あぱかば・ブログ篇

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2008年 04月 15日

義母の迷いと夫からの感謝

老いていく順番という話を数日前に書いたが、きのう、義母から電話があった。
夫の祖母の具合を尋ねると、あまりよくないという。
意識がはっきりせず、返事もほとんどしないらしい。
我々がお見舞いに行ったとき、「アキタコマチ」に「もうすぐ、しぬの。」としゃべっていたのが最後で、そのあとは呼びかけても「うん」と言ったり言わなかったりの状態だという。

「ああそうですか。じゃあこの前、そろって行けてよかったわ。できるだけ近いうちにまた行こうと思ってます。」
義母は、迷っているようだった。
「あたしね、子供たちにどうなのかなあって思っちゃったのよ。ちゃーちゃん(祖母の昔からのあだ名。夫が小さいころ、“小さいおばあちゃん”と呼ぶところをちゃーちゃんと呼んでしまったのが始まり)がもう前とぜんぜん変わっちゃったでしょ。そんな姿を、見せるのは忍びないっていうか……いいことなのかなあとかって思うと……それで、みんなに来てとは言いにくいの。」

義母の気持ちも、わかる。
祖母はとってもおしゃれな人で、外出時にはいつも洒落た飾り帽子をかぶっており、めがねも山ほど持っているし、入れ歯も大中小と3種類持っていて(サイズによって微妙に表情が変わるらしい)、髪が薄いのを気にしていろんなかつらをかぶり、90過ぎても毎日きちんとファンデーションを塗っていた。
服やバッグの数にしても、ちょっとしたブティックでも開けそうなほどなのは言うまでもなかった。

私はつとめてなんでもないことのように答えた。
「いや、いいんじゃないの?それはそれで。」
「そうかしらー。もうだいぶ前に、川越のおじいさんが亡くなる直前に、『ササニシキ』だけ連れてお見舞いに行ったことがあったじゃない。もう本人が覚えてるかどうかわからないけど。あのとき、おじいさんはすごく苦しがっていて、『ササニシキ』は固まっちゃったのよね。だから、なんかこの子にとっていいことだったのかなーとかって悩んじゃうのよ。」

「うーん。『ササニシキ』はそのお見舞いのことは覚えてますよ。たまに話にも出るし。でも、いいのよ。それも。大丈夫。」
「そうかしら。そうね。やっぱり順番だものね。年とるってことを知るというのは、大事なことね。」
「そうよ、子供たちは大丈夫。見せないようにする必要は、ないんですよ。」
最後は納得してくれて電話を切った。

……というやりとりのことを、夫が帰宅してから報告した。
夫は、
「あなたの言うとおりだ。あなたにはありがたいと思ってる。」
と、いきなり感謝の言葉を言い始めた。

それはねえやっぱり、嫁という一歩引いた立場の人間にしか見えないし、言えないことなんだよ。
俺も、この前ばあさんのところに行ったのは、けっこう足が重かったし、会っても辛かった。
それはかなり、ウッと来ましたよ。
こみあげるモノはあったよな。
俺は完璧にばあさん子だし。
だから、入院したとか手術とか聞いてはいても、なんだかんだと病院に行くのを先延ばしにしてたところがあった。
でもあなたが「行こう、みんなで行かなくちゃダメ」と言ってくれたから、みんなで予定を合わせて会いに行くことができた。
それはあなたのおかげだ。
お袋は介護で疲れてるし、俺も足が向かないしで、ちゃーちゃんのことに関して冷静になれないけど、あなたが客観的に見ての判断は、正しいんだよ。
やっぱり、年老いていくことをひ孫たちに見せて、ああいうふうに手を握って話しかけるのは、あなたがいなければ、「ほらみんな、お話ししてあげなさいよ。あなたもよ。」と言ってくれなければできなかったことだ。
俺も、あいつらも。
だからあなたには感謝してるんですよ。

