あぱかば・ブログ篇

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2017年 12月 11日

影絵『青い鳥』__青い鳥が世界のあわいを飛ぶ

おととい、私の所属している影絵人形劇団の公演で、『青い鳥』を上演した。
メーテルリンクの戯曲『青い鳥』をアレンジした。
“青い鳥”は、比喩的な意味で用いられることが多い。
原作を読まず、“青い鳥”が「幸せは、気づきにくいが身近にある」ことの象徴と認識している人は多いと思う。
チルチルとミチルの兄妹が、見つかると幸せになれるという青い鳥を探して旅をするがなかなか見つからず、家に帰ると、飼っていた鳥が青くなっていた……という話だとされている。
ところが、実は、家にいた青い鳥もやっぱりすぐに逃げてしまうのだ。
けれども、青い鳥が逃げても、兄妹はもう絶望しない。
長い旅をとおして、幸せのさまざまな形を知り、心が強くなる。
心のあり方が変わることで、きのうまでと同じ風景も、人も、すっかり変わって見える。
青い鳥は、見えていたものと今まで見えなかったものとの間を飛び、世界をコネクトする。

劇団代表が制作発表段階でこう言っていた。
「たとえば、死を宣告された人が、身のまわりの同じものを見てもまったく別のもののように感じられる、といったような心の変化」
そうした経験は、ある程度生きた人間なら誰しも思い当たるはずだ。
死までいかなくても、治らない病気を宣告されたら。
恋をしたら。
信じていた人からの裏切りにあったら。
大きな願いが叶ったら。

だが、観客である小学生は、そんなふうに心のあり方が一挙に変わる体験は、まだないのかもしれない。
だから探しても手に入らない青い鳥の物語で、心の不思議さを知る旅にひととき出てもらう。

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練習を2回通すと片耳が聞こえなくなり、ミスが増え始める


155年前に生まれたメーテルリンクの時代、フランスやベルギーを中心として、芸術は象徴主義が流行していた。
今年の美術展で入場者トップとなったミュシャ展。
ミュシャの連作「スラヴ叙事詩」はまさしく象徴主義的だ。
不思議で、唐突ともいえる構図なのに、装飾のヴェールを突き抜けてまっすぐに訴えてくる祖国への愛に、胸を打たれる。

公演後に入ったお店のBGMで、たまたま流れてきたドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」。
ドビュッシーも象徴主義の音楽だ。
この曲が好きで、昔よく弾いていた。
甘美なようでいて切実で、胸を締め付けられる旋律。

これら象徴主義運動の中に、メーテルリンクもいた。
ミュシャの「スラヴ叙事詩」やドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」と、原作の戯曲は通底する。
不思議で、とらえることが難しい、しかしたとえようもなく美しい、切なくなるような心の風景。

今年度は定期公演に出るのを一度休んだので、4月以来ずっとブランクがあり、ちゃんと声を演じられるかが不安だった。
上半器官裂隙症候群という、自分の声が頭に響く病気のため、影絵の声あてはとても苦しい。
声を一定以上の大きさに張って出すと、目の前がふらふらして、そのあと何時間も頭がボワーンとして、片耳が聞こえなくなる。
でも、影絵人形劇を作り上げるのは病気の苦しさを超えるやりがいだ。


4年前にもこの劇を上演して、前と同じチルチルの声をやった。
今回はもっと、メーテルリンクと劇団代表の意図を深く酌んで、チルチルの心の動きを繊細に表現しようと努めた。
それは4年分の、自分の変化。
4年たって、体はその分だけ衰えている。
でも心はその分だけ、ひだが増えている。
4年前には知らなかった思いを得ている。
同じ役をくりかえし演じることで、あらためて芸術に深く関われたと実感した。
それは一人では達することのできない境地。
ありがたい仲間のおかげだ。


