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2013年 01月 24日 ( 1 )


2013年 01月 24日

エッフェル塔試論/松浦寿輝(ちくま学芸文庫)

エッフェル塔は、19世紀末の西欧の表象空間に突如出現した、世界で唯一無二の特権的「記号」である——建設の計画段階から、すでにパリじゅうの芸術家の耳目を一身に(ただし非難というかたちで)集め、爾来現在に至るまで、絶えずあらゆる場面での再生産をくりかえす(観光絵葉書・ミニチュア模型・雑誌のグラビア・スカーフや包装紙の図柄・絵画・切手etc)、孤高の、と同時にこのうえなく俗物的で凡庸な怪物である——。

本書は、表象文化論の第一人者である著者が、ただエッフェル塔一点だけを、500頁まるまる一冊にわたって考えぬいた本である。
「この多義的な記号をこれほど徹底的に読み尽くそうとした試みは、未だかつて世界中のどこにも存在していないはずである」
と著者自身が跋文のなかで語っているとおり、この本は、パリ礼賛の紀行エッセイや、塔をめぐるおもしろおかしい秘話の紹介などでは断じてなく、偏執狂じみたともいえるほど終始一貫したしつこさで、エッフェル塔を分析していく(著者の執着ぶりの理由は、跋文で明かされる)。
著者の考察は、美術史、思想史、社会学、政治学、建築学、土木工学、都市工学、流体力学、気象学といった諸分野を縦横無尽に走り抜け、それらを、微塵の重たさも読者に感じさせることなく、かの塔にふわりふわりとまとわせていく。

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エッフェル塔じゃなくて、今日の京橋。東京の建築は、美しいかな?

最近、私の読書傾向は「学者ばやり」だ。
学者の本が圧倒的におもしろくて、現代小説などにつきあっていられない(いうまでもなく、ダメな学者もいるが)。
本書の著者は、現在、東京大学大学院総合文化研究科教授である。
外見は昔ながらの教授風なのだが、その文章の華麗さは群を抜く。
実際、これほどの華麗な文章を書ける現代作家を、私は他に知らない。

  「肝心なのは、それ(=エッフェル塔)がただ頭上はるかにそそり立っているだけの高塔なのではなく、われわれを天に向かってまるで夢のように押し上げてくれる上昇機械としてあるという点なのである。(中略)人々は、空の高みに到達するために息を切らせて一歩一歩攀じ登っていくという昔ながらの苦役の代わりに、肉体の行使によっては実現できない機械的な等速度でゆるやかに持ち上げられてゆくという安逸な自動運動の快適さを、徐々に地上から遠ざかってゆくにつれて絶え間なく移り変わり裾野を広げてゆく視界の変容の快楽とともに、ここに初めて発見し、非日常的な娯楽として享楽するすべを学ぶことになったのだ(「第一部・3.虚空への上昇」より。カッコ内筆者)。」

これいったいなんのことだと思いますか。
ここはエッフェル塔の「エレベーター」について述べている箇所だ。

また、
  「いささか図式的ではあるが、ここに二つの異質な建築史的ディスクールを想定することができるのではないだろうか——すなわち、鋳鉄と錬鉄を素材とし、その開花の主要な舞台として十九世紀のパリを持つ鉄骨建築の流れを記述するディスクールと、(中略)高層建築のディスクールと。そしてこの二つのディスクールが、本来ならばありえなかったような仕方で、すなわちまったく必然性を欠いた仕方でたった一度だけ不意に切り結び、ショートを起こして火花が散ったとき、その接触点に唐突に生まれ落ちた畸形児——それをわれわれは、エッフェル塔と呼んでいるではないだろうか。
 華美と豪奢とスペクタクル性の洗練をめざす「記憶」のディスクールとしての「パリ」と、機能主義と資本主義の自動運動を誘発する「新しさ」のディスクールとしての「アメリカ」とが、それぞれみずからの文脈を踏みはずして不意に交叉してしまった、その交点に聳え立っている途方もない異化効果の記念碑とでも言うべきものがエッフェル塔なのだ(同)。」

これは、パリとアメリカの対比という文脈のなかで、「二つの建築史的言説の衝突」を論じた箇所である。

彼には酔わされる。
こんな文章を読みつづけていると、やがて痺れるような陶酔感・酩酊感にしばしば襲われるようになる。
酔うような本にめぐり逢うのは、めったにないことだ。
膨大な言語を軽やかに操る、稀有な書き手である著者の前に、私が言うことことばなど最早ない。
エッフェル塔をちょっとでもかっこいいと感じた人は、この本に直行すべし。
そして、「エッフェル塔なんて、どこがおもしろいんだ」と思っている人も、やはり直行すべし。
私は、パリに直行だ。

*2000年12月23日にサイトに書いたレビューを再掲。
*当時、松浦先生の本に凝っていて、1999年・2001年・2003年と1年おきにつづけて3回パリに行った。

by apakaba | 2013-01-24 19:48 | 文芸・文学・言語 | Comments(4)