2008年 02月 08日
私は、映画の中でのセックスシーンがあまり好きではない。 ほんとにやってるわけでもないのにと思うと白けるし、たまに本当におこなっていることで話題を呼ぶ作品も、それはそれで露悪的に感じてしまう。 なにもわざわざ本当にやっているところを見せなくても……と、やはり白ける。 視覚で性的興奮を呼ぶとか感動することもほぼなく、「ははあ、これでふたりは肉体関係になったのね。」というくらいの、説明のために挿入された場面にしか映らないことが大半だからだ。 キスシーンは好きだ。本当にやってるし。 演技がよければ、気持ちの高揚とか、触れ合った唇の感触を感じる。 キスシーン上手は、西のジョニー・デップ、東のトニー・レオンだと思っている。 ジョニー・デップのキスはいつもうっとりするほどにロマンティック。 それに対してトニー・レオンのキスは、見ているだけで窒息しそう。 相手の女の思いだけでなく、命まですべてズルズルと引きずり出されてしまいそうなキスには釘付けになる。 そんなトニー・レオンの最新作『ラスト、コーション』は、日本ではR18指定での上映となった。 セックスシーンが過激であるからということらしい。 たいていの性愛描写シーンにほとんど意味を見出せない私だが、この作品はそここそが大きな見ものになっているらしいし、“ベッドヤクザ”トニー・レオンならただの状況説明に堕しないシーンを見せてくれるかもしれない(ようするに、トニー・レオンが好きだ)。 1940年前後の、日本軍占領下にある上海と香港が舞台だ。 大金を投じたオープンセットや、マレーシアのペナンやイポーまでロケに出たというだけあって、往時の雰囲気がよく出ている。 ヒロインにはまったくの新人を大抜擢したという。 スパイであるヒロイン、ワン・チウチーを演じたタン・ウェイという新人女優が、素晴らしい。 ワンは素朴な女子大生だったが、あこがれの男性が抗日活動をすすめることをきっかけに自らも運動に身を投じていく。 中国人でありながら傀儡政権の要人であるイー(トニー・レオン)は、抗日運動家を捕らえて始末している故に、一般の中国人から激しく憎まれている。 抗日の理想に燃える若い大学生たちは、イーの暗殺を企てる。 それは、大学演劇部出身のワンを、「マイ夫人」という名の裕福な有閑マダムに仕立てあげてイーを誘惑させ、イーが警戒を解いたところを狙って殺害するというものだった。 あらすじを追うと歴史サスペンスのようだが、この映画はラブストーリーだ。と、私には思えた。 かわいらしいワンが、慣れないクラシックなチャイナドレスを着こなし、童顔に厚化粧を施し、処女だったものをベッドテクニックまで特訓して、特務機関のリーダーであるおそろしいイーの腕に飛び込んでいく様は、政治的な理想の実現へ邁進する姿とはあまりにかけ離れた哀切さに満ちている。 抗日メンバーの男どもは、ナイフやピストルさえふるって勇ましく自分を奮い立たせているが、ワンの壮絶な身一つの活躍の前にはまるで子供の戦争ごっこのように見える。 イーの前に立つごとに少女の可憐さは消え、肉体も心もぼろぼろになりながら艶を帯びてくる。 なぜ、彼女は敵であるイーを愛し始めるのか。 なぜ、イーは彼女を、スパイであることを見抜きつつそばに置くのか。 いくら演劇部出身といっても、イー夫人をはじめとした筋金入りのマダムたちのようには、そうすんなりなりきれるものではない。 ワイングラスやコーヒーカップにべったりと口紅の跡をを残して気づかない彼女、マダムたちの娯楽である麻雀が異常に弱い彼女、若さの美しさは際だっているものの、なで肩からむき出した太めの腕、小さめな胸、脇毛や陰毛の黒々と伸びた肢体はゴージャスなボディとは言い難い。 人を疑うことにかけてはプロ中のプロであるイーが、そんなにわかづくりの野暮ったい「マイ夫人」を本気で信じるわけがない。 セックスとは、あまりにも多くの情報を共有し交換してしまうものだ。 服を着けている間はうまくとりつくろっていても、過去の性経験や相手への感情、今日の体調、心の奥の自分も気がつかないところでなにを望んでいるかまで、快感が深くなるほどすべて知れてしまう。 イーは自分のテクニックで彼女を虜にしているつもりだが、時間が経つにつれ表情が無防備になっていく。 彼の口から出る言葉は、全部が嘘だ。 仕事から帰る車の中で彼女の体を早くもいじり回しながら、 「君のことが頭から離れなくて仕事が上の空だった」 などと囁くが、その口調には甘さの欠片もなく、まるで敵に尋問するかのように意地悪く、しつこい。 