# by apakaba | 2017-12-11 16:37 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2017年 11月 27日

11年ぶり、ジベルばら色粃糠疹(ひこうしん)トカナントカ

娘の「コシヒカリ」が、数日前にジベルばら色粃糠疹にかかった。
私も若い頃にさんざん苦しんだ皮膚病で、11年前に、小6だった次男「アキタコマチ」がかかっていた。



「あーこれはね。おかーさんも高校生のときにかかって、夜中にすごい発疹が出て、熱くなって眠れないことがあったよ。
そのときお母さん(=娘のおばあちゃん)が起きてくれて、『かわいそうに』って言ってうちわであおいでくれたよ。」
と言うと、「コシヒカリ」は
「えええ。おばあちゃん、やさしいね。おかーさんなら絶対にしてくれないね。『眠いから起こさないで、明日早いし』とか言いそう。」
と、ひどいことを言う。
「おかーさんはそんなひどい人じゃありません。昔、子供達が小さかった頃には、熱を出したり下痢したりすると『夜中に具合が悪かったら、おかーさんを起こしていいからね』と言い聞かせて寝かせてたよ。」
「そんなの子供が小さいなら当たり前じゃん。」

娘というのは、かくも冷たいものですかね。
私は、子供が病気の時には、子供達がだいぶ大きくなるまで「起こしていいからね。」と言い聞かせて寝かせていた。
その言葉を言うだけで、子供は安心して、少しは寝付きやすくなるかもしれないと思っていた。
そして、私がジベルばら色粃糠疹にかかったとき母に感謝したことを覚えているのと同じように、子供達も私のやさしさに感謝してくれるとばかり思っていた!
ぜんっぜん、そんなことないのね!
まるっきり忘れてるし!
私がバカだったよ!

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私が青春の日々を少し過ごした高田馬場


ところで、11年前には「オレって青春てこと?うそ!ひええ!」と叫んでいた小学生だった「アキタコマチ」は、ゆうべ終電を逃して職場で寝て、今日は定休日だが朝そのまま働いて、午後に帰ってきた。
家のそばの小学校の前で、下校中の小学生10人くらいに取り囲まれたという。

小学生に「ハロー」と言われたので「ハロー」と返した。
「うわー!イケメンだー!」「イケメンだー!」「イケメンだー!」と口々に言い、「何してる人ー?大学生?」「こうこうせい?」「ちゅうがくせい!?」と聞くので、「料理人だよ。コックさん。」と答えた。
「かっこいいー!イケメンだー!」
「イケメンだー!」
とまた言われた。

という話を「アキタコマチ」から聞いた。
ずいぶんノリノリな小学生だね。
小学生ってそんなだったっけ。
11年前には、息子は「イケメンだー」とかって叫ぶ側だったっけ。
うん、やっぱりおかーさんも忘れちゃった。子供のこと。


# by apakaba | 2017-11-27 22:25 | 子供 | Comments(0)
2017年 10月 31日

やっと、秋生まれさんの誕生会

去年まで、毎年律儀に家族の誕生日のパーティーをしてきたのだが。
今年は、ついにそれが一度も開かれなかった。
ここ何年も、次男「アキタコマチ」がディナーを作ってくれた。

たとえば去年。
「コシヒカリ」の誕生日ディナー。


「アキタコマチ」の誕生日ディナー。

私の誕生日ディナー。


夫の誕生日ディナー。

「ササニシキ」の誕生日ディナー。



どれも家でさっと作ったにしては、本当にすばらしくおいしかった。
だが、「アキタコマチ」の新しい職場が激務で、家で料理をする余裕は完全になくなった。
毎年あんなに盛り上がってきた、我が家の秋生まれ誕生日パーティーラッシュは、5人そろって食事をすることがほぼなくなったこともあって、突然消えた。
とても、さびしい。

しかし激務でふらふらな息子も労いたいし、家族の誕生日も祝いたい(みんなまとめてだけど)。
というわけで、ゆうべは5人で近所の焼肉屋へ。
食べて飲んだねえ〜。
家でプロのフレンチディナーもいいけれど、家族がそろうならどっちでもいい。
昔は一家団欒に飽き飽きしていたのに、そんな時代が過ぎてしまうと、ただ全員の顔がそろうということが、どれほど貴重なことかとつくづく思う。

何度か書いているが、うちの子供達は成長してからは仲がいい。
夫は一人っ子だし、私は姉とまったく疎遠になっている。
自分の子供達が、ごく普通に仲がいいのはうらやましい。
子供同士でプレゼント交換をしたりしている。
「ササニシキ」は別府旅行土産のTシャツをあげていた。

