あぱかば・ブログ篇

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カテゴリ:国内旅行( 90 )


2016年 08月 03日

京都でたくさん歩いた

土日で京都へ行ってきた。


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土曜日の観光は貴船神社のみ。
夏はずいぶん混むのね。そしてそんなに涼しくなかったね。

この夜は4軒まわった。
酒飲みばんざーい。


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日曜日は市内をスタンプラリーのようにぐるぐるまわった。
まず龍谷ミュージアムと東華菜館。
東華菜館の春巻きは、ふつうの春巻きとだいぶちがうけど好き。
ふつうの春巻きはどこでも食べられるからねえ。


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京都御苑の厳島神社へ。
遠くから見ると、鳥居の形が「唐破風屋根みたいだ……」。



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近づいてみるとやっぱり唐破風っぽい。
京都三珍鳥居のひとつだと後から知った。
そのときは、鳥居の形にすぐに気づいた私えらいって思ったけど、もしかして常識なの?

京都御所が通年一般公開になったばかりなので、さっそく行ってみた。
「外国人観光客にも広く公開できるように」という政府の意向を受けて、通年一般公開になったという。


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京都御苑から歩いているときには、日陰もまるでなくて、死んでしまいそうに暑かったけど、さすが京都御所は見る価値大なり。


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紫宸殿は、東大寺大仏殿に匹敵するほどの迫力だった。
ドキドキするほど大きかった。
門や庭や、御殿の襖絵など見ながら歩く。
御所をひとまわりすると、まるで短い旅をしたかのような充実した気持ちになった。


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金閣寺に来ると思う。
肉眼で見ているととても近く感じるのに、写真にすると絶望的に遠く写るのはなぜだろう?
これほど、目と写真とで大きさがちがって感じられるものってあまりないような。
まるでお月様のようじゃないか。


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北野天満宮には七夕飾りがたくさんあって、楽しげだった。
ここの唐破風はなかなか勾配がきっちりついている。
勾配が急だと、派手な印象になる。


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最後まで唐破風で。
さらさ西陣は銭湯をリノベーションしたカフェ。
働いている女の子がみんなかわいい。
内装のマジョルカタイルもかわいい。

たくさん歩いて、日頃の座りっぱなしでPCばかり見ている生活と、つかの間のサヨナラ!


by apakaba | 2016-08-03 12:38 | 国内旅行 | Comments(0)
2016年 05月 31日

京都大阪一泊でいろいろやってみる

ぎゅうぎゅう詰めの京都大阪行き。
ずーーーーーっと長引いている喉と鼻のアレルギー症状は、旅行をすると治るのかもしれない!

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久しぶりに京都に行ったら、イノダコーヒは八条口支店ができていた。
ありがたや。
でも前よりも甘くなくなったような? 気のせいか?

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細見美術館の展覧会「杉本博司 趣味と芸術—味占郷」へ。
去年、千葉市美術館で開催されていたときに行き、もう一度見たいと思っていた。
また行けたのはよかったが、展示数がやや減らされていたのがちょっと残念。
だが、こぢんまりした京町屋的なつくりの建築は、千葉市美術館にはなかった趣をプラスしている。
展示室がいくつもに小さく分けられており、中庭に面した階段を使って次の部屋へ移る。
中庭の階段に出るたびに気持ちがリセットされ、クールダウンする。

千葉市美術館では撮影可だったので、少し載せておくと。

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杉本博司の代表作「海景」シリーズが少しあった


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梅の屏風からはらはらと花がこぼれ落ちたかのように見せる。
須田悦弘の木彫りの花。
杉本博司との相性は抜群だ


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暗い中、寄り添って見る人々

このように、会場の雰囲気が異なる。
同じものでも、“どこで見るか”は芸術体験のあなどれないポイントだ。


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屋上にあるお茶室「古香庵」。
ここは5月の初めごろ、水を張って菖蒲の池にするのだという。
厳島神社みたいだ。見てみたいなあ。


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たまたま通りかかった池田屋跡地で「あっ、ここ池田屋騒動のとこだよ」と同行の友人に教えると、「えーっシンジラレナイ!」と仰天。
なんでチェーン居酒屋になったんだろう。

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新撰組ファンの娘がこれを見たら落ち込みそう。
沖田は年が若いから安いのか

大阪、ひらかたパークに移動して、「チームラボアイランド 踊る!美術館と、学ぶ!未来の遊園地」へ。
我ながら追っかけにもほどがあると思いつつ、佐賀2回、東京4回、シンガポール2回、そして大阪、チームラボあるところへは行っちゃいます。
「ひらパー」って初めて行ったけど、なんともいえない場末感漂うムード。
さっきの細見美術館でも書いたとおり、ちょっと開催場所の選択が……とも思う。
それが功を奏してか? 比較的空いていて、さっさと見られた。

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彼女たちはナゼ、手を振りまくっているのか?
伊藤若冲を換骨奪胎し、釈迦の涅槃を表現した作品「ニルヴァーナ」を発展させた作品「世界は、統合されつつ、分割もされ、繰り返しつつ、いつも違う」。
人の動きをモニターが感知して、画面がゆらぐ。
私は「ニルヴァーナ」の物語のほうが好きだが、双方向性を打ち出すにはこちらのほうが向いているだろう。

それにしても、東京でも大阪でも、「花と屍 剝落 十二幅対」をなぜ解説つきにしないのか?
そしてなぜ物語の進行順序と逆に展示するのか?
これじゃ物語の意味がわからないよ。
主催者の見識が問われる。

関西初の大規模展覧会という触れ込みだったが、やはり出展数が少し少ないのがさびしい。
もう少したくさん、関西の人にも見てほしかった。
でもいいや。まだまだいくらでも、チームラボの展覧会はやるだろう。


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夜は長年のネット友達ヒデヤくんのお店「Cafe & Bar Sabaidee」へ行ってみた。
2年半前に開業したお店、当時は大丈夫かと内心ヒヤヒヤしていたが、ちゃんと軌道に乗っているみたい。
何より!
写真は「ラーブ」というラオス料理で、ラオスではもち米のごはんと一緒に食べるという。


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「ノムライス」というオリジナルメニューは、シンガポールチキンライスに炒り卵を添えたようなものだと思うが、大変おいしい。
ヒデヤくんに「こっちのねぎは青ねぎだから彩りがきれいでいいね。関東では白ねぎだから、見た目がぼやけるんだよ」と言うと驚愕していた。
ヒデヤくんは長ねぎが白ねぎという土地に住んだことがないんだなあ。
お店のますますの発展を祈りつつ、遠いところに住んでいるためたいして売り上げにも貢献せず帰る。
リーガロイヤルホテルのリーチバーで一杯だけ飲む。
バーナード・リーチのコレクションを見たかったが、結婚式の二次会の流れらしき人々がわんさかいたので、見ることができなかった。無念。

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翌日はUSJで一日中遊ぶ。
3月に娘を連れてUSS(ユニバーサルスタジオ・シンガポール)に行ったが、極度にライド系に弱い娘と一緒では、半分以上のライドを諦めざるをえず、楽しかったのかそうでもないのかわからない訪問だった(そのうちここに掲載されるのでよろしくお願いします)。
かねがね思っていたが、そもそも親子で遊園地に行ったってたいして楽しくないんじゃないの?
やっぱり同年代の友達同士で行くのがいいよ。
娘と行ったっておみやげコーナーに突進してず〜〜〜〜っと待たされたり、やたら「怖いからおかーさん一人で乗ってきて」とか言われたりするし。


