あぱかば・ブログ篇

apakaba.exblog.jp
ブログトップ
2007年 11月 24日

○井虎次郎さんのお店

家の近所に、和菓子屋さんがある。
品のいい季節の練りきりなどを売る店ではなく、ようかんやおまんじゅうや大福などの庶民的なお菓子の店だ。
店構えはボロボロで、いつも店内が暗いので、入ってみるまで営業中かどうか心許ない。
かなり昔からやっているお店のようだ。

うちはお正月ののしもちをここで買う。
子供たちのおやつもたまに買う。
あんこにはちょっと塩が利きすぎている。
そして砂糖もやや多すぎる。
お赤飯はちょっと色が濃すぎている。
今流行りの、糖分塩分控えめな繊細なお菓子ではなく、昔からまったく変わらないタイプの、荒っぽく懐かしい味だ。

店番には、歩くのもやっとというおじいさんが当たっている。
食品を売る店でこの恰好は……と後退りするほど、いつも汚れた服を着たきりでいる。
おじいさんはそうとう耳が遠いらしい。
薄暗い店内に一歩お客が入ると、「ピンッ、ポーン!」と、常人ならすっ飛び上がるような大きな音で合図のチャイムが鳴る。
それからしばらくするとごそごそとおじいさんが出てくる。
「いらっしゃい。」
と、掛けてくる声はふつうだがこちらの言うことはほぼなにもわからない。
「豆大福4個と、草餅4個ください。」
などとふつうの声で注文しても、
「あぁ?これ?これ?」
ととんちんかんなやりとりになってしまうので、
「まめだいふくをーっ(いいながら豆大福を指す)よっつー!(同時に指を4本立てる)」という具合で頼む。
「これ4つね?」
と聞き返されたら“ウン、ウン”と大げさにうなずく。

注文さえ通れば、包装と計算はちゃんとできるのであとは簡単だ。

初めて「アキタコマチ」を連れて行ったとき、私とおじいさんのやりとりを見ていて「ははあ……」と我が意を得たようで、次に来たとき
「オレが注文するから!」
と張り切る。
子供の声は通るので、耳が遠くても聞こえるようだった。

「ふふ、○井さんはオレの声なら聞こえるんだよ。」
「あんたどうして○井さんなんて名前知ってるの!」
急に名字を言い始めたのでびっくりして聞くと、店の中に賞状が飾ってあり、そこに“○井虎次郎様”と書いてあったのを見たという。

そこでまた「アキタコマチ」と次に来たときに店内を見たら、薄暗いので今まで気がつかなかったが東京都知事(美濃部さん)から贈られた、功労賞のような賞状がたしかにかかっていた。
和菓子作りに長年携わってきたことを賞していた。
「ほらねおかーさん。虎次郎さんは長年このお店でお菓子を作り続けて働いたんだよ。今では息子のナントカさん(やはり賞状あり)が跡を継いで、奥の台所で作っているんだよ(作業場が売り場の奥によく見えていて、おじさんがひとりで和菓子を作っている)。虎次郎さんは体が弱ってお菓子を作れなくなったから、今は店番になったんだよ。」
勝手に物語を作って満足している。
勝手にといっても、おそらく想像のとおりだろう。

何度行っても、私が注文するより「アキタコマチ」が注文したがった。
○井さんは、会話は一方通行同士なのだが、息子に
「よかったらどうぞ。うちで作ってるんだよ。さらし飴。おいしいよ。」
と自家製千歳飴のかけらをくれたりした。

ある日、「アキタコマチ」を連れてお店に行くと、「ピンッ、ポーン!」の音がしない。
いつも身構えながら入るので拍子抜けする。
出てきたのは虎次郎さんではなく息子さんのほうだった。
大柄な、茶饅頭のような顔色のおじさんだ。
「アキタコマチ」は一瞬、身を固くし、おじさんの顔を困惑の目で見上げた。
おそらく、そのほんの1秒ほどの間に、おじさんは息子の不安を読み取ったのだろう。
「いらっしゃい。ああ、おじいちゃんかい?アハハ、死んだかと思ったろう。まだ生きてるよ残念ながら。なかなかくたばらねーんだおじいちゃんは。そろそろくたばってくれないかなーと思ってるんだけど、がんばっちゃっててねえー。」
と毒蝮三太夫のようなことを言う。
「アキタコマチ」はほっとして、少しへなへなっとなったようだった。
それから、おじさんのあまりの言いように、私といっしょに涙を流して笑った。

「出てこないから死んだかと思ったろ?」
「は、はい。心配になりました。」
「大丈夫だよ。最近ちょっと風邪引いててね、店に出られないだけだよ。風邪ぐらいじゃうちのおじいちゃんはくたばらねーから。ほんと、なかなか死なないんだから弱っちゃうよ。こっちが先くたばっちまうよこの分じゃ。」
「はははははは……そうですか。よかった。ふー。よかったよ。オレ本当に死んじゃったかと思ってた。」