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たしかにね。
今の「アキタコマチ」には。

そういえば、「ササニシキ」は私たちにもプレゼントをくれていた。

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ヤッホーブルーイングのビールセット。
ばんざーい。
やっぱり誕生日はうれしい。


# by apakaba | 2017-10-31 21:05 | 生活の話題 | Comments(0)
2017年 10月 28日

伯父のお通夜で

義父の兄(=夫の伯父)が亡くなったので、お通夜に行ってきた。
伯父は親戚の集まりにまったく出てこない人で、なかなか謎に満ちた人だった。
夫の家に入ってから26年たつが、この伯父と生前に会ったことは2回くらいしかない。
そもそも親戚づきあいをほとんどしない上に、この26年間で2回くらいしか会ったことのない甥の嫁など、伯父が思い出すことはまるっきりなかったにちがいない。

そう考えると、喪服を着てお通夜に出ていることが、なんだか不思議なことにも思える。
親戚ではなくて、友達とかが亡くなれば、泣いて泣いて泣きまくってしまうのに、親族席に座っているにもかかわらず、悲しみの感情がまるで湧いてこない。
薄情なのかもしれないけれど、湧いてこないのだから仕方がない。
周りの人は知らない人ばかりで、この人たちは故人とどんなつながりがあったのだろう、となんとなく考えているだけだった。

伯父には一人娘がいるが、親子関係もやっぱり疎遠だったらしい。
がんで寝込んでいて、いよいよ先が短いと宣告され、娘さんは親族に一斉メールを送ったらしい。
ところが間違えて伯父本人にもそのメールを送ってしまい、本人はガックリしてしまったという、笑うに笑えない話も聞いた。
みなさん一斉メールには注意しましょう。

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ある日。
高円寺の「大一市場」にある中東飲み屋で、なすのペースト。


気持ちが平静な分、周りを冷静に観察する。
故人の遺影があった。
義父を含む兄弟で写っているスナップもあった。
それらを見ると、伯父はなかなかの色男である。
モテオーラがある。
義父も見た目はさほど悪くないが、モテオーラがない(ちなみに夫も見た目はさほど悪くないが、モテオーラがない)。
なんですかねモテオーラというのは。不思議なもんだ。
そんな、ちょっとステキなミドルエイジの故人(享年は85歳だが)を見ながら、いろんな空想をする。
この人は意外と遊び人で、女性関係でいろいろとあって、それで夫婦関係も親子関係もいまひとつで、親戚にも顔を出さなくなっていたのかもしれないなあ。
だってちょっとかっこいいわよ。
トカナントカ。

当たり前だけど、一人の人間にはひとつの人生がある。
私とはほぼまるっきり交わることのない人生だったけれど、この人なりに、いろんなことがあったんだろうなあ。
その証拠に、私の予想よりもずっと多くの弔問客が訪れている。
私と交わりがなかったことは、この人の人生に何もなかったということでは全然ない。
当たり前だ。
悲しみがこみ上げないお通夜で見知らぬ人に囲まれながら、当たり前のことを「当たり前だなあ」と思い続ける。


# by apakaba | 2017-10-28 23:28 | 生活の話題 | Comments(0)
2017年 10月 04日

香港ディズニーランド

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かぼちゃでできた、顔色の悪いミッキー


娘の「コシヒカリ」が香港ディズニーランドに行きたいという。
私もちょうど特典航空券が使えるし、娘は「自分の旅費は自分で出すから」と殊勝なことを言うので、金曜夜の深夜便、土日で現地一泊、日曜夜の深夜便で月曜早朝帰国の強行軍で行ってきた。
現地からFacebookに投稿していたので、それをつなげて加筆し、簡単に旅行記を作ることにした。
写真はFacebookよりも少し差し替え、プラスしていく。



ハロウィン仕様のディズニーランド。
香港、暑い〜〜

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ほおがこけて病み上がりのようなプーさん


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「せかいじゅう」と我が家では呼び習わしているイッツ・ア・スモール・ワールド。
久々にうたた寝しないで全部見た。


