
子供の歌でほら、「赤いー屋根の家ー」という歌があるでしょう。
「電車の窓から見える赤い屋根は……」っていう、引っ越しした子供の歌。
ああいう感慨って、むしろ子供の方がひきずるのかなとも思う。
大人になると理屈でわりきれるようになって(新しいもののほうが機能的だし、とかも)、あまり未練はなくなるんじゃないかな。

のこのこさん、やっぱり例のご実家にあったか!
あるんじゃないかと思っていました。
「家」というものに対する考え方が家族構成員の中で一致していないと、暮らすのがツライんですよね。
でも、それもこれもだんだん慣れていくのだろうか、ううむ?
Commented by ミケ at 2007-09-02 14:32 x
お久しぶりです。
また眞紀さんの文章が読めて嬉しい。

3人姉弟の私は、勉強机が弟の部屋、ベッドは姉の部屋、
という一番不遇な扱いでした。。。

さて、床の間ですが・・・
私が以前買った建売住宅(今は弟夫婦が住んでいますが)
は床の間付きでした。だから、田舎の建売住宅は、
地元の建築会社が建てた場合にはまだ床の間が
健在だったりもします(^^)
無駄なスペースだけど、無くなっちゃうのは寂しいですねぇ。
Commented by apakaba at 2007-09-02 15:58
ミケさん、またよろしくお願いします。
子供に一人部屋を与えるなんてぜいたく!という考え方は、まあ、徐々になくなりつつありますよね……家庭によりいろんな事情があるのだろうけど、できるだけ子供には一室、かなー。
私も自分だけの部屋がほしいけど、夢のまた夢だわ!

床の間って、とくになにも使っていないんだけどあるとぜいたくな感じがしますね。
Commented by K国 at 2007-09-02 18:16 x
家でも何でも無駄ってのが、文化なんです。
遊び心なんでしょう、だから床にもいろんな床があります。凝って
これでもかってヤツとか、簡素で飾る物を引き立てる役目をしてる
床とか、今は住まいに余裕がないので、ギリギリまで使ってしまう。
それでも自分の部屋が持てる子供は恵まれてる、私らが子供の頃は6人家族が3部屋で生活してた、それから比べると贅沢になりました。
各家庭に車が持てるなんて思ってもいなかった、今の子供は当然の生活。
床の間は大工の腕の見せ所、和室の無い家は簡単そのものビニールクロスで片が付く。

Commented by apakaba at 2007-09-03 10:34
K国さんのコメント待っていました。
うちの近所は、しょっちゅう家が壊されてまた建てられて、というのをやっていますが、新しい家はプラモデルのようにとっととできあがるのでびっくりします。
昔ながらの「大工」って減っているんだなあというのが、ちょっと散歩しただけでも、素人目にもわかりますよね。


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