クルマに戻ってから、おじさんの口真似をしながら
「あのおじさんの言い方、おかしいねえー。」
といつまでも笑っていた。
口の悪さが愛情(ちょっと本音)という大人の世界の機微を、少しずつ知っていく。

by apakaba | 2007-11-24 14:39 | 子供 | Comments(7)
Commented by 那由他 at 2007-11-24 16:08 x
いいお話ですね。
どうしてだろう、読んでいて、お店の中のほの暗さが、感じられました。

文章を読んでいて、眼前に絵が見えて、情景が感じられることって、たまにあります。
今回、お店の中の情景が印象的で、まるで、○井虎次郎さんのお店にいるような、そんな感じがしました。

Commented by apakaba at 2007-11-24 17:42
那由他さん、さっそくありがとうございます。
うちの子供は3人とも、年寄りが好きです。
私は自分が祖父母などがぜんぜんいなくて、お年寄りとどう接したらいいのかわからないままで大人になったので、子供たちの自然な態度には感心します。
きのうも、(子供らにとっての)曾祖母に会いに行ったんですが、ベッドにみんなで取り囲んで、曾祖母の手を握ったり大きな声で話しかけたりしていました。
曾祖母も、最初ぼんやりしていましたが、ひ孫ドモに囲まれているうちにみるみる若返って、会話の内容が20歳ほど若返っていましたよ。
ああいうことは、親が「手を握ってあげなさい」とか口で教えることではないなあと思います。
ぱっと自然に寄り添えるのは、年寄りっ子ならではだなあと思いますね。

虎次郎さんにも街の老人として長生きしてほしいですよ。
Commented by ぴよ at 2007-11-24 23:11 x
目と口調だよね。
「なかなかくたばらねぇ」と、文章にしてしまうと「親に対して何て冷たい人なんだろう」という反応になっちゃうんだけど、その言葉を発している相手の目と口調がいかにも楽しそうに(愉快そうに)語っている。
相手の目を見て、声の調子を聞いて言葉の真意を判断する。
それが大人の世界・成熟した親子関係なんだと判断出来るようになったのなら、アキタコマチ君は大人の言葉を既にきちんと聞き分けられる人にすっかり育ったという事なんだろうね。

ご近所や身近にそういう大人達やお年寄りがいて、自然にそういう機微を学習出来る環境があるというのはとてもラッキー♪
マンション住まいで買い物はスーパーかコンビニ、という環境ではなかなかそうは行かないもんね。
Commented by sora at 2007-11-25 08:37 x
子供でも「一瞬の間」や「空気」ですべてを覚ってしまう能力を備えていくものですよね。
だから、子供は誤魔化せない。オトナが誤魔化したこととか全部分っているのですよね。
お子様もいろんな意味で多感な時期になっているのですね!

ウチの近くに、この和菓子屋、経営成り立っているの?っていう店があります。あとは不思議な「ご婦人用洋装店」、「ビニール袋に入った靴がぶら下がっている靴屋」、「客を見たことない布団屋」等がたくさんあります・・。経営できているのだろうか・・。
Commented by apakaba at 2007-11-26 15:00
和菓子。
ぴよさん、今住んでいるところはすごく気に入っています。
渋谷や新宿にもすぐなのに、最寄り駅はうんと小さくて、「店の人と言葉を交わさないと買い物できないお店」がいっぱいあるし。
和菓子屋のおじさんはザ・江戸っ子って調子のシャベリなので、文だけだときつすぎるように見えるかもしれないね。
「アキタコマチ」が、「どっこい、まだ死なねーよ。」と言われてへなっと力が抜けたのを、横にいて感じました。
口の悪さが江戸の親父の粋だって、しみついていくんだろうな。

soraさん、ここに子供のことを書いているのは、忘れないためです。
ほんのちょこっとしたやりとりで、私もなにかしら心に感じるのですが、どんどん忘れていってしまうのです。
書いておくと忘れないし、あとになって愛しいものですよ。

経営が不思議なお店のある街って、いいなあと思います。
うちの最寄り駅とまったく同じ様子だわそれ。
巨大資本の巨大スーパーはたしかに便利だけど私は嫌。
不思議なお店がつぶれずに在るということが、どれだけ街をやさしいものにしているか。
買わないけど残ってほしいですよね。
Commented by 喜楽院 at 2007-11-26 18:50 x
久々に引き込まれました。
お見事でございます。

じいさん、死んじまったか?、と
ハラハラさせられました。
Commented by apakaba at 2007-11-26 22:07
ありがとうございます。
毎日引き込むのは双方にとって大変なので……おほほ。
世代のちがう人間と交わるって大事だな〜と思いますよほんと。


<< たわし考      「わがままな女」だった時代 >>