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ひたすらくだらないお昼。
「ディスカバリー・レストラン」というところで食べていると、恐竜の着ぐるみがてこてこ歩いてきたので、当然自分のテーブルにも回ってくるだろうと思って悠然とかまえていると、こっちへは来ないまま去ってしまった。
失望すること限りなし。
私はああいうものは大好きで、だいたい飛びついて写真を撮ったりするのだが、まさか全テーブルに回ってこないなんて、思いもしなかった。
5年前に最後に行ったディズニーランドを思い出した。
イースターイベント中の東京ディズニーランドで、私はわざわざ「クリスタルパレス・レストラン」という園内のレストランで朝食の予約をして、そこでディズニーキャラクター(そのときはくまのプーさん一味)全員に抱きついて写真を撮ったのだった。


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パレードも、ディズニーに較べると甚だ心許ない。
山車に圧倒的なお金をかけてるという感覚が薄い。


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全体的にややダサい。
非現実の世界に引きずり込むほどの力を持っていない。
それがここの良さなのかもしれない。
アトラクションのレベルは高くて、かなり楽しい。
でも園内が全体に、すごく“俗っぽい”。
ディズニーだと、園内では徹底的にディズニーミュージック以外流れることはない(今は無き「キャプテンEO」以外は)。
ここでは、数年前にヒットした洋楽ポップスなんかがフツーにどんどん流れている。
「夢の国」に来た感覚ではなく、ちょっとそこらへんの街を遊び歩いているような感覚になる。
きわめて現実的。
覚めた距離感。
ディズニーの俗っぽさと対極だと思った。

キャスト(アルバイトとかの人)の多くはしっかり関西弁のままだし、いきなり関西弁で話しかけられたりする。
「そのスカート、めっちゃカッコイイですやん! 遠くから見てステキやなー思うて」と、私のスカートを褒め始めたのにはギョッとした。
“ちょっとそこらへんの街”は、大阪の街だったのか。
これがUSJのノリか。


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しかし、ここ「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」だけは、ハリー・ポッター映画の世界を完璧に再現していて、感心しきりだった。
小説は読まず、映画シリーズも見たそばからすべて忘れ果ててしまっただめな大人の私でも、「これはまさにハリー・ポッターそのものだ……!!」と、歩いているだけで心が浮き立つような再現ぶりである。
ライドも激しくておもしろかった。


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エディンバラ城にそっくりなホグワーツ城。
うーん、すばらしい。
内部の凝り方もすばらしい。
これはだめな大人の私よりも、娘なら10倍は喜んで、このエリアに5倍は時間を費やしそうだなあ。

前にここに来たのは2005年だから、連れて行った子供達も小さくて、あまり遊べなかった。
今回はコースターものは制覇できたし、おもしろかったなあ!

それにしても、ここで冒頭の話題に戻るが、長々と続いていた喉と鼻のアレルギーは、旅行が始まるとぴたっとおさまり、帰宅したらまた元に戻っちゃった。
これって……もしかしたら今さら犬の毛アレルギー?
参ったなあ。


by apakaba | 2016-05-31 14:35 | 国内旅行 | Comments(0)
2016年 01月 11日

東京右半分の旅

友人がいきなり「柴又に行ってみよう!」と言う。
寅さんのファンだそうで、寅さんファンにとっては聖地らしいが、私は寅さんを1本も見たことがなくてぜんぜん興味がなかった。
しかし人に誘われでもしないと、この先一生行くこともなさそうだと思い返し、付き合うことにした。


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どうせなら“東京右半分”満喫ということで、まずは浅草からスタート。
お参りをしたあとに振り返ったところを撮るのが、昔からの癖。

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浅草は何度も来ているけど、そのたびに来たことをきれいに忘れてしまう。


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フィリップ・スタルクのビルも久々に見たな。


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地下へ。
大阪の地下にここと似た感じのところがあったな……


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この地下の雰囲気は悪くないね……


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お昼は友人ご推奨の「ヨシカミ」へ。
開店前にずいぶん並んで待つんだなあ。
一人か家族とだったら、行列を見たとたんに回れ右で帰るところだけど、友達と一緒だと待ててしまうものね。
山のようなコックさんの数にビックリする。7,8人いた。
うちの次男のレストランはコック3人(シェフ含め)。分けてくださーい。


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カニ入りヤキメシ。


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ビーフシチュー。
洋食屋の味で大変おいしい。
デミグラスソースは、かすかな酸味と、かなり前面に押し出したほろ苦さ。
ぼんやりした隙間のないデミグラスソース。
野菜が焦げていく過程に加わる苦味と香りをちゃんと出している。


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スカイツリーに最接近してみた。
登らないけど。
ふもとに小さなアイススケートリンクができていたので、急に滑りたくなり、十数年ぶりにやってしまう。
友人は「ま、まさか本気で滑る気とは……」と呆れるが、結局けっこうエンジョイする。
あんなに子供だらけじゃなくてもっと広かったら、もっとスピードを出せたのだけど、無茶苦茶に混んでいた。
人混みに飽きて退散。


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ここは唯一、私のたっての希望で来てみた。
美しい斜張橋、かつしかハープ橋。
ウィキによれば「世界初の曲線斜張橋であり、さらにその曲線はS字を描き、路面には勾配もあるため、複雑な立体構造をしている」とのこと。
日本の土木技術バンザイだ。
香港に、世界第2位の中央径間を持つ斜張橋「ストーンカッターズ橋」があり、その美しい姿を見るために、入国すると毎回わざわざバスを使って中心部に行く。
エアポートエクスプレスに乗れば早くて便利だけど、バスからしかその橋が見えないからだ。


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広い風景はいいね。
家から出ない暮らしをしていると、遠くまで見渡せる風景はそれだけで気持ちが晴れ晴れする。
しかし東京右半分は川だらけだな。
浅草からこっち、川ばかり見ている。
海抜が低いエリアなのね……


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悪目立ちといってもいい色彩の避難橋。
警戒の色ということで。

ここからさらに移動して、ついに“聖地”柴又へと入ったわけだが……
うーん、参道を歩いてもまったく感慨がない。
下町とかいってるけど、ここって一昔前までは東京ですらなかったわけだし、私からすると感覚的には「鎌倉」くらいの距離感かな。
だが寅さんファンの友人は感激至極で、「ここがそうか……」とか「とうとう来た」とかいろいろ言っているので、思い入れによって目に映るものは異なるのだね。


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なぜかカメラの設定をいじくってしまい、偶然に1枚だけモノクロに撮れた。
柴又帝釈天でございます。
寅さんには興味がないが、帝釈天ということばには惹かれる。
ヒンドゥー教の古い神インドラだからね。


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インドラを感じさせるものがどこかにあるかと探してみたが、とくそのようなことはなく、代わりにびっしりと木造の装飾彫刻に覆われていることに驚く。


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二天門からすでに彫刻だらけだったが、帝釈堂の中もびっしり。
まるで蔦がぐいぐい絡みついていくように、いつか建物を覆い尽くしてしまうんじゃないかというほどの、勢いのいい彫りあげぶりだった。
「喜見城」と書かれた額の周りにも、屋根の裏側にも、はびこるようにびっしり。
インドラは、最果ての国でまるでちがう熱気を身につけていた。

友人が「ここは映画で見ていたよりずっと小さい!」と驚いていたけれど、そのコンパクトさは、生き物じみた、くどいまでの装飾彫刻によって凝縮感が増すと思えた。
しかし、おそらく映画を見ているだけでは(見たことないから予想だけど)、そのギュッと詰まったような凝縮感は描かれていないだろう。
やはり、行ってみるだけのことはあるね。


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さらに木造彫刻を堪能したい方は、こちらへどうぞー。
帝釈堂の裏手に彫刻ギャラリーというものがあった。
ガラスで建物をテキトーに覆っているところがなんともおもしろかったな。


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矢切の渡しは片道200円。



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200メートルほど先の対岸は松戸市だ。
ただ渡って戻ってくるだけの観光渡し舟だが、お客さんをいっぱいに乗せている。

