2008年 06月 24日

自他の境界線

犬の散歩に行って、隣の校区に入る。
とかげを見つけて、コーシローがつかまえようとする。
お約束通り、尻尾を押さえたので、尻尾は切れて本体は去る。
のたうち回る尻尾に気を取られる未熟者のコーシロー。

小学生の男の子二人が、
「なにしてるの!」
と言ってきた。
隣の校区なので知らない子供たちだ。

「犬が尻尾切っちゃったよ。」
「へーっ!ほんとだ!これ、柴?おとなしいよね?よしよし。」
「大丈夫だよ。」
「とかげは?どこ行ったの!」
「逃げたよ。そっちに。」
「この尻尾、生きてるんだあ!こんなになっても生きてるんだねー!」
「まあねえ。」
「一寸の尻尾にも、五分の魂だねえ!」
「うーーん?」

なんで子供って、屈託なく知らない人に話しかけるのかなあ。
犬なんか連れてるといつの間にか集団でぞろぞろ散歩してるときがあるし(とくに望んでいないのだが)。
私も、ごく稀に、“この人に話しかけてみたい”と思っちゃうときがあるけど、決して決して本当に話しかけることはないもの。
“自分”と“自分でないもの”との境が、曖昧なのかな。

by apakaba | 2008-06-24 22:23 | 生活の話題 | Comments(10)
Commented by ぴよ at 2008-06-25 00:48 x
子供とおば(あ)ちゃんだね。
知らない人に何のてらいもなく平気で話し掛ける人々。
その間の年代層(精神的に)は、自制してしまう。

精神的に開放されてるんだろうなぁ~と思う。
思った事をその場でクチに出来る。相手構わず自分がその時感じた事をそのままクチにする。
「世間体」「羞恥心」「相手の反応」そういうモノにこだわらずに、脳が感じた事がクチに直結。

ついうっかり子供の反応に関する一般論ではなく、自分のママの事を語ってしまいました(笑)
Commented by メリー at 2008-06-25 01:18 x
大阪のおばちゃんは、平気で話しかけてくるよ。
袖振り合うもなんとかで、愛想しないと・・・と思うらしい。
大阪でなくても、私も、スーパーで買い物してる時、
横に居たおばちゃんに、調理の仕方とか聞かれることも、
何度もあるよー。 犬を連れてたら、もっと確率は高い。
Commented by apakaba at 2008-06-25 09:43
子供レス。
ぴよさん、本文には書かなかったけど私もまったく同じことを考えていました。
脳から口へ、まんまサトラレだねえー。

メリーさん、大阪のおばちゃんとほぼ交流がないからわからないけど、「地域性」はあるんだろうね。
地域性の濃いところでは会話がある、寄せ集め的地域ではあんまり会話は生まれない、という。
それは全国同じなんじゃないかなあと思う。
こっちでもすごく感じます。
Commented by キョヤジ at 2008-06-25 15:18 x
自我が確立されていないガキ。
自我が崩壊しつつあるオバ・・・。

そゆこと、か?
Commented by apakaba at 2008-06-25 17:22
自我に適量ってあるのかな。
その場その場に応じて、適量の自我を調節できたらいいけど。
とか考えること自体、自我が忘我を邪魔しているいい例か。
Commented by のこのこ at 2008-06-25 23:28 x
私は誰にでも垣根なく声かけていくらでも親しくしゃべれますが?

知らない人にでもすれ違えば挨拶するのは当たり前の事なのに、都会じゃ知らない人とは目を合わせるな、お話するなと子供は教わるらしい。

なんかねえ、都会のそういうの、奇妙で不気味ですよ。
それで外国にいくとやたらに誰にでも声かけて反応冷たいと怒ったりして。それも奇妙。
外国でも日本でも田舎でも都会でも親しみのある人とそうでない人がいて、私は前者が好きだしそうありたいわけです。
Commented by さると at 2008-06-25 23:30 x
地方によっても境界は違うようです。
最近、九州に行く機会が多いけどあちらでは気軽に声かけられます。地図持って周囲を見渡せば案内をかって出る人多数。笑
Commented by apakaba at 2008-06-26 13:02
のこのこさん、さるとさん(そこでまとめるのか)、都会vs.田舎という二項対立はあまり意味がないように思います。
ひとくちに都会といっても、すごく土着性の強い地域もあるし。
巨大マンションとか建っていなくて、きちんとした代々の家が建っていてという。
そういうところだと、挨拶も盛んだし、ばんばん会話もある。
都会は挨拶がないとひとくくりにしてもしょうがないんじゃないかな。

そもそも、都会って誰が作っているんだろう?
たとえば東京だったら、生粋の東京の人間って、どれくらいいるのかな?
私も東京の人間だとは自分で思っていないし。
生粋の東京の人間は、けっこう会話や挨拶が多いですよ。
寄せ集め地域が「都会」という、実態のないものを作り出しているんじゃないかな。
人間の流動性の高い場所ほど、人間らしい言葉の交わし方は少なくなるんでしょう。
本来は、流動していくからこそ、ちょっとした言葉のやりとりが大事になるはずなのにね。
冷たい「都会」を作っているのは誰なのだろう。
Commented by さると at 2008-06-26 17:50 x
まとめすぎです。
私は都会・田舎というつもりはありません。(だから地方と書きました。)
東京一人暮らしのときも割と人情を感じられる場所に住んでおりましたし、
田舎でも八墓村みたいな閉鎖的なところは人も寄ってこないでしょうし~
・・って都会と田舎の境界はどうでもよろしいか。笑
Commented by apakaba at 2008-06-26 18:42
さるとさん、あーっごめん。
乱暴すぎました!

ほんと、東京の一極集中はどうにかしてよだわ。
副都心線とかカンベンしてほしい。


<< 本の世界への扉      オレの癒しの空間 >>