そうやって、彼は自分に近づいてくる人間を力でねじふせたい。 ねじふせたいというより、ねじふせるしか生き残る術を持たない。 言葉を介さない、体での会話で、彼はねじふせることを放棄し、ついには彼女にされるがまま、無防備の極みである視覚を奪われたセックスまで受け容れる。 多くの解説で、彼は彼女の美しさに落ちたという書かれ方をしているが、それはまったく逆で、彼女の美しくなさ——べったりつけた口紅が、ベッドでキスをすればたちまち取れて幼い素顔に戻ってしまうような、虚飾と対極の魅力——にどうしようもなく惹かれたのだと思う。 ただ性欲を処理するだけなら、最初の暴力的なセックス一度で捨ててしまえばいいだけのことだ。 危険を冒して繰り返し彼女を誘い、体をむさぼるのは、なにもかもすべてが偽りの自分の人生(妻との関係も、特務機関という仕事も、軍事占領下である足もとの土さえも)の中でたった一つだけ、彼女が大地の匂いを感じさせる存在だったからではないか。 でなければ、日本料理店のお座敷でワンが唄う中国の美しい歌を聴いて、イーが流す涙の説明がつかない。 偽りの人生(日本の敗色は色濃く、イーの行く末も暗示される)、本当の身分をお互い明かさない偽りの恋人関係だが、たしかに惹かれあっていることを確認しあう。 この、日本料理店での歌のシーンは、セックスでしか対話していなかったふたりが、使命と感情とのギリギリの相克の果て、一瞬だけふつうの恋人同士になれた美しいシーンだ。 名脇役陣と、虚無的な匂いを漂わせる上海の街の様子の再現も見事だ。 とくに、宝石店の店主役であるアヌパム・ケールの登場にはうれしくなった。 ワンがイーに指図されて入っていく店の名前が「チャンドニー・チョウクジュエラー」という、ありありとインドの名前(デリーの繁華街の名前)だったので誰かインド俳優が出る予感はあったが、インド映画の名優がちょい役で出ていた。 ちょい役ながら、彼特有の深いまなざしが、“あの方(イー)は、あなたを心から愛しているのですよ”という、誰も語らない真実を担保してくれる。 アヌパム・ケールなどインド映画を観ている人間しか知らないだろうが、他の登場人物も、寡黙で偽りの言葉しか口にしない主役ふたりを饒舌に支えてくれている。 なによりも、瞠目すべきはセックスシーンだ。 これまで数多くの映画を観てきたが、ここまで必然性を強く感じた性愛シーンは初めて見た。 体が、あそこまで、声を限りに話しているように見えたことはない。 ベテランのトニー・レオンも、新人のタン・ウェイも本当に見事だった。
by apakaba
| 2008-02-08 00:36
| 映画
|
Comments(12)
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はなまち
at 2008-02-08 23:32
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こんな色っぽいの、失言しそうだから書くのやめとこ。
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apakaba at 2008-02-08 23:52
でも失言してみた〜い。オトコゴコロ。
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たびちゃん
at 2008-02-11 21:49
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嘘と嘘の掛け合わせは、なかなか、魅力的ですね。ゆらゆら、で。
不倫、には、体の相性、が大切ですね。合わないと長続きはしないようですね。
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apakaba at 2008-02-11 22:59
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メリー
at 2008-02-13 18:07
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もしかして、この映画評、悩みに悩んでたってゆーヤツ?