誕生日は過ぎたのに誕生日扱いされて幸せなステイ。
ただのタオルだけどかわいいー。


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誕生日を何日か過ぎていたが、おまけしてくれた模様。
大きなバッジもくれる。
これを付けているとパーク内でちやほやされるので、娘にあげた。


私はディズニーランドではパレードやショーを見るのが好きだ。席取りまではしないけど。
ミッキーの動きがずいぶんカッコいいので驚いた。
モテオーラがすごい。
ミッキーってこんなに色男風の動き方をするのか。気づかなかったねえ。
顔も声もあんななのに、動きだけオトナの男よ。


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この山車(フロートというらしい)に乗ったこのミッキーが、特別カッコいい動きをしていたのかもしれない。


ライオンキングのショー。
アフリカが舞台らしいので、主役級は皆黒人、歌いまくる。
メチャクチャ歌がうまい。
すばらしー。
いつかアメリカでミュージカル三昧とか、したいなあ。

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私はティモンが好きなので、登場すると盛り上がる。
が、歌は主役たちが抜群であった



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ディズニーの物語の中を旅するというショーも見た。
ニューオーリンズを舞台にした映画の歌も黒人女性が歌っていて、圧倒的歌唱力にうっとり。
やっぱり私は人の声が好きだ。
どんな楽器よりも、生の声には感動する。


アイアンマンエクスペリエンス。
香港を舞台にしているところがとてもいい。
緑の島ランタオ島から飛び、斜張橋をくぐってあっという間に中心部へ。
香港らしさ大満喫、数分間の香港観光。
香港が好きならおもしろさひとしお。
うーん、すばらしい。


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とにかく空いているので、こうした凝った展示(ライドまでの通路が、“香港にあるトニー・スタークのビル”という設定になっている)もみんな素通り。
もったいない〜〜〜。

アイアンマンエクスペリエンス、安全確認画面にさりげなく映り込み爆笑するスタン・リー!
あわわわわわ。
並んでいたインド系の子供たちが口々に「スタン・リー!」と叫ぶ。
いつも思うが、名作や売れてる映画はある程度見ている方が、何かと楽しい。
ここもアイアンマンやマーヴェルをまったく知らない人と見ている人では、楽しめ方が違うだろう。

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ちなみに「コシヒカリ」はナマ・スタン・リーに会い、サインをもらったことがあるそうだ



ディズニーランドなのに、なんでもおいしい!
さすが香港。
韓国式定食、バカウマ。
スープのおいしさたるや。
オリジナルのフレッシュ西瓜ジュースもおいしい!!
ディズニーランドであれもこれも食べたくて迷うなんてー!


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インドネシアのサテー。
このほか、インドカレーも本格的(インド系の来場者多数)。
ホテルの朝食でもしっかり豆乳。さすが中華圏。

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高級中華料理店みたいだけど、ただのフードコート。
この気合の入り方は!
大陸からのお客様はあくまでカジュアルだが、味にはうるさい!
さすが香港。



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アフタヌーンティーは、このドリンクじゃなかったらね。



ミスティックマナーは日本にはないアトラクションで、予想外のおもしろさ。
特にパンダへのヒドい仕打ちが。爆笑。
日本人のパンダ信仰は厚い。
パンダをこんなに雑に扱うのは中華圏ならでは。
酷い目にあうパンダの表情が、お、おかしいー。

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パンダは誰だって好きだけど、日本人はとくにパンダを下にも置かない。
ここでは屏風絵のようなものに描かれていたパンダが吹っ飛ばされてしまう。
恐怖と戸惑いの表情を浮かべるパンダ、日本ではありえない扱い。


香港ディズニーランド、たまにキャプテン・ジャック・スパロウが現れる。
写真を撮ろうとすると、敵のキャプテン・サラザールに追いかけられて逃げていってしまう。
夜の花火はさすが中国花火と爆竹の伝統芸、火薬多めですばらしいショー。
眠れる森の美女の城(東京より小さい)にディズニーの物語がプロジェクションマッピングで映され、その世界観に合わせた花火が上がる。
プロジェクションマッピングと光のコラボは今や世界のどこでもやっているが、やっぱりディズニーの完成度は高い。