来てみて初めて、異様な静けさに気づく。
乗船を待つ人々だけでなく、なぜか自分たちもいつの間にか小声でひそひそとしゃべっている。
無意識のうちに、静けさに圧されている。

気づいてみると、周りのさまざまな音が耳からひどく遠ざかっているとわかる。
難聴のせいかと思ったが、そうではなくて、音がどこにも「ぶつからない」からなのだった。
こういう音の聞こえ方をする場所に来たのは、本当に久しぶりだ。
せまい室内にいれば声や物音は壁にぶつかるけれど、その反響がまるでない。
車の音もここまで届かない。
河原で散歩やスポーツをしている人の声も、圧倒的に広い屋外ではたちまち空に吸われていく。

自分と、周りの空気に、ふだん感じることのない一体感のような親密さを感じる、だが同時に虚空に放り出されたような孤独さも感じる。
ただのだだっ広い河川敷の風景なのだが、目に映る風景よりも、音の聞こえ方が気持ちの振幅に沿ってしまう、不思議な時間だった。




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立ち去りがたい気持ちで振り返り、矢切の渡し遠景。
土手に立って見渡すと、さらに茫漠とした気分になる。
東京の最果てを見たという気分。
東京はいろんな県と境を接しているけれど、ここが最も「国境(くにざかい)」を感じさせると思った。
歌舞伎や古典の物語に、しばしば「国を越えていく」話は出てくるが、現代でその感覚を意識できるチャンスはほぼない。
多摩川を渡って神奈川県に入ろうが、西武線や東上線に乗って埼玉県に入ろうが、古典の世界に現れる「国を越えて遠くへ落ちていく」感覚にとらわれることはまずない。
もしかしたら、ここは東京、のみならず日本に残された最後の、昔物語の世界へと通じていく「国境(くにざかい)」ではないか?


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最後に寅さん記念館へ。
私はなにしろ見たことがないので感じるところは何もないのだが、唯一、寅さんの少年時代を再現したジオラマはおもしろかった。
というか、少年寅さんの声の声優が、私の影絵の声の参考になると思って一生懸命聞いちゃった。
「あんまり食らいついて見てるから、東京大空襲になにか思い出があるのかと……」
「あるわけないでしょ……少年役をやることが多いからプロの演技を参考にしてるだけだよ!」
今聞いたばかりの少年寅さんの声をそっくりやってみせたりして、東京半日の旅は終了。
行くまでは半分付き合いのつもりだったけど、やっぱり歩いてみると楽しいものだな。


by apakaba | 2016-01-11 13:40 | 国内旅行 | Comments(0)
2015年 09月 28日

松本方面へ一泊旅行

通勤もなく、人と会わず、黙り込んでPCに向かっている生活。
たまには外出をしよう。


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中央道で松本まで行く。
双葉サービスエリア。
海外旅行記事を書く仕事についてから、数日あれば近隣国へ行くようになり、国内旅行にめったに行かなくなってしまった。
ましてドライブ旅行は2年ぶりくらい。
だから「サービスエリア」にとことん疎い。
諏訪湖サービスエリアには、おいしそうなお土産物がいっぱい売っていて驚いた。
車だとおしゃれして出かける必要もないし、気楽な娯楽だなあ。
もっといろいろ買い物したかった。

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初めて松本城に来た。
平城(ひらじろ)なので、本気で攻め込まれたらひとたまりもなさそう。
残ってよかったね。
日本に現存する最古の木造の城だそうで、国宝。
松本の宝。

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木の城は風情があっていいなあ。
当時は風情なんかなかったんだろうけど。


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戦になったら、トイレにいちいち階下まで降りていたわけないし、きっと小は窓からしていたのだろう。
大は暗い四隅でしていたのかなあ。


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この窓から小用を足したのだろうか……歴史ロマン……


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松本城は市民の憩いの場のようだった。
この日は大変な混みようで、城に入るまで20分待ち、急勾配の階段(ほとんどはしご)を昇降する天守閣は大渋滞だった。
しかし京都あたりの観光スポットをイメージして行くと、食べる店も土産物屋もものすごく少なくて、平日はとてものんびりしているのではないかと思った。

天守閣でもっとも急勾配の階段は、61度あるという。
みんな真剣そのもので上り下りしている。
こんなに急だったら、戦のとき人々は踏み外して前歯を折ったり骨折したりしなかったのか?
しかし旅行は足腰が弱ったらダメだな。


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松本のパブでポテトフライとギネス。
松本の泊まりは「ドーミーイン松本」で、これが初めてのドーミーイン。
温泉につかって幸せ。
4月あたりから家ではずっとシャワーなので、ここのところお風呂にゆっくりつかりたい欲求が高まっていた。
朝食も種類豊富で、大変よかった。


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夜の9時半になると「夜鳴きそば」という名前のラーメンがサービスされる。
誰もいないのではないかと思って行ってみると、宿泊客が全員出てきたかのような大行列。
けっこうお年寄りが多数。
みんな「サービス」に弱いのね。私もだけど。


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翌日は松本市美術館と日本浮世絵博物館に行くつもりが、祝日が月曜の場合の翌日の平日(つまり9月24日)は休館とのことで(月曜休館なのは知っていたのに)、急遽予定を変更し、旧開智学校を見学する。


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とくに期待しないで行ってみたら、予想外によかった!
明治初期の小学校の校舎を現在の場所に移築したもの。
擬洋風建築のおもしろさにあふれている。


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私が小学校1,2年生のときに通っていた小学校の机と椅子は、これだった。
と言うと「まさか」と信じてもらえないのだが、本当にそうだった。
横浜市立磯子小学校という、明治6年からある小学校だった。
下敷きを敷かずにプリントなどやろうとすると、ガタガタの字になり、穴が開いたりする。


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オルガンはさすがにもう少し新しいものだったね……


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和洋折衷なディテールに和む。


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当時の小学生の描いた絵が展示してあったが、今の子と比べ物にならないほどうまくてびっくり仰天する。


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今は博物館として利用されており、このときは企画展「澤柳政太郎とその時代」展をやっていた。
これが大変おもしろかった。
澤柳政太郎は、松本で生まれ、開智学校に少し通って東京へ転校した、この地にゆかりのある人だ。
文部省に入ってから旧帝大の総長を歴任し、成城学園の基礎も築いた、教育畑の人物。

私は澤柳という人のことをこのときまで知らなかったのだが、いわゆる当時の大インテリの一人だったのだろう。
洋行してエジプトやカナダなど多くの国を歴訪し、日本に教育が必要だと生涯説いていた。

彼の残した言葉が展示のあちこちに書かれている。
日本人のほとんどが無学だった時代、エリート官僚の目には、当時の日本は惨憺たるものに映っていただろう。
「教育は修飾ではありません。生活の必要条件であります」という彼の言葉は、エリートの侮蔑的な態度ではなく、国民のほとんどが無知無教養という当時の状況への魂の叫びに見える。


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企画展がおもしろくて長居する。
正面入り口には龍の彫刻がある。
その上には、あまりかわいくない天使の彫刻、その上には唐破風屋根……と、和洋のモチーフが順番に現れるミルフィーユ仕立て。
正面入り口は必見だ。


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茶色い羽の天使は「東京日々新聞」からデザインをとったという。


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旧開智学校から美ヶ原高原美術館へ。
が、到着すると濃霧の上に気温10度を切る寒さ。
散策をあきらめ、産直野菜をいろいろ買う。


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翌日が誕生日だったので、ケーキの代わりにマツタケを買う!