すごく緻密な文章で、深いところまで書いてるね~。 書きたかった気持ちが、すごく出てる。 要するに、トニー・レオンが好きだ!ってことだな・・・(* ̄m ̄)
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apakaba at 2008-02-13 18:47
好きだーっ!
大好きだよーーーーーっ!!! 好きだということを力の限り言える場があるって、すばらしい。 ふだんは15分から30分くらいで書いちゃうんだけど、真面目に書くと数日かかるの。 で、そういうのに限ってコメントつかないもので……あまりに入れ込みすぎるからかしら!
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ogawa
at 2008-02-13 20:52
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apakaba at 2008-02-13 21:56
ogawaさん、めずらしくそちらまで宣伝書き込みにいったのに素無視かなあと思っていましたよ。
本文中に書いたとおり、その上海という街自体が、嘘なんですよね。 民衆は配給にずらっと並ぶ暮らしをしているのに、おしゃれなカフェでは慇懃なウエイターやガイジンがあふれてスノッブな空間になっている。 街は一歩入るとすごく汚いのに、ガイジン居住区はやたら無国籍。 そんな異空間です。 そこに、なんともいえない居心地の悪さや寄る辺なさを感じます。 見たみたいになってはダメだー。見てみたくならなきゃ。
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ぴよ
at 2008-02-20 20:34
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ようやくぴよも鑑賞したので、レビュー見に来ました。
うーん。書くねぇ。凄いねぇ。 このレビュー、コピーしてぴよの所にUPしてもいい?←ダメだって(笑) 確かにね、ぴよも性描写がしつこい作品って好きじゃないのね。 大抵は「話題作り」優先で、性描写自体が話の本筋とはほとんど 絡まないケースばっかりだから白けちゃってさ。 でも本作のセックスシーンはなくてはならないとぴよも思った。 最後にワンに間貸ししてた部屋のベッドにポツンと座っていて、 奥さんに声を掛けられて顔を上げた時のあの表情・・・萌えたわー♪ トニー様、本当にステキだったわぁ~♪
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apakaba at 2008-02-21 11:07
ぴよさん、「ラスト、コーション」評にありがとうございます!
絡みシーンは俳優のハダカを見せればいいというものじゃないよね。 (まあ、とりあえずは見るのだが) これも余韻が体の中にず〜っと残る作品でしたねえ。 トニー・レオンはほんとにいい俳優だねえ。 新人女優もすごくよかったけど、トニー・レオンの受けの演技があってこそ映えるよね。 しかしあのシーンはすべてカットして上映したという中国って一体。
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マイキー
at 2012-09-26 16:59
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初めまして、古い記事に済みません。
映画館でも見ていたのですがボカシ入っていて、最近DVD購入してクリアに見たら、本当にしてますよねって状態でびっくりでした。 ぼかさない方がいいですね!笑 レビュー、激しく同意しました。目くるめくドレスは美しかったですが、確かにチアチーは野暮ったいのですよね。監督が、学校の先生みたいな女性を探したとどこかで話していましたが、ほんと、そんな感じでした。 そんな、サボった久手経験も浅い彼女に落ちるなんて陳腐な説明は、私も何となく違うなーって思っていました。 そしてセックスシーンは2人の内面を深くえぐり出しており、私も必要で重要なシーンだと思いました。カットして上映って・・・(苦笑)。
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apakaba at 2012-09-27 20:12
マイキーさん、コメントありがとうございます!
ぼかしはいけません、絶対に。 私も『ドラゴンタトゥーの女』をぼかし入りで見て、あまりの欲求不満にもう一度、六本木ヒルズの18禁上映のときに見に行ってしまいました。 http://apakaba.exblog.jp/17457014/ ↑ これレビューです。 タン・ウェイちゃんは今や輝くばかりに美しいですね。 中国圏に旅行に行くと、マックスファクターの広告塔なのでその笑顔にうっとりします! |
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以前はエイビーロード「たびナレ」や「一生モノ https://issyoumono.com/」などでウェブライターをしていたが今は公立中学校学習支援教員のみ。 子供のHNは、長男「ササニシキ」(弁護士)、次男「アキタコマチ」(フランス料理店料理人)、長女「コシヒカリ」(ライター・編集者) by 三谷眞紀 カレンダー
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