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女性ファンに追いかけられると、この純情そうなボーイを盾にして逃げて行く。


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「カリブの海賊」のアトラクションは、ない。
ないけどこのコスプレの人がひょこひょこっと現れてはいなくなる。
なんだかおもしろい。


金曜の夜出発、土日の2デイズで月曜早朝に帰国したが、とても疲れた。
やってはみたがやるもんじゃないね。
だが香港ディズニーランド、食事のおいしさ(これは特筆)、ホテルの作り込みのレベルの高さ、小回りのきくコンパクトな園内、東京とちょっとずつちがうアトラクションのおもしろさ、サービスの良さ、アイアンマン・エクスペリエンスの香港ラブな映像など考え合わせてみるに……

結論: 香港ディズニーランド、超最高

ヘビロテありレベルのオススメだ。
まあ私が香港が好きというのはあるが。
旅行投稿などを読むにつけても、ディズニー好きって香港が好きとかとは関係なく、とにかくディズニーを追ってどこまででも行く人たちだから、香港に行くという要素は限りなくどうでもいいこと。
その目から見ると、カジュアルなキャストのサービスなどは目につくのかもしれない。
夢の国なのに〜と。
まあでも私からすると、東京のあの苛烈なまでのサービスと笑顔はちょっとついていけないものがあるので、香港のざっくばらんなキャストの方が宗教じみてなくて好きだなあ。


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東京のシンデレラ城よりも小さな、眠れる森の美女城

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ミュシャ風ティンカーベル?
かわいい。ムード満点。

補足
東京しか行ったことないから東京と較べるけれど、東京は海の埋立地に作り、風景自体を外界と完全に切り離すことで夢の国を実現。
香港はランタオ島の山の風景がどうしても入りこむ。
だが山の風景は、香港中心部の風景とはまるでちがう。
そこが強み。

中華系の多い食事や、世界的にはたいしてヒットしなかった「ムーラン」を全面的に押し出しているのも、アイアンマンの香港推しの風景も、一昔前の「外とは切り離された夢の国」のスタイルとはちがう。
地域性を出すことに臆さない。
東京の方が(アメリカの)植民地的。
東京ディズニーランドは東京っぽさゼロ。
できた時代の差を感じる。

顧客が圧倒的にメインランドの人ということ。
このスタイルは正解だ。
日本人はアメリカの植民地化には慣れてるし、むしろ歓迎だからねえ。
東京ディズニーランドに、今から東京っぽいコンテンツを求めるのは無理。
世界の他のディズニーランドに、行ってみたくなった。(おしまい



# by apakaba | 2017-10-04 23:16 | 旅行の話 | Comments(0)
2017年 09月 29日

ゴーゴー・インド30年 旅の記憶 蔵前仁一旅の回顧展

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蔵前さんの著書『ゴーゴー・インド』が出版されてから今年で30周年となり、本日より早稲田奉仕園のスコットギャラリーにて回顧展が開催された。
蔵前さんが旅先で買い集めたお土産の物販もあるというので、初日の今日、行ってきた。

学生時代に心躍らせてくりかえしくりかえし読んだ、懐かしい『ゴーゴー・インド』。
本の中にあったイラストの原画、さらにそのイラストの元となった旅先でのスケッチが飾られ、一点一点を見ていると、二十歳になるかならないかの当時の自分が、自分の体の中で「きゃああー!」と歓声を上げているようだ。

どこかの旅の宿にあったものだろうか?
茶色く変色した、古い『ゴーゴー・インド』現物の全ページを、感慨無量でめくってみる。
何人もがコメントを書いており、そこに混じってなんと『ヒマラヤの花嫁』の平尾和雄さんのサインが入っている。
そこでまたまた感慨無量。
蔵前さんに、平尾さんに、インドやネパール、アジア大陸に、当時どれだけ憧れたかわからない。

展示されているイラストを見ながら、どうして自分が30年間も、蔵前さんの旅に惹きつけられていたのか考えていた。
そして急にそのわけがわかった。
蔵前さんの旅の絵の多くには、旅をする彼自身の姿が描きこまれているからなのだ。
私は、“旅をしている、この絵の中の人”になりたかったのだ。