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諏訪大社へ移動。
有名な御柱(おんばしら)というのは4本あるらしい。


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この太鼓は牛の一枚革でできていて、その大きさは日本一だというが、本当か?
写真だとわかりづらいがものすごく大きい。
こんなに大きな牛がいるわけないと思うが、伸ばせばここまで伸びるのかなあ。


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参拝がまだだが、近くにやたらとしゃれた建物があるのでふらふらと入ってみる。


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この奥に水屋があり、茶釜から柄杓で抹茶を点ててくれる。


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点て方も大変よくておいしうございました。
諏訪大社周辺も、平日には観光客相手の店ものんびりしたもので、飲食店や土産物屋は軒並みシャッターが下りている。
そんな中で、ふと目に入ったこのお店がとても素敵だったので感激。

感激しつつくつろいでいると、シソジュースをサービスで出してくれた。


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さらに感激。
寒かったのでホットのシソジュース。

金子茶房という。
そこらへんの店とはレベルがちがう建築だと一目でわかるが、あとで調べるとそれもそのはず。
東京都現代美術館や東京オペラシティなど、多くの建築を手がけている柳澤孝彦氏の作品だった。


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柳澤氏は松本出身だという。
あれ、旧開智学校は? いや、あちらは澤柳、こちらは柳澤でしたね。
ふたたび諏訪大社へ。


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時間があればもっと奥まで歩きたかったが、今回は時間切れ。


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信州なので蕎麦を食べて帰る。
そこそこ有名店らしい店で、鴨せいろ。
が、二八蕎麦だったのでやや落胆。
私は十割の方が好きだ。

一泊旅行だったがずいぶん楽しめた。
ふだん、とにかく人と会わない。
ずっと一人でいて記事を書き、ほとんどの会話がPCかiPhone。
ネットも、一日中つないでいる。
でも出かけていると、目の前のものを見て聞いて考えている。
ずっと昔のことを、急に思い出したりする。
もうちょっと出かけたいなあ。
新車になったことだし、これからは、もう少し運転して国内をまわろう。


by apakaba | 2015-09-28 13:20 | 国内旅行 | Comments(0)
2014年 04月 06日

長崎旅行報告・後編(軍艦島ツアー・グラバー園・大浦天主堂)

中編(新地中華街・浦上天主堂・長崎原爆資料館)のつづき。

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午後から軍艦島見学ツアーに参加した。
もともと、娘の長崎旅行最大の目的は軍艦島だった。
まあよくある「廃墟にロマン感じる」というやつね。
が、実際に参加してみると、娘がイメージしていたものとはだいぶちがったようだ。

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どっさりの観光客。
歩けるコースは島内のほんの一部分。
そして60代半ばほどの、やたらと名調子の(綾小路きみまろみたいだと娘談)ガイドさん。
好きなように廃墟を歩き回れると思っていた娘は落胆し、マイクを握って語り続けるガイドさんにうんざりしていた。
(廃墟の崩れ方は相当なもので、見学コースを外れて勝手に歩き回ったら危険なのだ。)

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しまいに、
「無人になっただけで、本当にこんなに壊れちゃうものなのかなあ?住民が出て行くときに『どうせ出て行くんだからちょっと壊しちゃえ』とか言って、わざと壊していったんじゃないの?」
などと言い出す。
海風や台風にさらされ、手入れされなくなって40年もたてばこうなってしまうのだろうが、自然にボロボロになっていくコンクリート建築というものを見たことがない娘は疑いのまなざし……。

実は私も、もう少しちがう雰囲気の見学を想像していた。
往復の船のなかで聴きたくもない歌やビンゴゲームに付き合わされ、上陸してもゾロゾロ行列になって歩かされ、拡声器でおもしろくない冗談を飛ばしては「ここで記念写真を撮りたい方、どうぞ申し付けてください。カメラ押しますよ。カメラ押しますよ(カメラ押してもしょうがないと思うが)」と言い続けるガイドさんには閉口した。
むろん、解説があったほうが、漠然と建物を見ているよりずっとよくわかる。
でも「軍艦島」になんらかのあこがれやロマンを感じてやってきた人間に、あのツアーがベストな形でこたえているとは思えなかった。

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名調子のガイドさんは、軍艦島がいかに近代化した“奇跡の島”だったかを、口をきわめて強調する。
写真の右上部にある大きな階段を登ったところは、炭坑へ降りていくためのエレベーターの入り口だった。
「そのエレベーターは大変なスピードを誇っておりました!東京スカイツリー並みの速さだったのです!ええ、降りるときですよ。」
降りるときって……それって下降じゃなく落下というんじゃないのか?
それ以外にも、水不足のために炭坑員の風呂や学校のプールは海水だったこともあったとか、当時の日本ではめずらしい水洗トイレがついていたとか、緑がない島だったため、日本で最初の屋上農園をつくったという話など、名調子は不快ながらも聴いていればそれなりに感心したりする。

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上陸したあとは船に戻り、島の周りをぐるりとまわりつつ、また建物の説明を受ける。
なんだかんだいって、ここの魅力はその姿だな……と思いながら眺めていると、名調子のガイドさんがこんな解説をした。
「最盛期の1960年には、島の人口密度は当時の東京の9倍、世界一の人口密度を誇る島でした。」
そして船内のテレビで当時の写真や動画を次々と流す。
笑顔にあふれた住民たちの様子を見ていると、なんともいいがたい気持ちが込み上げてくる。

最盛期のころ、人々は裕福で、教育環境や娯楽場も整い、日本有数の近代的な生活を楽しめる島だったというが、炭坑で働いて健康は確実にむしばまれていただろうし、朝鮮人や中国人の労働者は日本人労働者よりずっと劣悪な条件下で暮らしていただろうし、こんなにせまい土地でひしめきあっていたなんて、たとえ映画館や飲食店が充実して水洗トイレがある団地に住んでいてもつらすぎ。
いや、住民は「つらすぎ」なんて思いもしなかったかもしれない。
近代的な生活を謳歌していたのかもしれない。
なんだかなにもかもが今の私の生活(というか人生)とはかけ離れていて、いいともだめだともいえなくて、「これが日本の近代化を支えてきた場のひとつの姿だ」という感慨だけが大きくなっていく。

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なにより感慨を大きくしたのは、1960年に最盛期、1974年に閉山し無人島となったというその“歴史”だ。
私にとっては大昔という気がしないのに(1974年には小さかったけどもう生きてたし)、40年でここまで朽ち果てた島を見てしまうと、これは立派に“歴史”なんだと思い知らされた。
自分もまた、日本が近代化していく過程を、場所は異なっていたにせよ歩んでいたのか……!と。
まあ平たく言うと「私がけっこう年取ってるってコトね!」という感慨なのだけど。

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当然、娘は私のような感慨を覚えることはないし、ガイドさんのトークに終始いらいらしていたけれど、やっぱり「行ってみてよかった」とは思ったようだ。
写真でいくら見ていても、その“せまさ”は実感しにくい。
たまたま前日に出島を見てきて、出島と軍艦島、時代はちがうし住人の目的も面積もちがうけれど、たてつづけに“隔離され密集して暮らしていた場所”を訪れたことはいい体験になった。

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観光できるタイムリミットが迫ってきたので、駆け足であと2箇所。
まずはグラバー園へ。
中学生のとき、家族旅行で来たことがあるけれどちっともおもしろくなかった。
今になってみると、瓦屋根の載った洋館という苦しい和洋折衷が泣かせるじゃないか。
でも、娘はまだ子供なのに「おもしろいおもしろい」と言っている。
当時の私よりよく見ている。悔しい。

昔来たときにはグラバーさんが何者だったのかなど少しも知らないままだったが、再訪してみると、解説コーナーでやたらとグラバーさんに感謝を捧げていることがかえって気になる。
まるでグラバーさんのおかげで日本近代化が進んだかのようなおおげさな感謝。
そんなにリッパでえらいのグラバーさんって?
だんだん疑いのまなざしになって、年表をよく読んでみたら、「20歳でジャーディン・マセソン商会に入社し」とある。
ウワー!そういう人だったのね……!
あのアヘン戦争のジャーディン・マセソン商会ね。
この時代に、ジャーディン・マセソン商会で上海だの日本だのと、こんな地の果てまでやってくる西洋人なんて善人のはずがないじゃないの。
まあグラバーさんは日本人と結婚して日本にとどまり、あれこれ日本のために貢献することになったようだから許すが(えらそうな私)、手放しで「ありがとうありがとう!」と讃えるのはちょっとちがうように思った。

