あぱかば・ブログ篇

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2008年 04月 10日

老いていく順番

先月末、夫の祖母のお見舞いに行ってきた。

終末医療という話を書いたが、その後に胃ろうを着ける手術をし、水を入れ始めたところだった。
家族5人全員の予定が合う日は、年間通してもなかなかない。
春休み中に1日だけあったのでよかった。

お正月に会って以来の祖母は、二回りほど小さくなっていた。
人は食べないと小さくなるのだな。
入れ歯もかつらも取ってしまっているのでなおさら小さい。
同じ向きにじいっと横になっている姿は、あまりにも赤ちゃんにそっくりだった。

この祖母のことを何度も当欄に書いている。
老いることという話は5年前に書いた。
このときは、幼女のような表情だと書いたが、今では赤ちゃんのようになっていた。
私たちをかわるがわる見て、きょときょとと動かす目つきが、前よりつぶらに邪気なくなっている。
自分を指さす指がきちんと折り曲げられず、しっかり握ることもできず、はんぱな手が中空を行き来する。
孫である夫を見て、我が意を得たりという顔で「一番上の、お兄ちゃんでしょ(「ササニシキ」と間違えている)」と笑う。

こうなると、一番下の「コシヒカリ」はもうあまり話しかけられない。
曾祖母が昔とすっかり変わってしまって、どうすればいいのかとまどっているらしい。
「アキタコマチ」は、すすんで手を握って、大きな声で
「オレだよ!大丈夫、寒くない?オレの手、冷たい?」
などと話しかけていた。
(曾)祖母はにんまりして、おぼつかない手で自分を指さし、
「もうすぐ、しぬの。」
とほとんどあどけない声で「アキタコマチ」に言った。
「アキタコマチ」がみんなに伝え、皆で爆笑。
なんだか笑っちゃうでしょ。

「ササニシキ」は、ほとんど話しかけなかったが一番ショックを受けていたようだった。
こんなに弱っている曾祖母を見たことがなかったから。
高2になった「ササニシキ」は初ひ孫だけあって、生まれた当時は曾祖母もはりきって、よくおぶいひもでおんぶしたり、あれこれ口に突っ込んだりして面倒を見てくれた。

それでも、最後にひとりずつさようならと声をかけて病室を出たとき、最後の最後まで曾祖母にくっついて離れなかったのは「ササニシキ」だった。
もう帰りのエレベーターが来てみんなで乗って待っているのに、まだ手を握って、なにやら曾祖母に顔を近づけてしゃべっている(ように見える)。
「なにやってるの、ドアが閉まるよ!」
とみんなで呼んで、ようやく手を離した。

「あんなに長いこと、なにしゃべってたのよ?」
と聞くと、
「なにも。なにを言ってるかわからなかった。」

こんど、いつうちの家族が5人でそろうかわからない。
胃ろうというのはよくわからない道具で、あれをつけたばかりに(という言い方は変だが)いつまで生きるのか、わからなくなった。
できるだけ5人の予定を合わせてまた行こうね、と話しながら帰る。
帰ってからも、「ササニシキ」が何度もしつこく
「もう奇跡の大復活はないの。」
と尋ねてくる。

六十還暦とはよく言ったモノだとつくづく思う。
これも何度も当欄に書いていることだが、私には身近な年寄りがほとんどいなかったので、自分を愛してくれた年寄りを看取っていける自分の子供たちをうらやましく思う。

by apakaba | 2008-04-10 22:50 | 生活の話題 | Comments(8)
Commented by 満腹ボクサー at 2008-04-11 12:10 x
意外だね。
オレ、最初のころ、3人の呼び名と順番がなかなかおぼえられなくて(打たれすぎか?)勝手にあだ名をつけておぼえていた。
(怒るなよ!)
ささくれ立ったササニシキ。
男だけどアキタコマチ。
最後に残ったコシヒカリ。

でも、ササニシキ、ささくれ立ってるだけじゃなかったんだね。
Commented by apakaba at 2008-04-11 12:35
アハハハハ。
年号を語呂合わせで覚えるようなものか(ほぼ、語呂合わせになっていないが)
やっぱり、年寄りにとっての初孫とか初ひ孫とかは強いよ。
初めての子は感激するもの。
つきあってる年数が長いぶん、どうしても愛情も濃くなる。
親はそんなことなくて、どの子もかわいいんだけどね。

「ササニシキ」は年寄り大好きな子です。

ところで(以下私信)こんなとこで。
プレゼントありがとうございます。
この、お見舞いの日に、義母から受け取りました。
Commented by タカモト at 2008-04-11 21:42 x
んー考えさせられるなぁ。

そりゃぁ順番に逝くのがいいに決まってるが。
Commented by apakaba at 2008-04-11 22:14
いやもう幸せは絶対に順番どおりだって。
「死に損ない」って、すごく罵倒したような言葉だけど、今は日本じゅう死に時をはずして助かってしまった年寄りだらけになっている。
胃ろうというモノをつけなければ、それなりに心づもりして、それなりに寿命も計算することもできたけど、あの装置のおかげでなんだかわからなくなってしまった。
でも、それも自分(夫の祖母)が生み育ててきた子供たちのくだした決断だからね。
自分の命であって、自分だけの命ではなくなってしまうのね。
自分の命でもあり、子供たちも預かっている命になっちゃった。
判断力は赤ちゃん並み(わけわからず、胃ろうをつけられた)だし。

でも順送りですよ。
Commented by ogawa at 2008-04-12 11:51 x
>いやもう幸せは絶対に順番どおりだって。

絶対のそう!
先週、順番が逆になった葬儀にいったからなおのこと。
Commented by apakaba at 2008-04-12 12:11
おつかれさまでした。
悲しいとかいうより、滅入りますね。
善く生きたい、善く逝きたいとは誰もが思うんだろうけど。
Commented by さると at 2008-04-14 23:40 x
これって大事なことですよね

老いていくこと死ぬということをこういうことから
自然に学ぶのかもしれないですねぇ

私も最初に死というものがどういうものかは
祖母の死から学びましたね(おばあちゃん子だったので)
Commented by apakaba at 2008-04-15 07:32
さるとさん、うちの夫もおばあちゃん子です。
私は祖母にかわいがられた経験もないので、うらやましくてねえ。
またこのつづき書きますね。


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