ふだん、バカだバカだと言われつけているので、これには驚いた。
私は、父親をはじめ、実家の身内をたくさん見送っている。
しかし本当の死の間際のときに会いに行ってあげたことがほとんどない。
父のときは病院に行ったらもう間に合わなかったし(というか前日までふつうに生きていたし)、他の親戚も、なんだかいつの間にか亡くなってしまった。
そうすると、なぜかいつまでも自分の中で“死”を消化できない。
「あれ?あのおばちゃんは……、あ。死んじゃってたんだっけ。お葬式にも出たじゃん。やだなあ私ってば。」などと思い返すこともたびたびあった。
だから、死は覆い隠すものでなく、自分を愛してくれた人こそ、さいごのときにできるだけ触れあってほしいと思っている。
けれども、それは年寄りからの愛情が薄かった私の独りよがりなのかな?とも思っていた。
夫がこう言ってくれたことで、私も救われた。

by apakaba | 2008-04-15 16:22 | 生活の話題 | Comments(6)
Commented by ogawa at 2008-04-16 08:59 x
私の身内で年配者で残っているのは義母と母だけです。
若い頃から多くの人を送ってきました。
そして娘も一昨年初めて「おじいちゃん」を送り辛い思いをしました。
それは人として大事なことですよね。

前にも書きましたが、先日、私の部下の奥様が亡くなられて葬儀に参列してきました。
部下もそうでしたが、その奥様のご両親もとても辛く無念の表情をされていました。それを見る私も辛かったです。

やはり順番だと思います。
Commented by apakaba at 2008-04-16 09:12
まだ若い方の葬儀は悲壮感があっていっそうつらいんですよね。
十分に生きた方だと、からっとした雰囲気があって、それなりにいいものです。
義母や夫には、何十年も祖母とつきあってきたからそれだけ思い入れも強いでしょうが、子供たちからすると記憶にあるかぎりすでにそうとうのおばあさんだったので、だんだんと弱っていくことを、義母や夫が思うよりは冷静に受け止めていますね。
「アキタコマチ」に冒頭の様子を話すと、「ふふっ。オレはちゃーちゃんと最後に話した人間なんだよ!」と得意がっていました(得意がるなよ〜)。
でも、そんなふうに笑って見送れるのは幸せなことだと思います。
いや、まだ死んじゃったわけではないのだが。
このあとそんなに何年もという状況でもなさそうなので。
Commented by ぴよ at 2008-04-16 10:26 x
今の時代は子供達が辛い思いをするかもしれない・トラウマになるかもしれないと、何でもかんでも大人が過剰にフィルター掛け過ぎてると思う。

昔はどこの家も婆ちゃん・ひい婆ちゃんと同居する大家族形式だったから、自分達の爺ちゃん婆ちゃんが少しずつ老いて弱って行く姿を目の当たりにしていたし、日常の中で「死」というモノを受け入れ、見送り、弔うという事が家庭内に身近にあったと思う。
核家族形式になって、子供達から「死」が遠くなったよね。
遠くなった事による精神的なゆがみや弊害は、既に世の中に溢れ出し始めているとぴよは思うんですが。

子供は子供なりに「ひい婆ちゃんが死ぬ」という事を受け入れて、消化させていると思いますね。
自分達の人生の先達の最期を、手を握り、話し掛け、感謝の気持ちと共に見送ってあげるというのは、とても健全な事だと思います。
Commented by apakaba at 2008-04-16 11:52
そうね、高齢化社会なのに死を実感できないなんて、この先かえって心配だもん。
幼いころから、周りの人間がひとり減り、ふたり減り、そしてまた新しい命の誕生を喜び、って、綿々と続いてきた、当たり前のことのくり返しだもんね。

それを体験せずに大人になっちゃうと、ほら、ガンガーのほとりで死体を焼くのとか見て必要以上に感銘受けちゃう若者。あれ、ヤダなあ。
死体を焼くにおいは幼いころの思い出のにおいだよ。
私の世代くらいまでは、そうでしょうねえ。
Commented by のこのこ at 2008-04-16 16:44 x
ああ、いい話ですねぇ。
生まれて生きて死ぬということを日常的なこととして喜んだり悲しんだりできる人は幸せですよ。
ぴよさんのコメントみたいに、イマドキゆがんだ子が多いですもの。

出産の現場に立ち会えた人が幸せなうに、死の現場に立ち会えた人も幸せだと思いますよ。
Commented by apakaba at 2008-04-16 17:37
自分が、年寄りからの無償の愛を知らず、ベタベタ安心しきって甘えた経験がないから、夫のことも子供たちのこともうらやましいのね。
ほんと、いろんな経験をして、当たり前の大人になってほしいわ。
当たり前の感情を持つ人に。


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