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最後の観光は国宝・大浦天主堂。
長崎で、五島列島含め「教会建築をたくさん見たい」というのが、長崎行きでの私の希望だったのだが、予定変更が重なって、結局は浦上天主堂とこの大浦天主堂のふたつしか行くことができなかった。
でもまあいいかな。
浦上天主堂は威風堂々たる建築だったが、あちらはロマネスク建築で、大浦天主堂はこじんまりとした建築だが、こちらはゴシック建築なのだ。
“大きな”ロマネスクと、“小さな”ゴシック、西洋からはるばる運ばれてきた建築の様式が、この最果ての国で、このような形で結晶していることがおもしろい。

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正味二日半ほどの長崎滞在はだいぶ詰め込んだ。
チームラボを追った佐賀ドライブから戻り、雲仙地獄めぐりナイトツアー、出島見学、新地歩き、浦上天主堂ミサ、平和公園、軍艦島、グラバー園、大浦天主堂とまわった。

新地中華街がいきなり見えたとき、「長崎ってシンガポールみたいだ!ひとつ辻を曲がると、別の世界が現れる」と興奮したものだ。
しかし、思い返してみると、香港のようでもある。
坂だらけ、せまい海、稲佐山はビクトリアピーク、路面電車はトラムだ。
そしてグラバーさんのジャーディン・マセソン商会!
でも長崎も香港も、海から世界に繋がってたことは確かだ。
娘と旅行するのはイライラすることも多いが、こうした旅の感想を言い合えるのは楽しい。

(終わり)

by apakaba | 2014-04-06 15:27 | 国内旅行 | Comments(2)
2014年 04月 04日

長崎旅行報告・中編(新地中華街・浦上天主堂・長崎原爆資料館)

前編(羽田ファーストキャビン・雲仙地獄ナイトツアー・長崎カトリックセンター・出島)のつづき。

夕方に新地中華街を歩いた。
湊公園というところで、おじさんたちがたむろし、将棋をやっていた。
少し話してみると、この公園で将棋を楽しむ同好会があって、ベニヤ板を使って将棋盤を手作りしているとのことだった。
「(盤を)みんなで作ったんだよ!」
と言うから
「駒は?」
と聞くと、
「駒は、まあ、そこらへんから……」
と言っていた。

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夜は浦上天主堂のミサに参列した。
浦上天主堂は、外見はとても新しいように見えたが、原爆で破壊された教会を再建したのが1959年(昭和34年)とのこと。
その後また改修され、1980年に改修工事が完了したという。

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ミサが始まったら撮影は控えましょう

旅先で、よくキリスト教会の礼拝に参列するのだが、よく思い出してみるとカトリックのミサに出たのは初めてだった。
プロテスタントの礼拝と較べて、なんとなんと難しいこと!
歌も難しい!
プロテスタントの讃美歌は、楽譜を目で見ながらなんとなく唄えてしまうものだが、ミサの歌はメロディも難解だし一音をず〜っと伸ばしてその一音の中で神に捧げる句をず〜っと唱えたりするから、慣れないとテクニックが必要で、ついていくのにもう必死。
神父さまのお話も、(もしかしたら当日の神父さまがそういうタイプだったのかもしれないけれど)非常に儀礼的で遠い存在のような印象を受ける。
いつも、プロテスタントの礼拝に出たあとはヨーガをやったあとのようなスッキリした気分になるのだが、ここでのミサはもっと、なんというか、ランニングでもやったあとのような、「ヒーハーヒーハー(息が上がっている)」という気分になった。
なかなかの経験であったことよ。
プロテスタントの幼稚園にかよっていた娘も、「いや〜難しかったね……」と雰囲気のちがいを実感していた。

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ナゼ、長崎でイタリアン?
浦上天主堂の周りには外食できる店がほとんどなく、飛び込んだのがごく小さなイタリアンだった。
地元の人気店のようで、いい感じだった!

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ちなみに、長崎カトリックセンターのユースホステルには朝食のレストランはなし。
サービスとしてコーヒー一杯とクロワッサン(というかなんというか)一個をラウンジで食べられる。
周りを見回すと、宿泊客はコンビニで買ったものをこれらに足して朝食にしていた。

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翌朝も浦上天主堂。
なにしろ目の前なので。
これがもともとあった浦上天主堂の鐘楼部分。
原爆で吹っ飛んだものがそのまま転がっている。
ここを「長崎の“原爆ドーム”に」という動きがあったそうだが、反対意見のほうが多く、このようなごく一部の遺構をのぞいてすべて新築になってしまった。
これほど立派な教会建築が原爆ドームとして保存されていたら、いかに胸を打つものとなっただろう、と、朝日の中、落ちた鐘楼を見て思っていた。

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同じく、首を飛ばされた天使か使徒の石像も、痛々しい。

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同じく、ガーゴイルも半身を吹っ飛ばされ痛々しい……のだが、教会建築のガーゴイルにはとても見えない、和風というか中華風というか不思議な怪物でちょっと和む。

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つづいて長崎原爆資料館へ。
ちょうど『誰も戦争を教えてくれなかった(古市憲寿・著/講談社)』を読んでいて、古市くんが世界各地の戦争博物館を訪れている記述と重なり、興味深く見学した。
日本で、戦争の記憶をつなぐことはなかなか困難である。
“あの戦争(=第二次世界大戦)”を、国民共通の記憶として残すことなど不可能だ。
だからこそ、「青空」のような「気象現象は実は最も手つかずで残され、当時を感じることができる戦争の風景だ(著作より引用)」。
この一文は著者が土浦にある予科練平和記念館を訪れての感想だが、たまたまこの長崎原爆資料館のアプローチを歩いているときに思い出した。
ゆるやかな螺旋階段の上にはガラスの丸天井がある。
よく晴れた青空。
苦しかった“あの戦争”の、あの夏を思い起こさせることに、まちがいなく一役買っている。

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中二病チックな娘

広島でも平和記念資料館へ行き(平和記念公園で長い戦後を思う)、ここでも平和公園を歩いてみた。
世界で唯一の被爆国である日本の、二つの原爆資料館。
「これでいいのか?この展示方法で?」と、ずっと思いながら巡っていた。
広島でどう思っていたのか、帰ってから自分の旅行記を読み返すとこう書いてあった。


いい建築だなあと思う。
遠目には、そっけなささえ覚える直線的なビルだが、近づいてよく見ると、細かいところに日本的なテイストが取り入れられている。
広々としたピロティの構造や、華美さを斥けたル・コルビュジエ風のモダンなデザインは、近代ヨーロッパ建築のセオリーどおりだが、なぜかその中に、前日に行った宮島で感じたのと共通する、“日本的なものに敬意を持ち、ていねいに継承していく”姿勢を感じ取った。
帰宅してから調べると、設計した丹下健三は、この資料館の建築を、コルビュジエの影響を強く受けながらも、正倉院・伊勢神宮・桂離宮そして厳島神社(出た!)などにデザインソースを求めているというではないか。
おお、すごいな私。
ちゃんと建築家の意図を汲むことができた。
たしかに、海の大鳥居をシンボライズする厳島神社の構図と、慰霊碑越しに「平和の灯」と原爆ドームを見晴らすこの公園の構図には、双方とも、人間の畏敬の念に訴えかける視覚の効果がある。
しかも、「平和の灯」の火は、宮島の弥山山頂付近にある霊火堂から運んできたものだ。
さすが、広島……そしてさすが丹下健三……広島という土地が与えてくれるインスピレーションを正しく読み解き、近代建築の中でリミックスしてみせている。
建築って、おもしろいなあ。」

