2007年 12月 18日
<初めて読まれる方へ> この旅行記は、私が大学卒業旅行でタイ・インド・パキスタン・ネパールを一ヶ月半まわっていたときの日記を、不定期に載せているものです。文章(註・レート換算含む)はすべて22歳当時のままです。 前回までのあらすじ カトマンズの観光を少年リキシャマンに任せてみたら、最後は思いがけず値段交渉で決裂。気落ちする。 3月4日(つづき) リキシャ少年とのごたごたですっかりいやな気分になった私たちは、遅いお昼をヤケ食いのようにいっぱい食べた。 ケーキとピザとほうれん草スープというむちゃくちゃな取り合わせ、しかもサラダとトースト付き。こりゃもうげぼんげぼんだ。だから太るんだよう。でもちょっと気が晴れた。 タメル(安宿と土産物屋の地区)をぶらぶらしていると、いやでもセーターが目に入る。ざくざくと極太の糸で編んだセーターが、どこにでも山になって売られている。 ヒロに言わせるとあれは粗悪品で、すぐにぼろぼろになってしまうらしいのだが、とても購買欲をそそるデザインばかりなのだ。で、かなり真剣に買う気になって検討してみた。ところがどれもこれも私には大きすぎ、あきらめざるをえなかった。 がっかりしているとき、国境越えのバスで一緒だったフィリップにばったり会った。 若いフランス人の大男である。スレンダーなすごい美人の女性と一緒だったはずだが、今日は一人でいる。 バスでは挨拶しかしなかったので、立ち話で初めて自己紹介した。 ローというガールフレンドは、おなかを壊して宿で休んでいるということだった。あんなに細いのに気の毒だ、というかちょっと羨ましい。食べ過ぎでぶくぶくのワタシをどうにかしてほしい。 彼らは薬学部の大学生で、我々と同年代だった。ローのことを、ナスターシャ・キンスキーに似てるね、というと、すっごくうれしそうだった。愛してるんだねえ。 フィリップもセーターを物色中で、一緒に見立ててくれないかという。 私と逆に体が大きすぎて、デザインよりもサイズを優先して選ばなければならない。 彼はとても優柔不断で、人の見ているものに目がいってしまい、他の客が試着して戻したものを即座に自分も着てみるのだ。しかしたいていは小さすぎる。 私たちも親身になって探したが、私たちの見立ては今ひとつぴんとこないらしく、 「フィリップ、これが似合うよ、大きいし。大きい人によく合う柄だと思うよ。」 などと言って薦めても、生返事で他人の試着を横目でちらちら見てしまっている。そしてきついのは目に見えているのにトライする。なんだかクマのプーさんを思い出させるような奴なのだった。 いいかげんあきれて、 「ねー、ローが治ったらローに見てもらったら?センス良さそうだし、それが一番いいよ。」 とヒロが言うと、 「うんっそうする!」 で試着大会はいきなり終わった。 まー愛し合うふたりなんだから勝手にしなさい、ということでバイバイした。 夕方、国際電話をかけに、C.T.O.(中央電報電話局)まで行った。 ヒロが、来月からの仕事の配属先がもう実家に連絡されているはずだから知りたいというので、ついでに自分も電話してみることにしたのである。はじめは家に電話する気などさらさらなかった。しかしヒロが 「くっついてくるのがいやなら一人でどこかにいたら?つまんないでしょう。私の用事につきあわせるのも悪いから。」 と言うのを聞いて、なんかこの人は私にとても気を遣っているのだな、私は初めてのカトマンズを歩いているだけでおもしろいのに。だいいちここまでずっと一緒にきて、いきなり離れるのも不自然じゃないの?じゃー私も母に電話をかけてみるか。と思い立ったのであった。 タメルからC.T.O.までの道のりは予想外に遠かった。 なんとなくぎくしゃくした雰囲気のまま、暮れてきたカトマンズの大通りを、ふたりでてくてくと歩く。 この旅に出る前に、ヒロはくどいくらいに、 「べつにいつも一緒に行動する必要はないよね。おたがい行きたいところや気に入った場所がちがってたら一時的に一人ずつになってもいいはずよね。」 とくりかえしていた。 私はうんうんとうなずきながらも、 「ひとりにされちゃったら心細いなあ。それにどうしてヒロはこんなに念を押すんだろう。私がお荷物なのかなー。」 と感じていた。 ところが実際旅立ってみると、たびたび言い合いをしながらも一度も別行動をとることなく、べたべた一緒にいたのだった。 このまま最後まで行くんだろうな、といつしか思い始めていた。 だから国際電話の件で初めて彼女から別行動のことを切り出され、私はまたうじうじと考えてしまった。 もう帰国の日が近づいているけれど、ヒロは本当はもっともっとひとりでいたかったんじゃないかなあ。旅の相手が私じゃなくて今回も美奈子(*1)だったら、今までの旅の思い出を笑いあったりできたことだろうに。 *1・・・ヒロが前2回のインド・ネパール行きのとき一緒に行ったクラスメイト。 でも私は美奈子じゃないんだから、どうにもならない。なんか新しい恋人が、昔の彼女とアタシを較べているのねっ!といったノリの話のようで、お恥ずかしい。 前置きが長くなってしまったが、そういうわけで電話をした。 電話局のなかは、とても陰気に薄暗かった。 小さなザラ紙にうちの電話番号を書き、窓口に出し、しばし待っていると、やがて職員から部屋の隅に並んだ個室に入るように促される。 