あぱかば・ブログ篇

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2005年 05月 29日 ( 1 )


2005年 05月 29日

“不登校”でも“引きこもり”でもなく

すでに幾度か各所に書いているとおり、次男の「アキタコマチ」が、数ヶ月前から胃腸の調子を崩している。

先月、大学病院に入院して、尿検査・採血・レントゲン・内視鏡・MRIなどおこなったが、胃壁に若干萎縮のあとが見られるものの、ポリープなどはなく、どの数値も正常値だった。

そんならもう明日からでも学校へ行かれるだろう?
と思っていたら大まちがいで、退院して一ヶ月たつのに、まだ一回も、始業時刻から登校できていない。
それどころか、だいたいは欠席して、家で苦しんでいる。
行けても一時間か二時間くらい。

これといった病因がないのに、吐き気と腹痛で学校へ行けない。
多くの人は「ああ、早い話が学校がイヤってことね」と思うことだろう。
けれどもそういう感じでもない。
学校に早く行きたい、明日は行きたい、と毎日言っている。
ただ、日がたつにつれ
「今日も行けなかった、また今日も行けなかった、オレは一体いつになったら元気になってちゃんと学校へ行けるんだろう?」
という、焦りと敗北感は募っていくようである。

こういうときこそ、親は大きくかまえて子供の苦しみを受け止めなければと思うのだけれど、24時間いっしょにいて、朝起こしたときからずーっと「ううっ!ああっ!」とうめき声をあげ、いっしょに食事をしている間じゅう「むかむかする、気持ち悪い吐きそう」と言われつづけ、買い物にさえもゆっくり出られない毎日が何ヶ月も続いてくると、さすがにぐったりだ。
「行け馬鹿野郎!お前は病気じゃないんだ!!」と蹴りそうにもなってくる。

一番苦しんでいるのは本人と頭ではわかっていても、息子とずっといっしょにいると、こちらまで胃がむかついてくるし、なぜか下痢もしやすくなってきた。
この生活、いったいいつまで続くんだろう。
もうイヤ〜〜〜〜〜!とだれかに当たり散らしそうにもなった。
(それでも、私はサイトをやっているので、(激流)掲示板を眺めているのが息抜きになるのである。
ブログでのコメントにも、本当に救われ、励まされた。ありがとうございます。)


祖父母たちなど親類もみんな心配していて、中には
「心療内科とかカウンセラーに相談するべき」という人もいた。
これはもう典型的な“不登校”だからぐずぐずしているヒマはない、一ヶ月学校に行かなければそれは立派な“不登校”。新学期からほとんど学校に行っていないのは完璧に不登校。手遅れになる前に、専門家へ相談に行くべきだ、と。

しかし夫と私は、家庭が壊れていて親子関係が崩れているような場合にはそれも有効だと思うが、我々と「アキタコマチ」の関係には信頼関係があると思うので、家庭で見守っていきたいと考えた。
なのでカウンセリングに行くことは、しない。

そう決めたからには、私もイライラしないように気をつけて、家でゆっくり会話をしよう。
なにが原因なのか、つきとめようとしてもあんまり意味はないと思う。
兄弟関係とか、勉強の成績とか、気を遣う優しい子なのをいいことに親があまり手をかけてやらずにここまで来たということもあるだろうし、原因をこれと突き止めてそれを克服しようとしても、仕方がないように思える。
のんびりしたペースの子供なので、なるべく追い立てずに、だんだんともとの生活に戻せるようにしていこうと考えている。

この生活の中で、彼はかなりの量の本を読んでいる。
勉強をするほど元気は出ないようだが、読書ができるくらいに回復してからは読みっぱなしで読んでいる。
それからお気に入りの本の表紙絵をまねて水彩画を描いたり、家庭科で買った「裁縫セット」をあけて、針を使っている(いまは男の子も家庭科をやる。女みたいという意識はなく、図工の感覚に近い)。
そういうことをしていると体の不調が軽くなるらしい。
学校を休む暮らしが永久に続くわけではなく、もとの体にかならず戻るよ、そして何年もたったら「あんなことがあったねえー」と笑い話になるよ……と息子に話している。


先日、退院のときにどっさり渡された胃の薬がとうとう切れてしまった。
そうしたらやはり、飲んでいたときより苦しみが強くなってしまった。
もう大学病院に通う必要はないと思い、風邪のときにたまに行っている近所のお医者さんに行ってみた。

これまでの経緯を説明した。
「なるほど。もう調べ尽くしてなにも出なかったわけですね。
病気には、二種類あります。ひとつはポリープ、潰瘍、がんなどがあり、その病因をとりのぞく。
もうひとつは、機質的なもの……なんだか下痢しやすい、とか、喉が痛くなりやすい、とか、もともとそういう体だってことです。
こう考えてはどうでしょう。自分は病気だ病気だ、どうしたらいいんだろうと悩むのではなく、そういう自分を、“受け入れる”というふうに。
そういうもんなんだ、これが自分だ、と受け入れてみるのは。
これは長くかかると思います。一ヶ月、二ヶ月、ことによっては一年くらいの長さを見た方がいいかもしれません。それくらいゆっくり考えていいと思います。
ただしかならず治ります。
一生このままってことはありません絶対に。
大丈夫、キミは治ります。
これだけ大学病院で詳しく調べたんだから、キミは病気ではない、そういう体なだけです。
だからもう大学病院に行って何度も血を採られたりする必要もないんだ。」

「アキタコマチ」の顔は、先生の言葉を聞いているうちにどんどん明るくなった。
我々両親が考えていたのとまったく同じことを話してくれた。
他人から聞くと、親から聞かされるのとまたちがった効果があるようで、“やっぱりお父さんとお母さんの言っていたことは合ってたんだなー”とも思うようで、帰り道は
「オレ、あの先生スキ。行ってよかった。」
と飛び跳ねていた。


まあこんな調子の暮らしです。

by apakaba | 2005-05-29 12:00 | 子供 | Comments(14)