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あぱかば・ブログ篇

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2008年 01月 15日

2007年に読んだ本、Best10!(その2)

2007年に読んだ本、Best10!(その1)のつづき。


4...
僕はマゼランと旅した(スチュアート・ダイベック 著・柴田元幸 訳)


柴田元幸訳、というのが曲者で、彼の訳だと原作が原作以上の力を帯びてしまうように思うのだ。

11の短編から成る、ある移民アメリカ人の青春小説集。
個々の短編が時間軸をずらしながらゆるやかにつながっている。
舞台はシカゴ。
主人公の「ぼく」とその家族・友人、周りを取り囲み、通り過ぎてゆく、奇妙で一筋縄ではいかないたくさんの大人たちがが描かれる。
彼らに驚き、彼らをゆるし、彼らに心惹かれることで自分も大人になっていく主人公の心情も、水しぶきや歓声や部屋の湿気やにおいやへたくそなブラスバンドのメロディーといった舞台装置も、等しく追憶の叙情に満ちていて、ある程度の長さの人生を生きてきた者なら誰でもどこかしらしみじみしてしまうのはずるいようにも感じる。
しかしこの策にはまるのは心地よい。
それも名訳のなせる技なのか?
作品自体は、そこまでの魅力はないようにも思う。
柴田訳で読める日本の読者は得しているな。


5...
生物と無生物のあいだ(福岡伸一 著)


昨年の大ベストセラー。
タイトルどおり、“生物”“無生物”と、我々がふだん無意識のうちに区別している、そのふたつの境界線はどこにあるのか、を解いていくことが全編を通すテーマであるのはもちろんだが、横軸として、様々なエピソードが織り込まれる。
その横糸部分が圧巻なのだ。

歴史に名を残した、あるいは残しえなかった生物学者たちの知られざる争いや、著者が住んでいたニューヨークの街の描写、なによりもあとがきで語られる、幼かったころの、自分を取り巻く自然への興味——まるで一流の小説家が生み出したかのような美しくリリカルな文体は、“分子生物学者”の筆に為るとは信じがたいほどだ。
最先端の科学を語りながら、人間界に起こりうるすべての善きこと、悪しきことが明かされ、どんな理科音痴も胸を締め付けられる感動を味わえる、まことに不思議な著作なのだ。

今回のBest10の中でも、「すべての人間が読むに値する本」の筆頭である。

6...
パール判事——東京裁判批判と絶対平和主義(中島岳志 著)


なんだかんだと新刊が出れば読んでいる、中島岳志氏の最新刊。
昨年のBest10記事中では、『中村屋のボース』を紹介した。
今回は、東京裁判の判事11人の中でただひとり被告人全員無罪を主張した意見書「パール判決書」を作成したインド人法学者、パール判事の生涯と日本との関わりについて書いている。

“日本人のA級戦犯たちを全員無罪にせよ”
字面だけ見れば、数限りない誤解・曲解を招くだろう。
パールの真に求めていたことはなんだったのか。
本人が亡くなっている今となっては、膨大なページ数の「パール判決書」を読んでいくしか正しくは知りようがないのだが、本書を読むことでひとつ視座を与えられることは確かだ。

中島氏のパール理解だけが全面的に正しい、とは思わないけれども、今まで彼のようなアプローチでパール判事を現代日本に示した例を私は他に知らない。
というのも、彼はたんに国内政治/国際政治の枠組みから東京裁判を見ているのではなく、旅人として、研究者としてインドで暮らし、フィールドワークをおこなってきている。それゆえ、インドの宗教や思想にも通じている。パール判事が、他の諸国の判事たちの持ち得なかった視点——ダルマ(法)という古代インドの理念を徹頭徹尾採用していたという記述にも説得力が生まれ、読む者に静かな興奮を覚えさせる。

東京裁判は、当時の日本だけの問題ではなく、古代インドとも、当時のインドとも、現在のインドとも、つながっている。
そして他の、当時の戦勝国や敗戦国とも、現在の各国とも、いうまでもなく日本の今日に至る歴史とも……すべてのことはすべてにつながっている、と思える。

満点の出来ではないが、若くて元気のいい、失敗や反論をおそれない研究者の作品という印象を持つ。
これからもフットワークを駆使して、独自のアプローチで日本とインドをつないでほしい。


7...
ダーウィン的方法——運動からアフォーダンスへ(佐々木正人 著)


心理学なんて、うさんくさくて、学問のジャンルには入らない。
そう思っている人も多いと思う。
著者の専門は、生態心理学。
ダーウィンのミミズの行動研究からはじまり、乳児がある行動を獲得するまでの発達段階を追ったり、インスタントコーヒーに砂糖とミルクを入れてかき混ぜるといったごく単純な作業を被験者に課し、一連の行動のなかにどれほどの“迷い”が生じるかなどといった実験をまとめ、「行為」とはどのように決定づけられていくのかを説いていく。