なかにはぼろい電話があって、受話器の遠くから母の声がした。 「心配してたよう、たまーにハガキがぽつんぽつんと届くくらいじゃ。ぽいと出かけたっきりいったいどこをほっつき歩いてるのか、ちっともわからないんだから。もう3月よ。」 まるで心配などしていない、とこちらは勝手に決めつけていたので、母の言葉は意外でもあり、同時に、今までろくろく連絡もせず、この電話だって思いつきでかけたのだという自分の親不孝を、深く反省した。 けれども、母の声は病み上がりにしては明るく(*2)、“元気でやっているなら、それでいいんだよ”という母親らしい鷹揚さにあふれていたので、心からほっとしたのである。 *2・・・胆嚢摘出手術直後にこの旅に出ていた(私の母はたいていいつでも明るい)。 「今どこなの?」 「カトマンズです。」 「……、カトマンズ……」 インドの右肩にちょんと乗っかったような小国ネパールの首都がカトマンズなのだということを、にわかには飲み込めないようであった。
by apakaba
| 2007-12-18 21:40
| 1990年の春休み
|
Comments(4)
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ogawa
at 2007-12-18 22:29
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タメルでセーター買ったなぁ。
木の枝とか一緒に織り込んでありました、20年経った今でも着る日ありますよ・・・今でも持ってるんですよ。 カトマンズのC.T.O・・・暗かったというかカトマンズの建物が電力不足でどこも暗かったですね、よく停電あったし。 国際電話・・・そうそうメモ書いて待つんだった、あの頃のアジアの電話事情って公衆電話は繋がらないのが当たり前、国際電話だとこの方式が一番確実でしたよね。 それでも30分ぐらい待たされたこともありました。 友人達と二人旅、私も昔89年のヨーロッパでなんとなく上手くいかなくなったこともありました。 今や携帯電話が海外から繋がる時代・・・今日のエピソード、20年前にフラッシュバックさせてくれる懐かしい話ですね。
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apakaba at 2007-12-19 07:56
ogawaさんさっそく懐かしんでいただいて。
私も、この日の記述はとても懐かしいですね。 国際電話を家にかけるのって、若いころほどないがしろにするんですよね。 それがかっこいいと勘違いしていて。 待っている方の気持ちは考えないから。 この旅行は一ヶ月半まわっていますが、その中で電話したのはこのとき一度きりでした。 すでに日本を出て一ヶ月以上過ぎています。 もう二度とこういう親不孝はしないと思いました。
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ぴよ
at 2007-12-20 12:28
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同性の友人と長期の旅ってした事がないから、眞紀さんの旅行記中で相手の真意を慮って色々と逡巡している場面が出て来ると「なるほどねぇ。面白いなぁ」と感じ入っているぴよです。
「新しい彼氏が、昔の彼女と私を較べている」ってのは笑った。 若い頃には気付かなかった親の気持ちも、自分が人の親になると よく判るって事はあるよね。 今もし我が子がフラリと旅に出て音信不通になったら、当時の自分の親のように振舞えるのか? ・・・眞紀さんのお母様は、眞紀さんを心配しつつも信用されていたんだろうなぁというのがよく判りますよ。素晴らしいお母様ネ。
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apakaba at 2007-12-20 22:26
旅行記レス。
ぴよさん、私も、これを久しぶりに写し書きしながら、「もしかして彼女は、この直前のリキシャ少年のゴタゴタで私と距離を置きたくなったのかもしれないなあ」なんて思い至ったりしました。 今さらあのときに戻るのもできないのに、おかしいわね。 女友達との感情の行き違いは、このあと向かうポカラで頂点に達します。 この国際電話の思い出は、このあといろんな場所からかけたどの電話よりも、思い出深いですね。 胆嚢摘出した親を置いて行ってしまったんだから、本当に親不孝だったし。 私も、自分の親ほど肝が据わった親になれるのか、まだ自信ないです。 |
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以前はエイビーロード「たびナレ」や「一生モノ https://issyoumono.com/」などでウェブライターをしていたが今は公立中学校学習支援教員のみ。 子供のHNは、長男「ササニシキ」(弁護士)、次男「アキタコマチ」(フランス料理店料理人)、長女「コシヒカリ」(ライター・編集者) by 三谷眞紀 カレンダー
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