絵の中の蔵前さんは、苦笑したり怒ったりもしているけれど、ほとんどは「目はテンテンだけ、口はぽかんと少し開いているか、描かれていない」かの、無表情に近い顔だ。
蔵前さんは、テンテンの目でインドのさまざまな人や出来事を見ている。
大きなバックパックを背負っていることもあるが、たいていごく軽装ですたすたと歩いている。
たまに街の真ん中で立ち尽くす。
私が好きな蔵前さんは、少し猫背でタバコをくわえて歩きながら、通りすがりにインドの「何か」をふりかえりざまに見ているという姿だ。
あの、無表情とも驚きともつかないような、どうとでもとれそうな顔つきが、とても好きだ。

旅先の絵を描く人は多いが、「何か」を見たときの自分自身を描きこんでいる人は少ない。
写真は誰でも撮るが、旅の写真を撮っていれば、自分は記念写真以外に写らない。
だが、旅先で「何か」を見たとき、旅人はきっとみんな、あんな顔をしているはず。
大げさに目をむいたりせず、ただテンテンの目で、呆然とそれを見て、口はちょっとだけぽかんと開けて。
その瞬間を数限りなく描きこんでいるから、惹かれるのだ。
このなんともいえない表情の、雑踏をすたすた歩く“この旅人”に、自分がなりたかったのだ。


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どの絵にも懐かしい思いがこみ上げるが、懐かしさに胸が締め付けられて泣ける、という心持ちではなかった。
30年かけて、自分なりにいろんな旅をしてこられたから。
これからもきっと、いろんな旅をできるから。
目がテンテンのまま、ふりかえりざま肩越しに「何か」を見ては歩き去っていく世界の旅人とすれちがい、ちょっとおしゃべりをする、そんな旅行を、ずうっとしていきたい。

蔵前さん、あらためまして回顧展開催おめでとうございます。
40周年、50周年も、絶対行きますよ!
そして京子さんはじめスタッフの皆さん、ご盛況おめでとうございます!


# by apakaba | 2017-09-29 20:23 | 旅行の話 | Comments(0)
2017年 09月 01日

ちびっこ忍者

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次男が8月の休みの日に作ってくれた


今日から二学期。
久しぶりに早起きして夫(教員)のお弁当を作っていて、缶詰のふたで指先を切ってしまった。
ガーゼ部分をてっぺんに、絆創膏を二つ折りにするようにして貼る。
くるくる巻きつける普通の貼り方では、指先の怪我を覆うことができないからだ。

幼稚園児だったころの次男「アキタコマチ」の笑顔が、ぱっと浮かんだ。
まだ半分寝ぼけたままの頭で、どうしてなのか考える。
絆創膏をこの形に貼ったら思い浮かんだのだ。

ほぼ20年前、次男は幼稚園に入園した。
そのころは、子供なのでよく怪我をしていた。
指先を怪我すると、泣きながら絆創膏を貼ってもらいに来た。
ガーゼ部分をてっぺんにして、二つ折りの貼り方をしても、指が小さくて細いのでてっぺん部分はだぶついている。
指先であまっている左右の部分をつまむようにして貼り合わせると、ふたつ角(つの)が立って、ちょうど頭巾のように見えた。

「ほら、“ちびっこ忍者”だよ。」
と言うと、「アキタコマチ」は顔を輝かせた。
「アキタコマチ」は、当時のお遊戯会で「ゆけ、ちびっこ忍者」という遊戯を踊っていた。
喜んで絆創膏の指を動かしながら、一緒に「ゆけゆけゆけゆけ、ちびっこ忍者!やあ!」という歌を歌った。