「恒久の平和をめざしましょう。
戦争は悲惨です。
核の完全に根絶された世界をめざしましょう。
……わかってる。わかっているけれど……
ここヒロシマが、世界のどこよりも、そのキレイな言葉の羅列をキレイゴトではなく発信していることの意味の深さを思う。
現実の国際情勢とのズレを感じてのむなしさと、字面の偽善的な美しさと、しかし決して偽善ではなく平和を訴えることができる、選ばれ(てしまっ)た地であることの大事さとを思う。
被爆当事者や家族の苦しみを、身体的に我が苦しみとして引き受ける感覚にはならなくても、ますます複雑化する国際社会の中で、核兵器よりもことによるとさらにひどい、国際的な搾取や暴力の構造(アフリカや中国や南米など)に、無意識のうちに加担させられているという感覚——「先進国」の誰もが無関係ではいられない、加害者の感覚が呼び起こされてきて、誰が被害者で誰が加害者なのかがもうわからなくなる……戦後に、時間がたちすぎている。

もどかしく、やりきれない気持ちを、“平和”“平和”と合言葉にかかげるこの地で覚え、最後には「それでも、広島の立ち位置は、これで正しいしこれしかない」という結論に達した。
ヒロシマはヒロシマであることをやめずにいていいのだ。
いろいろ考えてみたけど、やっぱり、それが広島の責務だよ。


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マジメに考えていたのね。
このときは、福島第一原発爆発事故以前。
あれをはさんで、この二都市が「被爆」というより「被曝」した場としての役割は大きくなったはずだ。
古市くんはこうも書いている。

「僕たちは、明示的に「残す」という選択をしてこなかった。その代わりに、戦争の記憶をハコモノという形で再現しようとした。だけどそのハコモノはどうしても経年劣化していく。果たして、平和博物館というハコモノにはどれだけの力があるのだろうか。」

たしかに、長崎の原爆資料館はとくにハコモノとしての魅力には乏しい。
だが、ボランティアガイドの口調は、福島以前より熱くなったにちがいない。
「福島の原発事故のあと、一週間後には、この長崎にも放射線は飛んできたんですよ。こんな遠くにもですよ。線量が少ないから、ニュースにもなりませんがね。
あのあと避難区域が何キロ圏内とか期間はどれくらいとかいって、あれこれ揉めたりしていたでしょう。
私たちにいわせれば、あんなものは悪い冗談です。
逃げなければ。」
70歳くらいだろうか、平和案内人という愛称のボランティアガイドさんは団体見学者にこのような弁舌をふるっていた。
これがここのガイドさんの共通認識なのかどうかはわからないが、ずいぶんはっきりと意見を述べるものだなと感心した。
団体見学者は原発事故のことを思い出し、また目の前の原爆の資料に目を戻していく。
結局、“あの戦争”の記憶をつなぐ役目は、「ハコモノ」よりも中で働く「人」が担っている。

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浦上天主堂の無原罪の聖母像。被爆でぼろぼろ

今、福島の原発付近をテーマパークにして人を呼び込もうという計画がある。
私は賛成だが(日本はさまざまな苦難に対して“水に流す”という選択をしすぎていると思うので)、もしも私が原発の被災者だとしても同じように賛成する気持ちになれるかどうかは自信がない。
当事者ではないからわからない。

「もしも浦上天主堂が長崎の原爆ドームとして保存されていたら、それは広島の原爆ドームをしのぐ圧倒的ビジュアルを有するものとなっただろう」と朝は思った。
しかし、ついでにそのまま堂内に入り、朝の光に包まれたミサを見て、“生きた”教会に宿る美しさや幸福感も感じた。
戦争と核爆弾の悲惨さを訴える役割を負って、“死”の姿を永久にとどめることを選択したほうがよかったのか、地元の信徒が日々集い、旅行者も“生”の喜びをお裾分けしてもらえる現役の教会として機能していくのが正しい道なのか。
どちらの道も正解だった、ようにも思うが、実際この浦上天主堂は後者の道を歩いている。
原爆で無惨な姿となった当時の姿は写真に残されているので、それを見て思いを馳せるしかない。

後編(軍艦島ツアー・グラバー園・大浦天主堂)へ続く)

by apakaba | 2014-04-04 16:21 | 国内旅行 | Comments(0)
2014年 03月 30日

長崎旅行報告・前編(羽田ファーストキャビン・雲仙地獄ナイトツアー・長崎カトリックセンター・出島)

佐賀旅行報告を書いたばかりだけど、次に長崎に行ったことをまとめておこう!
長崎行きはチームラボ目当ての佐賀行きよりも前から、娘の「コシヒカリ」と二人で行くことを決めていた。
「コシヒカリ」が行きたいところ・泊まりたいところを最優先してスケジュールを組んだ。

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彼女はまるでゴージャス志向のない子で、まずは「カプセルホテルに泊まりたい!」
羽田空港国内線第1ターミナル内、カプセルホテル「ファーストキャビン」。
が、これがカプセルのスタンダードと思ったら大間違いだからね!

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学生時代、旅行に行くとカプセルにはお世話になったなあ。
カッコよさは京都のナインアワーズに負けるが、ここも悪くない。
ちなみに連休前夜とあって満室だった。

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長崎空港に降りてすぐにレンタカーを借り、一気に佐賀へGO!
長崎旅行じゃなかったの?
いえ、またしてもチームラボを見るために、佐賀へ行くのです。
チームラボの展覧会「チームラボと佐賀 巡る!巡り巡って巡る展(会期終了)」は4会場に分かれており、今回は時間の都合でそのうちの2会場をまわった。
(チームラボの感想はまた別の記事にします)

それにしてもこのとんこつラーメン屋、一歩入った瞬間に強烈な獣臭さが鼻を打ち、娘も「動物園のにおい!」と囁いていたなあ。
やっぱ基本的に苦手。とんこつ。

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長崎空港から佐賀、佐賀から雲仙へと怒濤のロングドライブをしてきた目的は!
「コシヒカリ」たっての希望で雲仙地獄のナイトツアーに参加することである。
行く価値アリ!
真の闇の中を懐中電灯を片手にゾロゾロと。
ガイドさんの解説を聞きながらまわるのは、日中よりも夜のほうが断然迫力があっておもしろいだろう。
満天の星空を見上げ、星座の解説もしてくれてお得。
とくに大叫喚地獄から夜だけ響いてくるという不思議な音(相当耳を澄まさないとわからない)は、娘が一番最初に「聞こえたっ!」と手を挙げて盛り上がっていた。
ヘアピンカーブの連続の山道を運転してきた甲斐のあるツアーだった!

雲仙での宿泊は民宿。
一泊朝食付き12000円/部屋、ちょっと高いと思ったがこんなものか?
風呂もトイレも部屋に付いていない。
私はふつうのホテルのほうが使い勝手がよくて好きだが、娘はこういう感じが割と好き。
お風呂は温泉じゃなかったので徒歩5分の公共浴場(温泉)へ。
庶民的銭湯好きな娘の好みに合う、いい感じのひなび方だが熱かった!

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翌朝の雲仙。おしどりの池というらしい。
またまたドライブをして長崎空港へ戻り、レンタカー返却。
運転免許があってほんとによかったなあ。
公共交通機関だけでは、一泊でこんなダイナミックな動きは決してできなかったことだろう。

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長崎カトリックセンター内のユースホステルに宿泊。
こちらも部屋に風呂トイレなし。
浦上天主堂の目の前というムードある立地だが周囲には飲食店などがほぼない。

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室内はこんな感じ。
ドミもあるが満室だった。
室内に洗面台があるだけでもありがたい。
窓の外に迫っているのは浦上天主堂だ。
ヨハネ・パウロ2世もお泊まりになったことがあるそうだ!