私としては、視覚障害者が新宿の街をひとりで歩き、目的地へたどりついていくまでの実験が圧倒的におもしろかった。
新宿駅周辺には、目の見える人間には見えない“音のカーテン”が存在するという。
それは、昼夜ひっきりなしに通っている列車の騒音。
その“音のカーテン”が新宿を大きく二分しており、被験者である視覚障害者はカーテンを頼りに、大まかな方向を決めている……このあたりのレポートでは、新宿という自分にとって身近であったはずのグラウンドのとらえ方をひっくり返すような、ダイナミックな視点の変更をさせられることが痛快だった。

巣穴の中に、どの葉っぱをどのようにひっぱりこもうかと自分の巣の前で首(があれば)をひねるミミズと、人間の行動の間には、見た目ほどの差異はないのかもしれない、と思えてくる。
人間がみずから律していると思いこんでいる自分の行動とは、本当に自分が決定づけているのか?
膨大な実験結果を提示しながら、環境と環境下での行為の相互作用を教えてくれる。



今日はこのへんで。

by apakaba | 2008-01-15 22:20 | 文芸・文学・言語 | Comments(8)
Commented by sora at 2008-01-16 07:01 x
Coyoteで読んで柴田氏を始めて認識・・。
ただ、眞紀さんや、あづさんが惚れる理由が僕には理解できません。。ノンフィクションばかり読んでいて、文学というものが分っていないからだと思います。。
ケルアックの路上の新訳を昨年読みました。青山さんという私は?ですが、有名な方のようです。
読書の幅を広げないと・・・と眞紀さんのレビューを読みながら思った次第。。
昔はいろいろ読みまくったんだけどね。。
Commented by apakaba at 2008-01-16 08:28
soraさん、さっそくありがとう。
翻訳のうまさって、ほんと、どこに表れるんでしょうね?
そうだなあ。
読んでいて「つっかかる」感じがあると、あまり好きではないと感じます。
つっかかりがないのは当然として、「この一文、いいなあー」「カッコイイな」などと、純粋に感じ入ったとき、はっと「そうかこれは翻訳だった。もとの文はどう書かれていたんだろ?」と立ち止まって考え、もう一度その惹かれた文を読み直してみて、「翻訳が名訳なんだ。」とつくづく思う次第です。

ノンフィクションも読みますよ。
「労作」はたくさんあるけど、文章じたいにどこか魅力がないと、読んでいて飽きますよね。
やっぱり本を読むのなら文章はうまくないと話にならないな。

ケルアックは前のも新訳も未踏です。
なんでかな、男っぽいイメージはある。でもいつか読みますわ。

読書の幅を広げる一番の早道は、本を読むことより人と話すこと……という逆説的なことを……だって、自分ひとりで読むものをセレクトしてるとどうしても好みに偏るでしょ。
人と話していると、自分の知らなかった本を教えてくれたりするので。
Commented by はなまち at 2008-01-16 21:54 x
しかし、格好いい本ばかり読んでいるなぁ。
公表できない程度の本しか読んでいないと痛く反省。
Commented by apakaba at 2008-01-16 21:59
「公表できない程度の本」ではなくて
「公表できない本」と素直に書く!!


公表できない???ナンデ?
Commented by あづま川 at 2008-01-17 10:47 x
ダイベックは『シカゴ育ち』しか読んでません。本日池袋のジュンク堂に寄るのでその本も買ってみます。
柴田訳といえば、「Coyote」に待ちに待ったオースターの『ガラスの街』の新訳が一挙掲載されたのには感激しました。オースター作品の中ではいちばん好きな短編なので、これはやはり柴田訳じゃないと。
『生物と無生物のあいだ』も面白そうですね。
Commented by apakaba at 2008-01-17 22:11
あづま川さん、待ってました。
『シカゴ育ち』は興味ありますね。
どうも、柴田訳のマジックにかかっているのかなあという読後感が困ったものです。
Coyoteもちろん購入しました!
でもいつ読もうか、ずっと寝かせっぱなしなのです。
柴田先生の訳本、また二冊新刊が出ましたね。
買い込んでしまいました。

『生物と無生物のあいだ』詩情あふれる科学本……という矛盾を矛盾なく書いています。
とくに、NYがモチーフとして出てくるのですが、オースターを読み、この本を読むと、NYに行ってみたいなあ!という気持ちがわきあがってきますね。まことに不思議なおもしろさを持っています。
Commented by はなまち at 2008-01-17 23:02 x
別にHな本というわけでもなく・・・・・そんなもの読んだところで
もはや悶々とするわけでもなくと。
決して古典として残らなく、時代の流行としてはかなく消えていく類
の本が好きですねぇ。
英語の勉強せず、英語の勉強の仕方の本とか、ダイエットの仕方の
本とか、そういうものばかりが何故か増える。
勉強法の本1時間読むなら、テキストを10分読む方がよほどマシと
思いつつ、そうはならない不可思議。
レバレッジなんとかとか・・・あんまり格好よくないものね。
Commented by apakaba at 2008-01-17 23:11
Hな本!わはは!
はかなく消える本も、一応読んでます。
今年の直木賞受賞作も立ち読みしてしまいました(受賞前に)。
私にはぜんぜんおもしろくありませんでしたが……

でもハウツー本とか「超・ナントカ法」とかの本はブックオフで高く買ってくれそう。
それだけ需要はあるからでしょう。


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