それからしばらくは、指先に怪我をするたびに「ちびっこ忍者にして。」と言ってきた。
ボールペンで、勇ましい男の子の顔を描いてやったこともあった。

やがて、不器用な私よりも、手先の器用な「アキタコマチ」は、自分で“ちびっこ忍者”を形良く作れるようになり、そのうちに怪我もしなくなった。

……と、いうことを、自分で貼った絆創膏を見て、いっぺんに思い出した。
20年近く、ずうっと忘れていた。
急に泣きそうになった。
大事だったはずのひととき。
あんなにかわいいと思って、あんなに楽しかったことも、やっぱり忘れてしまう。
今日は思い出せてよかった。
このままでは、きっとまた忘れて、20年後にはもう思い出せなくなっているかもしれないから、忘れないうちに、ここに書いておく。


# by apakaba | 2017-09-01 15:48 | 子供 | Comments(0)
2017年 07月 14日

この春の文化的活動

4月から学校の仕事が増えたため、ブログの更新がますます難しい日々。
あちこち出かけたことも書けないままになっている。
歌舞伎のツイートがやっとだわ。
1学期終了目前という節目でもあるので、春に出かけた美術展などの写真を載せておく。


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草間彌生展「わが永遠の魂」
予想よりもおもしろくなかったのが自分でも意外だった。
2004年、同じ六本木で開催された個展はすばらしくおもしろかったのに。
自分がこの人に慣れてしまったのかとも思ったが、慣れたというより、この人の精神世界に興味を失ったという方が正しい。
あくまでも個を掘り下げていく姿勢に、今は共感を覚えにくくなっている。


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同時に行った「ミュシャ展」
こちらは前回に行ったミュシャ展をはるかに凌駕するスケールで感動、興奮した。
はからずも草間展と一緒に見ることとなったが、草間が個(自己)へ徹底的に内向きに執着しているのに対し、祖国・民族への愛という壮大に外向きな興味へとうつり、ライフワークとしたミュシャ。
対比して見るとおもしろく、今の自分の興味もミュシャの熱さの方により強く向かっていると感じた。


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アラン・チャン「HELLO GINZA!」
香港生まれのデザイナー。
しゃれてたなあ。
対象を見る「目」によって対象がつくられるということはあると思うけど、アラン・チャンが見ると銀座はこう見えるのか?
私の目から見えている銀座と、ぜんぜん違っていたり、パッと一致したり。


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ソウル・ライター展
これはよかったなあ〜。
写真は絵画と違って、その場所に行けばこの風景が撮れるような気になるけど、今ニューヨークに行ったところでこの写真は絶対に撮れない。
もうこのニューヨークは、地上のどこにもない。
そして肖像権が猛烈に厳しくなってしまった昨今、こんなふうに市井の人々を撮った写真を公表すること自体が、もう過去のものとなってしまった。
人物写真は、この先衰退していくだろうな。


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茶の湯展
2回行った。
展示替えがあり、2回ともおもしろかった。
曜変天目茶碗はサントリー美術館で見た時の方がよかったなあ。
茶碗は芸術品でもあるけど本来は道具だから、手で触れば触るほど、身体的に愛着が増すんだろうと思う。
そうしていくうちに、世間的な価値とは別に、だんだんと自分だけの逸品になっていくのだろう。
昔、茶道をやっていたから、ガラスケースの中の茶碗を見ただけで、「茶筅が引っかかりそうだな」「口当たりが悪そう」「このくぼみが手にしっくり馴染みそう」「触り心地がよさそう」と使った時の感触に想像がつくが、茶道をまったくしない人はどのように感じるのだろうか。


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アスリート展
ここ数年の21_21の展示はヒットが多いが、これも予想よりおもしろかった。
体を動かしてスポーツに参加する形の展示はデート向き。
だが行列するほどのものでもないので、空いている時間でないと楽しさも半減か。


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TOTOギャラリー「間」の坂茂「プロジェクツ・イン・プログレス」。
尊敬する建築家、坂氏の個展。
めざすものが明快。
模型が美しくてうっとり!



この他にも行っていたが、こんなところで。
すぐに書かないと、言葉にするのがおっくうになっていくのね……。


# by apakaba | 2017-07-14 22:38 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2017年 07月 11日

体を鍛えて筋肉をつけましょう(指にも)

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6月初め頃の散歩コースで



去年の4月に右手の薬指にひびが入ってしまった。
たいした治療も受けずに放置していたが、ずーっと違和感があった。
動きが悪く、ぐらぐらしている感じが続いていて、むずむずとかゆい。
指先の皮も厚くなって、繰り返しぼろぼろむける。
骨折の時に神経を傷つけてしまうと、むずがゆい感覚が残るという。

いずれよくなるだろうと思っていたのに、6月になってかゆみが増してきた。
仕事でキーボードを叩き続けているうちに、かゆいだけでなく指から腕にかけて、しびれるような痛みも走るようになってきた。
まずいことだ!