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娘がどうしても行きたいと言っていた出島。
娘に付き合って行ったつもりが、行ってみたらおもしろくて何時間も見てしまったよ。
恥ずかしながら、私は出島というのは今でもばっちり扇形で海に張り出した格好のままだとばかり思っていた。
出島ってとっくに周囲が埋め立てられて、まちなかにあるのね……これには完全に虚を突かれた!
見学しながらも、まだ「ここはただ出島について学習するだけの施設で、ほんものの出島は海沿いにあるんだ」と思い込んでいたなんて。
おかーさんのバカバカバカ。

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「カピタン」の部屋。
カピタンって何???考えてみたらキャプテンのことか。
オランダ商館長のことをカピタンと呼ぶらしい。
メチャクチャな和洋折衷ぶりに「コシヒカリ」も興奮。

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泣かせる、ニッポン西洋化への道。

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私は日本史にからっきし弱くて、出島のことも見学するまでほとんど何が何やらだったのだけど、それだけに目から鱗ボロボロだった。
出島にいたオランダ人たちは、日本人のことがすごくイヤだったのね!
ああ〜早く帰りたいよ〜って思っていたのね!

ほんものの出島を歩いてみて、そのせまさを実感した。
こんなに狭苦しい土地に、ほぼ閉じ込められていたとは。
そりゃ嫌気がさすだろう。
オランダ人たちは、タバコと酒とばくち(と傾城?)に完全に溺れていたらしい(そのことを示す展示ばかりだった)。
ワインやコーヒーなどの珍しいものをやたらねだってくる日本人を嫌がりながらも、毎日の昼食と夕食をこんなテーブルで日本人とともにとっていたんだって。

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さらに嫌そうな表情を浮かべているのは、微妙に色の黒い人たち。
オランダ領東インド(インドネシアとか)から連れてこられた人々は、さらに「ああ〜早く帰りたいよ〜」と思っていたんじゃないかなあ。

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そんなわけでいかにもふつうの日本建築に、いきなり南国調の窓の手すり。
バタヴィアから運んできたという。
無秩序さがすごいなあ。

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ただの工事現場と思って通り過ぎる人多数。
しかし、実はここは発掘調査の現場だった!
手ぼうきのようなもので丁寧に土を掃いている手つきを見て、「あれ?工事の人じゃないのね?」と気づき、声をかけてみると、調査員の方が「ここにかまどの跡があったんです。炭を置いた跡が見られます。」と説明してくれた。

出島にはかなり感銘を受けたなあ。
歴史ロマン好きな娘も、そうとうおもしろかったようだ。

中編(新地中華街・浦上天主堂・長崎原爆資料館)へ続く)

by apakaba | 2014-03-30 20:02 | 国内旅行 | Comments(2)
2014年 03月 29日

佐賀旅行報告

3月に2回、九州へ行ってきた。
佐賀県内で「チームラボ」の国内初の大規模展覧会を見に行くため、1日から佐賀へ、3週間後にまた佐賀と長崎へ行った。
チームラボの紹介と感想はまた別に書くことにして、それ以外の、ふつうの旅行部分を記しておく。
佐賀行きはFacebookに、チームラボと長崎行きはTwitterに、それぞれ連ツイしていた。
それをつなげて載せることにした。
まずは佐賀旅行。

福岡出身の友人たちが口を揃えて
「佐賀???佐賀は山と田んぼしかないのに。」
「私たちの中では、佐賀は“ない”ことになってる。クルマで福岡から“なにもない”場所を走っていると、もう長崎。『佐賀?通り過ぎたよね』というところ。」
と、さんざんなことを言ってきた。
行ってみると、本当に山と田んぼ。
レンタカーで走りながら、食事をできる店を探すのも大変だったし(コンビニのありがたみを実感した)、陽が落ちると身の危険を感じる暗さ。
こんなに真っ暗な道を走ったのは、学生時代に運転した知床以来だった。

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九州のラーメンはとんこつ中心なのか?
高菜が好きなので高菜入りにしてみたけど、しょっぱくなりすぎて今ひとつ。
高菜はやっぱり白いごはんの方が合う。

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佐賀県立宇宙科学館。
武雄にある。
実はチームラボの展示しか見なかった。
外観が派手だったので一枚。

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なにかと話題になっていた、武雄市図書館。
攻撃を覚悟で(誰からのでしょう)、実際に行ってみての個人的な感想を正直にいえば、「いいところだなあ」の一言。
月曜の午前中なのに駐車場は満車。
館内は老若男女、たくさんの市民でにぎわっていた。
娯楽のきわめて少ない佐賀県で、これは出色の施設だ。
武雄市長にもそこで偶然お会いしたが、報道されているような人物にはとうてい見えなかった。
いかにも生き生きしていて、アイデアが次々浮かんでくるような人。
感じのいいナイスガイだった。

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そして佐賀といえば!
やってきました吉野ケ里遺跡。
ここにはビックリした。
まず、広い。広いなんてモンじゃない。
絶対にまわりきれない。
土地を弥生時代のままにしておいても困らないくらいに地面があるということね。

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そしてとんでもなくよく整備されている。明らかにやりすぎ。
税金の使い道を、とりあえずここに持ってきている感じ。
地方の行政ってお金の使い方が難しいのね……

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たくさんお土産を買った山田酒店。
「鍋島」という日本酒がおいしいと聞き、このお店がいろいろめずらしい地酒を取り扱っているというのでわざわざ行ってみた。
行った価値のある品揃え、丁寧な説明。
佐賀でお酒を買うならここですよ!

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渋いところで、佐賀城本丸歴史館。
おすすめ!
佐賀への愛がたっぷりあふれている。
私も今まで佐賀のことを何一つ知らず、とくに関心もなかったけれど、ここを見学したら佐賀が大好きになった!
佐賀って、なんてすばらしい、立派なところなんだろう……と、ここを見たら本気で思う。

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最後に行った大隈記念館。
きわめて愛校心の薄いタイプなのだが、こんなところに行くと母校が大好きみたいじゃないか。
「大隈詣」とかいう幟まで立ってるし。
見学したけどとくに感慨はなし。
閉館15分前に行ったら「さっと見てきてください」と言って、受付のおばさんが入場料をただにしてくれた。
こういうのはうれしいなあ。

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チームラボ抜きにしても、大忙しの佐賀旅行だった。
長崎旅行は近いうちに載せます。

by apakaba | 2014-03-29 00:40 | 国内旅行 | Comments(0)
2013年 11月 19日

一泊二日大阪京都・後編(ナインアワーズ・東寺・東京にてダライ・ラマ法王と科学者の対話)

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前編(Cafe & Bar Sabaidee・京都水族館・六波羅蜜寺・イノダコーヒ・焼き肉いちなん)のつづき。

京都は一年中混んでいるけど、紅葉と桜の季節の混み方にはついていけませんね。
なにしろホテルが、ない!!!!!!!!!!
予約が取れずほとほと参りました。
バックパッカー宿しか空いてない。
ドミトリーのベッド一床で5000円ちかくするなんて、ぼりすぎ。
いくつかドミトリーを当たったあと、ラッキーなことにこのカプセルホテル「ナインアワーズ」が取れました。

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ナインアワーズは、2009年の開業当時、コジャレ系カプセルホテルブームの火付け役となったホテルでした。
古典的なトホホなカプセルではなく、ひたすら機能的で未来的なデザインが目新しく、話題沸騰でしたが、10月いっぱいでなぜか閉店。
ホームページも閉じ、旅行予約サイトもすべて「閉店」のお知らせ。
ところが、不思議なことにホテルズドットコムだけが受け付けていて、首をひねりながらも予約を入れてみました。
どうも経営者が変わったらしく、リニューアルオープンの混乱を避けるために11月初めの数日間だけ休み、こっそり再オープンしていたみたいです。

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フロントを過ぎたところからすでに男女別のエレベーターに乗り、ベッドのある階はもちろん、シャワー室やラウンジもすべて男女別です。
寝間着姿でウロウロしているところを異性に見られることはありません。

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目覚まし時計をセットすると、アラームが鳴るのではなく目の上の光が徐々に明るくなり、起床時刻にはパアーッと猛烈に明るくなって目が覚めるというシステム。
自分もだけど、けっこうおばさん客が多かったな。

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これからもがんばってください。
朝早くチェックアウトし、東寺へ。

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朝の光の中、まだ観光客もほとんどいなくて気持ちがいい散歩!