たまに行っている鍼灸整骨院へ行き、超音波治療にかかる。
私の両手を丹念に触っていた先生が、「ミタニさんは、右利き?」と聞いてくる。
「もともとは左利きです。子供の頃に矯正されて。」と答えると、「あっ、やっぱり。」
左手の方が、全体に筋肉がしっかりついていて、右手は弱々しく、やや関節に隙間があるようにぐらぐらしがちだという。
なるほどねえ。
だから簡単に折れるんだな。

「神経の痛みを軽くするのは、ひとつには運動をして、筋肉をつけることです。たとえばボールを握るとか、簡単な運動で筋肉をつけて神経の周りを吊るようにすると、あまり神経が敏感に感じなくなって痛まなくなりますよ。」

テニス肘でここに来たときも、同じことを言われた。
テニス肘は、2年経つが今でも少し痛い。
若い頃はこういう助言もなんだかピンとこなくて、あまり真剣に考えず、手っ取り早く痛みを取る“治療”に頼ろうとしていた。
今になると、体を鍛えることがいかに大切か、とってもよくわかる。
体が大事ね〜。
日頃からちょっとずつ体を動かすだけでも、痛みの少ない老後を送れるだろうなあ。

ちなみにその日一度きり超音波治療にかかっただけで、指のかゆみとしびれと違和感はすっかりなくなっちゃった。
やっぱり行ってよかった。


# by apakaba | 2017-07-11 21:22 | 健康・病気 | Comments(0)
2017年 07月 04日

平成29年7月歌舞伎鑑賞教室「鬼一法眼三略巻 一條大蔵譚(きいちほうげんさんりゃくのまき いちじょうおおくらものがたり)」

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七夕飾りの国立劇場大ホール


7月3日、国立劇場歌舞伎鑑賞教室、初日。初めて行った。亀蔵さんの「歌舞伎のみかた」は口跡さわやか、完璧なガ行鼻濁音に惚れ惚れ。絶滅危惧種。派手な舞台装置のオープニング、カタカナ言葉多用の解説に感心しきり。なんとわかりやすくカッコいい解説か。あれはセリフ?淀みなさに驚くばかり(続

2)一條大蔵譚、菊之助は予想をはるかに上回る出来。作り阿呆は絵のように愛らしい。もともと顔立ちのいい人がやるから似合うのだが、美しい顔を忘れるほどの愛嬌。ぶっ返りの美貌は当然としても、演技を超えた菊之助ならではの「気持ち悪さ」が久々に見られ、驚嘆とともに戦慄。これは吉右衛門も(続

3)思い及ばなかったのでは?吉右衛門、仁左衛門で見たときには、両者とも作り阿呆は当然完璧、ぶっ返りの堂々たる気品、人物の大きさや正しさに納得、感心するばかりだったが、菊之助にはその正しい殿様ぶりよりも、むしろ異常性を孕んだ、ぞっとする不気味さが出ていた。首を放り投げて戯れる(続

4)とき、吉右衛門仁左衛門では感じなかった「ヤバイやつ」が(おそらく)図らずも出た。菊之助は真面目でつまらない演技のことが多いが、ごくたまにあの爬虫類のようなぬめぬめとした気持ち悪さが光る時がある。女殺し油地獄でも見せた。あの時の、殺される七之助は本当に怖がって見えた。(続

5)吉右衛門仁左衛門にはなかった長成像が、美貌とともにぬめぬめと立ち上がる。菊之助の真の魅力はあそこにあるのでは?菊五郎とは別の、深い業(ごう)を感じさせる、新しいタイプの役者。がんばってください。歌舞伎鑑賞教室は安くておもしろい。おすすめ!(終わり)


# by apakaba | 2017-07-04 22:08 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)