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まるで誰かが一枚一枚、葉っぱを置いていったみたいです。

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立体曼荼羅も10年ぶりくらいに見られてうれしいな……と思っていたけれど、よく思い出したらつい2年前に、東京に来たのでした。
「空海と密教美術」展がトーハクに来て、あまりのすばらしい展示に何度も足を運んだのでした。
風に翻る持国天の衣。
「日本で一番恐ろしい四天王像」と呼ばれているのもむべなるかな。
また見ることができてよかった。
それにしても、本場で見るのもいいけど、あのトーハクの展示はかえすがえすもハイレベルだったなあ。

秋の京都を満喫とまではいかなかったけれど、六波羅蜜寺の空也上人立像と東寺の持国天立像を見られただけで、今回はよかったとしましょう。

まだ9時台なのに急いで新幹線で東京に戻る、そのわけは!
「ダライ・ラマ法王と科学者の対話『宇宙・生命・教育』」という講演に行くからなのです。

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品川駅構内の「シターラダイナー」で、期間限定メニューのエビとカボチャのカレーをかっこむ。
からいの苦手な私にも大丈夫なマイルドさ。

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2000年にインドでカーラチャクラ法要に参列して以来、2003年(ダライ・ラマさんの講演会)、2010年(奈良 東大寺でのダライ・ラマ講演)、2011年護国寺で東日本大震災四十九日法要に続き、5回目の拝謁となります。
お元気そう!
2010年の東大寺では、具合が悪そうで、「もう生きて日本でお会いすることはできないかも」と本気で思い、涙があふれましたが。
凛々と張りのあるお声も昔のままです。

それにしても、このダイアログには、これまでの法要や講演とはちがった歯がゆさを感じました。
宗教者と科学者の対話は、試みとしては意義深いけれど、同時通訳の困難さのためか、どうも議論が噛み合っていないというか、明らかに意見の交換が矛盾しているのになんとなく一致した感覚だけで先へ進んでしまうというような場面がしばしば見られました。
イヤホンを通して聞く日本語通訳がきわめて心もとないのと、司会進行の池上彰さんの老練なまとめあげで、聴衆はあんまり深く議論を飲み込んでいないながらも法王に会えて満足……といった雰囲気でした。

この会に誘ってくださったネット友達の下山さんと、終了後に少しおしゃべりしました。
会うのは2回目で2年ぶりです。
彼女のブログをたまたま見つけてファンになり、いろいろ教えてもらっています。
すごくインテリで文章もかっこよくて、同年代の親近感もあり、今やSNS中心でほとんどブログを読まなくなってしまった私も続けて読んでいるブログです。
そこにこの会の感想やチベットのことが書かれていて、まさにまさに私がもやもやと感じていたことを書いてくれていました。

ダライラマ法王と科学者の対話
是非、読んでください!!!!!!!!!!

一泊二日、ほんとにたくさんの人と会ってしゃべりました。
よく考えてみると、この全部が、ネットつながりでした。
私のような引きこもり生活をしている主婦には、まったくありがたいことです。

by apakaba | 2013-11-19 12:07 | 国内旅行 | Comments(2)
2013年 11月 18日

一泊二日大阪京都・前編(Cafe & Bar Sabaidee・京都水族館・六波羅蜜寺・イノダコーヒ・焼き肉いちなん)

保育園の勤めはなかなか休みを取れないけど、土曜の休みは比較的申請しやすい……というわけで、16日におずおず有休を取り、土日でぎっしりと遊んできました。

まず大阪へ。友達の飲食店開業祝いに。

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私のネット友人の中で一番古い仲間の一人ヒデヤくんが、脱サラというか起業してアジア料理のお店を始めました。
Cafe & Bar Sabaidee(さばいでぃー)というお店です。
お近くの方はぜひ。Facebookページはこちらです。

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チキンライス600円。
フライタイプのチキンライスかと思っていたら、たんにおしゃべりに興じていてゆで鶏を載せ忘れていただけでした。
左の唐揚げは付け合わせです。
ごはんにしっかりと鶏の味がしみ込んで、ビールを飲みながらでもおいしく食べられます。
ごはんとともにおいしくビールが飲める唯一の料理だと私は思っています。

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友達といっても、この遠距離ではちょくちょく来られないので、あれこれ頼んでせめて売り上げに貢献したい。
タイのクレープとベトナムコーヒー。
バナナを生春巻きの皮でくるんで焼いています。
オリーブオイルを使うのがヒデヤ流らしい。
現地では何を使うんだろう?パームオイルとかかな?
コーヒーの練乳の加減が甘すぎずピタリと決まっていて、食後の満足感が高まります。
ヒデヤくんがんばってください。
遠くから応援しています。

京都に戻り、京都水族館に行きました。
だいたい生き物はなんでも好きなので、興味深く見学しました。
とくに感銘を受けたことの一つは、絶滅危惧種の小さなサンショウウオの展示での、姿のおんなじっぷり。
「どれも、似たり寄ったり……」
でも一種類ずつに名前がついていて(トウキョウサンショウウオとか)、大事に飼育されています。

もう一つは、ヒョウモンオトメエイというエイの柄が、あまりにも豹に酷似していたことです。
まったく別の生き物なのに、なんでここまでそっくりな模様なんだろう。
豹の斑点は、草原で獲物となる動物の目をくらますためにああなっているといいます。
このエイも水の中で、獲物の目をあざむいて近づくのだろうか?
それで一緒の斑点になったのか?
生き物の不思議に心を打たれました。

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前から行きたかった六波羅蜜寺。
空也上人の像で有名です。
この立像を見たとたん、完全に足が止まり、身動きできませんでした。
「仏像」を見るときの感動とは別の種類の戦慄が押し寄せました。
「これは、“人間”そのものだ。人間の姿を写している。」と思えました。
どの角度から見ても、まるっきり“人間”です。
この空也という“人”が見てきた、この世の苦しみや悩み、それを細い体に引き受けて「南無阿弥陀仏」を口から吐き出す瞬間を、写真のように写している姿でした。

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今年は六波羅蜜寺が開山して1050年にあたる年で、ちょうど玉三郎が舞を奉納する日に当たったのだけど、これには間に合いませんでした。
でも空也上人像はすばらしかった!

イノダコーヒは東京にもあるけど京都以上に行列するので、清水店へ。
イノダの甘いコーヒーをたまに無性に飲みたくなります。

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一乗寺へ移動し、焼き肉の「いちなん」さんで宴会突入。
自家製のいのしし肉のソーセージやベーコンなど、なんでもおいしいです。
5年以上会ってなかった友達や初めて会うネット友達とも、飲めばマブダチ。
というか金曜の夜はママ飲み会もあったのにそれからずっと私は飲みっぱなしだ。大丈夫か。
このワインは、残念ながら不参加だったマーヒーさんからの差し入れ。
しっかりしたボディーで、2本はあっという間に空いてしまいました。
ごちそうさま。

1回で仕上げようと思ったけど、長くなったから2回に分けます。
後編(ナインアワーズ・東寺・東京にてダライ・ラマ法王と科学者の対話)

by apakaba | 2013-11-18 11:44 | 国内旅行 | Comments(0)